第九十三話 向かうは雪砦

 


 ジリジリと降り注ぐ日差しを、木々の葉が受け止める。日陰を作る彼らに感謝の念を覚えながら、秋月とともにもう見慣れた道を進んだ。


 上町を抜け石段を登り、本部へ向かう。以前、御月と行なっていた哨戒は元々防戦隊の仕事であったし、退院して以降はひたすら演習場に籠っていたので、何か用があってここを訪れるのは久々かもしれない。


 秋月と演習場で会うという約束をする前からすでに、今日の午後、山名からタマガキにいる防人に対して招集があった。血脈同盟との戦いから一ヶ月経った今、郷長である彼は新たな指令を下そうとしている。


 山名から、仇桜作戦に成り代わる作戦の話をされるのはほぼ確定的だろう。できることならあの雪辱を果たしたいが、先の戦いの報復として、また血脈同盟がタマガキに襲来する可能性がある。それを考慮すれば、最低限俺か秋月、どちらかがタマガキに残らねばならないだろう。


そのことを彼女も理解しているのか、お寿司屋さんではあんなにも楽しそうにしていたのに、彼女は厳かな雰囲気をその身に纏っていた。



 さて、どうなるか。



 門をくぐり抜け、エントランスを通り、本部へ足を踏み入れた。


 開けたロビーには仁王立ちをする、銀の腕を付けた男がいる。いつものように目を瞑っている彼が、こちらに気づいた。


「......来たか。甚内。来い」


「ああ。郷長」


 からくり仕様の壁から、ぐるりと回って甚内が出てくる。相変わらず彼の登場の仕方は、訳がわからない。


 甚内の動きを見て、珍しく秋月が嬉しそうに破顔した。


「ん、この四人で揃うのも、久々ね」


「......ああ。そうだな」


 改めて、彼らの姿を見渡す。


 腕を組み、皆の中央に立つ山名。今では見慣れた、黒装束の甚内。そして、小さく胸を張る秋月。


 ここのところ動きがなかったからか、こうして防人全員で集まることは少なかった。久方ぶりにロビーに皆で集まって、なんだかまた何かが始まるのだと思って、ワクワクする気持ちを抑えられなくなってきた。


「玄一。お前は、演習場に通い詰めだったようだが......何か掴めたか」


 山名は、俺がここのところ演習場に籠っていたことを知っている。故に彼は聞いてきたのだろう。


「ああ。戦いを予期して、十分に準備を重ねてきた。前の俺よりも、強い自信がある」


 山名の問いに、力強く頷く。その宣言に合わせて、戦う意思が心に灯った。


 人差し指を顎につけた秋月が、あれのことかな......と今日見た俺の姿を頭に浮かべているようだった。


「よし。甚内は既に把握しているが......秋月と玄一。タマガキに待機していたお前たちはまだ把握していないことが多い。まずは情報共有を行う」


 俺と秋月が同時に小さく頷いた。


「まず、今は亡き奉公が立案した、仇桜あだざくら作戦は完全な破棄が決定した。それに伴い、二次作戦も中止となる。理由としては、敵の戦力が薄いうちに叩く、という前提条件が崩壊したためだ」


 作戦の骨子を支える、前提条件の崩壊。


 確かにあの戦いから時間は経ったが、未だ魔獣の数は少ないはず。作戦の遂行自体は、俺としては可能なように思えるが......


 俺の疑問を感じ取ったのか、はたまた最初から話すつもりだったのか、彼が続く言葉を口にする。


「敵地に潜伏させている偵察兵からの報告があった。敵の指揮官とも言える、空想級魔獣 ”千手雪女せんじゅゆきおんな”の、カイト北西大ダンジョンへの移動が確認された。奴の存在がある以上、完全に作戦の遂行は不可能となった」


 その言葉を聞いて、少し意識が飛んだ。無意識のうちに歯を強く噛み、拳を強く握っている。


 月の輝きと、白魔の狂気。雪辱が心の奥底から蘇る。あいつに、勝ちたい。


「嘘......空想級自らが前線に?」


「そうだ。彼奴の動きからして、他の指揮官級の存在が強く示唆される。今仇桜作戦を続行し、第二の空想級が防備の薄くなった西部戦線に襲来すれば、西そのものの崩壊を招く。それにそもそも、雪女を撃破せねば前線を上げられん」


 ゴホンと、山名が一度咳をした。


 彼の隻眼が、俺と秋月を見つめている。きっと、今から山名は俺と秋月へ命令を下す。残るのは俺か秋月か、どちらか。


 ━━━━もう一度......いや初めて。御月かのじょとともに、戦いたい。



「しかしここで我々が動かねば、待ち受けているのは緩慢なる死のみ。そこで仇桜作戦以前に計画されていた、カイト北西大ダンジョン、呼称、雪砦の攻略作戦を軸に、新たな作戦を立案。行使することを決定した」



「その名も、幾望きぼうの月作戦」



「また本作戦は、タマガキの郷に所属する全防人を投入する」


 心が、喜びに打ち震えた。俺は再戦の機会ばしょを与えられたんだ。


 闘志を燃やす己に、ハッとする。俺はあの地獄を生き抜き振り返ってなお、やはり戦場を求めていた。









 過去と向き合い復讐を抱え、その上で秋月に見透かされ、自分で理解してなお戦いを求める俺。無言を貫く甚内。これから戦場へ向かう俺たちを見つめる、山名。


 最後に一人、頭を抱えた秋月が、絞り出すように声をあげた。


「全防人ですって......? その間、タマガキの防備はどうなるのかしら。血脈同盟が、西に対する反撃の機会を伺っているところなのよ。主力はまだ西の戦線に張り付いているし、また血盟が一人でも来たら、絶対に抑えられないわ」


