第85話 禁句
名を変えた新しい街の大通りを物々しい集団が移動していく。
トルマリンに仕える騎士三名と私兵団二百名は、ゴブリンダンジョンでお宝を発見すべく出発するところだった。ダンジョンから根こそぎお宝を掻っ攫うつもりかのようなその数に、街の住民たちは不安の色を隠せない。トルマリンの性格をおおよそ分かっている冒険者たちは、その強欲さを表しているかのような数に呆れた視線を送っていた。
しかし実のところ、これだけ人数が増えたのはトルマリンの指示によるものではない。さしものトルマリンも、ゴブリンダンジョンの大きさを鑑みてもっと少ない数の派兵を考えていたのだが、それに側近である女性の護衛が異議を唱えたのだ。
曰く、街の住民たちにトルマリンの兵力を誇示しながら、最初のダンジョン探索で華々しい成果を上げるべきであると。トルマリンの背後にいる貴族に早々に素晴らしい成果を捧げることで、現在トルマリンを悩ませている、この街の冒険者たちのことで力を貸してくれるようになるかもしれない、と説いたのだ。
トルマリンはその案に飛びついた。最近、少し健康状態に難が見られ、尻を触る気にもならないその護衛だったが、相変わらず意見は素晴らしい。トルマリンは少し先の未来――全ての障害物が無くなって、贅の限りを尽くす自分を想像していやらしい笑みを浮かべるのだった。
ちなみにその女性は決してダンジョン探索には加わろうとせず、自分の役割はトルマリンの護衛をすることだとやけに強調していたと言う。
「ん、来た」
メイハマーレの感覚が崇高なる御方のダンジョンに侵入者が来たことを告げていた。
全て予定通りだ。過去に類を見ない数の人間たちがぞろぞろとダンジョンに入ってくるのを見て、メイハマーレは素直な感想を述べた。
「うじゃうじゃ。ゴミみたい」
いや、みたい、ではなく正真正銘のゴミかと心の中で訂正する。
どいつもこいつも、数にものを言わせて自分たちに危険があるとは微塵も思っていない顔をしている。第二階層にある貴重な素材をあるだけ奪い、あわよくばこっそりネコババしようなどと、さもしい考えをしているのだろう。御方が一番嫌いなタイプの人間だ。今ここにいらっしゃれば、その怒気にダンジョンが震えていたことだろう。
その御方は、今は聖域にいらっしゃらない。メイハマーレに留守を任せ、第三階層にこもっていた。
どうやらだいぶ良いところまで進んでいるようで、今回は少し長めに滞在するそうだ。御方はあえて「何もないとは思うが、留守は頼んだぞ」と仰ってから第三階層に行かれたが、小粋なジョークというやつだろう。ユーモアすら持ち合わせる完全無欠なご主人様に、メイハマーレの忠誠心はどこまでも上昇を続けるのだった。
「まあ実際、こんなの何でもない。わざわざ御方が指揮することもない」
御方から直接留守を任せられている以上、今はメイハマーレにダンジョンの指揮権がある。いくらお遊びのような防衛戦とは言え、その事実に気合が入る。
「多分、前回の禊の儀式の時の手際が評価された。すごく嬉しい。期待に応える」
フンス、と器用に擬態を動かしやる気を見せるメイハマーレ。このダンジョン始まって以来の大規模戦が、あるじ不在のまま始まろうとしていた。
最近貴族界隈で話題になっているダンジョンを前に、私兵団二百名の指揮を任された三人の男の騎士たちは、どうやってダンジョン探索をするか話し合っていた。
「この人数ではひとまとめで探索するわけにもいかないだろう。三手に分かれるか?」
「早い者勝ちってか? 別にいいんじゃねーの。そっちの方が兵たちの士気も上がるだろうし」
「しかし、強力なモンスターが出ると言う情報もあるが」
楽観的な二人に対して慎重な意見が出される。当然騎士たちはこのダンジョン探索にあたって事前に情報は集めている。しかしながらどうしたって危機感には欠けた。
