第3話『爆薬王』

目覚ましが、憂鬱な朝の始まりを告げた。自らセットしたとはいえ、その鬱陶うっとうしい程の自己アピールに、俺は布団を被りたくなったが、そうもしてはいられないのは、自分が一番理解していた。


「わかったわかった。起きますよ……」


何時までも喧しく鳴り続ける目覚ましを止めると、俺は布団を退かしてベッドから降りた。


「――あれは、夢じゃないよな?」


一連の騒動は俺が見ていた夢である可能性は大いにあるが、何しろそれを確かめる術はなかった。


「可能性があるとしたら、王権か。けど、あの能力が本当だとしたら、一体どうやって使うんだよ……」


今も脳裏に刷り込まれている俺の王権の能力。あれが全てだとしたら、流石に情報が少なすぎではなかろうか。


「まるで説明書の入っていない道具みたいだな。どんな物かは分かっていても使い方までは分からないといったところか……」


どの道、それが真実かどうかは全て一週間後に分かることだ。今は、目の前の日常を送るとしよう。


俺は思考を一度リセットし、朝食の用意をする為にキッチンへと向かった。アパートの家賃と学費は両親がまかなってくれているが、それ以外は全て自分でどうにかすることを条件に、俺は一人暮らしを許可してもらっている。その為、少ないバイト代を節約している俺の冷蔵庫には、簡素な物しか入っていなかった。俺はとりあえず、牛乳とハムそれから戸棚にある食パンを取り出した。食パンにハムを乗せ、それをオーブントースターで焼いている間、テレビをつけると丁度朝のニュースの時間だった。


「続いてのニュースです。昨夜未明、都内X地区某所の建物にて、中規模の爆発事故があったとのことですが、原因は未だ不明。重傷者は十八名にも及び、内六人が死亡。警察は――」


「爆発事故か。てか割と近所じゃん……。怖いな」


丁度その時、トーストが出来上がった音がしたので、俺は再びキッチンへと向かうと、熱くなったトーストを摘み、それを皿の上に乗せた。リビングにあるテーブルに朝食を並び終える頃には、既にニュースの内容は別の話題へと切り替わっていた。


朝食を食べ終えた俺はあと片付けを済ました後、学校へ行く為の準備を始めた。そしてそれも済んだところで、アパートを後にした。高校までの通学路は都営地下鉄を用いて大凡おおよそ十数分程、そこから少しばかり歩いた程度に俺の通う高校がある。いつもなら大したことはないのだが、こと今日に限っては少し不安要素があった。


「爆発事故の現場、本当にこの近くだから不安だな。それに……。いや、まさかな?」


とはいえ、そんな気掛かりはほんの僅かなものに過ぎない。時間も少し押している為、俺はやや足速に駅へと向かった。


通り道にあった爆発事故の現場を見ようと近付くと、やはりというか、当たり前だが建物が原型を留めない程に倒壊していた。周辺には複数の警官がおり、その周囲もkeep outと書かれたテープにおおわれていた。


「うわぁ……。実際見ると中々酷いなこれ。これやっぱり――」


その時だった。突如、背後で凄まじい轟音が響いたかと思えば、強烈な勢いで熱風が押し寄せ、俺の身体を包み込んだ。熱い。流動する大気に合わせて、熱を帯びた猛烈な支配の衝撃波が、全てを飲み込まんとしていた。俺はその波に抗うように、背後で響いた音の元凶を凝視する為に振り返った。


「ちっ……。一人残っちまったか。残念、ワンショットキル出来ると思ったんだがな。そう上手くは行かねぇか」


見るとそこには、黒のスーツを着崩した長身の男が立っていた。ワックスで固めてあったであろう髪は無造作にかき乱されていて、ネクタイの着いていないワイシャツは第二ボタンまで開けられていた。男が言った通り、先の爆発で警官は全て跡形もなく吹き飛んでしまっていた。


「こういう時の俺の勘って、何で当たるんだろうな……。これが――」


僅かな気掛かりであった。根拠はない。ただ何となく感じただけに過ぎないが、こうも当たってしまうと、少し前のその思考を恨みたくなる。


男がこちらを睨みつけた。上から下まで値踏みするように、じっくりと観察していた。俺が女なら兎も角、男の俺をこうも舐め回すように見るのはどうなのだろうか。無論、俺が女だとしても、気分がいいものでは無いのだが。


「驚く様子が全くないってことは、恐怖の余り立ちながら気絶してんのか、それとも何も感じない狂人なのか……。或いは――」


この状況に恐怖していないと言われれば、答えはノーだ。事実、俺の心臓は自分でも驚くほどの速さで鼓動を刻み、冷や汗も止まらなかった。


だが、人間が極限状態でこそ冷静なれるというのは、俺が一番理解している。だからこそ、俺はこいつの正体が直ぐに分かったのだ。尤も、それは相手も同じ筈だ。


「王権持ちって訳か、俺と同じ」


男と俺の思考は、奇しくもこの瞬間だけ見事に一致していた。だが、まさか初日にいきなり王権を悪用しようとする者が現れようとは。昔何処かで、人は大きすぎる力を持った瞬間にその本性が分かるというような話を聞いたが、なるほどあれは間違っていなかったようだ。


