第四十九話 第玖血盟

 

 椅子や机のないロビーは話し合いの場として適切ではないと判断したのか、山名が会議室に場を移すよう提案した。ロビーから移動しようとした俺たちに、踏破群の副長を名乗る女性と資料を持った本部係官が帯同する。先日、俺が秋月に吹っ飛ばされた第二会議室へ向かった。


 会議室の中へ入ると、副長と係官、そして青髪の護衛は席に座らず、それぞれ関永、山名、成瀬の後ろに立ち、待機していた。山名の目配せに気づいた係官が、今回訪れた面々にタマガキで起きている連続殺害事件についての資料を配る。俺たちタマガキの防人は先日資料を受け取ったが、その資料の情報は更新され、昨日のことについても触れられていた。


 それを見た関永が副長に声をかけ、彼女が係官と同じように資料を配った。その資料の題名は......第玖血盟 屍姫と記されている。その資料はなかなかに分厚く、ページを素早くめくって確認してみると、その半数の内容が彼女の能力についてのようだった。


 資料を係官が配り終わり、各々が概要に軽く目を通したあたりで、山名が口を開いた。


「その資料には今現在タマガキで起きている、連続殺人事件についての情報が記されている。その内容と今回踏破群から受け取った情報を照らし合わし、確認していきたい。関永。頼めるか」


 それを聞いた関永が踏破群の資料を手で軽く叩き、話し始める。


「無論です。この受け取った資料はしっかりと確認しておきますが、できれば先に血盟の情報を共有しておきたい」


 それに異論がないことを確認すると、彼が続けた。


「事の始まりは、このタマガキと同じように帝都で殺害事件が起きたところからです。その現場に居合わせたと思われる踏破群隊員が犠牲となり、踏破群隊員をも殺し得る殺害犯の戦闘能力から、血脈同盟を含めた反政府組織と断定。この案件は第四踏破群の管轄となって調査を開始しました」


 彼が資料のページを開くのと同時に、俺も資料を開いて確認していく。そこには殺害現場の精巧なイラストが含まれており、それはタマガキで行われているものと酷似していた。


「情報や手がかりを集めるうちに、殺害犯の隠れ家と思われる廃屋を発見。そこで張り込みを行い、血脈同盟団員の姿を確認しました。加えて、団員を捕縛し情報を聞き出そうとしたところ、その男が自死したことも報告しておきます」


「そこから更に我ら第四踏破群は調査に邁進まいしんしようとしました。しかしながら途中散発的な血脈同盟の襲撃を受け、これを撃退したものの、襲撃の際、今回の案件に血脈同盟幹部である血盟が関わっていることが確定。指名手配犯である血盟を排除しようと何度も踏破群の方から敵組織への襲撃を繰り返したのち、血盟が西の方へ敗走していきました。それから今に繋がります」


「他の詳しい情報については各々で確認していただきたい。今ここで、俺が皆に覚えておいてほしいのは第玖血盟についてです。二五頁を開いてください」


 二十五頁には手配書以上の細かい容姿や人物像が記されている。そこには屍姫の立ち絵が描かれており、その容姿はごくごく普通の少女にしか見えなかった。


「第玖血盟 屍姫。年齢は十六。楽観的な性格とは裏腹に、彼女の特霊技能は途轍もなく凶悪なものです。そこでその特霊技能について、今回話しておきたい」


 敵の霊技能。今まで秋月や師匠と、防人と戦ったことはあるが、お互いの命を懸けてのものではなかった。これから、同じ人間と殺し合いをすることになる。いつかその日が来るだろうと漠然と感じていたが、気を引き締めなければ。


 あの夜、自分の目で確かめた殺害現場を思い出す。

 あれは、人の所業ではない。



「彼女の霊技能。それは━━━━」



「死者蘇生です」



 そんなものがあってはならぬと、心が叫んでいた。



 




 詳しく資料を読み込んでいく。関永は死者蘇生と銘打ったが、実際にはそれと程遠いものだった。死亡した人間、魔物、ありとあらゆる生物を眷属化させ、それを使役する能力。なぜこんなにも彼女の能力についてページを割いているのか疑問だったが、それは屍姫の眷属それぞれの能力の資料も含まれていたからだ。ただし、そこには注意書きがある。それは、資料で取り上げられた眷属はあくまで現時点で確認されたものだけであり、他にも多くあるだろうという警告だった。


 ......死者を侮辱し弄ぶなど。とても考えられないような、そんな恐ろしい能力だった。


 防人の領域に至る霊技能というのは、その人間の願望や、起源を含んでいることがあるという俗説がある。幸いにも、今まで俺の周りにはそのような非人道的能力を持っている人はいなかった。それは、皆が恵まれていたからだろうか。もしこの説が真実ならば、一体血盟になるような人間はどのような背景を持っているのだろう。


「血盟の通称がその能力と関連しているというのは俗説であるが、それを踏まえた上でも屍姫しきという名はその能力に適当であると言えます。彼女が使役する人間や魔物は生前の能力をそのまま引き継ぎ、かつ痛覚や生物としての機能を失っている、まさしく死兵であると」


「我々は共にこの第玖血盟という軍勢と戦うことになりますが、それが対人戦とも、魔獣戦とも違うものであるということを忘れないでいただきたい」


 関永が力強く、念を押して言った。








 関永の話が終わった後、殺害現場や、資料についての質問をお互いに投げかけ合い、気がつけばかなりの時が経っている。最後に山名が今後の方針について話し合いたいと言って、それを関永が快く受け取った。その上で、現在タマガキ側が行なっている対策を説明する。まあ具体的に言えば、防戦隊の警備強化、甚内による独自の調査と、俺と秋月による見廻りのことだ。後者に関してはまだ一度しか行なっていないが。


