第106話 全体会議 二

 レインが騎士団に戦力としての不安を覚えていると、ヘクターとの言い合いが終わった騎士たちは今度はクリステルにちょっかいをかけることにしたようだ。


 下心が顔に表れている尊大な騎士、咎めるような声を出す騎士と、それぞれ別の反応を示しながら話しかける。


「おお、クリステル! こうして顔を合わせるのは久しぶりだな! 魔人の襲撃にあったと聞いて心配していたのだぞ? 元気にしていたか?」


「ミス・クリスタラ。生きていたのは喜ばしいが、それなら連絡が滞っているのは何故だ? よもやあの噂、事実ではあるまいな?」


 あの日、精神的苦痛から解き放たれたクリステルは、すっかり元に戻った可憐な笑みを浮かべる。


「お久しぶりです、スルケベ卿、ショーシィン卿。色々ありましたが、今は元気にしております。ショーシィン卿、あの噂とは一体、何のことでしょうか?」


「……とぼけるな。これ以上は叛意ありと見なすぞ」


「ふふふ、せっかちな男性はモテないと聞きますよ?」


「貴様……! 本当に、いいんだな!?」


「何を言っているのか、私には分かりかねますね」


「そんな!? 考え直すんだクリステル! 今ならまだ間に合うぞ! このままではお前の家だってただでは済まん!」


(なんか始まった……)


 貴族の中には身振り手振りがやたらと大きい者がいる。スルケベはどうやらそのタイプだったようで、レインは突如目の前で始まった劇をぼーっと眺める。


 クリステルは特訓に参加する際、皆からの信頼を得るためと言って自分の事情をつまびらかにしていた。だからレインにもこの劇の構図は理解できているのだが、それにしても騎士たちの驚き方が大きい。


 スルケベ卿と呼ばれたスケベそうな男がクリステルに振られた形となってショックを受けているのは分かるが、それだけではない気がする。自分だけで考えても分からないので、ここは貴族の依頼を受けることもあり、その生態に詳しいであろうリストールに尋ねるべく、ヒソヒソ話を開始した。


「リストールさんリストールさん。あいつらは何をそんなに驚いているんですか? クリステルさんが向こう側を裏切ったのはもう分かっていたはずですよね?」


「ああ。まあ、単純に騎士の華がいなくなってしまったことにショックを受けていることもあるんだろうが、それでもクリステル様のご実家への影響を考えれば、その選択が信じられないんだろうな」


「実家への影響……? あれ? 確かクリステルさんは、中立に近いからそこまで影響は無い、みたいなこと言ってませんでしたっけ?」


「いや、そんなはずは無い。あれは俺たちに余計な気遣いをさせないための方便だろう。中立に近い立場とは言っても明確に奴らの派閥に属していたことに違いはない。それに話を聞く限り、クリステル様の担っていた役目は重要だった。これを裏切るとなると、派閥としてのメンツを保つために見せしめとしてそれなりの制裁が科されるはずなんだ。だからあいつらにはクリステル様の採った行動が信じられないんだろうな」


「えっ、だ、大丈夫なんですか、それ?」


「うーん。たぶん、大丈夫じゃないな。家の力は大きく落ちるだろうし、それを嫌って派閥を抜けようにも今度は入れてくれる派閥が無い。一度裏切った家は信用できないからな。クリステル様は最悪、ご実家からの追放も有り得るし、そうなると平民になってしまうな」


「えぇっ!? やばいじゃないですか! それなのに、なに悪女みたいに意味ありげに笑って余裕かましてるんですか、あの人は!」


「悪女って……。まぁそれに関しては俺たちが口を挟むことじゃない。クリステル様も考えた上でのご決断だろうしな。あの豚貴族のことを心底嫌っていたようだし、元々ご実家の命令で無理やり仕えさせられていたのかもしれない。家のことを大切にする貴族としては珍しいが、それに対する一種の意趣返しと言うことも考えられるな」


「……貴族って、ホント面倒臭いですね」


「……まあな。だが、レインも今の内に慣れておいた方がいいぞ。お前たちにもいずれ依頼が来るだろうからな」


「うへぇ……。それにしても、そんな凄い覚悟が秘められていたなんて。自分より少し年上なくらいなのに、クリステルさんは凄いですね」


「そうだな。だからこそ俺たちもクリステル様を信用して一緒に特訓できてるんだけどな。……しかし、なあレイン。いい気味だと思わないか?」


「え?」


「やる気が感じられない、時間も守らない、いけ好かない貴族がやり込められている姿がさ。ウチのエルゼクスの影響かは知らないけど、俺もああいう奴らが嫌いでさ。正直、あたふたしてる奴らを見ていて、今、気分がいいんだ」


「……ですよね! 実は俺も思ってました! 心の中では絶賛クリステルさんを応援中ですよ! いいぞ、もっとやっちゃえって!」


「だよな! 最近はああいう奴らが痛い目を見ることが多くてスカッとするぜ!」


「まったくですね!」


「「ハハハハ!」」


 思いのほか話が盛り上がり、非常にすっきりした気持ちでレインが劇に視線を戻すと、ふとクリステルと目があった。


 やべっ、声が大きかったか、と焦るレインだったが、クリステルは何故かふわりとした可愛らしい笑みを浮かべてきた。男としてその笑みに一瞬ドキリとしながらも、その行動の意味が分からず困惑するレイン。しかし、流れの変化は急にやってきた。


「ぬ、何を見ている平民風情がッ! 見せ物ではないぞ!!」


(……なすりつけられた!?)


