王様ゲームの始まりです

星宮 司

第1話『招待状』

『おめでとうございます!あなたは選ばれました!』


アパートのドアポストには、それだけが書かれた手紙が投函とうかんされていた。


「なんだ、これ?なにかのイタズラか?」


真っ白なA7サイズくらいの紙に、横向きにプリントアウトされたゴシック体のシンプルで短い文面は、それだけで自己の存在を表そうとしているようだが、当然その真の姿を俺は分かるわけもなかったし、かと言って真実を知る術もなかった。


「よくわかんないけど気味が悪いな。後で大家さんに相談しておこうかな」


少々禿げ気味な屈託のない笑顔を向けるこのアパートの大家のおっさんを無意識に頭に浮かべながら、俺は部屋の鍵を開けた。


「ただいまー。って、誰もいる訳ないんだがな」


地方にある自宅を離れ、態々都内にある高校に通う為にこうしてアパートで一人暮らししているのだ。当然誰もいる筈が無かった。俺は鍵を閉めると、靴を脱いで真っ直ぐダイニングキッチン付きのリビングへ向かった。


「おかえり。待っていたよ」


一瞬、思考が止まった。だが、次の瞬間には脳がパニックを起こす程に、思考は高速で動きだしていた。


もし、自宅から帰った時、部屋で見知らぬ 者に出会したら、どうするだろうか。逃げたり、人を呼んだり、あるいは攻撃を行ったり、その選択肢は様々だろう。俺の場合、その選択は無意識に行われた。


「誰だよ、あんた。それに、何の用があって俺の家に?」


目の前で起きる異常事態に対する俺の反応は、自分でも驚くくらいに冷静だった。人はもしかしたら、ある一定ラインの非現実的な出来事に直面したら、逆に冷静になるのかもしれない。だが、冷静になることと、目の前の異常事態を対処するのとでは別物だ。


改めて俺は目の前にいる、真っ黒なフード付きのパーカーを深く被った小柄なそいつを観察した。声の高さから察するに、恐らく女性か、或いは声変わり前の少年か。何れにしても、俺の知り合いでは無いのは明らかだった。悲しきかな、自宅に招く仲の女性の知り合いは俺にはいなかった。少年は、言わずもがなだ。


「一つ目の質問に答えるね。僕はレギナ。性別は身も心も共に女性。西暦2003年、4月27日産まれの牡牛座。名前も誕生日も女王に因んでいるから覚えやすいから覚えといてね。あーあとね、血液型はAB型。身長は147cm、体重は36kg。スリーサイズは上から、Bバスト72、Wウエスト50、Hヒップ68。ナイスバディー、とは言えなくて残念だよ。ちょっとした組織の、幹部的な仕事を任されているんだよね。そこんとこ、よろしくね」


聞いてもいない余計な情報まで、レギナと名乗った女性はベラベラと語った。2003年生まれということは、俺より一つ年上ということになる。何故、歳の近い女性が俺の家にいるのか、当てはまる理由など勿論もちろん無かった。


「そして、二つ目の質問の答えは――」


俺は思わず息を飲んだ。さっきまで飄々ひょうひょうとした態度を取りつくろっていたレギナの雰囲気が、明らかに変わったからだ。レギナを囲む周囲の空間が一気に歪み出すような、目に見えないナニかを放つような、得体の知れない物凄いプレッシャーが、俺へと向けられていた。


「君を、殺す為だよ」


まるで機械のように無機質で冷徹な声で、彼女は俺の処刑を宣告した。それが結果に現れるのは、俺が思考を巡らせるよりも、僅かに早かった。


「えっ――」


力が抜けるのは、一瞬の事だった。だが、その一瞬が文字通り命取りとなった。いつの間にやったか、腹に突き刺さったナイフ。こいつのせいで、身体から力が抜けていった。そして――


「があぁぁぁぁぁ!!」


力が抜け、立っていられなくなった俺は、勢いよく床目掛けてうつ伏せになるように倒れ込んだ。その拍子で、辛うじて浅く突き刺さっていたナイフは、無理やり奥へとねじ込まれた。その際、想像を絶するような激痛が走ったのは、言うまでもなかった。


正気でなどいられなかった。


徐々に思考は、蝕まれて行った。


「まずい……。し、ぬ……。グアッッ!」


激痛の本流が、深く突き刺さったナイフから伝わってくるようであった。激痛に悶える。僅かに体が動く。その際、ナイフがさらに奥へと捩じ込まれる。再び生じた激痛に悶える。またしても体が僅かに動く。そして、ナイフははらわたの奥地へと侵入する。そうして激痛に悶え苦しむ。必然的に体の筋肉が反応を起こす。筋肉の伸縮運動により、ナイフが更なる深淵へと押し込まれる。激痛は永遠に続く。筋肉は震え続ける。ナイフは進む、何処までも――


そんな悪夢のような無間地獄が何周にもわたって繰り返された。悶え苦しむ俺の姿を、上から見下ろす影があった。俺は瞳だけを上に向ける。悪魔は、薄気味悪い笑みで俺を見下ろし、ニヤついていた。


「ふふっ。苦しい?辛い?死にたくない?惨めに生にしがみつくのはどんな気分?僕は、君のそんなゴミみたいな醜態を見て、凄くいい気分だよ。それに、いい悲鳴だよね。ゾクゾクしちゃう。そして――」


ついに痛みすらも感じなくなった。先程まで思考を蝕まんと破竹の勢いで流れていた、精神の波を乱す感情の激流は、嘘のように静まり返っていた。


ようやく抜け出せるのだ、激痛の負のスパイラルから。そんな風に考えていると、段々と身体から力が抜けていった。安心感ゆえだろうか。いや、今更どうでもいいのかもしれない。


力が抜けたせいなのか、体が思うように動かない。最初に感じた違和感は手足からだ。何かに縛られている感じも、重りが付けられているような感じもしない。ましてや、感覚が消えたわけでない。確かに、手足はそこにある。頭で認識しても、手足を動かすことは不可能だった。まるでプログラムの入力ミスのように、手足を動かすという構文だけがすっぽりと抜けてしまっているようであった。


その入力ミスは、ウイルスのように他の感覚にも共有されて言った。匂いが、視界が、そして音が、俺の世界から順に消えていった。


だが、痛覚を除く触覚だけはしっかりと俺の体に残されていた。


――血って、意外と暖かいんだな。


何も無くなった世界で俺は、己の腹部の温かみを感じ取った。それが、漏れ出す生命の炎なのかは見えない、聞こえない、臭わない俺には分かりはしない。


不意に、猛烈な眠気に襲われた。何も無い世界では、起きているのか寝ているのかさえも分からなくなってしまう。この眠気さえも、既に夢の中の出来事なのかもしれない。


「僕の勝ちだね。次は、もっと強くなってきてね」


消え行く意識の中、暗がりの中で微かに聞こえたレギナの声。もう既に音なんて消えたはずなのに何故聞こえたのか。そんなこと既に、俺の脳は興味を失っていた。既にもう、眠気を受け入れるだけしか出来ないからだ。

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