第8話『節穴』
「……夢、か?」
布団の上で俺は、つい先程までの出来事を整理する。王様ゲーム第1回戦、ユウキとの対決は俺の勝利で幕を閉じた。その後、命令という名目の下で彼女には俺と協定を結んで貰うことを約束した。そして、現在に至る。
夢か現実かを確かめる為に俺は自分の右腕を見ると、そこには何も無かったと言わんばかりに俺の右腕がしっかりと存在していた。久方振りに見る右腕の存在に、俺は軽い感動を覚えたが、そんな場合では無いのは明白だ。
「右腕があるなら夢、なのか?いや、でも確かに――」
すると、俺のスマホが突然バイブ振動した。見ると、どうやら1件のLINEが届いたみたいだ。それを見るに、やはり夢ではないようだ。名前にはYUKIと書いてあり、内容を見ると、
『元気?』
と、至ってシンプルなものだった。名前からして、恐らく相手はユウキだろう。いつの間に彼女とLINEの交換を
『元気だよ。ユウキで合ってるよね?』
メッセージを送った瞬間、すぐに既読の文字が表示され、その数秒後に返信が来た。
『そうだと言ったら?』
冗談めかしたユウキの返信に、思わず吹き出してしまった。そっちがその気ならば、こっちも乗ってあげようではないか。ポチポチとスマホで返信のメッセージを打ち、それを送信した。
『その時は、右腕の借りを返してやるよ』
『イジワル』
数秒もしない内にユウキからの返信が届いた。画面の先で拗ねたような表情をするユウキが容易に想像でき、思わず笑ってしまった。
『ごめんごめん、冗談だよw』
俺の返信から数秒後、単眼の小さな悪魔のキャラがサムズアップをしている上に大きく『許す!』と、書かれたスタンプが送られてきた。その独特なセンスにまたしても俺の笑いのツボは刺激されてしまった。
俺は一度、深呼吸をして気持ちをリセットした。さて、ここからが本題だ。協力関係を結ぶ以上、お互いの素性はそれなりに知っておくべきだ。特に、所在地については関東か関西かは知っておくべきだろう。これから先、共闘や情報交換の為に何処かで落ち合う可能性だってあるわけだ。その際にあまりにも距離がありすぎたら、それは面倒な話だ。
俺はポチポチとLINEにメッセージを打ち込んだ。
『本題に入ろう。ユウキ、直接会うことはできるかい?』
まるで出会い厨のような構文に我ながら少し不安を覚えたが、俺の意図はユウキに伝わったようで、返信には粗方俺の想定通りのものが届いた。
『できるよ。場所はどこがいい?』
二つ返事で返ってきたユウキの返信に対し、俺はさらに返信を重ねた。次にすることは明確だ。
『関東なら、都内X地区13番地の八の字公園前。関西なら、ユウキの判断に任せるよ』
本当は関西の場合もこちらが指定しておくのがベストなのだろうが、
『なら関東で。けっこう場所近いし』
相変わらず早いユウキの返信にはそう書いてあった。負担を減らせてよかったが、驚いたのは彼女の所在地が指定の場所に近いということだ。尤も、近いと感じる距離は人それぞれだが、もし言葉通り本当に近いなら彼女の所在地はこの近くということになる。ここは11番地、13番地までは私鉄で2駅先、10分もかからずに着くほどの距離にある。それならばいっそ、11番地でもいいような気がしてきたが、念の為俺の所在番地は避けておくのが懸命だ。ゲームの参加者には、どんな奴がいるのか分からない。最低限の慎重さは常に持っておくべきだ。
『それじゃ、13番地で会おう』
俺はメッセージを送信した後、地下鉄定期券が内蔵されたSuicaを手に取り、それをズボンのポケットにしまった。
玄関のドアを開けると雲一つない快晴の青空が広がっていた。ジリジリと照りつける太陽を背に、俺はドアの鍵を閉めた。今の時期は秋頃だが、気温はまだまだ夏を引き止めて離さないでいる。この暑さが終わるのは、もう少し先の話になりそうだ。血気盛んに輝くお天道様にある種のうざったらしさを抱きながら、俺は駅への道程を進んだ。
「さてと、ここら辺でいいかな?」
目的地には体感およそ15分程度で辿り着いた。しかし、近くにはそれらしい少女の姿は見当たらない。取り敢えず、着いたことをユウキに連絡しようとスマホを開いた。スマホの時計は10時5分を指していた。LINEを開いてメッセージを送信しようとした時、ほぼ同じタイミングでユウキからのメッセージが送られてきた。
『着いたよ。どこにいる?』
着いた、と言われて周囲を見回したが、それらしい姿は見当たらなかった。とりあえず自分の場所を伝えようと、言われた通りに今いる場所の名前を送った。
『八の字公園の南時計台の下にいるよ』
八の字公園。公園を上から見下ろした時の形が、数字の8に見えることからそう呼ばれている。公園内に遊具はほとんどない為、子供の遊び場というよりも、老人たちの憩いの場使われることがほとんどだ。その他、待ち合わせ場所にも最適だ。
『あっ、いた。今向かうね』
どうやらユウキは俺を見つけられたようだ。しかし、何処を見渡してもコチラからはユウキは見つからない。ユウキはかなりの美少女なので、パッと見たらすぐに分かる筈だ。俺が周囲をキョロキョロと見回していると、トントンと後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、そこには長い黒髪を両サイドで三つ編みにし、黒縁の眼鏡をかけ、服は黒いパーカーにジーパンと、見るからに地味そうな少女が立っていた。パッと見化粧はしていないようで、こう言っちゃ悪いがお洒落っ気のおの字もないような見た目だ。
「あの、どちら様ですか?」
俺の肩を叩いた、ということは何か用があっての事だろう。思い付くとしたら、俺が落とした何かを拾いに来てくれたとかくらいだ。だがポケットを確認しても、落とした物は何も無かった。
「まさか――」
まさか、彼女もゲームの参加者なのでは無かろうか。そう思った瞬間、俺は半ば本能的に身構えた。
何故か反応することがない素王の能力。今までこいつが機能しなかった相手といえば、あの性悪女くらいだ。飄々した態度の癖に、その実は冷酷無慈悲なあのサイコパス野郎くらいだ。素王が動きを示さないということは、眼前の少女は奴と同等か、それ以上の力を持ち合わせていると考えるのが妥当だ。
まずい、このままでは本当に負ける。冷や汗をかく俺に対して、少女はスマホをゆっくりとこちらに向けた。来る。そう思い、とっさに身構えた後、バックステップで後ろに下がった。しかし、いつまで経っても攻撃はこちらまでは届かない。恐る恐る少女の方を見ると、コチラをジト目で見つめながら尚もスマホの画面をコチラに向けていた。
画面をよく見ると、そこにはLINEのトーク画面が映し出されていた。それも、ただのトーク画面では無い。非常に見覚えがある会話のやり取りだ。
俺が呆気に取られていると、少女は小さな溜め息を吐いた。黒縁の眼鏡を外し、両サイドの三つ編みを解いた後、何か言いたげにコチラを睨み付けた。
その顔を見て、ようやく気が付いた。なるほど、どうりで素王が反応しないわけだ。
「――もしかして佐野くんって、バカ?」
ユウキは奇妙なものを見るような目で、俺に問いかけた。
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