第6話『ハリボテの能力』

今回が俺が与えられた能力、これを活かす為には先ずは周囲の状況を把握するのが吉とみた。広さはざっと40畳程だろう、一般的な教室の広さとほぼ同じだ。窓やドアが設置されていないのは当然として、椅子の一つでさえも置かれてはいない。ただ殺風景な光景が広がっているだけであった。


続いて俺は、再度眼前の美少女を見つめた。硬い表情はその容姿のおかげで、知的でクールという印象を付与することに成功している。背丈は俺より頭半個分程小さく、それでいてセーラー服から覗く白い手足には、しなやかな筋肉が少なからず宿っているようであった。だが、唯一目だけは何処か異質だ。虚ろ目、という程でも無い。だが、何処か光が抜けたようなそんな――


「……あまり見ないでもらえますか?」


ここに来て、少女は初めて喋った。やや不機嫌気味に紡がれる言葉はしかし、まるで小鳥のさえずりの様な声から発せされるおかげで、依然彼女の印象は可愛らしい少女のままであった。


「嗚呼、すまない」


俺は軽く謝罪の言葉を述べ、彼女から目線を逸らした。気まずい空気が流れていた。少なくとも、これから戦う者同士の間に流れる空気では無いのは確かだ。もし、眼前の彼女に戦う意思がないのならば、無駄な戦いは避けたいというのが俺の本音だ。だが、そうもいかない理由があった。


「勝者の命令は絶対、か……」


やはり、この一文が非常に大きかった。勿論、命令に限界はある筈だ。だが、それでも人1人を思うがままに操れるこのルールは、強大つ強悪だ。王権という唯一無二の力も相まって、人間の支配欲をき立てるには十分なお膳立ぜんだてだ。眼前の少女も、腹の底では何を考えているか分からない。だが、少なくとも此方に素王の効果が発動した以上するべきはただ一つ。


「先に言っておく。降参する気は無いかい?こっちとしても、戦う意思がない相手を痛めつける趣味は無いから、出来るだけ穏便に済むとありがたいんだけどね」


出来るだけ焦りが見えないよう、俺はなるべく飄々とした態度を取るよう意識した。奇しくもそれは、レギナによく似たそれであった。そのせいか、少女の表情はより一層険しくなったように見て取れた。


「ごめんなさい。その誘いには乗れません。私には、やらないといけないことがあるの。だから――」


瞬間、彼女の周囲の空気が変わった。その空気の変化を幾度か感じたことのある俺は、それがなんの前触れか、不本意にも理解していた。気が付けば本能的に俺は屈んでいた。瞬間頭上に感じたのは、真っ直ぐに迫ってくる死神の鎌だった。死神の鎌、というのは単なる比喩表現に過ぎない。だが、頭上に通ったのは当たれば最期の確実な死の気配だ。思わず少女の方を見ると、彼女は右腕を横に広げていた。


「あなたには、ここで負けてもらいます」


言うが早いか、少女は横に広げた右腕を反対方向にブンッと振るった。腕を振るった際の衝撃波が此方にまで伝わってくるようであった。まるで、目に見えない空気圧の刃が迫ってくるような錯覚さえ感じた。その迫力に思わず身構えた。刹那――


「えっ――」


それは一瞬の出来事だった。だが、決して幻などではなかった。まず初めに目に入ったのは、宙を舞う物体であった。突然に視界に入ったそれを認知するには僅かな時間が掛かった。正体は腕であった。肘から上、もっと細かく言うなら上腕二頭筋の辺りくらいから綺麗に切断された腕だった。あまりに綺麗に切断されている為、それが本物の腕と認識するまで、これまた僅かなタイムラグがしょうじてしまった。何故こんなところに腕が。次に感じたのはその疑問だ。だが、それは直ぐにわかった。成程、見れば今自分の右腕は失われているではないか。受け身の態勢をとっていた右腕の肘から上は、綺麗な断面を晒して俺の手元から離れた場所に存在していた。それが、例の宙を舞う腕の正体であった。それら全てを理解するまで1秒も掛からなかったかもしれない。そして、全ての真実を理解した先に待ち受けていたのは――


「ぐおぉぉっ!!」


あまりの激痛に、俺は断面より下の部分を残った左手で押さえ、その場にうずくまった。断面を見れば真っ赤な血液がまるで間欠泉のように吹き出していた。


「あなたの能力がどんな物かはわかりませんが、その様子なら降参するのをおすすめしますよ。今ので分かったはずです。私の能力は、その気になれば人1人を殺めるくらい容易いことだと。次は、どこが飛ぶか分かりませんよ?」


まるで機械のように、淡々とした声音で語った。それがおどしではなく事実なのは、先の攻撃をくらった俺は既に身をもって理解していた。だが、そう易々と勝利を譲る訳にはいかない理由が俺にはあった。相手が強い能力ならば、尚更だ。


