第198話 今年もあの日がやってきた
クリスマスを過ぎたらあっという間に正月が来るのはいつものことだけど、アキは今までそれを気にしたことはなかった。
そんなものに興味は無かったし、そんな機会もなかったからだ。
だけど、今年は嫌でも気になる。
というか、気にならないほうがおかしい様な大騒ぎの中で、彼は年の瀬を迎えることとなるのだ。
あの決闘の翌日。
昼頃に目を覚ましたアキだったが特に大きな怪我もなく、峰から『日常生活に差し支え無し』との診断結果が出た途端、医務室にやってきた虎子と常世に米俵の様に担がれ、そのまま武人会本部で行われていた毎年恒例のクリスマスパーティーの会場に投げ込まれた。
「よし! アキの祝勝会も兼ねて、盛大にやるぞぉぉ!」
という虎子の号令とともにパーティーのボルテージは一気に加速。アキは決闘翌日のボロボロの体を誰一人からも労られる事なく、そのまま夜までノンストップで大騒ぎは続いた。
そしてどんちゃん騒ぎが一段落した夜11時。
アキと春鬼は騒ぎ疲れて眠ってしまった澄とリューを急遽用意された客室まで運び、布団に横たえた。
広い部屋には同じ様に遊び疲れて爆睡する麗鬼や
「……結構な人数が寝てましたね」
アキは部屋の襖をそっと閉めながら言う。
「女性だけでこれだからな。男部屋はもっとだぞ」
「大斗さんと護法先生、すごかったからなぁ……」
「親父も酒が強くないくせに、無理をしていたな」
春鬼はくすくすと笑い、アキを見た。
「
「……俺が円に勝った事がですか?」
「戦友の息子の成長が嬉しいんだよ。しかも武人会の人間として戦っての事だからな。会長としても、有馬刃鬼としても、嬉しいだろう。それだけ期待されていると言う事でもあるがな」
「そ、それは結構プレッシャーですね……」
「気負うことはないさ。お前はお前なりに精一杯精進すればいい。それよりも……」
「……なんですか?」
「リューを頼んだぞ」
ハッとするアキ。
春鬼のリューに対する想いは知っていたが、その後どうなったかはついぞわからないままだ。
「あ、ええと……」
言葉を選んでいるアキに、春鬼はふっと軽い笑顔を見せた。
「まぁ、そういう事だ」
どういう意味だろう。
結局、告白をしたのか?
雰囲気的に、割と最近?
で、振られた?
あの有馬春鬼を振る女子が存在するのか?
アキの脳内では様々な思いが駆け巡るが、それを訊くのも野暮というもの。
でも知りたい……。
そんなアキに春鬼はため息をひとつ。
そしてがばっと前髪をかき上げると、彼の目つきが鋭く変わっていた。
「あんまり詮索してやんなよアキ。だから
そのとっぽい態度と口調は、彼の
「まぁつまりお前ががっつり決めろって事だよ。さっさとヤッちまえば? そうだ、いま寝てるし、別の部屋運んでさぁ」
「え、いや、それはちょっと……」
「冗談だよ。バーカ」
ケラケラと笑って
「じゃーな……と、そうだ。お前に訊いておきたい事があるんだったわ」
オーデッドは少しわざとらしく聞こえる様に言った。
その彼らしくない妙な雰囲気に、アキは少しだけ緊張してしまう。
まるでその為に出てきたというような口調だったからだ。
「な、なんですか?」
「……あの芙蓉峰って医者。お前は知ってるか?」
「芙蓉さん……ああ、俺を診てくれたお医者さんか……。いや、初対面です」
「そっか。ふーん」
「それがなにか?」
「……いや、なんでもねぇよ。じゃあな」
「?」
(なにが聞きたかったんだろう??)
今の質問には何かしらの意図があったようにも感じられるのだが……。
「あらぁ、アキくん? なにしてんのよこんなとこでぇ」
唐突に背後から『お師匠様』のゴキゲンな声がしたので、一発であれこれ考えていたことが吹っ飛んでしまった。
「師匠……飲み過ぎじゃねーか?」
そこに居たのは千鳥足でニコニコしている蓬莱常世だった。
「あなたは全然飲んでないわねぇ。あなたの祝勝会よ? だったら飲めよぉこのクソジャリがよぉ〜」
「口悪いなぁ〜、つーか俺は未成年だって。で、師匠こそこんなとこで何してんだよ」
「んー? 私はねぇ、姫様のお見送りよ」
常世は虎子の着ていた服を大切そうに手にしていた。
ということは、虎子は『充電』に入ったということだ。
「あ……そっか、もう週末終わりだもんな」
「楽しい時間はあっという間よね。この瞬間の切なさが年々堪えるわぁ……もう歳かしらね」
少し寂しそうな常世の笑顔が切ない。
……遠い昔から記憶を継承し続ける蓬莱の巫女。
彼女がかつての主君である龍姫、そして現在の親友である虎子に馳せる思いは他の誰よりも一段と深く、濃いのかもしれない。
だからアキも常世に共感するように切なくなっていると、常世は「あ、そうそう」と思い出した様に言った。
「アキくん、あなた1月1日から正武人だから。ご昇進オメデトー」
「……は?」
「わたしはちゃんと伝えたからね。じゃあ、お休みさないねぇ〜」
「え、ちょ、師匠? うわっ!」
常世はアキにもたれ掛かるように倒れ込み、そのまま彼を押し倒してしまった。
「ちょ、師匠! 寝ないで! 重く……はないけど、これはこれで、いろいろと良くないっ!」
スタイル抜群の常世の体は柔らかく、いい匂いがする。
いくら
この状況……健全な高校生男子代表・国友秋はかなりヤバい!
「師匠……マジで起きてよ……」
すると常世はふっと顔を上げ、すべてをお見通しというような妖艶な笑みを浮かべてアキに囁いた。
「……今回は良く頑張ったわね。ご褒美よ」
そしてアキの左頬にキスをした。
「え、あの……いま……」
呆然とするアキに、常世は色気を湛えた瞳と、大人の女性にしかできないであろう、まさしく艶笑で言った。
「世界中の兵士が夢にまで見るオーガのチューよ。どんな勲章よりも価値があるんだから……今後も死ぬ気で頑張りなさいよっ!」
そして唇の感覚も生々しいアキの頬を平手で張った。
パァン! と響く乾いた音。
「痛ってえ!」
「ふふふ、油断大敵ぃ〜。ここが戦場ならもう10回は死んでるわよ」
常世は可笑しそうに笑いながら立ち上がり、
「じゃ、オヤスミ〜」
と、何事も無かったかのようにふらふらと去って行った。
「……」
取り残されたアキ。
「……はぁ〜〜〜」
そんな深いため息をつき、いまだに柔らかさと鋭い痛みの両方を感じる左の頬を擦った。
「……マジで
そう呟き、再びため息をつくのだった。
「……って、正武人? 昇進?」
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