幕間 犬神
ここは住民が去り、無人となったタマガキの町。人がいない、ということ以外はなんら平時と変わらないこの町で、ただ一つだけその景色を大きく変えた場所があった。大通りへ続く北へ少し外れた通り道。その通りはまるで魔獣と魔獣が戦ったかのように荒廃し、家屋は崩れ、焼け跡から煙が立ち上っていた。
大地は割れ、辺りには様々な武器が転がっている。飛び道具に打ち物。それぞれが全く違う武器であったが共通点として、それらの武器は全て黒に染められていた。
この戦場跡の中心に、一人佇む服を着た二足歩行の犬。第陸血盟 犬神は、地に転がっていた武器の一つである手裏剣を手にし、考え込んでいた。
(巫山戯おって。滅茶苦茶ではないか)
彼にとって、何もかもが異常だった。
本来計画していた作戦では、サキモリ五英傑の中で最も政治的脅威度が高い
そうしてまずは計画を修正しようとタマガキに潜入し、タマガキ側の動きをリアルタイムで察知しようとしていた彼の間隙を突くような形で、踏破群が第玖血盟を急襲した。そのままの流れで作戦を決行することとなり、望んでもいない戦いを重ねている。
今回の戦は彼にとってほぼ敗北に等しい。血脈同盟は大きな組織ではあるが、軍を相手に戦えるほどの戦力はない。故に彼はこれ以上損害を増やしたくはないと山名の殺害を一度諦め、戦略的価値の高い第玖血盟を助け撤退するつもりだった。そうして部下たちと合流しようとしたその道中。それを防ごうとした防人と交戦する羽目になったのだ。
ここまではいい。まだ理解できよう。ここからが、彼にとって不可解でならなかった。
犬神が今西にいる防人で警戒していた者は、魁。大太刀の女。十字槍持ち。踏破群群長。それと青髪の女だけである。その中で今タマガキにおり、実質的に戦えるのは踏破群群長のみ。他にも防人はいたが、彼にとって有象無象に等しかった。
だというのに。
(なんだったのだ......黒いアイツは)
顔を隠す訳のわからん知りもしない防人にとんでもない時間を稼がれた。彼はその防人が今は亡き西の暗部の者であることは察知していたが、あそこまでの実力者であるとは思わなかった。
彼が目を細め考え込む。おそらく複数体の分身を生み出す霊技能。強そうに聞こえるが、相手に霊力的脅威は一切なかったため、ただ雑魚が増えただけだと彼は感じていた。
しかしその防人は彼の予想を大きく裏切った。奴は、いや奴らは、ありとあらゆる武器を手にし、毎度手札を変え、こちらを翻弄してきたのである。
(あんな奴が西にいるなど......知らなかったぞ)
その三者の連携は、まるで以心伝心のよう。こちらから徒手空拳の奴に仕掛ければ隠していたであろう鉤爪で受け流された。距離を詰めようとすれば既に仕込まれていたであろう地雷や落とし穴などの罠に堕ち、攻撃が当たったかと思えば空蝉を使われ、一人殺すのすら一苦労だった。
それに加えて焙烙玉や火車剣といった古典的な爆発物。それを普通の飛び道具に混ぜて投げてきたりと、小細工を効かせ、苛立ちを感じるどころかそれがあまりにも徹底されすぎており賞賛したくなったほどだ。ましてや最後は、三名全員がその死に際自爆した。遺体は残らず、結局あの防人が死んでいるのか生きているのかすらわからない。
彼は黒い防人と交戦して決して怪我をした訳でもない。せいぜいその毛を焦がした程度。ただ彼は、その程度の実力でしかないはずの防人に、ここまでの時間を稼がれたことが理解できなかった。
出来ることならその答えを出したかったところだが、その思考を途中で打ち切る。まだ他の血盟と合流できていない。ここまで釘付けにされていたとあっては、もし踏破群群長が出てきていれば連れてきている血盟の誰かが死んでいてもおかしくない。一刻も早く合流しなければと、再び大狼にその姿を変え、戦場を後にした。
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