「冒険者がやられたってやつだろ? ゴールド級だったっけ? 大丈夫だろ、別に。冒険者なんてただの脳筋だし、こっちはこんだけ数がいるんだぜ? 失敗のしようがねーって」
騎士全般に言えることだが、彼らは基本的に冒険者を見下していた。
誰にでもなれる冒険者とは違い、騎士は貴族か平民の中でも選ばれたも者しかなることができない。騎士と冒険者では特に身体能力に違いがあるわけではないが、社会的地位と、一対一で戦った際のアドバンテージが騎士にあることからこのような風潮が生まれていた。
「確かにな……それにしても多すぎるとは思うが」
騎士たちが集めた情報ではこのダンジョンはさほど大きなものではない。いくら強力なモンスターを警戒するにしたって、こんなに数は要らないと思われた。
「何でも、クリステルがトルマリン様に強く進言したと言う話だ」
「クリステルちゃんは慎重だねぇ。まぁ力も立場も上だから何も言えねえけどよ」
「ちっ、女の癖に調子に乗りやがって。気に入らん」
トルマリンのお気に入り。自分たちよりも若い女に上に立たれては騎士としても貴族としてもメンツが立たない。こうしたクリステルに対する妬み僻みは幾人かの騎士が抱いていた。
しかしここにいる三人の中ではそうした想いを抱いているのは一人だけだ。発言した騎士を宥めるようにわざとらしい発言や真摯な助言が飛び交う。
「あー差別だー。いけないんだー」
「……将来はトルマリン様の妾になる可能性が高い。気持ちはわかるが口を慎しんだ方がいい」
「ちっ」
プライドの高い騎士が気持ちを収めたのを見計らい、お調子者の騎士が軽口を言う。
「しかし勿体ねーよなあ、あんな可愛いのに嫁ぎ先がトルマリン様なんてよお」
「おい」
お調子者の騎士の発言がすぎると判断したのか、もう一人の堅物の騎士が非難する。これをお調子者は両手を挙げて軽く流した。
「冗談だって。そういえば最近クリステルちゃん痩せたよな? 俺的には前の方が好みだったんだけどなあ、どうしたんだろう?」
お調子者は尚もクリステルに関することを話し続けるが、それは二人の騎士によって冷たくあしらわれてしまう。
「どうでもいいしお前の好みなんか聞いてない。それよりいい加減始めるぞ」
「……未練があるなら今のうちに断ち切っておいた方がいいぞ」
「そんなんじゃねーって! はいはい班分け班分け! 俺と一緒に行きたいやつ集合!」
図星だったのか、少し赤くなった顔を隠すようにお調子者が歩いて行ってしまう。
「はぁー。調子の良い奴だ。もう少し騎士らしくすればいいものを」
「だが、悪いものでもないだろう」
「……あぁ」
明るい性格と言うのは才能の一種だ。二人の騎士はお調子者の背中を見ながら語り合う。
もう何年か前の話になるが、同期として騎士の訓練に励んだ時は精神的に助けられたこともあった。懐かしい記憶に一通り浸かると、二人も私兵団の班分けに入っていくのだった。
騎士をリーダーとしてほぼ均等に分けられた私兵団がダンジョンを進む。第一階層のモンスターはほとんどがゴブリンで偶にプチワームと遭遇する程度。情報ではサハギンも出るらしいが結局見た者はいなかった。
第二階層への入り口に一番最初に着いたのはプライド高めの騎士が率いる集団だった。早い者勝ちとは言ったが、この先は情報が不足している第二階層。安全を考慮して他の二人が到着するまで待っているかどうか考えていると、私兵の一人が話しかけてきた。
「旦那。倒したモンスターの素材なんですけどね、アッシらで回収しても構わないですかね」
「ん? そうだな……」
今回の任務は超古代文明に繋がる何かしらの素材やアイテムを回収することだ。だからここに至るまで確保したものはまだ何もない。それが私兵団には勿体なく思えたのだろう。
今回は自分の懐をこっそり潤すには最適な機会なのだ。むしろよくここまで我慢してきたと言えるだろう。
