第141話 その三

(あー、完全にやらかしたよ。黙ってればよかった……。いきなり『世界に満足しているか』とか、普通に考えて頭おかしいだろ!? 先が思いやられるよ……)


 ギルド長室での話し合いを終え、『憑依』でレインに乗り移っているコアは内心でゲンナリしていた。


 作戦は途中まで上手くいっていたのだ。アテンが何やら用があると言うのでついてきてみれば、そこは冒険者ギルドのギルド長室だった。


 会話が発生すると瞬時に悟ったコアは、自分は極力喋らないと決めて、後はアテンに任せる腹づもりだったのだが、そのアテンが話を振ってくるものだからどうしようもない。


 おかげでゲーリィと言う男に不審な目で見られ、テンパった挙句に何か言わなければならないと咄嗟に口を開いてしまった。そこで出てくる言葉が世界がどうたらこうたらになってしまうコアにも問題はあるが、そもそも、こんなややこしいことになっているのはアテンのせいなのだ。


 コアはあの日のことを思い出す。新しい能力、『憑依』を覚えた日のことを。


 


 コアの心をジェットコースターのように振り回したダンジョンでの戦い。その時の収穫によってコアは『憑依』を得るに至った。


 その能力とは、『堕落』によって勢力に引き込んだ人間に乗り移れるというもの。しかしながら条件を満たしているはずのドリックやメルグリットには乗り移れず、あの戦いで偶々『堕落』させていたレインと言う冒険者にだけ乗り移ることができた。


 これらの事から、『堕落』にも種類があるのが分かった。確証は得られていないが、『憑依』が適用されるのは感情が無くなってしまったような個体に限られるのではないか、という考えが今のところ有力だ。


 エルダーゴブリンと冒険者パーティーが戦いを繰り広げる中、一人だけ様子がおかしかったレイン。『堕落』が使えることに気づき、ポチっとな、と言う気軽さで能力を発動したところ本当に成功してしまったので驚いたものだ。


 その場にいたモンスターたちや冒険者たちの驚きぶりはコアの比ではなく、その事に関しては申し訳なく思ったが、これまで自分だけがびっくりさせられていたような気がしていたので、どことなく気分が良かったような気もする。


(小せぇ。自分の器が、あまりにも……。あ、涙が出そう)


 何はともあれ、その時はまだ『憑依』を覚えていなかったこともあり、どう扱うかはアテンとメイハマーレに任せたのだが、アテンが再びレインを連れてきた時に好奇心を抑えられず『憑依』を試したところ、上手くいった。


 上手くいってしまったのだ。


(いやー、迂闊だった。あの時は本当に……)


 コアにとって、それは楽しい楽しい能力確認の時間に過ぎなかった。しかしコアのことを神と崇めるモンスターたちにとってはそうではない。


 コアがレインに乗り移った日、ダンジョンは天地をひっくり返したかのような大騒ぎになった。


 曰く、神の再臨。


 曰く、世界の転換点。


 おそらくこの先、アテンがあそこまで表情を変えることはもう無いだろう。それほど衝撃的なことだったようだ。


 そこからはあれよあれよと言う間に祭りが始まった。自我のあるモンスターたちはおろか、ドリックやダンジョン側に寝返ったばかりのメルグリットといった面々まで総出で祝ってくれた。


 どこから調達してきたのか、第三階層の聖域にピカピカに磨かれた玉座が持ち込まれ、飲食が可能になったコアのために様々な料理が振る舞われ、貢物が積み上がっていく。


 大げさな配下たちによる、目まぐるしい展開に流され、笑みを貼り付けているので精一杯だった。


 ともあれ、自由に動ける身体を手に入れたのだ。ならばコアがやるべきことはたった一つしかない。


 他所様のダンジョンを見に行く。これだ。


 幸いにも憑依している最中はダンジョンの外に出ることが可能だと言うことも分かったので、もはやコアを止めることは誰にもできなかった。


 しかし自分がいない間にダンジョンに何かあっても困る。侵入者然り、オートモードになるダンジョンコアの挙動然りだ。


 想定される問題を洗い出し、その対策や検証をしていたら少し時間が経ってしまっていたが、なんにせよ準備を整った。この日を心待ちにしていたため、ひとまず一番近い場所にあると言う紅蓮の洞にいざ行かん、と意気揚々と乗り出して今に至るのだが、ふと横を見ればそこにはいつの間にかアテンがいた。


 今のコアはダンジョンコアとしての能力の大部分、言語能力以外を失う代わりに、レインの知識や力を得ているので外に関して困ることはない。しかし、ダンジョンのことばかり考えていたため抜け落ちていたが、配下たちから考えれば護衛をつけるのは当然だった。


 護衛についたのがアテンということで、今回のお出かけで化けの皮が剝がされるのではないかと動揺したコアだったが、冷静に考えると今回に限っては問題ないことが分かり安堵したものだ。