 クリステルの視線を追ってレインを見つけたスケベなスルケベが非難の声を上げる。


 意中の女が他の男に対し笑いかけているのが気に入らなかったのだろう。それに対しレインは心の中でクリステルに非難の声を上げた。


(モンスタートレインはマナー違反ですよ!? クリステルさん!!)


 モンスタートレイン。


 ダンジョンで出会ったモンスターを倒さずに引き連れ、他の冒険者に擦り付ける危険な行為だ。冒険者ギルドで共通の禁止事項として定められており、特にガトーがギルド長を務めているこの街の冒険者ギルドでやった場合は厳罰に処される。


 クリステルの行いをそんな危険な行為に例えるレインだったが、そのクリステルは、自分は冒険者ではないからそんなこと知らないとばかりに明後日の方向を向いている。


 しかしレインはクリステルの口元が僅かに上がっているのは目敏く発見した。


(やっぱり悪女じゃんっ!? 結構いい性格してるよねえ、クリステルさんってさあ!!)


 相手にするのが面倒臭いからってまともに貴族の相手をしたことがないレインにやることではない。質の悪いイタズラを仕掛けてくるクリステルに後で文句を言ってやる、と心に決めてレインは初めての性悪貴族との直接対決に臨んだ。


 元よりこうなることは想定済みだ。自分は平民のゴールド級でしかない冒険者。かなり高い確率で言いがかりをつけられるからと、事前にリストールの協力を得て対策は練ってあった。レインはその方法に沿ってこの場をやり過ごす。


(とにかく頭を低くして謝っておけば大丈夫作戦、開始だ!)


「おい! 聞いているのか小僧! 何とか言え!」


「はい。申し訳ございません貴族様」


「なんだそれは! 平民は謝り方一つ知らんのか!?」


「はい。申し訳ございません貴族様」


「フン、馬鹿が! ならば平民に相応しい謝り方と言うものを教えてやる! まずは床に頭を擦りつけ、私に許しを乞え! 心を込めてなぁ!」


「はい。申し訳ございません貴族様」


「……貴様、私の話を聞いているのか? 馬鹿にしているのではあるまいな!?」


「はい。申し訳ございません貴族様」


(……ん? あ、やべっ!)


 いきなり静かになってしまったことを不審に思ったレインが先程までのやりとりを思い返したところ、やってはいけないミスを発見した。


 まともに受け答えしていたらイライラしてしょうがないからと、適当に返していたのが仇になったようだ。


(これじゃ馬鹿にしてますよって意味になっちゃうじゃん! どうしよ!?)


 焦るレインだが既に顔を赤くしているスルケベは剣に手が伸びている。やるしかないのか、怪我させちゃ不味いよな!? と、レインもやむを得ず剣に手を伸ばそうとした時、どこからかおかしそうな笑い声が聞こえてきた。スルケベの意識がそちらに向く。


「ふふふ」


「……何がおかしいか。ヘルカン子爵」


 その声の主はスルケベと同格の貴族であるヘクターだった。さすがに剣を抜くわけにはいかないようで、スルケベの手が剣から離れる。


「別におかしくはない。ただ面白かっただけだ」


「ッ! 私をコケにするか、ヘルカン子爵ッ!」


(おぉ……! カッコいいっすヘルカン様! そしてありがとうございます!)


 偶然か否か。困ったレインに救いの手を差し伸べたヘクター。そのクールな姿にしびれるものを感じざるを得ない。尊敬の面持ちで見つめるレインの先で、頼れる領主様は更に続ける。


「もとより人としての礼を欠いているのはそちらだ。それにここは雑談をする場ではない。冷やかししかしない部外者は早々に出て行ってくれると助かるが? それと、出て行くついでにラスタッド侯爵閣下をお呼びしてくれ。こちらは貴公らと違い、時間が押しているのでね」


「私たちを使いっ走りにするか!? 図に乗るなよ、ヘルカン!!」


 スルケベが大声を発して一気に緊張感が高まった。


 一触即発の空気に、レインもどうなる、どうなるの!? っと、もはや他人事のように手に汗握る。片時も目が離せない展開にドキドキしていると、予期せぬ第三者がその状況を打ち破った。


