第80話 幕間 二人の会話+α
星の光だけが僅かに道を照らしだす夜の時間帯。人通りが全く無い外の街道をアテンは一人歩く。
穏やかな風が草木を揺らし、小さな虫たちの合唱が辺りに響く。最近はこういうのも悪くないと思い始めているアテンの心は、ひとまずの達成感で満たされていた。
計画の第一段階が滞りなく終了した。アテンからしてみれば当然の結果に過ぎないが、何事も滑り出しは重要だ。御方の期待もかかっているだけに、万が一にも躓くわけにはいかなかった。後は合間合間に手を出していけば人間たちが勝手に踊ってくれる。精々面白い劇を演じてみせろと、もはや観覧者のような心持ちでコアのダンジョンに向かうのだった。
アテンがコアのダンジョンの近くまで来ると、気配察知がゴミの存在を捉えた。またメイハマーレにゲートを開いてもらおうかと考えていたが、アテンは本来の入り口側に回る。
するとそこには薄汚い格好をした、品の欠片も無い盗賊が四人いた。ダンジョンに入るかどうかを話し合っているようだ。領主が変わる関係で、いつもならダンジョンの入り口に立っているはずの警備兵はいない。そのためこうしたことが起きていた。
現在ヘルカンの街の周辺はこうした盗賊が増えてきて治安が悪くなっていた。ダンジョンの外にモンスターが出てきた影響で、それに恐怖したヘルカンの住民たちが他の街へと移動するのを狙っているのだ。
今までは優秀な領主として名高いヘクターがいたせいで盗賊にとって狩場にしにくい環境が続いていたが、それも終わった。このチャンスにありつき、あわよくばその後の活動拠点とするために、盗賊たちは活発に行動している。そう考えればこの盗賊たちは噂を聞きつけた余所の盗賊で、コアのダンジョンをダンジョンとすら認識していないのかもしれない。
何にせよ、盗賊の事情などアテンには関係ない。無防備に盗賊たちに向かって歩いていく。
アテンの足音に気づいた盗賊たちが慌てて振り向いた。だが、アテンが一人で、しかも身なりの良い格好しているとわかるや否や、下卑た笑みを浮かべてアテンに近づいて来た。
「へっへっへ。なんだよ驚かせやがって。おう、こんな夜中にどうした? まあとりあえず持ってるもんと着てるもんをだな……」
持っていたチャチなナイフを手にぺちぺちしながらアテンに話しかける盗賊の男。この男の人生最後の言葉は「ぜぇッ!?」だった。
その後も「おっ」「べっ」「ひっ」と虫にも劣る鳴き声が夜の世界に木霊する。アテンによるゲリラライブは、たった一人の観客が耳を傾ける中、一瞬にして幕を閉じるのだった。
アテンはコアのダンジョンに入ると壊れた楽器を投げ捨てて奥に進む。このダンジョンに戻ると心が安らぐのを感じた。やはりこのダンジョンこそが自分の居場所なのだと再認識する。
このダンジョンを出てから少ししか経っていないはずなのに、不思議とどこか懐かしさを覚えた。それが何だか可笑しくて、自然と顔には笑みが浮かんだ。
ちなみにアテンはダンジョンからの加護を受けていないがモンスターから襲われることはない。コアが指示を出しているわけでもないので、何か別の判別方法があるようだ。以前よりも数が増えたゴブリンやプチワームたちとすれ違いながら第二階層へと向かう。
すると、サハギンがスポーンする水場にて、アテンは見慣れないモンスターと遭遇した。
「む?」
全身を濃い緑色の鱗で覆う二足歩行のモンスター。全長は百七十センチほどで太くしなやかな尻尾が生えており、その目は爬虫類のように鋭い瞳をしていた。
右手に質の悪い鉄の剣、左手には何かの鱗を貼り付けた木製の盾を持つ、そのモンスターの名はリザードマン。
ここにきて、ようやく水場の宵の間モンスターがスポーンしていた。
「ほう。リザードマンだったか。それは重畳。新しい種族の誕生に御方もお喜びになっているだろう。……しかし、それにしては妙だな。御方であればすぐに特訓を開始していそうなものだが」
自分の持ってきた供物でダンジョンエネルギーは足りているはずだった。コアに思う存分ダンジョン作りを楽しんで頂くために、十分すぎる量を持ってきたのだから間違いない。もしや何かお取り込み中だろうかと、そんなことを考えながら第二階層へと降りていった。
第一階層から第二階層へと空間が切り替わった途端、アテンは第二階層に散らばる強い気配を捉えた。外の世界では感じることができないその気配に、アテンの表情は挑戦的な笑みへと変わる。それぞれ順調に強くなっているようだ。
(進化しているのもいるな。こっちの気配は……アントビークイーンか。無事に御方からお許しを頂けたようだな)
ざっと現状を把握すると聖域の山の方へと向けて歩き出す。その途中、比較的大きな遺跡群の近くまで来るとアテンの前に異空間の真っ黒な扉が開き、その中からメイハマーレが出てきた。