 アテンとレインは師弟の関係。しかもレインはあまり頭がよろしくない上に、現在は心を病んで無口になってしまったと周囲に思われている。


 つまり、たとえコアが変なことを言ったとしても「役になりきっていただけだ」という言い訳が可能であり、何なら喋らなくても大丈夫という、非常に都合の良い寄り代がこのレインなのだ。


 この辺りの問題を心配をしなくていいと言うのであれば、アテンほど心強い存在はいない。強さに関しては言うまでもなく、オリハルコン級の地位を活かして様々な利便性を得ることもできるだろう。


 これでダンジョン訪問を思う存分満喫できる。忘れられない、素敵な体験になるぞと、ウッキウキで心踊らせるコア。


 だがしかし。そんなコアを、アテンは絶望の底に叩き込んだ。


 なんと、駄々をこねたのだ。


 周囲の目を誤魔化すために、この姿でいる時は師弟の関係を維持しようね、と言うコアの提案を、アテン、まさかの拒否。


 『たとえ仮のお姿であったとしても、そのような不逞を為すことなどできません。そんな事をするぐらいなら自害します』と言い出してコアを困らせた。


 しかもだ。こともあろうに、その辺は自分がどうとでもするから、御方はいつもの通りに振る舞ってくださいとまで言い出す始末。


 流れるようにコアを追い詰めてくるアテンに、半泣きになりながら「お前はそんなに俺をいじめて楽しいのか!?」と絶叫しそうになるのを我慢するのは大変だった。


 身体を得たことで、表情を取り繕うのにどれだけ苦労したことか。結局、『憑依』を覚えたことで忠誠度が限界突破してしまったらしいアテンを説得することができず、失意の中、もぞもぞとゴッドメッキを被る羽目になったのだった。


(……まぁ今更だ。考えてみればいつも通りのことじゃないか。この先に待ってるパラダイスだけを思っていればいいのさ……)


 どんなに辛いことがあっても、初めてのダンジョン探索を考えればなんでもない。レインの記憶からどういったダンジョンなのかは分かってしまうが、それでも人の記憶なんて曖昧だ。


 加えて、コアとレインではダンジョンの楽しみ方や感じ方も違う。その程度でダンジョンの魅力は色褪せたりしないのでいくらでもエンジョイできる。すぱっと気を切り替えて、コアは冒険者ギルドから大通りに出た。




 目に映るその街並みに、特に思うところはない。強いて言えば、以前予想した通りそこまでファンタジーしているわけじゃないなぁとか、思ったよりも綺麗だなといったところか。


 元の世界の歴史を思えばもっと街全体が汚らしくてもおかしくないのだが、<クリーン>に代表される魔法の影響か、それとも領主がしっかりしているのか。いずれにせよ汚いよりは綺麗な方が歩きやすいと感じた程度。


 ダンジョンに関すること以外は大して興味もないので、紅蓮の洞があると言う北に向かって歩き出した。


 アテンを連れ立って歩いているとたくさんの視線を集める。それらはほとんどが好意的なものだ。その人気ぶりはまるでアイドルのようで、こんな事になっているとは思っていなかったコアは街に入った時に面食らった。


 アテンはどうやら冒険者ギルドにいる時以外はほとんど単独行動をしていたらしく、レインの記憶にもこのような光景は無かったのだ。


 今も笑顔を浮かべながら近くにいる者同士でアテンのことを何やら話し合っている姿を見ると、アテンが今までどれだけ頑張ってきたのかが分かるようでとても誇らしい気持ちになる。


(これも何かの計画の一環……なんだろうな。アテンが自分の栄誉のために人間たちからの支持を集めているとは思えないし。……それにしても、いつもこんな澄ました態度なのか? これでよくアイドルばりの人気者になれたなぁ……)


 周囲からの呼びかけに全く答えず粛々と歩くアテン。これまで何度もこの街を救ったと言う経緯あるので、その人気ぶりも分からなくはないのだが、それだけで街全体が歓迎しているかのような状態にはならないだろう。


(……ふ。顔、か。もしくはカリスマか? それとも両方か。……いやーすごいなー。この子、実は出身がダンジョンなんですよー。こんな素晴らしい子を育てあげたコアは、さぞかし立派なコアなんだろうなー。あ、俺だったー。はっはっは)


 こういう状況を見せつけられるとアテンが如何に優れているかが分かる。アテンもそうなのだが、メイハマーレなども自分のことを崇拝している理由が未だに分からない。一体何がどうなったらそんなことになるのか、不思議でしょうがなかった。


 しかしそんなハリボテ玉座の上に座っているコアだからこそ分かることもある。それは、ファンサービスも必要だと言うことだ。


 コアだって、ただ黙っていて神だと担がれるに至ったわけではない。自分なりに頑張って理想の主を演じてきたからこそ、今があるのだ。


 今の状態に胡坐をかいていては、いつかどこかで足を掬われてしまうかもしれない。この民衆からアテンへの支持が計画に必要なものならば、それを蔑ろにしてはいけないとコアは考える。