 それを聞いた関永が、彼の見解を述べる。


「意外とタマガキ側はそのままで良いかもしれません。踏破群とは違う別口での調査を行い、その上で犯行が行われる夜の警戒を行う、か。よし。踏破群は日中の調査および警邏を行います。何かことが起これば共に協力して相対することとしましょう。成瀬殿は異論ないか」


 成瀬が顎を手にやって、返事を返した。


「ふむ。下手に協力して失敗するよりかはお互いが独立した行動を取るべきであろう。問題ない」


 山名がその答えを聞いて、頷く。


「わかった。そちらに参謀の輝明をつける。何かあれば彼に言ってくれ」


「了解した。感謝します」


 話が終わったと見るや関永が立ち上がり、それに続いて成瀬も立ち上がった。彼らの前に係官が駆け寄り、宿舎への案内を行おうとする。成瀬とその護衛はそれに従ったが、関永はまだ用があると言って、断りを入れた。


「郷長。私は今すぐ調査に移る。時間が惜しい」


「わかった。甚内。お前が頼りだ」


 甚内がその場から消える。それを見た関永は特に驚きを示すことはなく、こちらの方へ歩み寄ってきている。


「郷長。この防人を借りてもいいですか。少し話がしたい」


「いいだろう。この場は解散とする。各々、踏破群が提供した資料を読み込んでおくように」


 それを聞いた秋月が資料を机の上で揃えてから、立ち上がってドアの方へ向かう。


「わかったわ。じゃあ私はここで失礼するわね」


 秋月が軽やかに歩いて行った。この場に残ったのは俺と、山名。そして関永。一体何の用だろうか......理由は明白だが。


 彼がこちらの方を向き笑いかけて、言った。


「初めまして。玄一。帝都から出立するときに君の存在を初めて師匠から知ったので驚いたぞ。君の兄弟子あにでしにあたる関永だ。兄さんとでも呼び、慕うといい」


 その発言にどう返せばいいか迷っているところに、山名がツッコミを入れる。


「急に距離を詰めていくのだな」


 その指摘を聞いた関永が高らかに笑った後、説明する。


「いや何、今まで弟子や弟弟子おとうとでしを持ったことがないので分からなかったですが、肩書きだけでも弟分というのがこんなにも可愛いものとは思わなかったのです。郷長」


「ふ。そうか」


 関永が再び俺の方を向き直り、屈託無く笑いかける。彼の人柄がその雰囲気から伝わってきて、皆が彼は信頼できると言った理由が分かった気がした。


「それに、秋月や甚内も息災で良かった。他の防人もよくやっていますか」


「ああ。問題ない」


 彼が訪れたのは三年前。三年間もあれば、この不安定な世界では多くの変化があっただろう。現に三年前、俺は防人ではなかったしな。


「玄一。俺は君の唯一の兄弟子あにでしとして、出来ることはしてやりたいと思っている。血盟と戦うためにタマガキにいる期間だけにはなるが、力を貸そう。何でも言ってくれ」


 このタマガキにいる人たちで俺と関わりのある人は皆、年上ばかりだ。山名は言わずもがな、年齢があまり変わらないのは御月だけだし、甚内はオッサンだ。見た目がかなり年下な秋月は三十を超えている。らしい。そういえばアイリーンはいくつなのだろうか。......彼女の振る舞いを思い出す。あいつだけ年上という感じがしない。


 そんな環境の中で他の仲間には感じなかったものを彼は持っていた。彼は少し年上の男性が持つ頼り甲斐のある空気というか、親しみやすい感じというか、言語化し難いものを持っている。それでいて、踏破群群長を務めるほど強い。


 そんな頼り甲斐のある空気に、今自分が感じている焦燥をこの場で吐き出してしまいそうになった。


 強く、なりたい。


 あの日感じてしまった。果たして、自分は本当にあの領域に至れるのかと。


 出来るかわからない。自信を失ってしまった。


 だけれど。


 御月と同じくらいに。皆を、弔えるぐらいに。強くなりたいんだ。



 彼になら、頼めるかもしれない。



 彼の方へ背筋を正し、向き直って頭を下げた。



「関永さん......いや、兄さん。俺に戦いを教えてくれないか」


 関永からの反応がない。下げた頭を少し上げ、彼の方を覗き見る。



 俺の言葉を聞いた関永が目を見開いている。その様子を山名は無言でじっと見つめていた。関永がゆっくりと目を閉じた後、目頭を摘んだ。そして、天井を見上げた後、俺の両肩を突如として掴む。


「ハハハハハ!! 弟分の頼みだ! 俺に全て任せろ!」


 頭を勢いよく上げて、彼の方を見た。もし俺が今の自分の姿を見ることができたら、目を輝かせた自分の姿に驚いたかもしれない。


 兄さんが左手の親指を立て、こちらを見る。


「どうせ今日は踏破群も動けん。なんだったら今すぐ見てやろう。それに加えてタマガキにいる間時間を取る。実戦時と変わらぬ装備を持って、待ち合わせ場所に来てくれ」


 無意識ながら息を漏らした。


「ありがとう! 兄さん!」


 期待で、心が躍る。今すぐ家に帰り他の装備を取ってこなければ。彼に聞きたいことや、やってほしいこと、教えてほしいことが俺の頭のあちこちを駆け巡り、少しどころじゃなく慌てる。


 トントン拍子に進んだその話を見て、山名が今日一テンションの高い関永の方を、何とも言えない顔で眺めていた。




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