「驚いたよな。つい昨日までただの社畜だった俺が、こんな馬鹿みたいな無敵の能力を手に入れたんだ。使わなきゃ損だろ?それに――」


瞬間、男がズボンのポケットから小石を取りだした。掌にすっぽりと収まるほどの大きさのそれを見て、俺の中の全神経が叫んでいた。そいつから離れろと。男は、小石を俺の方へと投擲とうてきした。だが、小石が空中を舞うのが早いか、俺は両脚に全神経を集中させ、渾身の跳躍を行った。大体飛距離は横に3m半ほどだった。


そして瞬間、つい先程俺がいたその場で、轟音と熱風が生み出された。だが、どちらも先の大爆発の比ではなかった。


「王権ってのは、王の権限だ。つまり、こいつで何をやろうが俺の自由って訳だ。どの道、こいつは爆発の証拠は残りはしない。完全犯罪を遂行するにはうってつけだろ?こいつを使って俺は、生意気な後輩と無能な同僚共。そして、今まで散々こき使ってくれたクソ上司に復讐してやるのさ!」


高笑いする男は、正真正銘の狂人であった。それは力に狂わされたというよりも、元々荒んでいた精神に強大な力が上乗せされた結果、それに拍車が掛かったといったところだろうか。


「だが先ずは……。目撃者でもあり、次のゲームの障害になり得るお前をここで消しておかないとな」


言うが早いか、男は再びポケットから小石を取りだし、今度はしっかり狙いを定めて俺に向かって投擲した。


まずい――


瞬間、死を覚悟する。だが、俺の身体は2度目の死は御免だと訴えていた。その訴えが俺の身体を勝手に動かし、小石との距離を華麗なバックステップによって切り離した。そしてまた、小石は熱風と轟音を置き土産に砕け散った。


「お前も王権持ちなんだろ?能力を使わねぇのか?それとも、使い物にならねぇくらいにクソ雑魚なゴミ能力なのか?」


男は余裕を見せながら聞いてくる。事実、男の言っていることは半分は正解だ。俺はこの能力の正しい使い道が未だ分からずにいる。実際、今だってどう使うべきなのか、そのタイミングが分からないままだ。


「ホントだよな。能力は使えなきゃ意味が無い。あんたみたいに単純明快で分かりやすい能力くらいが、一番丁度いいのかもな」


「ふんッ。精々ハズレ能力を引いてしまった自分を後悔するんだな」


そう言い放つと、男は小石を一気に6つ程投擲した。だが、さっきと違ってサイズが一回り小さい上に、その狙いはどれもめちゃくちゃだ。俺の身体は瞬時に全てを見切り、その全てを華麗にかわしていった。


「なるほどな。色々わかったよ、あんたの能力。爆発は投擲した物限定で、爆発のタイミングは投擲した物が何かに触れた瞬間。そして、爆発の威力と範囲は物体のサイズに比例するってところか?」


余裕を見せてはいるが、こう見えて内心はかなり緊張している。だが、戦いは相手に焦りの様子を見せた瞬間に終わるのだ。極限状態だからこそ成し得る冷静さを巧みに利用する、それが俺のやり方なのかもしれない。


「そうだとしてどうするんだ?能力が分かったところで、お前に何が出来る?何も出来ないよなぁ?俺と違ってお前の能力はゴミなんだからな」


これで相手が少しでも動揺の色を見せていれば、幾分か状況は変化したのかもしれないが、残念なことに全くと言っていいほど無意味だったようだ。否、無意味というのは誇張だ。唯一わかったこと、それはこいつな完全に俺を舐め腐っているということだ。


「あんた、随分余裕そうだな?」


「嗚呼。何せ、目の前にいるのが能力含めてゴミ同然なんだからな。さっきからちょこまかと避けているようだが、次はそうはいかねぇ。確実に叩きのめしてやるよ。ゲームセットだ。」


そう言うと男はポケットから再び小石を取り出そうと、ポケットに手を突っ込んだ。今だ。俺はここぞとばかりに全身のありったけの力を持って、俺史上最速の走りで男の元へと突き進んだ。


「なっ!?なんだお前、来るんじゃねぇ!正気か!?」


ここへ来て、男は初めて焦りの色を見せた。その一瞬の隙をつき、男が手にした石を無理やり奪い取ろうと、それに触れて引き剥がすように力を加えた。だが、意外にも筋肉がしっかりとしている男から石は奪えなかったばかりか、男の見た目以上に太い腕に薙ぎ払われ、地面に叩き付けられた。


「クソガキが。舐めプしてやってるからって調子に乗りやがって。もう容赦はしねぇぞ」


俺はそのまま、男に脚で何度も踏み付け蹴られた。その度に、身体中に鋭い痛みが走り、至る所に痣が出来るのを感じた。目からは痛みによる涙が滲み、来ている制服は足跡でボロボロになってしまった。


