第128話 モンスターズ・トーク

 自らの役目を終えたライアーゴートの進化個体・イビルピューパは、自分と同じく今回の役目を終えたモンスターたちが集まる場所へと向かっていた。


 自分が相手した人間たちは弱かったがそれでも進化してから初めての任務だ。緊張したし、無事に役割を果たせて良かったと思う。今回のことを振り返り、安堵しながら歩いているとやがて集合場所に辿り着いた。


 聖域がある岩山の中腹。下からは覗けず、こちらからは見晴らしの良い、隠れ家的な場所で、既に集まっていた者たちに軽く手を挙げて挨拶を交わした。どうやら自分が最後のようだ。


「お疲れー。みんな早かったみたいだね」


「我らが早かったのではなく、お前が時間をかけすぎたと言った方が正しいだろうな」


 イビルピューパの挨拶に答えてくれたのは全身傷だらけのゴブリンジェネラルだ。その姿はなんだかいつもより力強く見えた。


「進化してから初の任務はどうだった? 滞りなくこなせたか?」


 続いて声をかけてきたのはドラゴニュート。疲労が溜まっているように見えるが、こちらも一皮むけたような自信が垣間見える。


 進化した時期が近いこともあって話す機会が多いドラゴニュートは、こうして度々イビルピューパを気遣ってくれる良い奴だ。イビルピューパは声をかけてくれたゴブリンジェネラルたちやドラゴニュートに自分の仕事ぶりを評価してもらう。


「うーん、どうだろう? 自分的にはそこそこ上手くできたと思うんだけどね。果たしてメイハマーレさんやアテンさん、ひいては偉大なる御方の御要望に答えられる仕事ぶりかと言われると、自信無いかなあ」


 イビルピューパの答えに苦笑するゴブリンジェネラルたちやドラゴニュート。


 正解はまさに神のみぞ知る、なのだ。自信など湧かなくて当然だった。


「それは高望みが過ぎると言うものだ。目標を高く持つこと自体は良いと思うがな」


「誰しもがそこを目指し、そして未だに誰もが至れずにいるのだ。ひとまず任務をこなせただけ、よしとすべきだろう」


 ゴブリンジェネラルたちに諌められて、まあそうだよねえ、と思うイビルピューパ。


 古株のゴブリンジェネラルたちの言葉は経験の浅いイビルピューパのような者には貴重だ。しっかりと耳を傾けてこれからの心構えを考えているとドラゴニュートが質問してきた。


「イビルピューパ。一つ聞きたいのだが、今回は何を基準にして生かすか殺すかの判断をしたのだ。オーラを使える人間を殺し、取るに足りない人間たちを見逃したようだが。一見して取るに足りない雑魚の方に伸びしろ感じたと言うことか?」


「ああ、あれねぇ。いや、伸びしろあるなって思ったのは一人だけだったんだけど、あれ以上人間を殺したら目当ての人間が成長する前に精神的に壊れると思ったんだよ。脆弱だよねぇ、殺して良いのは一人までなんて。まあだからこそ面白く成長しそうだったんだけどね! 後は一番供物になりそうな奴を殺しておこうって、ただそれだけだよ」


「そうか……。ふむ、悪魔のお前のお眼鏡にかなう者がいたのだ。それだけで上出来か。精々御方がお喜びになる実験体になることを祈るばかりだ」


 ドラゴニュートの言葉に同意するイビルピューパ。自分が御方のお役に立てたとしたらこんなに嬉しいことはない。ただドラゴニュートが人間に関することを聞いてきたのが意外だったのでイビルピューパも聞き返す。


「そうだねぇ。そうなってくれると凄く嬉しいね! ……ところでどうしてそんなこと聞いたの? 確かドラゴニュートは人間たちと一緒に行動してたよね。何か気になることでもあった?」


「……存外、人間にも侮れない者がいるのかもしれんと、そんなことを思ったのでな。人間の機微に聡いであろうお前に聞いてみたかっただけだ」


「へー!」


 まさか同僚の口から人間を称賛するような言葉が出るとは思っていなかったので驚きが口から出る。骨だけの口がカパっと開いた。


「ドラゴニュートがそこまで言うなんてね。気になるなぁ、何があったのさ」


 少しワクワクしながら聞くイビルピューパ。ドラゴニュートは腕を組むと重々しく言葉を紡いだ。


「……人間が、メイハマーレに一撃入れた」


「……え? ……嘘ッ!? 冗談じゃ、本当に!?」


 信じられない。周りで聞いていた者たちもその情報は初耳だったのか、少なからず驚いた顔をしていた。


 人間如きの強さで一体どうやったらあのメイハマーレに一撃を食らわせられると言うのか。全くもって想像がつかない。


 メイハマーレが遊んでいたにしたも、わざとダメージを食らうような真似はしないだろう。ドラゴニュートもそんなことなら一々言ったりしないはずだ。


 つまりは、結構ガチめに決まった一撃。ドラゴニュートが侮れない者もいると言うのも納得だ。


「いや、凄いね。遥かに劣る実力でそこまでやる人間がいるなんて。……ゴブリンジェネラルたちは? そっちにも目を引くような人間いた?」


 ドラゴニュートの話を聞いて他の人間たちにも少し興味が出てきたイビルピューパは話し合いに参加しているゴブリンジェネラルたちにも話を振った。


 ゴブリンジェネラルたちの体は今日も傷だらけだった。大方、自分たちの訓練のために人間たちを利用していたのだろうが、それはつまるところ訓練に使える程度には人間たちも強かったと言うこと。


