第130話 王都騎士団

『ハア。かったるいわねえー。どうせ死ぬんだからさっさと死ねばいいのに。ワタクシの手を煩わせるんじゃないわよ』


 ぶつぶつ文句を言いながら再び水面に上がったミー。その声を聞いたラスタッドは剣を身構えながら疑問を呈した。


「……なんだ、今のは声、か? 何か言っているのか」


 人型モンスターとは違い、モンスター特有の言葉しか話せないミーが発する声は人間たちに理解できない。


 そもそもダンジョンモンスターたちがミーの言葉を理解できるのは御方のご加護があるからであり、普段人間の相手などすることが無いミーはその事をすっかり失念していた。


 特段話す必要は無いし、既に生かして帰す気も無いのでどうでも良かったのだが、人間如きに言葉も話せない獣だと思われるのは一瞬たりとも我慢できなかったのであえて意思疎通が可能な状態にしてやった。


『<念話>。……これでワタクシの言葉が分かるわね? 愚かな人間』


「む! <念話>、だな。分かっていたことだが、やはり相当強いようだ……」


 耳ではなく頭に直接響いてくるような声に、ラスタッドは既に限界値に達している警戒度に更に警戒を注ぎ込む。


 <念話>は知性ある者の証。そして知性ある者は強い。それは能力ではモンスターよりも劣ることが多い人類が、知能を駆使して平原の覇者となった今の世界を見れば分かるだろう。


 それを、メルグリットをして魔人と遜色ない強さだと言うモンスターが使っているのだ。そんなのいくら警戒したってし足りない。ラスタッドは背中に嫌な汗が流れているの感じ取った。


(……待て。魔人と遜色のない強さを持つモンスターが高い知能を持っている……? それは、魔人と何が違うのだ? ……一緒じゃないか!? この出来損ないの騎士団で魔人の相手をしろと言うのか!? 冗談ではないぞ!!)


 しかも既に数名脱落状態だ。どう考えても分が悪い。


 このままでは勝ち目が無いと判断したラスタッドは素早く考え方自体を切り替え、生き残るための手段を模索する。そして<念話>で相手と対話できるこの状況を利用し、時間を稼ぐことにした。


 このシーサーペント擬きをどうにかできるとしたら、それはメルグリットの助力なくして有り得ない。今は他のモンスターと戦っているメルグリットがこちらに戻ってくるまでどうにかしてやり過ごすしかないという結論を出した。


 ラスタッドだって上位貴族の一員。得意ではないが何とかしてみせると、決死の会話に臨んだ。


「ああ、分かるぞ。まさか<念話>を使えるとは思わなかったな。相手に掛けられたのは随分と久しぶりだ。……それで、何故対話できるようにしたのだ? 一体何を狙っている」


 高圧的にならず、されども臆していると思われないような塩梅を保つ。なるべく相手を刺激しないように努めつつ、無難な会話を心掛けた。


『別に狙いなんか無いわよ。強いて言うならそうねぇ、後ろの方にいる塵芥がワタクシを舐めた目で見ているのが気に入らないから、より苦しめて殺すためってとこかしらね』


(ッ、しまった……!)


 シーサーペント擬きの指摘にラスタッドは自らの見落としに気づく。


 このモンスターを相手に丁度良い塩梅の態度を保つと言うのは、見方を変えれば余裕そうに見えると言うことでもある。ラスタッドの戦闘能力は騎士団員なら誰でも知るところ。


 騎士団の中で最たる実力を持ち、国宝である装備品を身に付けた今のラスタッドはまさに敵無し。何が出てこようが怖くない。


 後ろに隠れる出来損ない共はそう考え、それが舐めた態度に出ているのだ。


(本当に余計なことしかせんな! このクソ共は!!)


