第49話世知辛い兄弟と悲しい兄弟。
「おりゃー」
おっと。
ガキッ!
突然襲ってきた男が振り下ろした木の枝と、俺が反射的に出した(作った)剣が交わり、鈍い音が響く。
「ちょ、何?!」
俺はそう言いながら、背後に居る少女を庇うようにして立ち塞がり、こちらを睨んでくる男から距離をとる。
前も思ったが、この世界の人間は結構暴力的だな。
そう思いながらも俺は、殺意が無いことを証明するために、剣を地面に刺す。
男は後ろの少女を守る様な動作をしているので、恐らく俺達にその少女がいじめられていると言うふうにでも勘違いしたのだろう。
そんな感じで、グルルル…と威嚇してくる男に俺は。
「ごーー」
「違うよお兄ちゃん!!」
おや?
俺が「誤解だ」と言おうとした時、少女が突然、俺に威嚇してくる男にそう叫んだ。
お兄ちゃん?
なるほどそういう事か。
というかあいつ…どっかで見たような……。
俺はそんな事を思いながら、少女の言葉を聞く。
「その人達は怪我をした私を治してくれたんだよ!」
と、目の前の、お兄ちゃんと思しき男に向けて言った。
「あっ、そうだったのか…」
そう言って、すみませんでした…と、ペコりと頭を下げる男に、少女がもう一言、言った。
「無料で」
「な?!無料……っだと?!」
「うん」
その言葉に驚いているお兄ちゃんに、強く返事をする少女。
え?
驚くとこそこですか?
俺がそんな事を思っていると。
「無料って…っ、靴を舐めたりもせずにか?!」
「うん…!」
「犬の真似してプーーをしたり、傷口を半部だけ塞いで「よし!あと何回ジャンプしたら足の傷口が開くかかけようぜ」とか言って嫌がらせもしてこなずにか?!」
「うん!」
「なん…だと……っっ?!そんな…そんな事があって良いのか?!?!」
いいに決まってんだろ!!
つーかそんな事してくる奴ら居るのかよ…。
俺は半分呆れながら、「こいつら世知辛いな…」と、ネルとミトに言った。
ーー「さっきはすまん」
「ああ…あはは……」
そう言って深々と、綺麗なブロンドの髪が生えた頭を下げてくる世知辛い男。
そして世知辛い男はあらかた頭を下げると、バッと勢いよく頭を上げ、こう言った。
「俺の名前は生駒。こっちは妹の穂積だ。」
そう言って、隣にいる穂積の、お兄ちゃん譲りなのか、こちらも同じく綺麗なブロンドの髪が生えた頭を撫でる生駒。
へ〜こっちの世界にもそう言う日本見たいな名前があるんだ。
俺がそう思っていると、ネルが。
「穂積ちゃんよろしくね。こっちはミトで、このお兄さんが私達のリーダーのタクヤ。」
そう言って、ネルが俺の代わりに、生駒と穂積に自己紹介をしてくれた。
なんて気が利くんだネルは…!!
そう思いながら俺は。
「ネル、ミト、穂積ちゃんと遊んできたら?」
といった。
すると生駒は、「そうだな。たまには他の人と遊んでみるのもいいんじゃないか?穂積」
そう言って生駒は、もう一度穂積の頭を、優しく撫でた。
俺と生駒の提案を聞いた穂積は、「うん!!」と元気に答えて、3人で走っていった。
そんな3人の後ろ姿を見て俺は。
「可愛いな……」
と、つぶやく。
すると。
「だよな!可愛いよな!穂積は将来この世界一の美人になると確信してるんだ…!!」
と、鼻息荒く答えた。
そんな生駒に俺は。
「いいや、残念だがそれは違うぞ!この世界一可愛くなるのはネルだ!!」
俺は変な対抗心たっぷりで応える。
「なんだとー!」
そう言って俺と生駒が睨み合う。
ふと、
『ふっ…ははははは!』
と言って、2人で笑いだした。
うん。いいお兄ちゃんだ。
俺は一人っ子だった為、兄弟がいたことは無かったが、こんな妹が居たら毎日幸せだっだろうなと、生駒の様子を見て思った。
まぁ俺にはネルが居るから良いんだけどね。
俺はそう思いながら生駒に。
「で、今日は酒飲まなくていいのか?」
と、イタズラっぽく言った。
「…え?」
すると生駒は、拍子抜けしたようにそう答え…。
俺は、
「生駒は覚えてないかも知れないがな、お前、宿屋の前に居た俺とネルに舌打ちしたんだぜ?」
といった。
ーー「すまん!いや、本当にすいませんでした!」
そう言って生駒は、先程よりも深く、頭を下げる。
そう、俺達がボーンの町で最初に向かった、宿屋で揉めていた男ーーその男こそが、生駒だったのだ。
あの時は酒を飲んでいたらしく、うっすらとしか記憶が無いらしい。
はぁー。
俺は軽くため息をついて。
「なんで妹も居るのに、ベロベロになるまで酒なんて飲んでたんだ?」
そう俺が、誰もが思い付きそうな質問をすると。
「それは…今回の依頼と関係があるんだ…」
そう、暗いトーンで言った。
ん…?
