第43話 紅蓮の洞

 ヘルカンの街と他の街を繋ぐ主要な道から少し離れた森の中。十年程前にそこで発見されたのが紅蓮の洞だ。


 幹が太くなる特徴がある樹木に、三メートル程の大きなうろができており、そこがダンジョンの入り口となっている。


 ダンジョンの周囲は人々が時間を掛けて伐採、整地し、今となってはダンジョン攻略に必要な店が多く並んでおり小さな街のようになっていた。


 街道をガン無視しながら突き進んできたアテンは、街の本来の入り口からは随分離れたところから街に入った。街の周囲は簡易な木の柵が設置してあるだけで、アテンならば簡単に乗り越えられる。街への出入りは基本的に自由なのでアテンに驚いた者はいたがそれを咎める者はいなかった。


 ダンジョンの前には兵士が立っており、ダンジョンに入る者に冒険者プレートの提示を求めている。この検査があるからこそアテンはわざわざ冒険者登録を行っていた。


 プレートを見せるだけの検査なので時間は掛からない。すぐにアテンの番がきたのでプレートを兵士に見せた。


「ん、ブロンズか? まさかノービスじゃないだろうな?」


 冒険者の階級であるノービスとその一つ上であるブロンズはプレートが同じだ。これは変動の激しい低階級冒険者の管理を簡略化する狙いと、新人であることに変わりはないという戒めが込められている。しかし最下級と一緒にされたくない新人冒険者というのは一定数おり、ブロンズの上であるカッパーを無理に目指して大きな怪我を負ったりとマイナスの面も持ち合わせていた。


 アテンのプレートを見て兵士は眉をひそめる。紅蓮の洞は第一階層ですら新人冒険者には厳しいダンジョンだ。アテンは立派な体格をしているが荷物は持っていないし仲間がいる様子もない。兵士は単純に心配していた。


「ただの様子見だ。通らせてもらうぞ」


 素直に問答しても時間の無駄になることがわかり切っているため、アテンは思ってもいないことを適当に口走った。少々強引にダンジョンに入ろうとするアテンを兵士が慌てて止める。


「待て待て! 別に止めはしないが、お前、地図かなんかは持っているのか? 紅蓮の洞は一層一層が広大だ。出入口の場所がわからなくなる奴は多い。モンスターに追われて現在地がわからなくなることだってあるんだ。その対策はあるのか?」


「それは対策が必要なことなのか? 一度通った場所を忘れるわけがあるまい」


「……そうか」


 あまりにも当然だという態度で言い切るアテンに、兵士はもう何も言えなかった。





 紅蓮の洞に足を踏み入れたアテンの目に入ってきたのは土の壁が続く洞窟だった。コアのダンジョン以外に初めて入ったアテンは周りを一度見渡した。


(ここが御方が治めしダンジョン以外のダンジョンか。特筆する点はないが、同じ洞窟タイプ故、つい御方のことを思い出してしまうな。お元気にしていらっしゃるだろうか……。いかん、既にお会いしたくなってしまっている。先が思いやられるな)


 首を振って気持ちを切り替え、ダンジョンに意識を向けるとそこかしこに生命の気配を感じる。冒険者とモンスターが戦闘している音が洞窟内に響いていた。


「行くか」


 他の冒険者たちが進んだ後だからか、なかなかモンスターと遭遇しなかったアテンだが、しばらく進むとようやくモンスターが向かってきた。アテンの初戦闘はウルフ二体とバット一匹だった。


 飛び込んできたウルフの一体を躱しながら、首の皮を掴み上げてと大きく振り上げた。そのままもう一体のウルフに叩きつけるとそれだけでウルフ二体は息絶える。


 パタパタと宙を飛んで何がしたいのかわからないバットは剣で突き刺してから捕らえて喰った。


「む、これはコリっとしていて独特の風味があるな。癖になる味というやつか?」


 意外と美味かったバットにウルフへの期待が高まる。もしかしたらモンスターというのは味が良いのかもしれない。


 持っていた剣で適当に切り分けるとかぶりつく。アテンはひと口食べると残りを投げ捨てた。どうやらお気に召さなかったようだ。


「バットは殊の外美味かったがいちいち相手にするのは面倒だ。訓練にもならんしな、さっさと第二階層に行くか。<威圧><気配察知>」


 アテンはスキルを行使した。<威圧>は雑魚を寄せ付けないため。<気配察知>は人の流れを詳細に知るためだ。


 アテンはスキルを使わずともある程度周囲の様子を感じ取れるが、スキルとして強化して発動するとより広範囲に、より詳しく感じ取れるようになる。冒険者たちがどこにいるのかを探ることによって、第二階層への入り口を見つけようという算段だった。