 ラスタッドの気持ちも知らないで楽観視する阿呆共。自分たちは連鎖術式の魔力タンクだけやっていれば勝手に戦闘が終わると思っている騎士ならざる騎士。


 ラスタッドは罵声を浴びせたい気持ちをぐっと堪えて冷静を装う。シーサーペント擬きも口では過激なことを言っているがそこまで怒っているようには見えない。まだ時間稼ぎは可能だと自分に言い聞かせた。


「そうであったか。それはすまなかった。何分初めて見るモンスター故、その実力が分からず侮ってしまっているのだろう。その外見からしか相手の強さを推し量れない愚か者たちなのだ。どうか許してはくれまいか」


 さりげなく団員たちをこき下ろしながら軽い調子で謝罪するラスタッド。しかしこの謝罪がまたいらない事態を招く。


 相手のことを見下しているのは何もラスタッドだけではない。勘違いにより心理的余裕がある状態で、反発心を抱いている相手から貶されたとあっては自称誇り高き騎士たちが黙っていない。


 どうせすぐに失墜する相手と、ここぞとばかりに好き勝手騒ぎ出した。


「ラスタッド騎士団長! 何をのうのうとモンスター如きと話しているのですか! 魔人装備を身に付けているからと余裕を見せすぎるのは感心しませんな! あなたはこの後、魔人の相手も控えているのです! そんなモンスター如き、さっさと片付けておしまいなさい!」


「騎士団長自らが騎士の誇りを捨てモンスターに謝罪するなど言語道断! この事はきっちり報告させてもらいますよ、ラスタッド騎士団長! それが嫌ならさっさとモンスターを倒しなさい! その働き次第では報告の内容を考えてあげてもいいでしょう!!」


 殺そうか、とラスタッドは本気で考えた。


 怒りとは、一周回るとむしろ冷静になるのだな、と。知らなかったことを気づかせてくれたスルケベとショーシィンに、お礼として死をプレゼントしようかと本気で考えた。


 しかしラスタッドがその剣で二人の首を刎ねる前に口を挟まれた。これまた、スルケベとショーシィンが馬鹿にしたのはラスタッドだけではない。


 もう一つの対象が不吉なことを言い出した。


『呆れてものも言えないわね。相手の外見からしか実力を推し量れない、だったかしら? じゃあ、分かりやすく教えてあげるわ。特別にね』


「ッ、待っ……!!」


 一番恐れていた事態にラスタッドが慌てて制止をかけるも間に合わない。


 前後から揺さぶりをかけられてそれに完璧に対応できるほどラスタッドの器量は大きくなかった。意識が逸れてしまったところでシーサーペント擬きがスキルを唱える。


『<異門の守護者ゲート・オブ・キーパー>』


 湖に一度だけドクン、と大きく何かが脈動するような音が木霊した。それは例えるならば巨大な心臓が産声を上げたかのよう。


 悪寒が止まらないラスタッドは片時も目を離さずシーサーペント擬きを見つめた。変化はすぐに訪れる。


 パキパキと、鱗同士が弾かれ合うような音を鳴らしながらシーサーペント擬きの青い体が盛り上がり始めた。見る間に大きくなっていくその体。


 さっきまでその姿を見るのに視線は水平よりも少しだけ下を向いていたぐらいなのに、今となっては見上げなければ顔を合わせることもできない。


 大量にあるクラゲのようなヒゲからは付着した水が大量に滴り落ち、水面から飛沫がある。その様はまるで滝のようだ。ラスタッドのところまで水滴が届き顔を濡らすがそんなことは気にしていられない。