「何やら騒がしいな。…………伝えられた時間よりもだいぶ早めに来たのだが、どうやら遅れてしまったようだ。ヘルカン子爵、待たせてすまなかったな」


 現れたのは、立派な体格に落ち着いた感じの佇まいを見せる、見た目はメルグリットと同じ位の男。


 騎士には似つかわしくない黒のフルプレートメイルを装備し、鎧の右半分には擦り切れた黒いマントが垂れ下がっていた。左の腰には長さは違うが、メルグリットの武器と同じような、あまり見かけない形をした剣を差している。


(むむ、この人、できるな……)


 レインはその人物を一目見ると、すぐにその実力の高さを感じとった。先ほどまでの騎士二人とは違い、戦う者として洗練されているのが分かる。


 オーラの波動をビシビシと感じさせるその男が現れると、ヘクターとクリステルはすかさず跪き、頭を下げた。それを見たレインたち冒険者組も慌てて跪く。


「よい、面を上げよ。ヘルカン子爵。何やら災難があったようだが戻ってきたことを嬉しく思うぞ。此度はその頭脳に期待している」


「はっ。ありがとうございますラスタッド侯爵閣下」


「うむ。クリステル嬢も久しいな。しばらく見ないうちにまた腕を上げたようだ。冴えわたる剣捌きに期待しているぞ」


「はっ。閣下と共に戦えますこと、光栄に思います」


「それと、まさかお前が来ているとはな。息災だったかメルグリット?」


「やっほー。元気元気! サイザーはちょっと老けた? はっはっは!」


(!?)


 何やら面倒臭い貴族同士のやり取りの気配を感じて極力目立たないように縮こまっていたレインは、突如聞こえてきた陽気に過ぎるメルグリットの言葉に度肝を抜かれた。


 思わず視線を上げた先には、椅子に座ったまま手をひらひらさせているメルグリットがいた。


(ちょっ!? 何やってるんですかメルグリットさん!? あなた自由すぎるでしょッ! 貴族の偉い人なんでしょ!? ヘルカン様だって頭下げてるんですよ!? オリハルコン級ってそんな凄いの!?)


 メルグリットの非常識な豪胆さに頭が混乱してしまう。だがそんなレインに構わず会話は進む。


「ふ、相変わらずだな。メルグリット」


「まあね! それよりさ、良い物つけてるじゃんサイザー! それ国宝の魔人装備でしょ? 王様も随分と張り切ってるみたいだね! どう? 少しでいいからさぁ、やらない?」


「ふっ。冗談はよせ。始めたが最後、お前は止まらないだろう? 魔人とやる前に気力と体力が尽きてしまうわ」


 軽い調子のメルグリットに楽しそうに応じるラスタッド。その仲の良さからしてどうやら二人は友人同士のようだった。


 ラスタッドはメルグリットとの会話を一旦切り上げると表情を真顔に戻し堅い声を出す。


「ところでスルケベ、ショーシィン。なぜお前たちがここにいる? 会議に出席するのは私一人で充分だと言ったはずだが?」


 ラスタッドは威厳に満ちた声を出すも、姦しい二人はそれを物ともせず言い返す。


「お言葉ですがラスタッド騎士団長! お一人での出席など、騎士団としての沽券に関わります!」


「そうです! それにここには低俗な平民まで集まっております! 分かりやすい形でラスタッド騎士団長の偉大さを示さなければ、先ほどのように無礼極まりない発言をする輩が出ないとも限りません!」


 そう言ってショーシィンはキッとメルグリットを睨めつける。それを聞いてラスタッドは溜息を吐き一つ釘を刺した後、早々と自分の席に移動した。


「くれぐれも大人しくしていろ。お前たちも席に戻るがよい。遅れた私が言うのもなんだが、時間が惜しいからな」


 ラスタッドは上座に移動すると手早く座る。それを見て他の者たちも自分の席に着いた。


 話し合いの体制が整うとラスタッドは一つだけ空いている席を見つめてヘクターに尋ねる。


「ヘルカン子爵、空席が一つあるようだが私が最後でよいのだな?」


「はっ。恐れながら本日はこの人員で会議をさせていただきたく思います」


「ヘルカン子爵。ラスタッド騎士団長がご出席なさる会議に欠員を出すとは何事だ! 恥を知れ、恥を!」


「黙れショーシィン。邪魔をするなら今すぐ出て行け」


「はっ! 申し訳ございませんラスタッド騎士団長!」


 叱られたショーシィンは、さも当然のことを言っただけだという顔をしており、そこに反省の色は全く見えなかった。


 騎士団と言う立場を良くない方に利用する団員に疲れた表情を見せるラスタッド。気を取り直して、上位者として会議の始まりを告げようとすると、その前に楽しそうな声が差し込まれた。


「おっ!」


 短く発せられたメルグリットの声に会議室にいる全員がその視線の先、部屋の出入り口に目を向けると、そこには待望の人物が姿を現していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る