「流石にスキルで気配を探っても全域をカバーすることはできんか。無駄に長く存在するダンジョンなだけはある」


 兵士も言っていたが紅蓮の洞は一層がとても広大だ。一日かけても次の階層に辿り着けないことなどざらにある。多少時間が掛かるのも致し方なしと、アテンは歩き出した。


「しかし御方のダンジョンより広いとは何とも不敬な話よ。主なきただの洞穴が。デカいだけで図に乗るなよ」


 アテンが誰に言っているのかわからない侮蔑の言葉を吐き捨てる。ただ、その言葉からはアテンがダンジョンに対して敬う気持ちなど持っていないことがはっきりわかった。


 アテンが崇拝しているのはコアであってダンジョンではない。コアは常日頃から自分よりもダンジョンのことを持ち上げているが、そのことにアテンは、いや、自我を持つコアの配下全てが、どこかしらスッキリしない気持ちを抱いていた。


 この世界に生まれ、この世界に生きる者であるアテンにとって、ダンジョンは特別なものでも何でもない。主であるコアが創造するダンジョンだから素晴らしいというだけで、それ以外のダンジョンなどコアへの土産話にする以上の価値はない。


 コアは特別だ。コアのダンジョンは特別だ。本来、ダンジョンコアに意識などなく、ダンジョンを形作っていくのはダンジョンそのものなのだから……。


 改めて自分が仕える御方の素晴らしさと、そんな御方に仕えることができる幸運を嚙み締めながら歩いていく。途中広場に差し掛かった時に戦闘中のモンスターたちと冒険者たちがいたが、アテンが広場に入るとビクリと体を震わせて動かなくなってしまった。<威圧>で戦闘を止めてしまうことにお構いなくどんどん進む。


 小腹が空いてはバットを摘まみ、<威圧>で戦闘を止めることしばし。アテンは無傷のままとうとう第一階層を突破した。


 第二階層へ降りたアテンは顔をしかめる。


「またか……」


 アテンの前に広がるのはまたも土壁の洞窟だった。つい溜息が零れる。


「つまらんダンジョンだ。御方のお体の表面の垢でも煎じて吸収させれば多少ましになるだろうか。……走るか」


 変化の乏しい洞窟内を延々と歩き続けるのは退屈で仕様が無かった。一応罠がどんなものか警戒するために第一階層は歩いてきたが、アテンからすれば大したことないものばかりだったので第二階層は突っ走って行く。


 落とし穴があれば宙を蹴って躱し、壁から石の剣山が出てきては殴って壊し、天井から岩盤が落ちてきては粉砕した。遭遇したモンスターは蜘蛛のモンスターとスライムで、蜘蛛のモンスターは食感がイマイチだったがスライムは美味かった。


「ほう、このピリピリした舌触りは、酸か? 良いアクセントとなって楽しませてくれる。そしてつるんとした喉越しは、もっと食べたいと思わせる魅力を秘めているな。…………私はここに何をしに来たのだろうな」


 このダンジョンに来てからというもの、食事しかしていないことにうんざりする。


「……先を急ごう」


 足を速めてついに第二階層も突破したアテンは第三階層に足を踏み入れた瞬間、無表情になった。


 そこにあったのはどこまでも続く土壁の通路。自身の心から何かが零れ落ちそうになるが、それをグッと堪えて歩き出す。


「しかも何だ、この階層は。モンスターが骨と岩ではないかっ! 喰えもしない!!」


 しばらく足を進めるとモンスターと遭遇したが、そのモンスターはスケルトンとロックドルイドという、キノコのようなシルエットをした一メートル程の岩のモンスターだった。


 アテンの不満が出始める。コアのダンジョンを出てからというもの、アテンはまだ一睡もしていなかった。なるべく早く任務を終わらせたいという気持ちと、まだ寝る必要性を感じていなかったからだが、流石に少し眠くなってきていた。


