第六十二話 捲土重来


 一度退こうとした俺を見て、青頭巾が走り出す。後ろから、屋根に飛び乗り木材が軋むような音が聞こえた。奴が俺を無視して合流を目指そうとしたらどうしようかと考えたが、ここまで来たら奴に俺を逃す気はないらしい。駆け出し勢いをつけた俺は、風纏を使用し、空へ飛び上がった。


 頭の中で奴を誘い込む算段をつける。そのためには演出が必要だ。まるで俺が勝ち目もなく逃げ出しているような、そんな感じに。


 奴を振りほどこうとしているような、そのように見せかけるために牽制しようと太刀風を放つ。それに合わせて風の霊弾、小さな春疾風も放った。


「無駄だと気づかんのか?」


 奴は速度も落とさず、そのまま口を開いて俺の太刀風を食らった。奴が口の中で俺の霊力を咀嚼し、それを吐き出して俺を撃ち落とそうとする。


 風纏の速度を上げれば避けるのは簡単だが、奴に自分が優位に立っていると思い込ませたい。


 奴の攻撃を、当たるか当たらないかぐらいのところで避ける。奴の霊力で上書きされた春疾風が、脇腹を擦った。


 奴が速度をもう一段階引き上げる。これは好都合だ。『風輪』を今度は使わず、『地輪』を用いて再び大地の槍を作り出す。


 奴は自らを止めようと向かってくる槍を見て、少し笑った。何故ならば、その大きさが先ほどと変わらず奴が食える大きさのものだったからだ。


 向かう槍の数は、五本。そのうち二本を奴が霊力を纏わせた拳で破壊し、残りの三本をそのまま食らった。


 それを見て、わざと苦虫を噛み潰したような表情を作る。まるで打つ手がないような、そのような顔を意識して、舌打ちをした。


 このまま奴を誘い込む上で、『火輪』と『水輪』を使うべきかどうか考える。しかし、ここで奴に見せていない札を見せることによって、奴が警戒して追ってこなかったりしたら面倒だ。使うのを控えることにしよう。


 後ろへ振り向き、奴を睨む。奴は口角を上げ笑ったままで、不気味だ。しかし奴が調子に乗れば乗るほど、こちらの勝機が見えてくる。


 空から町を見回す。


 民衆は皆避難したのだろうか。あたりに誰かが争う音以外の、音が存在していなかった。







 奴がさらに速度を上げる。それに合わせて風纏に回す霊力を増やさず、あえてこのままの速度を維持した。もし最初から逃げるつもりだったのなら、鼻から最高速で逃げるだろう。それなのに不自然に速度が上がったら、変だ。奴に違和感を与えたくない。


 しかしこのままでは追いつかれてしまう。それを妨害するように、さらに土塊の槍と太刀風を放った。


「それしかできぬのか貴様はァ! 背を向け逃げるなど、言語道断よ! 防人ィッ!」


 奴が高笑いしながら、俺の攻撃、その全てを食らう。喉を鳴らす音。それを無視して一度着地し、曲がり角から大通りに飛び出た。


 そこには、陣形を組み魔物と戦っている集団の姿がある。赤い鉢巻を巻いた一団と、蒼い制服を着ている槍持ちが入り乱れていた。一人の兵が、血を流し倒れ込んでいる兵士の腕を肩にかけ、引きずりながら下がろうとしている。


 共に手を取り魔物と戦うべき人間が争い、互いに血を流していた。


 どうやら奴を誘い込み移動するうちに、秋月と防戦隊の元へ戻ってきたらしい。第玖血盟と交戦する彼らは魔物をその槍で貫き、秋月は霊弾を放って空飛ぶ魔物を撃ち落としていた。第玖血盟の姿は見えず、どうやら眷属の群れの後方に控えているらしい。あくまで他の血盟と合流しようというスタンスを崩さない形だ。