 その傷はいつもの酷い状態とは違って表面的なものにとどまっているようだが、少し期待しながら聞いてみる。しかし話を振られたゴブリンジェネラルたちの顔が苦いものに変わったのでイビルピューパは不思議に思った。


「ん? どうしたの、そんな顔して」


「いや、なに。色々あってな。想定外の事態に加えて、我らの未熟さをアテンに指摘されてしまったのだ。それを思い出していた」


「その失敗の程度が殊の外大きくてな。我らの失敗事態に関しては切り替えができているのだが、アテンに迷惑をかけてしまったことが後を引いているのだ」


「アテンさん? そっちにアテンさんが行ったの?」


 どうやらこっちはこっちで大変だったようだ。アテンが自分たちの戦いに乱入してくるとは聞いてない。


 予定に無いことをアテンがしたと言うことはそれだけ想定外の事態が起きたと言うことなのだろう。それはそれで気になってしまう。


 掘り返すようで少し悪いと思いながらもイビルピューパは続きを聞いた。


「それってアテンさんが動かないと不味い状況だったってことだよね。うーん、想像がつかないなぁ。ゴブリンジェネラルたちやミドルワームが人間たちに苦戦したってわけでもないようだし? 聞いてもいい?」


「それは……」


 ゴブリンジェネラルたちは歯切れ悪く言うと視線を移す。その視線を追ってイビルピューパもそちらを見ると、そこには膝を抱えて座り込む白いのがいた。


「えっ、エルダーゴブリン……? あ、いたんだね。気づかなかったよ……」


 存在感を消すように身体を丸めて小さくなっているエルダーゴブリンには哀愁が漂っていた。


 どんよりした雰囲気を醸し出している今のエルダーゴブリンは正直言って話しかけたい対象ではない。普段の様子とはかけ離れた姿に、心配と言うよりはあまりの変わりっぷりに対して内心でドン引きしていると、目を疑う事実に気づく。


「……あれ……? は? ちょ、エルダーゴブリン! 右腕ッ! 右腕無いよ!? どうしたの!?」


「……やかましいわい」


 ボソっと吐き捨てて俯いてしまうエルダーゴブリン。言葉が出ないイビルピューパはゴブリンジェネラルたちに目で説明を訴えた。


「……侮っていた人間に不覚を取り、山から落とされ、我らの邪魔をし、指示を無視してアテンが目をかけていた人間のパーティーを殺そうとしたところで、アテンに右腕を断ち切られた」


「ついでに今後、表に出るような作戦への参加を禁じられた」


「うわぁ……」


 今度のドン引きは心の中から飛び出してきた。イビルピューパはハッキリとした軽蔑の眼差しでエルダーゴブリンを見る。


 しかし話はそこで終わらなかった。ゴブリンジェネラルが付け足すように言う。


「更に、度重なるゴブリン種の失敗続きに責任を取り、自らも左腕を斬り飛ばした」


「…………え、ごめん。ちょっと分かんない。ハッハッハ、いきなり耳が悪くなったかな? もう一回言ってくれる?」


「御方に代わり、我らがエルダーゴブリンのグレートソードでアテンの左腕を叩っ斬った」


「丁寧な説明ありがとうッ! ていうか斬ったの君たちかい!!」


 怒涛の展開すぎる。自分が仕事に集中している間にそんなことになっているとは夢にも思わなかった。


 そしてエルダーゴブリンがどうしてあそこまで落ち込んでいるのかも判明した。エルダーゴブリンはアテンに対し崇拝に近い気持ちを抱いている。


 それは当然御方に抱くものよりも格段に落ちるが、それでも特別視していることは確かだ。そんなアテンから右腕をとられて、なおかつ自分のせいで腕を失ったとなればあのようにもなるだろう。


 悪いのはエルダーゴブリンなので別に同情する気にはならないが、アテンが腕を失ったとなれば一大事だ。今後の影響を心配する。


「うーん、でも、自分への罰で腕を取っちゃうのはやり過ぎだったんじゃないかなぁ。御方ならお許しくださった気もするけど。アテンさんの立場だとそうもいかないのかな。……これ、どうなる? 今回の計画に関しては問題なく進むだろうけど、不味いことにはならないのかな?」