「最低限の防備として、甚内を二枚残す。それに問題はない......今の血脈同盟に、血盟をこちらへ派遣する余裕はない」


 眉を顰め、難色を示す秋月。郷長である山名のことを強く否定しようとはしていないが、明らかに納得していない。


「帝都の踏破群を当てにするつもり? 彼らの動きは掴んでるのだろうけど、あれ、結局は小隊なのよ。独立特殊作戦小隊、なんて名前してるけど、実際には制約だらけだわ。血脈同盟そのものを相手には出来ない」


 秋月がまくし立てるように、本作戦の欠点を指摘をする。


 この作戦はどうやら、かなりの無理があるらしい。俺は帝都の情勢に詳しくないので後方の憂いに関しては分からないが、そもそも全防人を投入するということ自体が、異常なことだ。空想級魔獣と交戦し、結果全滅などすれば、西どころかヒノモトそのものを巻き込む一大事となる。博打打ちと取られてもおかしくない。


 秋月の言葉に対し、腕を組んだ山名が彼女をじっと見つめながら、静かにハッキリと否定した。


「とにかく、血盟に対する心配は無用だ。そしてオレは踏破群を当てにしているわけではない。このことに関しては、確かな情報が入ってきている」


「それって、何よ?」


 山名が目をそらす。秋月に対して何故か、。返事を返さない、いや、返せない山名を見て、秋月が不満げな顔をしている。これは良くない流れかもしれない。咄嗟に彼らの会話に割って入った。


「郷長。負けるつもりはないが、直接敵の拠点に乗り込むのは危険すぎる」


 停止していた秋月が、同調するように動き出した。


「そうよ。私だって負けるなんて思ってないし、十中八九勝てるとは思うわ。けれど」



「......これは間違いなく誘いよ。それも、御月に対する。そんな敵の砦に乗り込むなんて、危険すぎるわ。私は反対よ」


 深く頷きつつも、山名が即座に反論する。


「故に、タマガキの全防人を投入すると決定した。敵の思惑を戦力差でぶち抜く。西部戦線の防備は、既存の防人や兵員で抑えきれるため問題ない」


 秋月が顔を上げ、山名を見つめた。声も上げず山名を見据える秋月に対し、山名はピクリとも動かない。意見の相違によって彼らが衝突してしまわないか心配だったが、二人とも俺よりも経験豊富で、大人だ。一度考え直して、今度は間に入らないようにする。きっと、悪くはならないだろう。


 間を置いて、山名が口を開いた。


「......危険なのはわかっている。だが、ここが一線なのだ。ここを越えられなければ、西は死ぬ」


 空白。緊張した顔持ちだった秋月が、弛緩した。


「もう。貴方がそう言うなら、危険でもやらなきゃダメなことなのよね......」


 はあと大きく秋月がため息をついた。


「何も言い返せないじゃない。それにしても、貴方やっぱり恨まれてるのね。攻略にタマガキ以外の防人の手を借りれないなんて。いつかケリを付けなきゃならないわよ」


「......それもわかっている」


 山名が噛みしめるように、頷いた。







 ロビー。西への出撃を命じられた俺と秋月は、それを承諾した。ここから、また命を削る戦いが始まる。本部に向かう前、家へ寄って腰に付けた二刀の、重みが増したような気がした。


 俺たちの中央に立つ山名が、甚内に声を掛ける。


「甚内。カゼフキの様子はどうだ」


 沈黙を守り、こちらの議論の様子を傍観していた甚内が動き出す。


「ああ。作戦の発動に備えて、準備をもう終えようとしている。南にいた防人も到着したそうだ。後は、玄一くんと秋月が向かうだけだろう」


「よし。では、秋月と玄一には準備が完了次第、戦力を集結させているカゼフキへ向かってもらうこととなる。細やかな作戦の内容は、あちらで知ることになるだろう」


 カゼフキ砦。御月とアイリーンが待機していたそこには今、南に待機していたタマガキの防人も到着しているらしい。俺はまだ、タマガキの郷の防人全員と会ったことがない。タマガキの防人は俺の知る限り皆精鋭揃いだ。初めて会う彼らへの期待で胸を膨らませる。楽しみで仕方ない。


 それに、久方ぶりに御月とアイリーンに会える。御月には見舞いの礼を言いたいし、アイリーンには貰った酒の対処に困っているので返却したい。毎日訓練しているのも楽しかったが、やはり何か予定があった方がワクワクする。


「ん、物資とかはあっちの使えばいいだろうし、必要なのは戦闘用の装備ね。玄一。準備にどれくらい時間かかる?」


 先のことを考え高揚する俺を、秋月がちらりと見ている。


「いや、そんなにはかからないと思う。今すぐにでも取り掛かりたい気持ちだが」


「ん......玄一なんか楽しそうね。今から向かうのは、戦場だっていうのに」


 秋月が苦笑した。仕方ないわね、というような面持ちで、こちらを見守っているようにすら見える。あ、というか秋月とも一緒にまた戦うことができるのか。楽しみなことだらけだ。


「よし。頑張ろう。秋月」


 グッと、ガッツポーズ。秋月もそれに応えて、その小さな右手クッと動かす。


「ええ! そうね!」


 新たな戦いを前に、明るい雰囲気で向かうことが出来ている。こういう心持ちというのは戦いにも影響するし、それを考えれば今俺たちは素晴らしい状態にあるだろう。


 決意を固めた俺たちを前に、気まずそうな声色で、突如、黒装束の男が動き出した。


「あのー......私もいるんだが」


「何よ。あんたもう向こうにいるんでしょ。黙ってなさいこのバカ。私と玄一が行くんだからお留守番よ」


 彼女のバカという言葉を、そういえば久々に聞いた気がした。









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