(まあゴブリンや虫を回収したところで、それが金になるかは分からんがな)
だからこそ私兵団も我慢できたというところもあるのだろうが、この先は違う。既にこの辺では見かけない、珍しいモンスターがいることが分かっている。
それがいくらになるかは査定に出してみないと分からないが、回収しておく価値はあるだろう。この人数での探索と言うこともあって、私兵団にはいくつかのマジックバッグを持たせている。余裕はあると思われた。
「よし、いいぞ。ただしモンスター自体が超古代文明に繋がっている可能性もあるし、他の素材やアイテムでマジックバッグが一杯になることも考えられる。その時は諦めてもらうぞ」
「そんな殺生な! これだけマジックバッグがあるんだからちょっとぐらい良いじゃないですか! そんな大量に物を送られても、お上だって困りますって。ねぇ旦那ぁ、頼みますよぉ」
「くくく、仕方のない奴らだ。その代わり、わかっているな?」
「さっすが旦那! 話がわかりまさあ! もちろん後で色をつけて届けますって! おいお前ら! 帰ったら美味い酒に良い女だ! ガッポリ稼ぐぞ!!」
「「うおーー!!」」
ダンジョン内に私兵団の野太い声が轟く。トルマリンに仕えているだけあって、彼らのモラルは低かった。その目が欲望に染まっていく。
「では行くか。さっきの声のせいで他の隊もすぐにここまで駆けつけるだろうからな」
「あ、やべ! そうだった! だ、旦那! 早く行きましょう!」
こうして彼らは急ぐように階段を降りて行った。
誰もいなくなった第一階層最奥の部屋。プライド高めの騎士が率いる私兵団の最後の一人が階段を降りきった時、その部屋から階段が消えた。そこにあるのは階段の幅を埋めるように存在する青みがかった壁。ダンジョンに異常が起きたことを知る者はまだ誰もいない……。
空に浮かぶ階段をおっかなびっくり降りて、見晴らしの良い岩山の上から第二階層を一望して言葉を失った後、プライド騎士一行はようやく行動を開始した。この特殊な階層については多少ながら情報が入っていたのでその分、驚きを少なくすることができた。
このダンジョンを侮っていた部分があるのは確かだが、それでもセオリーに則り事前に情報を収集しておいて良かったとプライド騎士は心の中で自分を褒めた。
七十人弱の集団が目ぼしいものがないかを探しながらダンジョンを進む。見識があるわけではないので石や草などもマジックバッグに入れていった。
そんな一行の前にモンスターが現れる。ようやく出てきたかと先頭集団が構えに入るが何やら様子がおかしいことに気づく。
そこには情報にあった白いゴブリンがいたのだが、他にももう一匹モンスターがいた。
「あれは……アントビーか?」
今も街を騒がせている、スタンピードの原因となったモンスター、アントビー。そのアントビーと白いゴブリンが戦っていたのだ。
「……何故モンスター同士で戦っているんだ? どうなっている? いやそもそも、この階層にアントビーが出るなどとは聞いていないぞ」
思いがけぬ光景に困惑するプライド騎士。しばらく見ていると白いゴブリンが<ファイアボール>でアントビーを焼き殺して勝敗がついた。
ゴブリンマジシャンのように杖を持っているわけでもないゴブリンが魔法を使ったことに驚くが、ともかく、あの白いゴブリンは見かけたことがない珍しいモンスターだ。安全に仕留めるならアントビーとの戦いで多少なりともダメージを負っている今がチャンス。
気の早い私兵たちが自分の手柄にすべく駆け出そうとするが、それに待ったをかける者が現れた。
「随分と無粋な真似をする。成る程、これが人間か」
「ッ、誰だ!?」
プライド騎士は上空を見上げる。そこには白いゴブリンとプライド騎士たちの間に立ち塞がるように舞い降りてくる、一体のモンスターがいた。
