第九十七話 大集結(2)

 


 今作戦の主力を担う八人の防人がいるこの天幕の中。他の兵員を交えず行われるこの協議の中で、皆甚内が作戦の概要を語るのを待っている。視線を浴びる彼が手にした駒を八つ、地図上のカゼフキに置きながら口を開いた。


「まず今作戦は、仇桜作戦のような機動に特化した電撃戦ではない。敵の戦力を削りながら機会を伺う、攻城戦だ。故に何度も出撃を繰り返し、近辺の魔物や魔獣を掃討しているわけだが━━」


 彼がすぅと息を吸う。そういえば珍しいことに、タマガキの防人の間にははっきりとした上下関係がない。そんな中で主導権を握り、話を進める甚内を皆信用しているのだなと思った。何かいつもよく分からないことしているけど、彼の実力を認めているのだろう。


「作戦は二段階に分かれる。まず、周辺の魔物を掃討し、ダンジョン近辺の戦力を削り切る第一段階。その中で出来るのであれば、雪砦内部の戦力を誘い出しこれを撃破したい。ダンジョンに突入し敵の首魁と相対した時に、他の魔獣や魔物に介入されれば撃破が困難になるからな。雪砦に乗り込む段階で、敵の戦力を大きく削っている必要がある」


 中指を親指につけた後、甚内が雪砦周辺に並ぶ魔物を模した駒を中指で弾き倒した。それがコロコロと転がって、御月の前で止まる。駒を拾い上げた彼女が、それを眺めながら言った。


「しかし、ダンジョン近辺の魔物は魔核によって知能が大きく向上するから、鎧袖一触とはいかないぞ」


 魔核。ダンジョンの最深部に配された、周辺地域の魔物の知能を大きく向上させる敵の切り札。魔獣はその影響を受けないものの、俺が今まで戦ってきた魔物とは画然たる差があるだろう。


 その関係上魔核が配置された周辺地域は魔物の支配下となり、逆に魔核を破壊すれば簡単にその地域を奪い返すことが出来る。タマガキに対する楔として配置された雪砦のそれを破壊することができれば、一気に魔物の勢いは衰えるだろう。


 言うなれば、こちらにとっての郷や基地とかに近いかもしれない。戦力が集まりそれなくしては地域の支配は盤石とはいかず、戦線を構築するには必要不可欠。全て同じだ。


 故に魔核は、俺たちにとって最重要破壊目標となるだろう。


「分かっているさ大太刀姫。故に精鋭たるタマガキの防人が集結したのだ。特務隊を含めた部隊も控えているし、この戦力ならば十分可能だ」


 彼が更に、雪砦周辺の駒を倒していく。立ち続ける駒の数が少なくなったところで、地図上のカゼフキ周辺にある人の形を模した駒を、二つの部隊に別れさせた。


「ここからが第二段階だ。雪砦の戦力を削り攻略が十分可能になったところで、こちらの戦力を分ける。雪砦の救援に後方から訪れるであろう魔物の群れを迎撃する部隊と、直接雪砦に攻撃を仕掛ける部隊だ」


 彼が手にした駒の軍隊を、それぞれ地図上で進撃させ展開させる。敵の援軍の迎撃をする北西方面へ駒を並び立て、続けて雪砦を囲うように駒を配置した彼が、一度駒を動かすピタッと手を止めた。彼が眺めているのは、八つの意匠の細かい駒。


 ここからが本題だと言わんばかりに、彼が顔を上げる。


「しかし一度この幾望の月作戦を開始しては、いつ第二段階に移行するか分からない。そこでだ。第二段階での防人の編成を、今すぐに決めてしまいたい。いざその時になって決まっていないようでは、迅速な部隊行動が出来ない」


 彼がいつものように人差し指を立て、ゆっくりと話す。


「そしてこれは編成に関する決定事項だが、雪砦攻略には御月とアイリーンを。西部に展開する迎撃部隊の指揮は、幸村さんに務めてもらう」


(幸村さんに......御月とアイリーンか)


 隣に座る若き鬼才と謳われた彼女と、左斜め前にいる腕を組んだ老練なる実力者をちらりと見る。彼女と彼は、何も特別な反応を示していない。真顔だ。その決定に反論の意を唱えようとするものはここに誰もいない。隣の秋月はまあそうよねと納得顔だし、前にいるアイリーンは普通に寝ている。おい。またあいつ寝てるのか。


 しかしあの雪女の無力を通し時をも凍らすという異能を考えれば、それに対抗出来る御月が雪砦攻略に選ばれるのは自ずと理解できる。また、豊富な実戦経験が求められる迎撃部隊の指揮も、長きに渡り戦い続けた幸村さんが適任なのは言うまでもないのだろう。アイリーンは......攻城戦というのを鑑みれば、彼女の巨躯は大きく役立つだろうし。扉とか壁とか、罠ごと吹き飛ばせそうだ。


