第133話 スキル<新人斬り>
「<陽のイーグル>」
「チッ」
戦闘開始直後、アテンが唱えたスキルにメイハマーレが舌打ちした。
<陽のイーグル>。それは、太陽の下を自由に羽ばたく気高きイーグルのように我が道を行くためのスキル。
あらゆる状態異常を寄せ付けず、その身を捕えることは叶わない。<スラッシュ>や<ラッシュ>といった、ただ威力を上げたり少しだけ早く連撃できるといったチャチなものではなく、劣化していない真のスキルの一つだ。
実はこのスキルを持つアテンとメイハマーレは相性が悪い。複数の強力な毒は全て無効化され、触手による拘束も効かない。
果ては時間による拘束も受け付けず、<ディレイ>といったスキルも意味が無くなる。ならば空間による拘束はどうかと言えば、こちらは逆に強くなりすぎた。
途中まで空間に飲み込んだ状態で閉じてしまえば、当然その部分から身体が無くなり最悪の場合は殺してしまう。だが、どっちみちアテンならそうなる前に破壊してくるのでやはり意味が無い。
たった一つのスキルで代表的な能力を封じられたメイハマーレ。なら打つ手が無いのかと言えば勿論そんなはずはない。
この程度のことで不利だと言っているようでは竜の名折れだ。メイハマーレは単純に基礎的な肉体能力が高い。両腕を広げると、手始めにその力を見せつける。
「<テンタクルディザイア>」
肩から両腕が変化し、数え切れないほどの細く長い触手に変わる。一本一本が一斉にバラバラの方向に飛び出したかと思えば、途中から一斉にアテンの方向に向かいだした。
空中、地中問わず、あらゆる角度からアテンに迫る。この触手は人間ですら簡単に立ち切れるいつもの触手ではなく、全てが強化された触手だ。
先端は鋭く尖り、鉄の鎧程度は容易く貫通する。その上、今回はメイハマーレが入念にオーラで包み更に強化していた。
それはアテンの謎の攻撃を警戒してのこと。メイハマーレは一度食らっただけでその攻撃の正体をある程度見破っていた。
(私を気持ち悪くさせた原因。私の中でぐるぐると無秩序に暴れまわっていた異物。あれは、アテンのオーラ。本来消費することで力の強化や変化を齎すオーラ。そのオーラ自体を使って、何かしてる)
その発想に驚きはするが、やっていること自体は理解できなくもない。しかし圧倒的格下を相手に自分のオーラを力技でねじ込むならまだしも、メイハマーレの体にオーラを送りこんできたことが信じられない。
つまりそれだけアテンのオーラ操作技術が卓越しているのだ。それだけの差があれば、メイハマーレの自然治癒能力を封じることもできるのだろう。
以前軽く手合わせした時はそんなことはなかった。メイハマーレとの貴重な訓練の時間。アテンは先のことを見越して手を抜くような奴ではないので、あの時はまだこの技術を習得しきっていなかったはず。
それは、アテンが成長したことの証左。
差をつけられている。以前、経過報告の際に一度だけそれとなく仄めかしていた時があったが、イライラしていたこともあって気に留めていなかった。
周りに弱い人間しかいない環境では何をやっても無駄だろうと高を括っていた。その結果が、今に繋がっている。
(そういえばゲーリィとか言う人間もドラゴニュートに妙な真似をしていた。あれの正体もこれだったのかもしれない。あの時、確かめていれば良かったか……)
想定外の事態が起きてしまったため離れざるを得なかったが、分からないことをそのままにしたツケが回ってきていた。だが過ぎたことを言っても仕様がない。
メイハマーレならば、知り得た情報を元に即座に対策を練ることが可能だ。メイハマーレはその潤沢なオーラを贅沢に使う。
未だに詳細までは分からないが、結局のところオーラによるものだと分かっているなら、アテンのオーラが入り込む余地が無いぐらいガチガチに固めてしまえば良い。
その上で片腕しかないアテンに手数で攻める。本気で行くと言ったのだ。相手の弱点を気遣ったりはしない。
「<踏音>」
迫りくる死の針山を前に、アテンは軽やかにステップを踏むと俊敏に動き出す。囲まれないように位置取りをしながら、三本の手足で触手を迎撃する。
リズム良く、音楽を奏でるように足音を鳴らす度にアテンのスピードと力が上がっていく。術者の技量によっては産廃になりかねないスキルだが、ことアテンが使えばかなり厄介なスキルだった。
「チッ。これだけオーラで覆っても、まだ足りない……ッ」
損害の程度は少なくなったが、それでもまだアテンに殴られた触手は自然治癒能力が働かなくなっていた。
しかし許容範囲だ。迎撃に手一杯になっているアテンを見て、このまま物量作戦の継続を決める。