「…」
なんか事情がありそうだな。
そう思うと、俺は。
「まぁ頭上げろよ。ちょっと座って話そうぜ?」
そう言いながら俺は、近くの適当な石に腰を下ろした。
俺の言葉を聞いた生駒は、ゆっくりと頭を上げ、状況を察してくれたタクヤに、ありがとうと言う感情を含ませ、「あぁ…」と言いながら、同じ石に、俺と隣り合わせに座った。
「…」
俺は生駒から話してくれるのを待つ。
こう言うのは急かしてはならない。
ゆっくりと、本人のペースに合わせるのが俺のやり方だ。
生駒が少なくとも感じている”苦労”は、俺には分からないのだから。
そして数分後、ようやく生駒が口を開いた。
「母に取り付いている魔獣の駆除って依頼を出したけど…実は違うんだ」
「…え?」
「母はなんでか知らないけど…1年前から、物忘れが酷くなったんだ。ご飯を食べた事さえも忘れてしまう。俺が誰なのかも忘れてしまう。もううんざりなんだ。母のわがままを聞くのは…!」
そう言って生駒は、自分の膝をバシッと叩く。
「…」
「それで…穂積は母が悪くなったのを…うちで飼ってる犬のせいだと思ってる…その犬も…ちょうど1年前に飼い始めたから…でも、違うんだ。前にその犬をかってた人は母のような症状は出てなかったらしい。もちろん医者にも見せた!犬も遠ざけた!!でも…ッダメなんだっ。全然母の調子は良くならない…。もうどうしていいか分からなくなって…それで…回復魔法が使える冒険者の人達ならどうにかしてくれるかと思って…君たちに頼んだんだ。俺も一様冒険者だけど…回復魔法は使えないから…。俺…もう限界で…っっ!せめて穂積だけでも、幸せに育ててやろうと決意したのに…っ!」
生駒はこれまでに蓄積された【我慢】を撒き散らす様に、目尻に涙を貯めながら、淡々と言葉を続ける。
「結局俺…酒で紛らわして…穂積を心配させて……っ!!本当…最低の兄ちゃんだ……っ!!」
「………」
俺は無言で、ついに声を上げて泣き出した生駒の背中を、優しくさすった。
ーー「…泣き止んだか?」
「あぁ。見苦しいとこ見せちまったな…」
そう言って生駒は、ふっ、と諦めたように苦笑する。
「…」
悲しいな…。
俺は心の中で、心底そう思う。
恐らく生駒の母の病気は、【認知症】だ。
俺が居た前世の世界では認知症に効果的な薬や治療法などは無かった。
となると俺の力で薬を出してやる事も出来ない。
それに病気となると、ミトの力でもおそらく治せないだろう…。
さて…どうするか…。
ハッキリ言って打つ手がない。
…この事実を、生駒に話しても良いのだろうか…。
俺がそんな事を考え、どうにかならないかと模索し、悩む。
そして俺は、この様な答えを出した。
「生駒…すまないが…多分ミトの魔法じゃその病気は治らない…」
「っっ…そう…か……」
そう言って生駒は、本当に残念そうに、視線を鬱(うつ)向けた。
「…」
「…俺はこの世界とは違う世界から来たんだ。」
「…え?」
突然意味のわからない事を言い出した俺に、生駒が疑問を口にする。
「それでその、俺が居た世界では、生駒の母さんの病気は、認知症と呼ばれている。そして…残念なことに治療法や薬も無い。」
「うぅ…」
生駒は崩れ落ちるように、右手で顔を隠しながら、泣く。
「でもな生駒、ここは【その世界】じゃない。魔法やスキルなど、常識外れの物がわんさかしてる世界だ!」
そう言って俺は、ズバッと勢いよく立つ。
「?!何を…」
「つまり!俺はこの世界に、お前の母さんを治す方法があると思ってる」
「え…?」
「そしていまさっき、俺の天才的な頭脳が
お前の母さんを治せるかもしれない方法を思いついた!」
「…!!」
生駒はその俺の言葉を聞くと、「それは…」
と言って、一筋の希望でも見るような目で俺を見つめる。
そんな生駒に俺は。
「記憶石だ」
と言った。
記憶石。
それは俺が、最初にギルドに行った時、巨乳のキメラに貰った物。
確かそれを飲んで覚えたいものを見れば、覚えられるとか言う素晴らしいものだった気がする。
そう思い出した俺は、生駒に。
「なぁ生駒、日記とか書いてるか?」
「日記?」
不思議そうに聞き返してくる生駒に、
「そっ」
と、短く答える。
「俺は書いてないけど…穂積は書いてるよ。(母さんに取り付いている魔獣を退治出来たら、お母さんに今までのことを教えてあげるんだー)とか言って書いてたような気がする。」
さすが穂積ちゃんだな。
「そうか、それなら良い。」
俺がそう言うと生駒は、首を傾げて、「どういう事だ?」と、語尾を疑問符にして答えた。
どうやらこいつは、記憶石というものを知らないらしい。
不思議そうにしている生駒に、俺は記憶石という物の特性を教えた。
ー「じゃ、じゃあ!その記憶石があれば、母さんは元通りになるんだな?!」
「いや、分からん。だが掛けてみる価値はあると思う」
俺がそう、濁さずに事実を言うと。
「そうか…分かった…!」
と、強く決意したように言った。
生駒の綺麗な青い瞳にはもう、出会った頃のような弱々しい影は無く、強い決意の光だけがあった。
「よし!そんじゃあ一様、ミトにダメ元で治療してもらうか」
そう言うと生駒は、「ありがとう」と言って立ち上がり、俺と固く握手をした。
ーー「ネル!ミト!穂積ちゅわ〜〜ん!ちょっとおいで!!」
俺が穂積ちゃんだけを可愛くして、3人を呼ぶ。
ネル、嫉妬してくれないかな…。
そんな事を思っていると、
やがて穂積ちゃんを真ん中に、3人で手を繋いだ状態でこちらに来た。
「タクヤタクヤ!穂積ちゃん凄いんだよ?