 常にベストパフォーマンスを発揮できる環境だったコアのダンジョンにいた頃と違い、自分で身体の管理をしなければならない外の世界で、アテンは本人も無意識のうちに不機嫌になっていた。


 第四階層に向かう道すがら、広場の一つでロックドルイドの進化形態であるミスティルドルイドを見つけたので、腹いせに蹴り砕いた。凄まじい炸裂音と共にミスティルドルイドの岩の体がバラバラになり、散弾となって飛び散った。ミスティルドルイドの周囲にいたロックドルイド一体とスケルトン二体がそれに巻き込まれて破壊される。


 散弾を逃れていた一体のスケルトンが残っていることに気付くと、アテンは無表情でゆっくりと近づいていった。スケルトンはそんなアテンに錆びついた剣を振り上げ攻撃を仕掛ける。


 それを何でもないように躱すとアテンはスケルトンの正面から手を突っ込み、背骨を鷲掴みにした。


 アテンの手から少々多めの白いオーラが溢れ出し、一瞬、目も開けていられないほどの閃光が走る。光が収まった時、そこにスケルトンはもういなかった。


 あっと言う間の出来事だった。通常であれば、これらのモンスターはここまで簡単に片が付く相手ではない。堅い岩の体を持ち、遠距離から魔法を放ってくるロックドルイド。そしてロックドルイドを守るように接近戦を仕掛けてくるスケルトン。前衛と後衛の役割がしっかりできている相手を崩すのは簡単ではない。


 実際にこの第三階層は冒険者がカッパーからアイアンへと昇格するための目安とも考えられており、パーティー戦を学ぶための貴重な場であった。


 ちなみ今回はイレギュラーでミスティルドルイドがおり、他にもロックドルイド、スケルトン三体とバランスが取れた構成をしていたので、アイアン級パーティーで倒せるかどうか、といったところだった。


 その証拠に、戦闘が終わった広場には、正に絶体絶命だったアイアン級冒険者パーティーの姿があった。戦闘開始早々、ミスティルドルイドのデュアルマジックで、身体を拘束されるロックスパインとサンドストームを同時にくらい、ロックドルイドからはストーンバレットの嵐。スケルトンも剣で攻撃してくるという状態だった。


 突然現れてモンスターを瞬く間に殲滅したアテンを呆然とした目で見つめる冒険者たち。そんな彼らに気付いているのかいないのか、それとも気にする価値がないのか、アテンは少しスッキリしたような顔でその場を立ち去っていった。


「……助けてくれた……んだよな?」


「多分……ていうか、誰だよ。ミスティルドルイドを一撃……? あんな人いたか?」


「それにスケルトンが消滅したあの光もただ事じゃなかったわ。私の見間違いじゃなければ、新人ノーブロのプレートだったけど……」


 一同、顔を見合わせて首を傾げる冒険者たちだった。





 多少暴れて気が晴れたアテンはその後、快調に第四階層に向けて歩みを進めた。第四階層の入り口を発見すると、一度睡眠を取るために冒険者やモンスターがあまり来なさそうな場所を探す。


 良さそうな通路の突き当たりを見つけると腰を下ろし壁に身体を預けた。睡眠を取ることも初めてであるため、念のために<気配察知>は常時展開しておく。


 ダンジョンを出て早数日。アテンは普通に生きるということの面倒臭さを感じていた。人間やモンスターなどよりも、ただ生きることに自分が振り回されるとは思ってもみなかった。


(実際に経験せねばわからなかったこと、か。今後、より大きな計画を立てる際は、活動基盤を確保する必要があるかもしれんな)


 座ると急に眠気が襲ってきた。


(これが睡眠か…………ああ、御方は今頃、何をされているのだろうか……)


 意識が朦朧としていく中、アテンはコアのことを想いながらゆっくりと眠りに落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る