「悪いけど、その誘いには乗れないな。あんたが自分の目的の為に勝利を目指すように、俺も俺の目的の為に勝たなきゃいけないんだ――」


威勢よく言ったはいいが、右腕を失った俺がここから形勢逆転を図るのはかなり難しいことだ。唯一の突破口である俺に与えられた能力も、未だに使い道が分からないままであった。


剣を盾に、盾を剣に変える能力。


どんな能力なのかはすぐに分かる。問題はその使用方法だ。今の俺は剣も盾もどちらも持ち合わせてはいない。仮に剣を刃物全般と考えても、その刃物すら所持してはいなかった。ならば、一体何の為にこんな能力が付与されたのだろうか。


思わず深い思考に陥りそうになり、俺はハッと意識を戻した。そうだ、今は深く考えている暇などないのだ。原理不明の見えない斬撃、発動条件は彼女が腕を振るった瞬間、同じ方向に斬撃が真っ直ぐ飛んでいくといったところだろうか。


「威勢だけで何もしないつもりですか?そんな様子じゃ、あなたが私に勝つなんて不可能ですよ」


少女は冷酷無慈悲にそう言うと、今度は右腕を下から上へすくい上げるように振るった。だが、同じ手が通用する俺では無い。俺は咄嗟とっさに丁度彼女の攻撃先とは真反対の方角へ飛び、寸前のところでかわした。


「あんたの攻撃、当たらなければなんてことは無い。こっちは反撃の用意は整っているんだ」


俺のハッタリに対して、少女はうんともすんとも言わなかった。ただ、まるで無慈悲な殺戮マシーンのように腕を振るうだけであった。一体何がここまで彼女をそうさせるのか、俺には理解出来なかった。もしかしたら俺の想像すら及ばない、深い事情があるのかもしれない。だが、それならば俺にも負けられない理由があるのだ。こんなところで、のたばる訳には行かないのだ。


だが、意気込む精神とは反対に、俺の体力はいよいよ限界に近付いてきた。一方少女の方はというと、まだまだ涼し気な様子だ。当然だろう。一挙一動全てに全身の筋肉のバネを使って避けなければならない俺に対し、彼女の方はただ腕を振るうだけでいいのだ。燃費の問題から見ても明らかにこちらが不利だ。ゼェハァと荒い息を着く俺を、冷たい炎が宿った瞳で少女は見つめていた。


「もう体力も限界のはずです。次の一撃で、確実に仕留めますから」


まるで世界がスローモーションになったかのように、ゆっくりと腕を振り下ろす彼女の挙動が見えた。人は死を前にした時、それを回避しようと思考速度が上昇し世界がゆっくりに見えると言うが、成程それは正しかったようだ。しかし、世界がゆっくりになったところで俺に出来ることがあるのか。答えは、言わなくてもわかるはずだ。結局、何故あんな能力が与えられたのかは謎だ。今の俺には敵を切り裂く剣も、己の身を守る盾も、持ち合わせちゃいないのだ。


「――身を守る盾……?」


それはほんの小さな違和感だった。否、違和感と呼ぶにはまだまだ大きすぎるだろう。もっと小さな、例えるなら道端みちばたに転がる石ころのようなものだ。普通なら気にも止めないだろう。だが、もしこの状況を、僅かにでも変えられるのだとしたら――


腕を完全に振り下ろし切った彼女から、避けられない死の気配を感じとった。普通ならそれは蛇に睨まれた蛙の如く、成す術もないまま終わり時を待つだけなのだろう。俺もつい先程まで、そのつもりだった。だが――


一か八かの大勝負だ。俺は足元に転がっていた“それ”を拾い上げ、迫る死神の鎌を切り裂かんと振るった。


“剣を盾に、盾を剣に変える能力”。仮に剣の定義を刃物全般を指すもの仮定するならば、盾の定義とは何か。盾とは即ち、所有者の身を守るものだ。もし、身を守るもの全てを盾だと考えた場合、この場に唯一、それに当てはまるものがあるではないか。


「なっ!?嘘でしょ、そんなの――」


先程は成す術もないまま無惨に切り裂かれた。いや、何も出来ないわけではなかった。こいつが俺の身を守ってくれたから、俺はこうして反撃の刃を振るうことが出来たのだ。切り落とされた俺の右腕。身をていして俺の身を守ったこいつは既に、立派な盾だったのだ。


「言っただろ。反撃の用意は整っているってな」


すっかり形を変えた俺の右腕。打ち砕かれた盾は形を変え、反逆の剣になり敵を打ち倒さんと挑んだ。真っ直ぐに飛んで来た不可視の刃、剣はそれを横に真っ二つに切り裂いた。勿論、衝撃の姿こそ見えはしなかったが、握った剣からは確かな手応えを感じた。