「くっ……そっ……」


身体が言うことを効かなかった。動かしたくても、疲労と痛みのせいで立ち上がるのさえ困難だった。


「今度こそ確実にゲームセットだな。死ね」


そして男は、まるで野球の投球フォームのように、小石を俺に向かって投擲した。絶体絶命の状況だ。打つ手はもう無かった。


否、それは嘘だ。ここで決めようじゃないか。逆転サヨナラホームランってやつを。真っ直ぐに飛んでくる小石に、俺は集中した。実際、これは半分賭けだ。失敗したら俺の命がこの小石と共に砕け散る、ハイリスクな賭けだ。


「あんた、一つの誤解しているぞ。俺の能力は――」


瞬間、小石は俺に当たるスレスレのところで、弧を描くと男の元へと向かっていった。まるでブーメランのように、小石は男の元へと帰還していく。


「なっ!?馬鹿な!そんなのアリかよ!?」


命の危険を察した男は、全速力でその場から離れた。だがもう決まっているのだ、男の敗北は既に。小石はまるで親鳥に付いていく雛鳥のように、男をしつこく追尾した。


「はぁ!?どうなってんだよ!」


尚も男は逃げ続けるが、彼の意志とは反対に段々とその距離は縮まって行き、そして――


小石が男の腰元に触れた瞬間、今日何度も聞いた轟音と、何度も感じた熱風がこれで最後と言わんばかりに激しい自己主張を行っていた。その衝撃で男の下半身が吹っ飛んで行くのが見えた。


「なん……。だよ……。あの能力は……」


ボロボロの身体のまま、自分よりもボロボロな人間の元へ、俺は近付いた。ギリギリ生きてはいるが、間もなく死に絶えるだろう。


「確かに俺の能力は使えなきゃ意味が無い。だが、俺は一言もゴミ能力なんて言っちゃいないさ。さっきの現象、あれはさっきお前が触れた石に帰巣本能を与えたんだ」


「ば……。かな……。そんな……。能力……」


自分でも言っていて驚くが、本当にこんな能力なのだからしょうがない。しかし、この状況は一体どうするべきなのだろうか。流石にこのまま何事も無かったかのように立ち去るのはいくら何でも不自然ではなかろうか。


「――れだ……。」


男は掠れた声で何かを喋りだした。だが、それは音として成立しておらず、俺の元へ来る前に風に乗って消えていった。


「なんだ?最後に何か言いたいことでも?」


「お前も、道連れだ――」


瞬間、俺は理解した。否、この状況ならば誰もが思うことだろう。この男、自爆する気だ。そして、俺もまた一つ誤解していたみたいだ。こいつの能力は小石を爆発ものだと思っていた。だが、あくまで小石は一つの手段に過ぎないのだ。恐らく男の能力は、触れた物なら何でも爆発させることが出来る能力。爆発のタイミングは物体が手元から離れた瞬間、別のものに触れた時。男はその能力を応用して、自分自身を爆発させる気だ。


「死ね、ゴミが。今度こそ、ゲームセットだ……」


自分自身の身体に触れた直後、男はその身体をうつ伏せになるように前へ倒した。これは恐らく、先の小石の比じゃないレベルの爆発が起こってしまうだろう。だが――


「さっきも言った筈だ。俺の能力はゴミ能力なんかじゃないと」


突然だが、俺がこの男が自爆すると気付いたのには、二つの理由があった。一つは男の道連れ宣言だ。そして、もう一つは――


「“能力が切り替わった”タイミング。それは、新たな困難が俺の元へとやってきた時だからだ」


俺の目の前には、自らの爆発で砕け散った男の残骸が転がっていた。勿論、俺含めた周辺への被害はゼロだった。


「あんたの時間だけを5秒進めたんだ。と言っても、既に聞こえちゃいないか」


危機が過ぎ去ったとわかった瞬間、急にどっと疲れた俺はその場にへばり込んでしまった。運が良かった。能力自体は危険だったが単調な能力であること、何より俺を舐めていてくれたのが幸をなした。俺の能力は、物に帰巣本能を与える能力でもなければ、時間を5秒進める能力でもない。


あの時、頭に入ってきた情報は、次のことを示していた。


素王そおう』――その場の状況を打破する為の能力が、あなたの王権です。


「初めは何の事か分からなかったが、陥った状況に適した能力がリアルタイムで与えれるとんでも能力って訳か」


尤も、まだまだ未知数な部分は多い。だが、こと能力者との戦闘においては、最強クラスの能力かもしれない。唯一欠点を挙げるならば、与える能力が非常に限定的なものだと言うところか。


だが、何も俺の目的は王様ゲームでもなければ殺し合いでもない。勿論、自分を殺しに来る相手に容赦をするつもりは無い。だが、あの場には望まずに来たものばかりなのだ。結果として、先の男のように能力を悪用する者もいるが、多かれ少なかれ戦いを好まない者もいる筈だ。故に、俺のすべき事は――


「一刻も早く王様ゲームとやらを終わらせる。その為に、俺はこの能力を使うんだ。それに――」


俺は、青髪の美少女を思い浮かべた。だがそいつに抱く感情は、恋心なんて甘いものでは無い。もっとドス黒い感情、言うなれば復讐心だ。


「受けてやるよ。あんたとの再戦。首を洗って待っていな」

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