 頭に生える二本の角に紫電を纏わせ、その後ろから生える図太い触手は、たった一薙ぎでもされれば甚大な被害が出ることは想像に容易い。


 竜のような形の顔には威圧感が増し、その口の中に垣間見えるもう一つの口、円を描くように乱杭歯を生やすワームの口が、見る者を恐怖の世界へと誘う。


 湖を埋め尽くさんばかりの巨軀は、侵入者の前に不倒の門となって立ち塞がり全てを弾き返す。神の下へと至る聖域を守護する番人として、その姿は過不足ない。


 真の姿を現したミーは自分の周りにいる生き残りのモンスターたちを遠ざけた。


『ほらアンタたち。もっと後ろに下がりなさい。後はワタクシがやってあげるから』


 ミーの指示にマーメイドゴーストと水の精が素直に従う。湖を出て、忘却の秘跡湖と認められるギリギリの範囲まで避難していった。


 少し大げさに見えるかもしれないが今のミーではそれぐらいしないと戦闘に巻き込んでしまう。それだけミーはこの湖で生まれるモンスターたちを気遣っていた。


 ミーにとってマーメイドゴーストと水の精は特別な存在だ。何故ならば、この二種類のモンスターは自分の子供に等しいからだ。


 御方がお作りになられた場所に自分が手を加えることによって新たに生み出されるようになったモンスターたち。それは言ってみれば御方との共同作業。


 父たる御方と母たる自分との間に生まれた愛の結晶。それすなわち、子供と同義。


 ミーは忘却の秘跡湖にモンスターがスポーンした時、母性に目覚めたのだ。価値の無い人間たちにわざわざこの姿を見せてやる気になったのも、子供たちにカッコイイところを見せたいと言う気持ちもあったのかもしれない。


 しかしそれはあくまでもおまけ的な気持ちでしかなく、主たるものではない。母性を得たことによって感情の起伏が穏やかになったミーであるが、そんな彼女は今、静かにキレていた。


 その理由は人間共に舐められたという他に、もう一つある。この塵芥共はタブーを犯した。


 よりにもよってミーの前で、小さい瓶の中に我が子を詰め込み持ち帰ろうとした。


 戦いの中で散っていくのは構わない。弱き者が死ぬのはこのダンジョンの理。たとえ自分の子供とは言え御方にお仕えする者が弱者では話にならないので静かに見守っていた。


 しかしミーが甘い顔をしているのをいいことに、つけあがったクソ共は看過できない暴挙に出だした。その怒りがミーにこの姿を見せる選択をさせていた。


 このダンジョンで生まれた者は例外なくこのダンジョンで死ぬことを望む。たとえ力及ばず御方にお仕えすることが叶わなくても、ダンジョンに吸収されれば何らかの形で御方に貢献することができるからだ。


 運が良ければ御方がその神の如き御業を使う時のエネルギーとして使っていただけるかもしれない。もしくはダンジョンの中を循環し、再び生を受け強くなり仕えるチャンスを得られるかもしれない。


 そんな尊い願いを、このゴミ共は穢した。


 まだ遺骸は回収しきれていない。一片たりとも余すことなく、全てを神の御許に送り届けることをミーは母として誓った。


『ワタクシは見定めし者、ミズガルズオルムがミー。楽園を穢す不届き者に、鉄槌を下す』


 その巨大さに口をあんぐりと開けてアホ面を晒していた騎士団一同は、その体が薄く光を放ち始めたことで攻撃の気配を察した。


 どんな攻撃なのかは分からなかったがラスタッドは本能が訴えてくる恐怖のままに対抗スキルを繰り出す。


「連鎖術式用意ッ!! <サンクチュアリ>、始めぇぇ!!!!」


 その号令はもはや絶叫。間一髪、強化された<サンクチュアリ>が騎士団全員を覆う鉄壁の盾として展開されると、直後に起きる光と轟音。


 目も耳も潰され何が起きたのか状況が把握できない中で、ラスタッドは術者として<サンクチュアリ>にヒビが入ったことを理解した。


(馬鹿な!? 連鎖術式の<サンクチュアリ>だぞ!? 一撃で……。こんな、こんな馬鹿な話があってたまるかッ!!)


 もう一撃くらったら耐えられるかどうか分からない。もしかしたら<サンクチュアリ>を突き破ってそのまま自分たちに襲い掛かってくるかもしれない。


 焦りの中、本来の用途とは違うため効果が薄いと分かっていながらポーションを飲み、目と耳の回復に努めるラスタッド。咄嗟の判断が功を奏し、周りの者たちよりも早く視界が回復したラスタッドが目にしたものは、天高く昇る複数の水竜巻だった。