合間合間に異空間を通すことで変則的な攻撃を仕掛けることも忘れない。メイハマーレが攻撃し続ける一方的な展開になりかけるが、それでもこんな単調な攻めで倒せるアテンではない。新たに唱えたスキルがこの状況を一変させた。
「<日の円樹>」
「ぐッ……!」
いつもなら柏手を打って発動させるスキル。だが片腕しかないアテンは右手にスキルの光を宿すと、迫りきていた触手に掌底を繰り出し左手の代わりとした。
ドパンッ、と、柏手には少々物騒な音を響かせながら急速に広がっていく光の巨木。その中に入った触手は纏わせたオーラを徐々に剥がされ、アテンの下に辿り着く頃には殆ど丸裸にされていた。
素の状態に近い脆い触手に、アテンの強烈な一撃が叩き込まれる。
「ぎぃッ、ぐぅぅ……!!」
大量に破壊された触手を伝って激しい痛みと気持ち悪さがメイハマーレを襲う。こんな苦しみを何回も味わわされるのはごめんだと、たまらず触手を戻した。
「本当に面倒なスキルばかりッ」
その恵まれたスキル群と自分との相性の悪さに悪態を隠せないメイハマーレ。それならばと、今度は逆に触手をまとめあげて巨大な腕にする。
その手の形は人間のものではなく、鉤爪が禍々しい竜の手をかたどったもの。オーラが集まってより強固さを増した触手の塊でアテンを切り裂き、押し潰す。
「<トランス・ドラゴンクロー>!」
巨木の中にいつまでも留めていては手痛い反撃を食らう。自然と連撃になるメイハマーレの過激な攻めは、ダンジョンの地面を抉り、穿ち、瞬く間に地形を変えていった。
「むぅ……」
アテンが見せた妙技。その厄介さに、ブゴーは思わず唸る。
メイハマーレがアテンに対して相性が悪いのは分かっていた。二人の手の内を十分に把握しているのだからそれは予想できたことだ。
しかし今のアテンは隻腕。大幅に落ちた戦闘能力ではメイハマーレに押し切られるのが関の山だ。
メイハマーレを始めとする竜種の自然治癒能力は驚異的の一言。それは多少の相性の悪さなど、いとも容易く覆すほどの凶悪さを秘めている。
故に、この戦いはアテンがどれだけ粘れるか、と言う勝敗の分かりきったものになると考えていたのだが、その戦いはモンスターたちの予想に反してアテンが優位に進めていた。
「メイハマーレの自然治癒能力を封じた、だと……? それにかなり苦しがっているように見える。アテンめ、何をした……?」
全く見当がつかないわけではない。しかし、やっていることの余りの非常識さに頭がついてこないのだ。
この場に集まっているモンスターの中で、アテンが何をやっているのか正確に分かっている者はいない。しかしその価値は誰もが分かる。
少しでもその情報を得るために、イビルピューパがブゴーに対し貪欲に話しかけてきた。
「ブ、ブゴーさん! アテンさんのアレは何ですか! 有り得ないですよね!? どうなってるんですか!!」
ブゴーはその声に周囲の者たちの顔を窺い見た。どいつもこいつも、イビルピューパが言ったことを顔全体で表しながらアテンの戦いに目を釘付けにされている。
誰もが皆、大いなる可能性を感じているのだろう。アテンが示唆しているのは進化以外の強化手段。
進化を重ねてなお、自分の理想に至れていない者ほど目を奪われている。ここで言えばゴブリンジェネラルたちが最たる例だ。
それを見ながらブゴーは自分の考えを述べた。
「お前も信じられないだけで、全く分からないわけではないだろう。オデだって大差ない。要は、オーラを使って自然治癒能力を阻害し、更にはそのオーラをメイハマーレの体に伝播させることによって、よりダメージを大きくしているんだろう」
「で、でもメイハマーレさんには……」
「ああ。ただのトロールなどの雑魚ならまだしも、同等の力を持つメイハマーレに対してそんなことはできないはずだ。オデたちの
人間たちは思い違いをしているようだったが、オーラとは力の発露に過ぎない。
それは魔力の扱いが一定以上に達した証なだけであり、オーラ単体を使って何かができるわけではないのだ。ただ、魔力がオーラの域に達するとできることが増えるためにそのような勘違いが生まれたのだろう。
オーラは事象に干渉する力を持つ。それはスキルを唱えずとも身体能力を上げ、時に攻撃力や防御力をアップさせる。
扱いの難しい一段階上のスキルの行使を可能にするし、スキル自体に干渉して威力を上げることだってできる。その強力な攻撃をもって相手の魔力の流れを掻き乱し、
しかしそこまでいくとなると、自分と相手との間にかなりの力量差がないと難しい。だからこそメイハマーレの自然治癒能力が封じられたことが信じられないのだ。