鳥の鳴き声を聞くだけでその鳥が何の種類かを当てちゃうんだー」
「はは…そうか…」
さすがに俺が穂積ちゃんをちょっと可愛く呼んだくらいじゃ嫉妬してくれないよな…。
そんな事を思い、俺が勝手にシュンとしていると。
「…チュ」
「?!」
いきなりネルが、俺の頬にキスしてきた。
俺が驚いていると、ネルが…。
「タクヤって本当、私の事が好きだよね」
と言って、ふふっと、笑った。
かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
俺は自分の顔が、一気に熱くなるのを感じる。
「嫉妬なんてしないよ。だってタクヤは、もう私の物だもん…」
と、得意げに言った。
…。
なんて可愛いんだーーーーー!!!!
ハグしたい!チューしたい!プーーしたい!
(心の声↑)
俺が心でそう叫んでいると。
「あの…お二人さん、お熱いのはいいんですが、そろそろ良いですか?」
と、生駒が俺達を見ながら言ってきた。
ミトは、「またか…」と言う顔をしている。
そしてその言葉を聞いた俺は、「はひぃ!」
と、変な風に返事をして答えた。
ーー「穂積はここで待っててくれ…」
そう言って生駒は、1つの部屋の扉を開ける。
なんで待たせるのだろう?
と思ったが、その部屋の中を見て、俺はすぐに、生駒の言葉の意味を理解した。
そこは、唾液と生物が腐った様な臭いがしていて、あらゆる物が地面に落ちており、そしてその中で、呻き声を上げながら、ふん尿やヨダレを垂れ流し、蠢(うごめ)いている女の人が居た。
「っっ……!」
覚悟はしてたけど…こんなにも酷いとは…。
俺はその女の人の様子を見て、そう思う。
そしてその様子に動揺したように、俺達が固まっていると、生駒が慣れたように女の人に近づいて行き。
「母さん、魔法使いの人が来てくれたよ」
と、静かに言った。
「…」
「あぁーー誰だお前はー!出てけ!私の家から出ていけー!!」
そう言って女の人は、手足をばたつかせる。
そんな女の人の様子にネルは、
「…怖いよ…」
と言いながら、俺の腕に抱きついてくる。
俺はネルの頭を撫でながら、女の人を見て固まっているミトの肩に手を回し、無言で優しく抱き寄せる。
「すまん…頼む」
「…あぁ。ミト」
言って俺は、ミトの名前を呼んだ。
だが、ミトの手は震えるだけで、魔法を掛けようとはし無かった。
「…」
俺はそんなミトの手を握り。
「一緒に行くか」
言って、女の人の近くに行った。
ゴク。
大丈夫。
「ミト、頼む」
「…分かった」
ホヮン
ミトが返事をした後、女の人が淡い光に包まれた。
ーー「すまねぇな。ちょっとショッキングだったよな…?」
生駒はそう言って苦笑しながら、ミトに言った。
するとミトは。
「いや…ぁ…ぅ」
と、何かを言いかけるが、止める。
そんなミトの様子を見た生駒は、「はは…」と、息を吐いたように小さく笑い、ザッと俺に向き直った。
そして。
「タクヤ、俺も一緒に…記憶石を探しに行く」
と、強い眼差しで言った。
「え?」
「そもそもこれはギルドに出した依頼とは違う。それなのに当事者の俺がなんにもやらないのは…少し…申し訳ない…。」
そう言って生駒は、またもや視線を俯かせた。
「…」
「生駒…あまり自分を責めるなよ」
「あぁ…」
「…」
ふっ。しょうがないな。
「分かった。一緒に記憶石をーーお前の母さんの病気を治すため!一緒に記憶石を探しに行こう!!」
そう、俺は言葉の途中で声を大きくして、元気に言った。
すると生駒は。
「ありがとう…」
と、また、頭を下げた。
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