「玄一!?」


 こちらの姿を確認した秋月が、目をまんまるにさせた後、俺を追う第拾壱血盟である青頭巾を見て、さらに驚く。一目で状況を理解したであろう彼女が、俺を支援しようと指を向け、霊弾を放った。その威力と素早さは、俺が今まで見たもので一番だろう。


 彼女の霊弾がまっすぐ飛ばずに弧を描きながら、奴の元へ向かう。左側から奴を殺しうる威力を以って放たれた霊弾を前に、青頭巾はまた口を開き、それを食らった。


「何よあれ......! 玄一! 下がりなさい!」


 こちらを心配する彼女が決死の思いで叫ぶ。良かった。味方をも騙しているのだから、きっと十分だろう。


 奴がどんどん近づいてくる。その殺意。その霊力。その威容。


 冷静でいようと自らに言い聞かせるも、奴が肉薄してくるのに合わせて鼓動が早くなった。


 自らを落ち着かせるために、考える。このタマガキに訪れてから、俺は空想級に敗れたとはいえ、間違いなく強くなった。事実、こうして下位とはいえ血盟とも戦えている。俺の周りに強者が多いだけで、このヒノモトにいる防人の八割方は血盟と一人で相対できないだろう。しかし、それは俺の強さを相対的に評価した時だけだ。



 俺は、満足できない。皆が夢見て諦めた、その果ての最強に至るまで。



 魅せたいんだ。俺の底力を。



 息を大きく吸って、自らに言い聞かせるように。奴に聞こえないくらいの声で。


 宣言するように、呟いた。




「俺が魅せる」




 風纏を解除し、着地する。それを見た奴が、地を削りながら速度を落として、叫んだ。


「ようやく覚悟を決めたかァ! 貴様の血肉! 我がものとさせてもらう!」


 奴はこちらを追い込んでいると思っている。それを一瞬で覆す。勝利の確信を持っているものほど、脆い。奴の絶対的優位を一気に崩し、流れるように葬ってみせよう。


 打刀に纏わせていた『風輪』を解除。その代わりに『水輪』を纏わせた。


 先ほどと同じように、奴が土槍を放つ。


「無駄だというておろうが! 食らわせてもらう!」


 奴の口元に土槍が入り込む瞬間。続けて奴が食えるかどうか直感的に判断出来ない大きさの大槍を、四本生成し奴に向け発射した。そしてその大槍と同時に奴の元へ一気に、最高速で駆け出す。その一歩で地面がへこみ、土塊が飛んだ。


 奴が俺の動きを見て、まずは先に飛んできた土槍を食らおうとした。それは奴の喉を貫くことが出来ず、先ほどとなんら変わらない。ただ違うのは、土の組成。


 奴が口に含んだ土槍を飲み込もうとして、目の色を変えた。最初に放ったその土槍には、『水輪』から構成された水分が少しだけ含まれている。奴の口の中で土槍はどろどろに溶け、奴の喉でへばりつく。先程のものとなんら変わらぬ土槍と思い込んでいた奴は、飲み込むのに時間がかかるだろう。奴にとって絶対的であったその霊技能が、今全く警戒していなかった土槍によって完全に封じられた。全てはこの一矢に賭けるため。その隙を狙う━━!


 口を閉じたままの奴の元に、向かうは四本の大槍。これを避けようと、奴が後ろへ転がった後天高く跳躍した。地上から見上げると、奴の姿が太陽と重なっている。


 打刀に再び『風輪』を纏わせ、霊力を流し込み、大地を蹴って急上昇。焦っている奴は宙に浮き、動けない。


 二刀を右に構え、回転し勢いをつける。俺の体を纏う翠色の霊力の中に、一本の黄土色の軌跡が混ざった。


 向かう俺を見た奴が、声を出す。


「んあ」


 一閃。二刀に陽光が当たり、光り輝いた。


 空の上で首が飛び、血の雨が降る。



「第拾壱血盟。青頭巾! この新免玄一が討ち取った!」



 血に濡れた二刀を見た防戦隊員が、大きく声を上げた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る