「むぅ……。確かに不味いな。これでは、第一配下の地位がメイハマーレのものになってしまう」


「いや、そういうことじゃなくてね?」


 ボケているのか天然なのか、ドラゴニュートがあまりにも視野の狭いことをぬかすのでついツッコミを入れてしまう。


 ダンジョンの最高戦力の一人であるアテンの負傷にイビルピューパがこの先のことを憂いていると、これまで沈黙を貫いていたブゴーが口を開いた。


「アテンに頼りすぎだ。奴がダメになったならオデたち全員でカバーすればいい。それだけだ」


「ブゴーさん……」


 目の覚めるような言葉だった。やはり早くから御方にお仕えしてきた者は意識が違うとイビルピューパは感心してしまう。


 これは、自分ももっと力になれると御方にアピールしていかなければと骨しかない鼻から空気を吹き出す。そしてどうやらブゴーの言葉に感銘を受けたのはイビルピューパだけではなかったらしく、今までどんよりと俯いていたエルダーゴブリンが救いを求めるようにブゴーに話しかけた。


 しかし、言葉選びを間違えて怒られた。


「のぅ、呪黒よ」


「黙れ。オデは御方から個人で生きることを許されたレーベルウォー、ブゴーだ。次、またその名を呼んだら今度は左腕も無くなると思え」


「う、すまん……」


 踏んだり蹴ったりのエルダーゴブリン。迂闊だなぁ、とイビルピューパが思っていると、それでもエルダーゴブリンは答えが欲しくてブゴーに聞く。


「儂はこの失敗を挽回できるじゃろうか……。儂はどうするのが最善なんじゃ……?」


 どちらかと言えば普段から高圧的な態度であるエルダーゴブリンがここまで弱みを見せるのは珍しい。ブゴーはそんなエルダーゴブリンの弱気な発言を鼻で笑った。


「ふん。そんなものが分かるなら誰も苦労しない。今まで失敗してこなかったものなど、御方を除けば誰もいないのだからな。分からないならあとは動くしかない。たとえそれが間違っていたとしても、努力していると認められれば必ず御方が教えを授けてくださる。お前がすべきことなど初めから決まっているのだ。強いて言うならば、それが最善だろう」


「おぉぉ……」


 ブゴーがここまで長ゼリフを言うのはとても珍しい。しかもかなり良いことを言っているように思えた。


 質問したエルダーゴブリンを差し置いて感嘆の吐息を出すイビルピューパ。エルダーゴブリンもブゴーの言葉を受けて腑に落ちたような顔しており、話が一段落したことを察したイビルピューパはついでとばかりに話題を変えた。


「さて、何はともあれ今回の計画も大詰めだね。まだ戦っているのは……ミーさんと、トリトーンウティカ、か……」


 トリトーンウティカの名を呼ぶ時に少し嫌そうな顔になるイビルピューパ。そんなイビルピューパの話に、役目を終えたことでゴブリンジェネラルたちから計画の全貌を教えてもらったドラゴニュートが乗っかった。


「正確に言えばミーは戦っていないがな。雑兵がいくら集まったところでミーには太刀打ちできない。前座の終わりが奴らの終わりだ」


「そうだね。ほんと馬鹿だよねぇ、あの騎士団長。アテンさんがせっかく忠告してあげたって言うのに無視したんだって? 少人数で戦ってれば結果もまた違ったかもしれないのにね」


「まあ、それでも結局はミーの判断次第。厳しいことに変わりはなかっただろうが、少なくとも今より希望があったことは間違いないな」


 二人してウンウンと頷き合う。それは会話の終了の合図。


 あとはクライマックスが始まるまで待っていようと、二人が阿吽の呼吸で画策するもそれをゴブリンジェネラルがぶち壊した。


「そしてトリトーンウティカと戦っているのは、人間たちの中で一番の強者か。なかなか白熱した戦いを繰り広げているようだな」


「……そうだね」


「……そうだな」


 話題に出されては仕方ない。気は進まないがまだ時間もある。二人は諦めて話に付き合った。


「面倒くさいんだよなぁ……トリトーンウティカ」


「面倒だ」


「確かに」


「否定はしない」


 イビルピューパがぼそっと言った言葉に、ドラゴニュートとゴブリンジェネラルたちが同意を示す。


 トリトーンウティカは全てが面倒臭いのだ。性格も面倒臭いし、テンションも面倒臭いし、戦い方も面倒臭い。


 そんなだからいつしかトリトーンウティカに絡む者は少なくなり、訓練相手としても選ばれなくなって、トリトーンウティカは無視されるようになっていったのだ。


 そんなトリトーンウティカにずっと付きまとわれておりながら平静さを保っているミーは、実は周りから一定の尊敬を集めていたりするのだがそれはまた別の話。イビルピューパはトリトーンウティカと戦っている人間を哀れんだ。


「まぁ、なんだ。対戦相手の人間には頑張ってほしいね」


「「「うむ」」」


 いったいどちらを応援しているのか分かったものではない。


 昔から周りに混乱を及ぼすことに定評があるトリトーンウティカだった。

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