「ゴミ掃除お疲れ。で、何しに戻って来た?」
いきなりなメイハマーレに対してアテンは鼻を鳴らし軽口を言い合う。
「ふん。貴様らがサボらずにしっかりと訓練に励んでいるかを見に来てやったのだ」
「自分で御方に直接、計画の第一段階終了を報告して、お褒めの言葉を頂きたいから戻って来たと素直に言えばいい」
「どうやら貴様に頼まれて取ってきたこのオーク肉は要らんようだな。今、目の前で食ってやろうか?」
「それとこれとは話が別。さっさと寄越す」
アテンは人間たちのスタンピード作戦が失敗に終わった後、アントビークイーンの巣を破壊してくると言う名目で別行動をしていた。その際に、ピアスの異空間を繋げている手間賃としてメイハマーレからオーク肉を要求されていたのだ。
アテンはマジックバッグからオークの死体を取り出すと、それを躊躇無くメイハマーレに放る。小さな少女の姿をしたメイハマーレに大柄なオークの死体が迫る。
それは何も知らない者から見れば目を覆ってしまうような光景だっただろう。しかし、メイハマーレはそれに左手を向けると、瞬時に人間の手の形から無数の触手に様変わりし、瞬く間にオークの死体を包み込んだ。
袋状になった触手から肉や骨が潰れる生々しい音がし出すと、分割された肉の塊が触手の管を通ってメイハマーレの本体に運ばれていく。脈動する触手というのは、ただ見ているだけで精神がやられそうなほど強烈なインパクトを持っていた。
ちなみにオークは体重数百キロを誇るが、メイハマーレはそれを地面に落とすことなく空中で行っている。メイハマーレが空間系能力だけの存在ではないことを如実に示していた。
「そろそろオーク肉も飽きた。今度は別の美味しいものを探してくる」
「自分で行け。私は暇ではないのだ。既に行動の自由は得ているのだろう?」
「疲れるから嫌だ。割に合わない」
「ふん。ではアントビーでも食って我慢しろ。後は知らん」
メイハマーレを伴だって再び歩き出す。アテンは遺跡の建物の一つに目を向けると口を開いた。
「あの建物にいるのは……研究者か?」
その中に慣れぬ気配を感じたので何となくメイハマーレに聞く。
「そう。住む場所は自分で用意していたけど、この前、禊の儀式を無事に終えた褒美だと仰って御方がお与えになった。御方のお慈悲は天井知らず。人間の忠誠度も天井知らずになったけど」
「そうか。そこまでしてやらずともあの研究者がこのダンジョンを裏切ることはなかったと思うが……。万難を排す、か。どんな些事に対しても一切手を抜かない御方のあり方には恐れ入る。御方がいるからこそ、私たちは計画を順調に遂行できているのだと強く実感するな」
「ん。御方とお話しすると自分がどれだけ至らない存在なのかがよく分かる。だからどこまでも上を目指せる。どうすればより良くなるかを考えられる。端的に言って、最高」
「そうだな。私たちは幸運だ。御方の下に生まれることができたのだからな。そういう意味ではあの研究者とアントビークイーンは望外の幸せ者だと言えるだろう」
「アントビークイーンは特にそう。人間は自分からこのダンジョンに来たけど、アントビークイーンは完全にたなぼた。幸運すぎて少し妬ましいくらい。……そういえば、アントビークイーンを迎えに行った時、他にアントビーを見なかった。全部殺した?」
話にアントビークイーンが出てきたのでメイハマーレは疑問に思っていたことを聞いてみた。アントビークイーンの他にも少しアントビーを放出する予定だったはずだ。
「安全策と言うやつだな。念のために用心した形だ。アントビークイーンの他にアントビーを出して被害が拡大すれば、領主一人では責任を背負いきれない恐れがあった。そうなれば、せっかく今まで奴らを育ててきた労力が無駄になる。御方への貢物を人間如きに横取りされるなどあってはならん。そのために調整を行った」
結局のところ、ヘクターが全ての責任を一人で背負うことができたのは、アテンがそのように調整をしたからだ。
外に出たモンスターがたった一匹であること。被害が報告されていないこと。それにより混乱が限定的であることなど。
もしこれが他にもアントビーを外に出し、それが治安の悪化を招いたらどうなるか分からなかった。外に出たモンスターの存在が、普段はダンジョンに入ることができない盗賊などを招き寄せる呼び水になることも考えられた。
モンスターとモンスターを討伐する冒険者、そしてモンスターの素材や争いによるおこぼれを狙う盗賊。三つ巴の戦いに発展することも考慮すれば、アントビークイーン以外は外に出さないのが最善だったのだ。
個人的にはその方が面白そうではあったが、それは計画を早め、御方に負担を掛けてしまう結果になりかねない。今後を考えての選択だった。
