第59話 蓬莱神社のみこみこオーガ
その頃、アキは行き場を失い、仁恵之里を
(虎子に付いてって有馬さんとこ行くのもなんか違うよな……)
虎子が武人会本部へ行くのはあくまでもリューと勇次の試合の打ち合わせであって、自分の出る幕は全くない。昼飯目当てに現れたように思われるのも嫌だし、なによりアキのプライドがそれを許さなかった。
(虎子にそういう事すんなって言った手前、なおさら行けん……)
とはいってもすでに昼時。アキの腹はさっきからグーとかキュルキュルと賑やかに鳴っている。
(……プライドとかなんとか言ってる場合じゃないかも……)
なんて弱気な事を思い始めたその時だった。
(……ッ!! なんかいい匂いする……)
アキの鼻孔をくすぐる芳香は食べ物のそれで、おそらくは焼肉系のめちゃくちゃ食欲をそそるあの匂いだった。
(どこだ? どこかに焼肉屋でもあるのか??)
あたりを見回してもあるのは草と木と山ばかりで焼肉屋どころか民家すらない。しかし、見覚えのある石段はすぐそばにあった。
「……蓬莱神社?」
そこは仁恵之里に来てすぐの頃、理由は違えど同じように彷徨っていたときに訪れたことのある場所だった。
「この辺からいい匂いする……」
アキは無意識に石段を上がりながら、芳香が密度を増していくのを感じていた。
「なんでだ? 境内でバーベキューでもしてんのか?」
そして石段を登りきり、境内へとやってきたがバーベキューなど影も形もない。しかし、例のいい匂いはこのあたりからしている。
「……奥か?」
境内の奥でかすかに揺れているのは確かに煙だ。焚き火が爆ぜる音もする。
ゆっくりと近づいていくと、神社の奥の茂みの先に、開けた空間があった。
その一体は木々が刈り取られ、一見すると駐車場のようなスペースだったが、そこにあったのは車ではなく『丸焼き』にされた動物だった。
「うわっ! なんで?!」
目の前には漫画で見るような『動物の丸焼き』そのものの光景だった。左右の支柱が支える横棒に串刺しになった動物が、いい感じに焼けていてもう本当にいい匂いを放ちまくっていた。
……しかし何故こんなところに? そして誰がこれを?
「いや、もう理由とかどうでもいいわ……」
その時、アキは空腹のあまり理性を失っていたのだ。彼は迷うことなく茂みを抜け、まるで獲物を見つけたゾンビのようにじわじわと丸焼きに近づき、そのままがぶりと
「っ?!」
人の気配だ。何者かが突如現れ、何かを後頭部に突きつけていた。
「あら、丸焼きの材料が増えちゃうわねぇ」
それは女性の声だった。おどけたような声色だったが、次の言葉は別人のように冷たい声だった。
「丸焼きにされたくないなら、そのまま黙って両手を頭の後ろに組んで
再び押し付けられる硬い棒。女性のセリフからしてそれは銃口なのか? いやいや、それはさすがに……と思いたいがここは仁恵之里。もはや何が起きてもおかしくない場所であるということを、アキは重々承知していた。
とりあえず未遂とはいえ、盗み食いをしようとしていたことを侘びる必要があるとアキは考えた。(このまま撃たれないためにも)
「……あ、あの、俺……すいません。あんまりにも腹が減ってたんで……」
「だからといって食料の略奪は悪手もいいところね。戦場では食べ物の恨みほど恐ろしいものはないわ」
「せ、戦場? ……よくわかんないですけど、とにかくすいません……」
「お腹が減ってるならそういえばいいのに。『国友秋』くん」
「……え?」
唐突に名前を呼ばれ、アキは思わず振り返った。すると女性はアキの顔を一目見るなり、口端からぽろりと零すように呟いた。
「……本当に瓜二つなのね」
その
やるやかにウェーブする栗色の長い髪はふんわりと優しく、その髪が
文句なしの美人といっていいだろう。しかも、虎子とは全くタイプの違う、色気のある美人だ。
……しかし、格好が変だった。彼女は迷彩服を着ていたのだ。そんな人が、ライフルの銃口を自分に向けている。もう突っ込む事を諦めるしかない状況だった。
「じ、自衛隊の人ですか……?」
アキが直感で言うと、その女性はふふっと笑って構えていたライフルを下ろした。
「違うわよ。私はこの神社の管理人兼巫女よ」
「巫女? 巫女さんなのに迷彩服……?」
「あの巫女服って見た目以上に苦しいのよ。
「は、はあ……?」
「ま、そんなことは置いといて……あなたが国友秋くんね。私は
「お、お気遣いどうも……って、虎子から? 虎子を知ってるんですか?」
「ええ、もちろん。虎子の事も、リューちゃんの事も」
「じゃあ、蓬莱さんは武人会の人なんですか?」
「いいえ。私は違うわ」
「え? じゃあ、猟師……とか?」
アキが彼女の担ぐライフルに視線を投げると、蓬莱常世は「ただの巫女よ」と言って笑った。
(……ただの巫女さんはライフルなんて持ってないと思うんだけど……)
「まぁ、立ち話もなんだし……あなた、お腹減ってるんでしょ? 食べて行ったら?」
彼女は例の丸焼きを一瞥しつつ、アキの状態をひと目で看破したかのように言う。
「え? い、いいんですか……?」
「もちろん。国友秋一郎の息子なら、例え100人分食べようが、文句言う奴らを蹴散らしてでも私が許すわ」
と言って、彼女はもう一度微笑んだ。
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