「――舐めないで。言ったでしょう?あなたが私に勝つのは不可能です、と」


ここに来て彼女も本気を出したのか、立ち止まり腕を振るうに留まらず、走りながら空を斬る拳や蹴りを繰り出した。その全てが不可視の衝撃波となり、再度俺の身体を喰らわんと襲いかかった。空間を駆ける衝撃波、縦横無尽に荒れ狂う実体無き破壊の化身は、目に映る全てを壊す気さえ見えた。だが、幸いにも奴は脆い。それが、唯一にして最大の欠点であった。


慣れない左腕による剣捌き。素人目しろうとめからしても、それを剣技と呼ぶにはおこがましい程の酷い完成度だろう。だが、それは取るに足らない心配だ。今この場で必要なことは技の完成度ではない。如何にして相手を倒すのか、それのみである。


不可視の衝撃波とて、その発生源以上の動きはできない。拳が、蹴りが、真っ直ぐにしか進まないように、衝撃波も直線上にしか飛ぶことは出来ない。それを俺は、剣による一閃で真っ向から切り裂いていった。直感的にイメージした剣は紙のように軽く、そして抜群の切れ味を誇っていた。だが、そんな剣でさえも、限界値というのは確かに存在してしまうのだ。


「中々やるようですね。ならば、これならどうでしょう――」


そう言うと少女は両手をガッシリと絡ませ天に掲げると、まるでハンマーのように思いっきり振り下ろした。巨大で重厚な衝撃波が地面を抉るように駆け抜け、巨大な地響きを起こしながら俺の方へと向かって来た。


まずい、この衝撃は剣では退けることは出来ない。それほどまでに巨大な衝撃波だった。揺れ動く地面はまるで獣の行進、猛る轟音はまるで獣の咆哮。不可視の刃はその姿を、不可能の獣へと変えて、今度こそ俺を喰らい尽くさんと迫ってきた。


素王の能力に変化はない。つまり、今の能力で対処は可能と言う訳だ。何だ、何が答えなんだ。まだ俺の知らない使い道が、気付かない突破口が存在するというのか。剣が、盾が、指し示す範囲はまだまだ広いのだろうか。


いや、待て。逆に考えてみるんだ。剣と盾が指し示す範囲は変わらない。問題なのは、その力の矛先だ。今一度俺は集中した。先程は直感的なイメージだったのを、今度は確実なイメージへと変えて。


獣は着実に迫ってきた。ジリジリと狭まる俺との距離、刻む死へのカウントダウン。イメージしたのはそれらを塞ぐような、まるで遮断機のような――


いや違う。それでは不十分だ。迫る衝撃波を塞ぎ込む、拒絶する、獣すらも圧巻するようなもの。決して越えられない、超えることすら出来ない完全無欠の存在――


「嘘……。なに、これ……」


俺が先程まで握っていた剣。それは今、形を変えて獣の前に壁として立ち塞がった。壁、というのは単なる比喩表現では無い。文字通り、巨大で無骨な壁へと変化したのだ。壁に突撃した衝撃波は、そのまま成す術もないまま砕け散った。


「あんたと同じさ。あんたが本気を出したように、俺もちょっとだけ本気を出しただけさ」


勿論、半分はハッタリだ。土壇場で思い付いた奇跡にすら等しい。だが、こと本気という点に嘘はなかった。彼女は俺を殺す気でいた。ならば、その結末は――


「こんな、こんな……。こんなシナリオ、聞いていない――!」


途端に彼女の行動が取り乱したものに変わった。それまでの精密かつ合理的な攻撃は一変して、単調で無茶苦茶な攻撃へと変化した。これまでの冷静な行いからは考えられない行動の変化。その理由は分からないが、チャンスは今しか無いだろう。俺は壁を剣に変え、慌てふためく様を見せる少女目掛けて地面を蹴った。ジリジリと迫る俺と少女との距離。だが先程までと違い、今度は俺の働きかけによるものだった。飛び交う衝撃波を、左右に交しながら少女の元へと辿り着く。そして、少女のそれとは違い、形ある可視可能な俺の刃を少女の首へと近付けた。


「――あんたがただの怪物だったら、迷わなくて済んだんだけどな」


刃は、少女の首を喰らおうとはしなかった。僅かに押し当てられた喉元からは、真っ赤な血が剣を経由してうっすらと滴っていた。


「なんで、とどめを――」


少女は俺をまじまじと見つめた。その瞳からは最初の印象とは違った何かを感じた。恐らく、それが本来の彼女の瞳の色だ。


「勝者の命令は絶対、この勝負俺の勝ちでいいな?」


少女の能力の発動には、何かしらの体の動作が必要不可欠だ。彼女が動くのが先か、俺の刃が動くのが先か、彼女にとって結果は火を見るより明らかな筈だ。早々にその事を察したか、彼女が余計な抵抗をすることは無かった。


「何なりとご命令をどうぞ、勝者様」


諦め切ったのか、どこか皮肉めいた様子で自嘲気味に少女は言った。そんな彼女に対する俺の命令、それは――


「俺と、協定を結んでくれ」


次に視界に入ったのは、キョトンとした少女の顔だった。






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