 その水の竜巻は水面を離れると空中で分離し始める。それぞれが研磨されるように先端を鋭くしていき、どんどん凶悪さを増していった。


 空中を埋め尽くすように出来上がっていく螺旋の死槍。アレを解放されたら今の<サンクチュアリ>では耐えられない。しかし今の団員たちはスキルを唱えられる状態ではない。


 ラスタッドは一人、バリアの中から抜け出すと化け物に向かって突撃した。靡く外套の特殊効果で<フライ>を唱えて接近する。


 間近で見ると山かと錯覚する。山に斬りかかって一体何になると言うのか。そんな絶望に傾きかける心を殴り飛ばして、術を止めんと果敢に斬りかかる。


 オーラを注ぎ込むことによって剣の特殊効果が発動し、黒い靄を出し始めた黒剣を全力で振るったラスタッドの攻撃は、分厚くなったミーの鱗を貫くことはできなかった。硬い音を響かせ弾かれる。


(チィ、硬い! だが……!!)


 直接的なダメージは与えられなかったが、まだラスタッドの攻撃は終わりではない。ラスタッドが斬りつけた部分には黒い靄が纏わりついていた。


 相手の防御力に左右されることなく身を蝕む恐ろしきその黒い靄の正体は腐食のオーラ。かつてのモンスター討伐戦で大量の死者を出した大きな要因の一つでもあった。


(いくら硬かろうがこの腐食のオーラからは逃げられん! メッタ斬りにしてどデカい穴を空けてくれるわ!!)


「ハアアアアアアッ!!」


 ミーの鱗に薄い切り傷をつけながらどんどん黒い靄を纏わりつかせていく。この鱗さえ破壊してしまえば後はこっちのものだと攻撃を重ねるラスタッドだったが、途中で違和感を覚えた。


 一向に侵食が進まない。正確には、少し削れてはすぐに元に戻ってしまっていた。


 防ぐ手段無し。全てに等しく滅びを与えるはずの腐食攻撃が、このモンスターには何故か通じていなかった。


「なん……」


『もう満足したかしら』


「ッ!?」


 動揺するラスタッドを凄まじい衝撃が襲った。


 圧倒的質量に追突されたかのように空中から叩きつけられたラスタッドは、そのまま攻撃と見做されて効果を発揮した<サンクチュアリ>の障壁を突き破り、数人の落ちこぼれを巻き込みながら地面に落ちる。


「「ぎゃあああああ!?」」


 落ちこぼれクッションによって比較的軽いダメージで済んだラスタッドだったが、先程の衝撃がトドメとなって<サンクチュアリ>が消えてしまった。


 時間を稼ぐための行動が逆に苦しめる結果となってしまったことに顔を顰めるラスタッド。自分を叩きつけた太い触手がウネウネと蠢くのを苦々しく見ていたが、今のラスタッドにそんな時間は許されない。


『ぼーっとしてると死ぬわよ?』


「れ、連鎖術式用意ッ!! <ディバインシールド>、始めッ!!」


 空中に待機していた恐るべき水槍が障壁に激突してくる。その威力に、向こうの水槍が無くなる前にこちらの障壁が突破されてしまうと思ったラスタッドは追加で<ディバインシールド>を集めた。


 案の定、一枚目の障壁は破られてしまったがラスタッドの好判断により何とか生き残った騎士団。ミーの猛攻にヒィヒィ言ってる団員たちをよそに、ラスタッドの頭にミーの涼しい声が響く。


