第四十八話 第四踏破群
昨日の夜、秋月と共に、怪しい人影とその男が犯人と思われる殺害現場を発見した。本部にそのことの報告を入れた後、家に帰り、夜も遅いので直ぐに床に就いた。今日はなんといったって踏破群がやってくる日。寝不足の状態で出たりしたら、西の防人として良くないだろう。ある程度十分な睡眠時間は確保できたので、問題は無いと思うが。
踏破群が到着するのは今日の昼。本部ロビーにて迎え入れるらしい。その準備や昨日のことについて話し合うために、俺は本部ロビーに昼前から訪れていた。開けっ放しの扉を通り、ロビーの中へ入り込む。
ロビーには目を瞑り考え込んでいる山名。昨日と同じく武装した状態の秋月がいた。甚内はまだロビーにやって来ておらず、彼と俺を皆で待っているような状態だった。
俺の到着に気づいた秋月がこちらを向き、山名が目をゆっくり開いて俺を見る。
「おはよう玄一。良く眠れた? ......それは無理があるかしら」
「いや、少し時間は短いが、いつも通り眠れた。問題ない」
「……そう。よかったわ」
彼女との付き合いは短いが、来るのが遅いわね、このバカ、と言ってくるのを確信していたので、意外だった。もしかしたら甚内が言っていたように自分の強さを見せつけようと張り切っていただけで、本当は柔らかい人なのかもしれない。いやでもあのことを思い出すのはやめよう。危険だ。
俺が訪れたタイミングで、ちょうど良く甚内も天井から降りて来た。普通に扉から入ってくれば良いのに、もうツッコミを入れるのはやめておこう。
「揃ったな」
山名がずいっと前に出て、俺と甚内、秋月に向かい合う。
「今日の昼、踏破群が訪れる。これをここにいる全員で迎え入れる予定だ。昨日伝えたこともある。もし、気が付いたことがあれば言ってほしい」
俺たち全員がその言葉に対し頷きを返した。山名がそのまま続ける。
「早めに集まってもらったのは他でもない。昨日の夜、玄一と秋月が発見した犯行現場のことだ。既に甚内と兵員が現場検証を行い、いくつかのことかが明らかになった。それに加えて報せておかなければいけないことがある」
全員が彼の語りに集中して耳を傾けている。真剣そうな表情をして、山名のことを見つめていた。
「まず一つ。他の殺害現場との比較を行った結果、複数犯である可能性が高い。敵は一人ではないだろう」
昨日、あらかじめ他の殺害現場に関する資料を受け取り目を通しておいたが、これは他の殺害現場に関しての報告書を見れば明らかなことだ。刀傷が付いた被害者、食われた被害者、縊り殺された被害者と殺害の方法があまりにも多岐に渡り過ぎている。霊力による残滓検出はあまり上手くいっていないようだが、ほぼほぼ間違いないだろう。
「二つ。踏破群が道中、第玖血盟 屍姫による襲撃を受けた」
甚内が身構え、秋月が霊力を漏らし、空気が一変した。
「戦はどうなった」
「屍姫の眷属による攻撃を受けたらしい。部隊はほぼ無傷だ。しかし、西のどこかに血盟がいるのはこれでほぼ確定となった。間違いないだろう」
皆が息を呑む。分かりきっていたことだが、敵が近い。この場にいる全員がその感覚を共有していた。
彼が、左腕を挙げ水平に空を切る。その勢いで風を切る音がなった。
「ここからどうなるかわからんが、総員奮起せよ! 防人として西の民を守り、血脈同盟を撃破する!」