その辺りのことも説明し、最後に「御方にご迷惑をお掛けするわけにはいかないからな」と付け足したアテン。メイハマーレはそれを聞き終えると、ニタリと笑った。
その作り物の笑みに嫌なものを感じたアテンは心の中で身構える。
「なんだ?」
「ん、別に。まぁ、アテンの懸念は分からないでもない。私も同じ立場なら同じことをしたかもしれない。ただ今回の場合は、それは無用な心配だった。そう思っただけ」
「無用だと?」
その言葉の意味するところを超高速で導き出そうとするアテン。しかし間髪を入れずにメイハマーレが再び喋り出す。
ここで自ら答えを導き出されては見たいものが見られない。
「ところで、お前は御方にお会いしに来たはず。でも気配を感じられない。それを不思議に思っている。違う?」
「……」
メイハマーレの言う通りだ。この第二階層に来てからもアテンは御方の気配を感じ取ることができていなかった。
タイミング悪く、リザードマンの特訓を見るために行き違いになってしまったかと軽く考えていたが、メイハマーレの言いようからするとどうやら違うようだ。
「御方が今どこで何をしているか、知りたい?」
優越感に浸っているのが丸わかりな態度をするメイハマーレにイラっとするが、ここで挑発に乗っては相手の思うツボだ。アテンは努めて冷静に、メイハマーレが何を言おうとしているのか考えた。
(今どこで何をしているか……つまり御方は現在進行形で何か行動を起こしている。そしてこれまでの話の流れ。メイハマーレの憎たらしい性格。そこから導き出される答えは…………ッ、まさか!?)
アテンの目が驚愕で見開かれる。それをしっかりと確認して満足したメイハマーレは、分かりやすく、一言だけ発した。
「第三階層」
「やはりかッ!!」
アテンの端正な顔に汗が吹き出してくる。
(不味いことになった! これでは褒めて頂くどころの話ではないぞ!?)
久しぶりに本気の動揺を感じる。これほどまでの焦りを感じたのは御方に外に出る計画を話した時以来だった。
ここからどうにか挽回できないかと脳をフル回転させるアテンだったが、ニヤニヤとした笑みを顔に貼り付けたメイハマーレがそれの邪魔をする。
「あーあ。きっと御方は悲しまれる」
「ッ!!」
「計画が早まることを予見して、わざわざそれに間に合うように第三階層作りに着手していたのに、お前は御方を信頼せずに消極的な方法を取った」
「ばっ、馬鹿なことをぬかすな!! この私が、御方を信頼していないなどとッ!」
「御方は仰ったはず。『たとえ何か失敗することがあったとしても、その時は俺が責任をとってやるさ。だから、お前はお前が思うように。思いっきりやりなさい』って」
「あれは、気を遣ってくださったのだろう! それを言葉のままに甘えて鵜呑みにするなど失礼ではないか!!」
「結果を見る」
「ぬああああああああッ!!」
もはや言い逃れはできなかった。
自分の忠誠を、よりによって御方に疑われるかもしれない。それはアテンにとって何よりも辛いことだった。
御方ならば自分の考えをご理解してくださるだろうとは思うものの、僅かに存在する最悪のシナリオの可能性がアテンを苦しめる。いい気味だと勝ち誇るメイハマーレと苛むアテン。その姿は奇しくも、広場に置いてある壁画を連想させるものだった。
「げ、アテン。戻ってたのか?」
そこに通りかかる間の悪いゴブリンがいた。
さっさと離れればよかったのに、もがき苦しむアテンと言う非常に珍しいものを見るために、その場に留まってしまった。この行動が、哀れなゴブリンの命運を決定づけた。
アテンはまるで幽鬼のような目をしながらそのゴブリン、ゴブリンストーカーにゆっくり近づく。
「……ゴブリンストーカーか。元気そうではないか。訓練はしっかりしているのか……?」
不穏な気配を漂わせながらフラフラと近づいて来るアテンに、ようやくゴブリンストーカーの危機を知らせる直感が働き出す。後ずさりながら抵抗を試みるも、時すでに遅し。
「な、なんだよ。やってるって。しっかりやってるよッ! なんだって!? おい! よ、寄るな! 近づくな!!」
「どれ、ではどれだけ成長したか、私が見てやろうではないか。時間をかけて、たっぷりとなぁ」
「や、やめ、あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」
悲痛な叫びが、夜でも明るさを保つ美しい青空に溶けていく。
ゴブリンストーカーの可哀想な時間は、またしてもついつい時間を忘れて作業に没頭してしまったコアが戻って来るまで、長々と続くのだった。
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