『とんでもなく弱っちい腐食だわねぇ。ブゴーのやつの何分の一かしら? レーベルウォーも随分と劣化したものだわ』


 言っている意味は分からなかったが、どうやらこのモンスターは滅多に見る機会のない腐食の性質を知っているらしい。それが分かるとラスタッドは疑問が口をついて出た。


「……ミーと言ったか。何故お前には腐食攻撃が効かんのだ……?」


 自分でも馬鹿正直に何を聞いているのだと思うが、この腐食攻撃こそがラスタッドの切り札だったのだ。


 これが効かないならば手詰まり。だからこそラスタッドには現状打開のため聞く以外に方法が無い。


 相手がこちらを見下しているならばいい気になって教えてくれるかもしれないと、望みを繋げるためにした質問。しかし届けられた返答はどうしようもない現実だった。


『腐っても腐食。効いてないわけじゃないわ。ただアンタの攻撃と腐食自体が弱すぎて、ワタクシの自然治癒能力を超えられていないってだけ』


「自然、治癒……」


 それは生き物が呼吸をするように当然のごとく行われる、いわゆるパッシブスキル。相手の隙を突くとかそういう以前の問題。


 圧倒的火力不足。戦いの土俵にすら立てていないことを意味していた。


 その上、更なる驚きがラスタッドを襲う。ミーの体にオーラが立ち昇ると、黒い靄はたちまち弾き飛ばされ消えてしまった。


「なっ!?」


『なっ、て。何驚いてんのよ。結局のところ腐食もオーラなんだからオーラを張れば防げるに決まってるでしょ。さてはアンタ、雑魚としか戦ってきてないわね?』


 呆れたように言われてもラスタッドにはそんな話は聞いたことがないとしか言えなかった。だがそれも無理からぬこと。


 かつての討伐戦を終えた後、国宝として祀られたこの装備品は使われることが滅多になかった。オーラを使える者は一握りしかおらず、オーラを使えるようなモンスターが現れることも稀。


 まさか人に試すわけにもいかず、その性能を熟知する機会はなかった。元の持ち主のモンスターを倒した時、そこには勿論オーラを使える猛者もいたが、その多くは戦いの中で息絶えた。


 生き残った少数がその性能を伝えようにも遥か昔のこと。腐食の凄惨で凄まじい能力だけが一人歩きし、細かい注意点などは埋もれていった。


 当然の話、現代を生きるラスタッドにもそのような情報は無く、ミーの言ったことは寝耳に水だった。これ以上強い武器など考えられない。そう思っていたラスタッドが精神的に受けたダメージは大きい。


 だが、ミーの体が再び光を放ち始めたことで我に返った。


『そんなんでよくメイハマーレと戦おうなんて思ったわね。ま、どうでもいいけど。それじゃあそろそろ子供たちを返してもらうわよ』


「連鎖術式用意!! <サンクチュアリ>、始め!!」


 相手が放とうとしているのはおそらく雷。これを防げるのは<サンクチュアリ>しかない。


 ラスタッドは迷うことなく号令をかける。しかし、ラスタッドの元に<サンクチュアリ>は僅かしか送られてこなかった。


 この異常事態にラスタッドは勢いよく後ろを振り向く。そこで目にしたのは、顔色を悪くして膝に手をつく団員や、しゃがみ込んでしまっている団員たち。


 魔力欠乏。


 <サンクチュアリ>は消費魔力量が多いスキルだ。長引く戦闘と度重なる魔力消費に、実力の乏しい騎士たちがついて来れなくなっていたのだ。


 だがおかしい。それなら魔力回復ポーションを飲めばいいだけだ。このような事態を想定して、あらかじめ騎士たちにはポーションを配っている。


 それを考えれば魔力が枯渇するのは早すぎた。しかし、そこでラスタッドを思い出す。馬鹿共が水の精を捕まえるために何を使っていたのかを。


 中には二、三本の空き瓶を持っている者もいた。つまりは、そういうこと。


(何だ……これは…………)


 真っ白な頭の中で、されど高速で考えがよぎると言う不思議な状態。


 それは、走馬灯だった。


 集まった数は少なかったものの、ラスタッドは無意識で<サンクチュアリ>を展開する。だが、万全の<サンクチュアリ>で何とか防げた攻撃を、たった数人分の<サンクチュアリ>で防ぎ切れるはずがない。


 白雷の光が目を焼く中、ラスタッドは唐突にアテンの言葉を思い出していた。


「あぁ。これならば確かに、連れてこない方がよかったな……」


 騎士団全員で戦うと言う意識が働いたせいで、ラスタッドは優れた機動力を奪われていた。


 ラスタッド個人ならば、もしかしたら違う結果になったかもしれない。少なくとも時間稼ぎならばもっとできた。


 柔軟に動けたかもしれない。戦うと言う選択肢以外にも何かあったかもしれない。一体、どこで間違えてしまったのか。


 正解を出せないままラスタッドの意識は途切れ、そしてそれが戻ることは二度となかった。

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