「さて。ここからは、まだ何も決めていない。故に、皆の意見が聞きたいのだが」


 甚内が両手を机につけて、ずいっと前に出る。丸眼鏡をかけた男、ノウルが、静かに手を上げて口を開いた。照明に照らされて、彼の眼鏡の縁がキラリと光る。


「防人の分け方としては、迎撃に三。攻略に五だろう。部隊は戦線を敷く以上、迎撃の方に回さなければならないが」


 腕を組んだ幸村さんが軽く頷く。


「うむ。その分け方で間違いないだろう」


「では......迎撃に二人。攻略に三人。これをよく考えなければならないな。大太刀姫は奴と相対する上で、何か要望はあるか?」


 顎に手をやり考え込む動きで、右隣に座る御月の体が揺れる。彼女が俺を選ばないかなと思って、少しドキドキした。それにそもそも俺は、もう一度。あの白魔と戦って雪辱を果たしたい。果たさねば、強くなれたと言える気がしないんだ。


 少し身構える。御月が視線を宙に外した後、口を開いた。


「できれば......リンにはこちらに来て欲しい。それと、甚内にも」


 表には出さぬものの、選ばれなかったことに内心がっくりとする。


「ほう。リンは分かるが、君は私を所望するのか」


 甚内が珍しく、驚きを顔に出している。確かに彼は強いだろうが、あの空想級と相対するのに求められる強さというのは全く別種の強さだ。それをよく理解しているはずだからこそ、彼は驚いたのだろう。それと、御月から真っ先に指名されたリンがいる。この中で御月と幸村さんの次に一番強いのだろうか。ごちゃごちゃした装備を身につけて、机の上で腕を組むリンの姿を見る。彼女の実力を、俺は知らない。


「しかしまあ良いだろう。幸村さん。何か要望はありますか?」


 続けて甚内が、迎撃部隊の指揮を務める幸村さんに問いを投げかける。ふむ、と鼻を鳴らした彼が、躊躇ためらいもなく、声を発した。


「この作戦の最終目標は、雪砦の攻略だ。さすれば、御月が先に選べばよい」


 彼は御月が戦いやすいように、できる限りの要望を許容するつもりのようだった。なるほどと甚内が返答を返し、再び御月に問いかけようとしたその時、唐突に彼が再び口を開く。


「いや」


「できればそこの、玄一を連れて行きたい」


「な━━」


 思わず、驚きの声を口に出す。俺だけでなく、俺の左隣に座る秋月があら、と零すように口にして、右にいる御月は瞠目していた。


 御月の様子に気づいた彼がしゃがれた声で、御月に聞く。


「む、御月は玄一を連れて行きたかったのか? しかし、私もあの報告書を読んだがやめておいたほうがいい。会ったこともない空想級が執着を示すなど、不安要素にしかならん。そんな話、数十年戦場にいるが聞いたこともない」


 彼女がそうではないと慌て気味に手を振る。


「ああいや......何故貴方がわざわざ彼を選んだのかが分からなくて。玄一の戦う姿を見たこともないだろうし」


 がっくし。御月はどうやら最初から俺を選ぶつもりはなかったようだ。その上、なんかしれっと罵倒されている気がする。


「......話に聞いていたからな。それに、空を飛べる奴が一人欲しい。しかしそれでノウルを選ぶわけにもいかんからな。さすれば、迎撃は私と玄一、そして秋月が行う。残りが、攻略部隊となるだろう」


 これで第二段階のメンツは決まったな、と幸村さんが結論を述べる。御月はノウルを最初から選ぶつもりだったのか、それを見抜かれたことを驚きつつも了承した。これで俺は直接奴と交戦する機会を失った。しかし、自分の我儘で作戦の成否に影響を与えるわけにもいかんだろう。ぐっと我慢する。


 隣に座る秋月が、私余りかぁとちょっと落ち込んでいる。小声で励まそうとしたら、見上げるように、攻略の方じゃなくていいの? と俺の方を見ていた。彼女は、俺が千手雪女と交戦した時の話を知っている。しかしそれに頷きを返して、問題ないと前を向いた。


 多大な時間を要するであろうと思われていた編成の話はその予想と反し、スムーズに決まった。それを見て、甚内が締めの一言を放つ。


「意外とあっさり決まったな。しかしこれは第二段階に入ってからの話だ。雪砦の戦力を削る段階では、全員の奮戦を期待するという山名からの通達もある。ここから、本格的な戦いが始まるぞ。では、解散」


 その言葉を聞いて、皆が思い思いの動きをする。跳ね飛ぶようにガタッと立ち上がった秋月が、俺の裾をひょいと掴んだ。


「玄一。この後時間あるでしょ? カゼフキ砦を見て回らない?」


「ああ。いいぞ」


「よーし! じゃあ早速行くわよ!」


 彼女が天幕の出入り口の方へ、一歩足を進めた。彼女の立ち上がる音で、アイリーンが寝ぼけながらも目覚めの声を上げる。同時に、隣に座るノウルがアイリーンの肩を揺すっていた。話を終えた甚内は幸村さんと何かを話していて、まだ天幕から出る様子はない。


 椅子の上で体を伸ばしリラックスをしているリンと、同じく椅子に座ったままだった御月が、何故かこちらを見ていた。














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