メイハマーレの持つ魔力は膨大だ。湖に石を投げ入れたところで、水しぶきが上がった直後には何事もなく水面は元に戻る。
メイハマーレの魔力に干渉して機能不全に陥れるとは、石が水面を叩き、表面の形が変わった状態を保ち続けると言うこと。そんなこと到底できることではないし、不可能だと言ってしまった方がいいだろう。
だが、アテンがやっている事とは、そういうことだった。
人間たちがそう呼んでいるから、区別しやすいように使い始めたオーラという呼び名。それまでは使えて当然のものと意識すらしていなかったものだ。
進化した時に世界によってその使い方を知識として刷り込まれ、それ以上の活用法を探そうとは微塵も思わなかった。
(外の世界へ修行に行く、か。アテン。お前はその目的をしっかり果たしていたのだな)
予測される人間の強さから、ほとんど期待していなかっただろうその目的。
御方のお役に立ちたいが為に、情報収集に主眼をおいた行動だったはずだ。しかしそんなアテンのことを慈しんだ御方の『冒険者』と言う導きの元、世界の常識に疑問を唱え、ついには殻を破り、新たな技術を掴み取った。
「また差をつけられてしまったか……」
いつまでも追いつけないその背中に、悔しさを滲ませるブゴー。だが、こうして新たな技術を惜しげもなく披露してくれるアテンに感謝もしていた。
他のモンスターたちとは違い、例外的に魔力単体に特殊効果が宿っているブゴー。魔力自体に腐食の性質が備わっているブゴーが、もしあのアテンの技術を習得できたら。
それはきっと、想像を絶する破滅の力に手が届くだろう。そう考えるだけで身震いがして気分がどこまでも昂っていく。
溢れ出た腐食のオーラが手近な岩を塵へと変えていくのにも気づかず、凶悪な笑みを浮かべるブゴーをイビルピューパは慌てて止めた。
「ちょちょちょッ! ブゴーさん、抑えて!! あなただけは冗談じゃ済まないんだから!」
「む? あぁ……すまん」
言われた通りに気を静めると、ブゴーのオーラを察知して避難していたイビルピューパがふぃー、と額の汗でも拭くようなわざとらしい動きをしながらまた近づいてくる。その際に他の者たちの姿も目に入ったが、誰も彼もが興奮にオーラを滲ませていた。
ドラゴニュートも。ゴブリンジェネラルたちも。先程まで膝を抱えていたエルダーゴブリンですら。
前のめりになって食い入るように戦いを見ている。全員がいい顔をしているのを眺めながら、こういう時だけは不便だなと思うブゴー。
冷静になると改めてダンジョンの中心で繰り広げられる二人の戦いを見つめた。
「メイハマーレはさぞかし戦いづらいだろうな。元の相性の悪さに加え、単純な物量作戦が許されなくなった。ここからどう戦いを組み立てていくのか見ものだ」
今のところ積極的に攻撃を仕掛けているのはメイハマーレだが、どちらの方がダメージを負っているかは一目瞭然。戦いをコントロールしているのはアテンだと言える。
しかしこのまま終わるメイハマーレではないだろう。アテンにも懸念事項はある。状況がどのように推移していくのか予想がつかなかった。
だが、まだ経験の浅いイビルピューパが思うことはまた違ったようだ。熱に浮かされた様子で戦いを見つめながら、楽観的なことを口にする。
「それにしても本当に凄いですね、アテンさん。片腕なのに、もしかしたらこのまま、メイハマーレさんに勝っちゃうんでしょうか!?」
「いや、そう上手くはいかないだろうな」
「……え?」
ブゴーは意外そうに視線を移してきたイビルピューパにその理由を述べる。
「アテンの戦い方には隠しきれていない焦りが見える。おそらく、早めにケリをつけたいのだろう。あれほどの破格の力だ。消耗も激しいのかもしれん」
「……そうなんですか? 普通に戦っているようにしか見えないんですけど……」
もう長い付き合いだ。それに、消耗が激しいスキルを持っているブゴーには、魔力が目に見えて減って行く時のプレッシャーがよく分かる。
生まれてからさほど時間が経っていないイビルピューパに、その違いを見分けるのは難しいだろう。イビルピューパがアテンの戦いを目にしたのはたった数回であり、進化してからは一度も見ていない。
アテンも当然、メイハマーレに焦っていることを悟らせないように戦っているわけで、そのほんの少しの違いを見破れと言うのは酷な話だ。
しかし、自分にも他人にも厳しいブゴーはそんなことで甘い顔をしたりはしない。ズバッとイビルピューパを切り捨てた。
「訓練不足だ」
「グハッ……」
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