第30話 剣士の家

「お、キタキタ! あきー! リュー! 虎ちゃーん!」


 ……?

 どこからともなく澄の声がする。

(空耳か?)

 アキは空耳に違いないと決めつけ、気にせず珠鬼の後を歩いたが、澄の声はどんどん近づいてきた。


「おいこらアキ! シカトしてんじゃねー!」

 突然アキの背中に頭から突撃して来たのはやはり澄だった。

「おぅっ! んぉお……澄……?」

 背中に不意打ちを食らったアキは悶絶。

 霞む視界で仁王立ちする澄は武道袴に木刀を携えた、凛々しい剣士の姿だった。


「な、なんで澄が居るんだよ? つーかいきなり頭突きとかやめろよ……」

「うっさいなー。シカトするアンタが悪いんでしょ。リューも虎ちゃんも気付いてくれたし」

「だってまさかお前がいるとは思わんかったし」

「そりゃいるでしょ。ここ、自分んだし」

「は? ここは有馬さんの家だろ?」

「まー、そーなんだけどさ」


 急に澄の歯切れが悪くなった。どこかバツの悪そうな感じもする。

 するとリューがアキのそばにやってきて、言いにくそうな顔で囁いた。


「12年前の時に澄のお家もなくなっちゃったんです。それ以来、澄はシュン兄さんのお家に住んでいるんです……」

「そういう事。あのときにあたしん家も焼けちゃってさ。そっからずっと春鬼の家で居候ってわけ」


 澄はあっけらかんとしているが、その表情は当然明るいものではない。しかし、辛い過去を振り払おうとする強さがあった。


「まあ、それはしゃーないっていうか、あたしだけじゃないし。しんどい思いしてんのはリューや虎ちゃんも同じだしね」


 澄はにっこりと笑い、木刀を構えた。

「そんなことより、今は少しでも強くなることが大事。つーか、護符術も使えて剣もイケるなんてあたしスゴくね? カッコよくね?」

 木刀を構える澄は小柄ながらも剣士の姿が不思議なほどきまっていた。


「ほう、さまになってきたな。どれほど腕を上げたか、私に見せてくれよ、澄」

 虎子が不敵に笑みを浮かべると、澄は嬉しそうに笑った。

「いいよ〜。この前の時よりずっと強くなったんだから。みんなもいるから、道場に来てよ……って、そうか。虎ちゃん達はアキの付き添いできてたんだっけ。ならダメかぁ」

「うむ、それもそうか」


 澄が残念そうに肩を落とすと、珠鬼が道場の方を見て微笑んだ。

「いいんじゃないかしら。まだ少し時間もあるし、皆も虎子に会いたがっているわ。たまには稽古をつけてあげたら?」

「そうか? では、リクエストに応えようかな」



 そして道場に向かう事になったが、アキにはどうしても気になる事があった。

「……なぁリュー、虎子は九門九龍なんだろ?有馬流の剣術もできるのか?」

 するとリューはどこか誇らしげに頷いた。

「はい。お姉ちゃんは九門九龍だけじゃなくて有馬流も免許皆伝の腕前なんです。お姉ちゃんが言うには世界中のありとあらゆる武術をマスターしてて、琉球王家の長男にしか継承されない武術も会得してるとか……」

「どこかで聞いたことあるような話だな……でも、虎子は『鬼』を退治する側か」

 アキがつぶやくと、リューが小首を傾げた。

「? どういう意味ですか?」

「いや、なんでもないよ」



 そうこうしているうちに道場に到着。

「よう、みんなしっかり稽古してるか?」

 虎子が道場の入り口で声を張ると、中から一斉に、とても元気な声が虎子を出迎えた。

「あ! とらこさんだ!!」

 中にいたのは数十人の小学生で、ほとんどが低学年と思しきちびっ子達だった。

「とらこさーん!」

 虎子を見つけるなりちびっこ剣士達は我先にと虎子に駆け寄り、抱きついたり引っ張ったりと、虎子に会えた嬉しさを爆発させていた。

「はっはっは! みんな元気が有り余っていて大変よろしい! だが髪を引っ張るのはやめてくれ。どさくさに紛れて胸を触るのもなしだぞ」


 みんな虎子が大好きな様子で、いかに彼女が愛されているかは火を見るよりも明らかな感じだった。


 虎子が子供たちにもみくちゃにされていると、珠鬼がそっとアキに近づいてきて、耳打ちをした。


「秋さんはこちらへ」

 そう言ってアキを促す珠鬼。

「え? どこいくんです?」

「……会長がお待ちです」

 そう言う彼女の顔は先程までの柔和なものではなく、真剣で鋭い「武人」のそれだった。

「でも、虎子が……」

「会長は『あなた』とお話がしたいと」

「さっきまだ少しだけ時間があるって……」

「リューさん、よろしいですね?」


 珠鬼がリューに目配せすると、リューは頷いてみせた。しかし、その表情は決して快諾と言うものとは程遠いものだった。


 アキはそこでようやく気がついた。

 珠鬼ははじめから虎子をここで足止めするつもりだったのだ。


 それがなぜなのかはわからない。だが、この状況は仕組まれたものだったのだ。


「では、こちらへ」

 珠鬼は虎子に感付かれないよう、アキを連れてそっとその場を離れた。


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