大きな翼を力強くはためかせ、悠々と地面に降り立ったのは、全身をイエローオーカーの鱗で包む人型のモンスター。全長は百七十センチほどで長い尻尾が生えている。その固そうな鱗や、縦に長い瞳などから爬虫類のような印象を受けるそのモンスターは、己の強さを誇示するかのように腕を組んで堂々と立っていた。
もしも竜が人の形を取ったならこんな姿になるだろうかと、そんな馬鹿げた考えがプライド騎士の頭をよぎった。
「リザードマンの亜種……か?」
リザードマンと目の前のモンスターでは違う点が多々あるが、プライド騎士の中では一番近いのがリザードマンだったためその予想を口にする。
だがその言葉が心外だったのかそのモンスターは顔を歪めた。
「……人間はドラゴニュートと言う種族を知らんのか。当たらずとも遠からずと言えるが、まあいい」
不満を口にするモンスターだったが、その背後からどこから現れたのか、一匹のアントビーが迫っていた。
竜のようなそのモンスターは一度尻尾をほぐすようにくねらせると、後ろを見ることなく素早く振り切った。ともすれば見失ってしまいそうになるほど鋭く振り切られた尻尾は、空気を叩いた衝撃で炸裂音を生み出す。
身が竦むような音が周囲に響いた後、そこにいたはずのアントビーはいなくなっていた。その代わり、辺りにはさっきまで生き物だったはずのモノが散乱する。
高い戦闘能力を窺わせる一連の行動に一行が怯む中、そのモンスターは厳かに告げる。
「偉大なる我らが御方が治めし神聖なる地に踏み込む愚か者共よ。お前たちも塵となって消えるがいい」
その言葉と同時に一行の左右にある岩山から一体ずつモンスターが飛び降りてくる。地響きを立てながら現れたのは緑の巨人。実際のところ巨人と言うほど大きいわけではないが、そのモンスターが放つ威圧感が、実物よりも大きく見せていた。
「ゴブリンジェネラル!? なんでこの階層に!?」
「ジェネラルにしてはデカいな……。注意しておけ」
ゴブリンジェネラルと言えばその大きさは通常で百五十センチ程度。大きくても百六十センチ程度だ。だが現れた二体のゴブリンジェネラルは百七十センチに迫る大きさを有していた。
モンスターはその大きさが増せば増すほど比例して強くなる傾向がある。肌身に感じる威圧感を考えれば一筋縄ではいかなそうだった。
とは言え……。
「……たった三体か。舐められたものだ。そんな数でこの七十人弱をどうにかできると思っているのか?」
プライド騎士は強気に剣を構える。
流暢な言葉遣い。それに先程の尻尾の一撃。おそらくこいつが強力なモンスターと言うやつだろう。
こちらの人数がもっと少なければ苦戦することもあったかもしれない。しかしそうではない。素人ならまだしも、戦いになれた者がこれだけ揃っているのだ。圧倒的戦力差。常識的に考えてこちらが負けることなど有り得ない。
竜のようなモンスターが口を開き何かを言おうとするが、立て続けにプライド騎士が喋り続ける。
(会話から主導権を握って一気に叩き潰してやる!)
このモンスターが珍しい種であることは間違いない。こいつの素材を持ち帰れば他の二人より大きくリードできると確信してプライド騎士は声高らかに挑発した。
「ふっ。何を思ってその、偉大なる御方? ダンジョンボスか? そいつが、お前たち三体を送ってきたのかは知らんが、とんだ無能だな。あの世に行っても恨むなら俺たちじゃなくて、そのゴブリン並みに頭の悪い御方とやらを恨むんだな!!」
プライド騎士の、その発言の後に起きた出来事を理解できた者が果たして何人いただろうか。
プライド騎士の頭の上に小さな黒い穴が開いた。
その黒い穴から蠢くピンク色の肉の糸が無数に出てきた。
肉の糸がプライド騎士の顔に絡みついた。そして……。
吐き気を催す断裂音と共に。
プライド騎士の頭が、無くなった。
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