その場にいた全員が、それに敬礼を以って答えた。絶対に、昨日のようなことはもう起こさない。
踏破群が訪れるまでの間、各々がそれぞれのことをして暇を潰していた。俺は刀を眺めながら、手入れをしている。秋月は踏破群が来たら起こして、などと言いその場で昼寝を開始し、甚内はどこから取り出したかもわからない苦無を弄っていた。山名は目を瞑りただ時を待っている。
防人の俺たちしかいなかったロビーには続々と他の部隊長なども集まり、そこには参謀の輝明や防戦隊隊長の伏木さんの姿もあった。二番隊は前線には出ずタマガキに残っているのか。
すると、ロビーから郷の門の方に繋がる階段への通路から、兵の一人が小走りでやってきた。その兵士が山名の方へ行き、彼の前で
ロビー全体が緊張するような、されどそれと同時にワクワクするような空気で包まれる。それも当然。今の今まで踏破群が公式に訪れたことはなかったのだから今、俺たちは歴史が変わる瞬間に立ち会っているということになる。それに加えて、内地で最精鋭と名高い踏破群がどのようなものか、皆が一個の武人として、期待していた。
階段を登る軍靴の音が聞こえてくる。そこから、通路に入ったようだ。来る。
ロビーに隊列を組んでやって来る。隊の先頭を歩くのは黒の軍服を身にまとい、指揮棒を持った参謀のような男だった。槍を背に持ち、海のように青い髪を持った女性がその男に侍っている。
続いてやって来たのは武器を持たず、無手の男。見た瞬間確信した。この男がこの踏破群の群長だ。もちろん他の後ろに続く隊員が同じ制式装備を来ているからという理由もあるが、場に与える圧力が違う。彼の霊力やその佇まいが、彼の存在を強く主張していた。ビリビリとその感覚が直接伝わってくる。
この踏破群の制式装備は白を基調としたものだった。例えると西洋の軽鎧のような見た目をしていて、胸当てやすね当てなど防具の主要な部分に意匠が加えられている。
彼らの白き装具が、外から差し込まれた陽光に反射する。
あの白さは塗装したような白ではないだろう。きっと使われた素材そのものが白いものなんだ。間違いなく量産された装備ではない。紛れもない特注品。今前線にいる特務隊のものと同じようなものだ。
隊の全員がロビーに入り、整列する。群長を除く隊員は合計で十一名。その動作は洗練されており、全員が寸分の狂いもなく静止した。参謀らしき男と槍の女は一歩下がり、待機している。一拍置いて、群長らしき男が前へ一歩出た。
「第四踏破群
関永の声は男性にしては高かったが、それが全く気にならない。彼の声には人の注意を引くような不思議な力があった。背は高く、180cm以上はあるのではないだろうか。目はキリッとしていて、鼻が高い。それに加えて彼の黒髪の前髪は上げられていて、彼の額が晒されていた。
彼の装備の形状は他の隊員と少し違う。彼の装備もまた白を基調としていたが、他の隊員のものとは違い透き通ったような鉱石を使用しているようだった。おそらく、この中で最も頑強で精巧な装備だろう。俺もあのような装備を、良い素材があれば作ってもらえるだろうか。テイラーに。
そう言った関永の右に、参謀らしき男が出てくる。しかしながら槍を持った女性は前には出ないようだ。変だな。この中だと関永の次に多分あの人が強い。副長か何かと思ったが違うのか?
