閑話 秋月ちゃんのウキウキ初対面(第四十四話)
仇桜作戦南部方面軍。敵を囲い込み、北部方面軍と共に挟撃する予定だった彼らは、度重なる魔獣の襲来、北部における空想級の登場によって、その歩みを止めていた。
「というわけで、秋月。君にはタマガキに戻ってもらう」
伝令として訪れた甚内の声が陣幕の中に響いた。そこには、秋月と甚内を含めたタマガキの防人が五名いる。その中で一際存在感を放つ十字槍を持つ一人の男は、白髪を生やし皺は多く、とっくに引退していてもおかしくない見た目をしていた。
「ふん。空想級に加えて血盟どもか。奉考の仇を取ろうと思ったが、これでは進撃が出来ぬな」
苛立ちを込めて声を発した十字槍の男に対し、甚内が口を覆う布を外しながらなだめる。
「幸村さん。秋月を下げたくない気持ちは分かりますが、どうか了承していただきたい。郷長の判断です」
甚内の話を最後まで黙って聞いていた秋月が、囁くような声を出す。
「......私は出来るなら前線を離れたくないんだけど」
その反応を見た甚内に驚きはない。表情や仕草からその苛立ちを全開で表現している彼女が、タマガキへの帰投を渋るのは彼の予想の範囲内だったのだろう。それを取りなすように、甚内が人差し指を立てて得意げに言った。
「秋月。今回の件に当たって、タマガキに帰投する予定の防人は、私と君。そして新人の防人だ」
その言葉を聞いた秋月が態度を一変させる。彼女はそれを隠し通したと思っているようだが、その場にいる全員がそれに気づいていた。
「━━ん。私が行くわ。血脈同盟なんて危険な連中。放っておけない」
「早っ」
その変わり身の早さに、陣幕の中にいた別の防人の心の声が漏れ出る。
秋月は真剣そうな表情を崩さなかったが、喜色を抑え切れていなかった。
甚内が別働隊の元に訪れてから二日。先にタマガキへ出立した彼を追うような形で、秋月が出発する。荷物をまとめ、鞄を手にした彼女は行ってきますと大きく声をあげ、手を仲間に振りながら離れて行った。彼女の足取りは軽やかで、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
「行ったか」
南部の別働隊の指揮を執る防人、幸村がタマガキに向け出立した小さな防人を見送っている。同じく彼女を見送ろうと他の防人二名もその場にいた。
どうしても理解できないことがあるのか、女性の防人が幸村に疑問を投げかける。
「ねぇ、爺さん。なんで秋月ちゃんあんなに帰るの嫌がってたのにすぐ態度を変えたの?」
「ふん。わからん」
そう即答した幸村であったが、彼は答えを知っていた。
秋月。彼女はタマガキの防人中でも古株で年齢も高い方なのだが、その見た目、仕草や行動で皆から年下扱いされ愛されている。その証拠として、彼女よりも若い防人たちから秋月ちゃん呼ばわりされていた。彼女はそれを喜んで受け止めつつも、幸村の見立てでは少しだけ、不満に思っている部分がある。
(何が何でも新人の防人を手下にして敬われたいんだろうな......面白いのう)
秋月が勢いよく駆け出した。
防人の脚力と躍る心を上手く利用し、一般人には絶対に不可能な速度で秋月がタマガキに到着する。とりあえず旅装を解こうと本部の更衣室へ向かうことにした彼女が、顎に人差し指を当てながら考え込んでいた。
(このチャンス......絶対に逃せないわ。もしみんなと一緒にいるところを見られたらその新人の子にも子供扱いされちゃう。絶対にそれだけは阻止しないと)
秋月がその妄想を加速させる。上手くいった時のことを想像しているのか、にへへ......と彼女の口角が自然とつり上がっていた。秋月は自分のことを敬ってくれる後輩や年下の防人が欲しい。先輩ぶりたい気持ちが異常に強い。
(本で読んだことがあるわ。人間関係の構築は全て第一印象で決まるって。第一印象を完璧に演出して大人な私を演じることができれば......というか私は大人だけど。絶対に上手く行く)
(そのためには助けが必要ね)
甚内と山名の元に殴り込みをかけに行った秋月が強く決意を固めた。
本部で徘徊していた山名と甚内を捕まえて、会議室へ引きずり込んだ秋月が腕を組む。甚内はなんとなく秋月が何を話そうとしているのかを察していた節があったが、山名は全く検討が付いていない。目をしどろもどろさせている山名が、恐る恐る聞く。
「......すまん秋月。これは仕方のない選━━」
「山名。甚内。二人とも協力してもらうわ!」
「は?」
ニヤつき始める甚内。未だなんのことか理解しきれていぬ山名。そんな彼らを相手に、秋月がウキウキで自らの計画を披露し始めた。
彼女の話を聞いた山名が、目を見開かせている。甚内は相変わらずニヤついたままで、秋月は反感を覚えたが、まあいっかとスルーした。
「では、玄一に秋月の強さを見せつけると......?」
山名がマジで言っているのかと秋月に再確認する。
「そうよ。ここにいる連中は私に対する尊敬が足りないわ。新人の子にそれを真似されちゃったら困るもの。説明した内容。頭に叩き込んだわね?」
ニヤついた顔から一瞬だけ真顔に戻った甚内が、秋月の問いに答える。
「忍者に不可能は許されない」
「その意気よ。今回の作戦の最終目標は、その新人の防人が私を敬い、秋月さん! 荷物持ちます! って自分から言ってくるとこまで」
「わけわからん......」
新人の防人との初対面。それを演出するために、山名は防人だけの必要でもない会議を準備させられた。
当日。秋月の脳内ではすでに何度もシミュレーションが行われ、予測された全てのパターンに対応が可能だった。また、彼女は黒を基調とした制服を着ており、魔獣の素材を使用したその制服のデザインは洗練されている。その性能の高さから、魔獣戦に使用するような、会議に着ていくには絶対に不要なレベルの代物だった。
そう。これは彼女にとってもはや魔獣戦レベルの一大事なのだ。秋月が深呼吸をする。
すでに山名と甚内、そして新人の防人である玄一は会議室に待機しており、秋月を待っているような形になっていた。会議室へ向かう彼女は、廊下を通り、わざと足音を大きくさせて歩いている。
演出いち。廊下からやってくる新たな防人。
事前に入手した情報によると、玄一の年齢は十六歳。それはすなわち、廊下から足音を立てやってくる強者を無意識のうちに尊敬する生き物ということ。どのような演出が良いか無理やり聞き出され、思い出したくもない昔のことを考えながら説明した山名の提言である。間違いない。
第二会議室。ここに彼らはいる。そして演出を忘れぬよう、さっさと入ればいいのにドアの前で一呼吸。
秋月が意を決してドアを開けた。
「こんにちは。お嬢さん。ここは会議室だから君がくるところじゃないよ。もしかして迷子になっちゃったのかなぁ? お兄さんが案内してあげる。ご両親はどこだい?」
ぶっ殺してやろうか。秋月が内心ブチ切れる。秋月からすれば、まだ何もしてないじゃんという状況だ。そのパターンは予測していない。
新人の防人の後ろには、ウッヒヒと気持ち悪い笑い方をしている忍者と、目をそらしている山名の姿がある。新人の防人はこちらの返答を待とうと笑いかけてきており、会議室が異様な雰囲気に包まれていた。
秋月は、気づかぬうちに自分の体が震えていることに気づく。
「......何か間違えたか?」
「間違いしかないわよ! 私は子供じゃなくてあんたよりずっと年上! このバカ!」
彼女の怒りが平手打ちという形で炸裂した。
秋月がぶっ飛ばした新人の防人が、わりと何事もなかったかのように着席する。彼は怒っているようには見えず、特に問題はなさそうだったが秋月は内心テンパっていた。
(あばばばばばば殴っちゃったどうしようこんなパターン想像してなかったっていやぇえええええええええ!!!!)
まずい。そう考えた彼女が、とりあえず深呼吸をする。彼女とて防人。冷静さを失えば待っているのは死だと理解している。
「私は秋月。命令を受けて南からタマガキまで戻ってきたわ。よろしく」
演出に。ぶっきらぼうに言うやつ。これもまた、山名からの提案。最初から優しくしたら、あんま強くないのかって舐められる。締めろというのが彼の回答だった。彼女はそれを採用したようだが、どう考えても少しずれている。
しかしそれが功を奏したのか、秋月を見た新人の防人が甚内に小声で何かを聞いているようだった。きっと、この防人はどれくらい強いんだ? とか聞いているに違いない。秋月がそう確信した。
「小声でこそこそやってるんじゃないわよ。このバカ。全部聞こえてるわ」
一度大きく作戦から脱線した彼女であったが、平静さを取り戻ししっかりとぶっきらぼうな発言をするという演出を行なっていく。ちなみに実際は何も聞こえていない。
ここで秋月が大きくため息をつき、新人の防人に自己紹介をするように促す。秋月自身が要求し彼にやらせることによって、上下関係を無意識のうちに叩き込む狙いがあった。
「俺は玄一。二、三ヶ月前にこのタマガキに派遣となった新人だ。よろしく頼む」
秋月が内心ガッツポーズした。相手もそれを素直に受け取ったということは、今のところ問題がないと言う証拠。後からしゃしゃり出ようとしてきた甚内は、先ほどの笑い方が気持ち悪かったからだろうか。秋月がシバいた。
全く予想だにしていなかった緊急事態によって、作戦は失敗一歩手前まで追い込まれたものの、上手く持ち直した。次の段階に移る時だと考えた秋月が、山名に目配せをする。英雄と呼ばれている男が、すごくしょうもないことに付き合わされていた。
「えぇ。私がこんな失礼なやつと組まなきゃいけないわけ?」
山名からのパスをうまく受け取り、秋月がぶっきらぼうな姿勢を崩さずに発言する。それを見た新人の玄一が、眉をしかめて反論した。
「失礼って......確かに悪かったと思うが、仕方がないだろう。見た目は完全に子供だし」
秋月が内心笑う。これが罠だと玄一は気づいていない。それはそれとして彼の発言は許しがたいものだったので、しっかりと言い返す。
「秋月。前線から一人下げられて気が立っているのもわかるが、君が適任だったのだ。それに、
秋月が何度も練習させた甲斐あって、山名が完璧に繋ぐ。秋月が、それを丁寧に受け取っていった。
「......悪かったわ。それもそうね。でもね、こんな新人で果たしてあの連中と戦えるわけ? 自分の前を張る仲間が雑魚だったらいやよ。私」
完璧。秋月が自画自賛する。この流れを作れば、不自然さもなく、計画を遂行することができそうだ。
山名がニヤッと笑い、それに応える。
「ならば確かめてみるか」
「へぇ......いいじゃない。乗ったわ。タマガキの外でやりましょ」
秋月が立ち上がって部屋を出た。秋月が自然に少しニヤつく。
初対面の玄一は気づいていないが、秋月の背中から放たれるウキウキが霊力に乗って山名の元まで伝わってきそうだった。
(本当にこれでいいのか......?)
山名がどう考えても何かを企んでいるようにしか見えない甚内の後ろ姿を見て、一人考え込んだ。
秋月さん荷物持ちます作戦。その中核をなすのは、シンプルに決闘で格の違いを見せつけるというものである。
(近所のワン吉だって他の犬より強いことを証明して縄張りのドンになったんだわ。私だって)
彼女の霊力が揺らめく。もちろん手加減をするつもりではあったが、秋月は割とガチで戦うつもりだった。
決闘が、始まる。
結論から述べると、新人の防人、新免玄一は秋月の想像よりも強かった。秋月は二刀流を見たこともなかったので、今回の作戦を抜きにしても大満足だった。
演出さん。ヒートアップするものの本気の状態を見せずに決闘終了。
これは甚内が提案した演出だ。先ほどまでのぶっきらぼうな態度を、お互いの実力を認め合うという終わらせ方をすることによって、態度を軟化させ良い先輩になるというものである。これによって無条件に甘やかすという終わり方にせず、かつそんな厳しい相手に認められたという達成感を彼は得ることができ、それに加えて実力を未知数にすることができると忍者は言っていた。思っていたよりもガチな回答が帰ってきて秋月が少し引いたのは内緒である。
「驚いたわ。あなた、新人にしては強いのね。これなら合格よ。一緒に頑張りましょ」
秋月が両手を後ろで組み、玄一のことを見上げていた。先ほどまで素っ気なくされていた格上に実力を認められている。秋月は玄一がもうウキウキで自分に付いてくると確信していた。完璧に作戦を遂行できた彼女は、ものすごく機嫌が良い。
「ああ。秋月。先ほどまでの非礼を詫びよう。君みたいな防人が後ろにいると心強い。よろしく頼む」
「ええ。任せなさい!」
先ほどまでとは違う柔らかい雰囲気が玄一と秋月の間に流れる。こうして秋月さん荷物持ちます作戦は終わるかと思われたが。
二人の背後に見える黒づくめの男の姿。マジで気持ち悪いぐらいにニヤついているその男の表情を見た山名が、全てを察する。
玄一と秋月の間に、ぬっと甚内が入り込んだ。
「合格も何も秋月。今日は新人がいるんだからビシッと決めてくるわ! なんて言って自分の実力を見せようとウキウキだっただけだろう。玄一。彼女は張り切っていただけだから、特に気にしなくていい」
甚内がそう言って玄一から顔をそらす。甚内が玄一に見られないようにして、秋月に向かって変顔をした。
瞬間。秋月の頬が引きつった。甚内は白目を見せた後、舌を上下に動かして秋月を煽っている。山名がとりあえず逃げた。
同期の防人として、まあ百歩譲って煽ったりするのは良いだろう。だけど今やることかと秋月がブチ切れた。
「あぁああんたねぇぇええ! それは言わない約束でしょう! この馬鹿ぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「えちょま秋月! 充填された霊砲はまずい! おっさんでは避けきれず体が蒸発してしまう! え、ちょぅうううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
終わり悪ければ全て悪し。秋月が、楽しげな玄一の姿とは対照的に、少し落ち込んだ。
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