 アテンならば何も心配は要らないのかもしれないが、ここは老婆心ながらアドバイスをするべきだろう。もしかしたら自分に気を遣っていつもの行動ができていない可能性だってあり得る。


 ダンジョンを見に行きたいと言う、自分の我儘が計画の足枷になるわけにはいかないと、コアはアテンに自由な行動を促した。


「ふふふ。随分な人気ぶりじゃないか、アテンよ。お前に向けられる熱視線に、手でも振って応えてやったらどうだ?」


「……ハッ、畏まりました。まだ泳がせておく気でしたが、レイン様がそう仰るのであれば……」


(…………ん??)


 コアなりに威厳をたっぷりと含ませた助言に、アテンが変な返事をする。


 気のせいだろうか。致命的に会話が噛み合っていない気がする。


 不思議に思ったコアが顔を向けると、アテンは丁度、右手でとある場所を指差すところだった。


 それ手を振るって言わなくね? と思いながらもアテンが示している方を向くと、そこにあったのは何の変哲もない建物の二階部分。窓に一瞬だけ人影らしきものが見えたが、すぐに姿を隠してしまった。


 コアの頭にハテナマークが浮かび上がる。アテンの行動を何かのパフォーマンスだと勘違いした民衆からは黄色い声が上がる。


 何だったんだろうかと思う間もなく、今度は何故かコアのことをヨイショし始めて困惑させてくる。


「さすがでございます、レイン様。またしても能力をお使いになられていなかったようですが、一体いつからお気づきに?」


(……いつからも何もないよ。ゼロだよ! 気づく前の段階だよ!! アテンってホントさぁ、無茶ぶり好きだな!?)


 これだ。これを恐れていたのだと、コアは歯噛みする。


 アテンはとても良い子なのだが、度々コアに殺人シュートを蹴りこんでくる困った悪癖があるのだ。しかし今回は運が良い。そこまでエグいシュートではなかった。


 話の論点はいつから気づいていたかどうか、それだけだ。この程度のシュートならばこれまで何度も受け止めてきた。コアは余裕を持って適当に答える。


「なに、ついさっきだ。賞賛されるほどのことでもない」


「いえ、愚問でした。私にお気を遣ってくださらなくても大丈夫です。全ては初めから、でございますね。その果てなき深謀遠慮、敬服するばかりでございます」


「……」


(自分で答え出しちゃってるじゃん……。俺に話を振る必要あったかな? アテン君?)


 アテンの無茶ぶりを受け止めるためには精神的なエネルギーを使うのだ。お遊びのようにシュートしてくるのは止めてほしいと切実に思う。


 しかし、そのシュートにはしっかりと意味があった。


 それはただのジャブに過ぎない。アテンのシュートは、まだ終わっていなかったのだ。


「亜神となった今でも、貴方様のお背中は見えないままでございます。このままでは貴方様に一生ご迷惑をおかけするだけの存在になってしまうのではないか。そう思うと、とても恐ろしく感じます」


 アテンの放った軽めのシュート。一見して普通だったそのボールには何と、強烈なスピンがかけられていた。


 しっかりと受け止めたはずの両手の中で、ボールが激しく暴れだす!


「先程のこともそうです。正直に申し上げますと、私はもう少し時間をかけてからだと考えておりました。既に連中を釣るタイミングにズレが生じている有様です。こんな調子では、いつか大きなミスをするのではないかと気が気でなりません」


 お手玉ファンブル


 暴れるボールが、ついにコアの手からこぼれ落ちた。点々と転がっていくボール。


 その先には、距離を詰めて右足を振り抜こうとしているアテンが待ち構えていた。


(何だとッ!? 馬鹿な……。全て、全て計算通りだったというのか!?)


 超至近距離から放たれようとしているシュート。その威力を考え、コアは恐怖でガクブルと身を震わせた。


 立ち竦んで動けないコアに構わず、無慈悲なる一撃が蹴り込まれる!


「特に、御自らが外に出ていらっしゃる今回はそうです。御身に万が一があってはなりません! 本来ならば自力で正解を導き出すところなのでしょうが、こんな事をお聞きしなければならない恥知らずな私を、どうかお許しください。レイン様。此度の狙いとは、一体何なのでしょうか。私たちは、計画のどの辺りを修正すれば……? お教えください、レイン様!!」


(知るかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?)


 真っ正面に蹴り込まれ、腹に食い込んだボールの凄まじい威力に身体が綺麗なくの字を描く。


 そのままボールもろともゴールネットに突き刺さったコアは、白目をむいて意識を失うのだった。


 まだ、街から出てすらいない。

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