「紹介しよう。彼が今回踏破群付き参謀となった
それを自己紹介のタイミングと受け取ったのか、成瀬という男が口を開く。
「内地より派遣となった参謀の成瀬だ。実働は踏破群となるが、その支援としてタマガキに訪れることとなった。よろしく頼もう」
成瀬と名乗る参謀が笑う。しかしながらその笑みは貼り付けたようなもので、他の人たちは疑問に感じていないようだったが、不気味なものにしか見えなかった。
成瀬の自己紹介が終わったのを確認した関永が、郷長の方を向いて言う。
「では、踏破群を宿舎に案内してほしい。道中襲撃があり彼らは疲弊している。よろしく頼みたい」
それを聞いた山名が頷き、口を開いた。
「輝明。彼らの案内を頼む」
「あいわかった。こちらへ参られよ。第四踏破群」
踏破群の隊員が輝明に続き、ロビーを去っていく。郷長が他の訪れていた面々に解散を宣言し、少しずつロビーから人がいなくなっていった。最後に残っていたのは、俺。山名。今尚苦無を見続ける甚内。秋月。群長の関永。そして成瀬とその護衛だけだった。
おのずと全員が郷長の元に集まる。近くで改めて見てみると、依然として強い霊圧を放っており、やはり関永の強さは間違いなく防人最精鋭といって間違いなさそうだった。あの時の御月ほどではないが、それに近い気配をしている。
関永が山名の方を向いて、深々と一礼した。
「お久しぶりです。郷長。こうしてまた共に戦える日が来るとは思ってもみませんでした」
「ああ。だがオレはもう戦えん。よろしく頼むぞ。関永」
「もちろんです。不肖、尽力させていただきます。それと、頼まれていた例の物をついでに搬送してきました。使ってください」
「感謝する」
山名と関永の会話が終わったと見た成瀬が、郷長の方へ歩み寄った。
「改めて自己紹介させていただく。今回、第四踏破群を監督することと相成った成瀬だ。西に訪れるのは初めてではあるが、全力で事に当たらせてもらう。しかしながら......」
成瀬が手を顎に付け、指揮棒を強く握った。俺や秋月、甚内の方を見た後、鋭い目付きで、山名の方を見つめている。
「このような火急の際にタマガキの戦力が殆どいないとは何事か。帝は血盟の早急なる捕縛、ないしは殺害を求めておられる。帝の御意志に西の首魁とも言える貴方が反するおつもりか」
その指摘に対し、山名が焦るようなことはない。柔らかな表情で、しかしながら力強い声で反論した。
「確かに多くの防人を含めた兵員が先の作戦により前線に出払っている。しかしながら今ここにいる防人はタマガキの、いや西でも精鋭の防人だ。戦力が足りないとは考えていない」
山名が鋭い目つきで成瀬を見返す。眼光が凄まじい。しかしそれに臆することなく、不敵に笑いながら成瀬が論じた。
「ほう。しかし戦力が多いに越したことはないだろう。帝の御意志に早急に応えるためにも、今すぐ前線を引き下げ盤石な体制にし、血盟と相対すべきだ。今一度、帝の御為そう申し上げさせていただく。それに精鋭と言ったが、子供が一人に新人が一名。それに加えて暗部を担う防人が戦力か。十分とは片腹痛い」
その言葉を聞いた秋月が眉をしかめ、声を上げようとする。
「ちょ私は子供じゃな」
彼女の口を塞いだ。彼女を止めたのを間違いだとは思わないが、この絵面はちょっとよくない。人さらいの匂いがする。彼女の怒りは治らないのか、俺の手から何かを叫ぶ秋月の声が漏れ出た。ますますまずい。
甚内が横目で成瀬のことを見つめている。先の発言を聞いて苦無をいじる手がピタッと止まった。それを見た槍の女が霊力の気配を見せる。
一触即発。
しかしながらこの事態は、意外にもある男の言葉によって解決された。
「成瀬殿。これは帝から
成瀬が関永の方を驚いて振り向く。それを気にせず関永が続けた。
「それに個人的な意見を申し上げさせていただくと、あまり山名殿に無礼な態度を取らない方がいい。彼はサキモリ五英傑の一人だ。西は勿論、内地にも信奉者がおられることを忘れなきよう」
関永から反論があるとは思わなかったのか、成瀬がたじろぐ。ふんっと声をあげた後、小さな声で謝罪した。普段の雑な感じの山名しか見ていないので、このような英雄としての名声を持ち出されると反応に困る。今まで俺はサキモリ五英傑のうち三人と話したことがあるということになるが、全員変わっていた。しかし慕われているというのは本当だったんだな。何故だかわからないが、力を求める者こそ力を持つ者を敬うのかもしれない。
「よし。それではこれより今まで西で集めた情報と踏破群の情報を統合し、共に方針を決めたい。異論無いな」
その場にいる全員が了承する。こうして情報の共有が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます