第42話 アテンのやり方
(先程の男、なかなか練り込まれた魔力をしていたな。人間にしては、だが)
冒険者ギルドを出たアテンは街の北門に向かっていた。目指す紅蓮の洞は北にある。人間と違い入念な準備をする必要がないアテンは、ダンジョンワームから仕入れた知識を基に脇目も振らずに大通りを真っ直ぐ進む。
本当は多少の情報収集でもしようかと考えていたアテンだったが、人間たちのレベルの低さを目の当たりにして必要なしと判断した。これはこれで情報収集の成果か、などと考えていると北門に辿り着く。
冒険者たちが紅蓮の洞に向かう手段としてとっているのが馬車と徒歩だ。馬車ならば半日程度で到着し、徒歩なら一日掛かる。財布事情や時間を鑑みて選ぶことになる。
しかし冒険者たちが多く街を出ていく朝のピークは過ぎていることもあり、今の時間帯に馬車は出ていないようだ。元々人間たちと馬車に揺られる気など毛頭無かったアテンは徒歩で北門を出ていった。
目の前のどこまでも広がる外の世界に、しかしてアテンは無感動だった。アテンが心動かされるのは崇拝して止まない御方に関することのみ。ただ黙々と歩き続ける。
ダンジョンワームが情報を仕入れた人間の女は、紅蓮の洞よりもっと先にある街からやって来ていた。それを活かし、ダンジョンワームの優れた能力で導き出した最短距離の方角に向かって移動していく。
道を外れて歩いて行くアテンを通りがかりの人間が見てくるが全て無視した。やがて大きい森に突き当たったが、構わず分け入って行く。
森の中は無数の生き物の気配で溢れかえっていた。その気配に、アテンはふと空腹を覚える。コアのダンジョンから出たことで、生命維持に必要なことは全て自分でやらなければいけなくなった。アテンはコアのダンジョンを出てから丸一日以上、何も食べていないことに気付く。
(まだ食わんでも特段問題はないが、折角だ。何か食ってみるか)
気配を探って手頃そうな獲物を探す。丁度進路方向にそこそこ大きい動物を発見したので気付かれないよう近づくと、草を食んでいる鹿がいた。
アテンは一気に鹿に接近すると腕を一振りして首を飛ばす。続けて手を鉤爪のようにしてもう一度振るうと胴体が分厚い輪切りにされ、その内の一つをおもむろに掴み上げるとそのまま毛皮ごとかぶりついた。
弾力のある肉を強靭な顎で嚙み千切っていく。周囲に濃厚な鉄の匂いが広まっていき、吹き出した血でアテンの顔が赤に染まる。
(これが食事か。ふむ、悪くない。これならばもっと別な物を食ってみてもよいかもしれんな)
食事によって満足感を得られるとは思わぬ発見だった。鹿肉もほどほどに、別の獲物を探しながらゆっくり歩いていく。食えそうな動物や木の実、キノコなどを見つけては次々と噛り付いていった。中には強力な毒性のものもあったがアテンは意に介さない。
ゴブリンはそもそも悪食だ。その弱さ故、他の生き物が食べないような物でも食料としなければ生きていけなかった。そのため比較的腹が丈夫なのだが、アテンは更に状態異常に対する耐性が非常に高いので、最早食べられないものなど無い状態だった。そこにあるのは美味いか不味いかの区別だけだ。
手や口周りが汚れたら<クリーン>を使って綺麗にした。人間の魔法だがなかなか使い勝手がよく、習得も簡単でアテンもすぐに覚えることができた。そうして舌鼓を打ちながら歩いていると、少し周囲が開けている場所に出る。するとそのタイミングで後方から矢が飛んできたが、アテンは振り向くこともなくこれを躱した。
「っ!?」
「ようやく来たか……」
矢を躱されて驚いていた襲撃者たちだったが、振り返ったアテンを見て更に目を見開いた。アテンは右手に血に塗れた兎の死骸を持ち、口周りを血でべったりと汚していたのだ。
「うげぇ……」
「なんだこいつ……食ってるのか? そのまま……?」
異様な姿を見せるアテンに襲撃者たち――合計四人の冒険者たちは狼狽えるも、その中の一人が果敢にも前に出た。
「よおノービス。こんなところで会うとは奇遇だなぁ?」
その男は冒険者ギルドでアテンに絡み、醜態を晒すことになったシルバー級冒険者スィールだった。かなりのダメージを負っていたはずだが、今ではその様子は見られない。ショートソードをこれ見よがしに手に持ち粋がっている。
「追いかけてきて出会うことを奇遇とは言わん。本当に馬鹿だな」
「くっ、減らず口を! だが、わざわざ森に入ってくれて助かったぜ。てめえには先輩冒険者として一つ教育してやんなきゃいけねーからな」
スィールは剣をアテンに向けて突きつける。
「冒険者の強さを否定しちゃならねえ。誇りを傷つけちゃならねえんだよ。こういうことになっからな。いい勉強になっただろ? 冥途の土産に覚えておけや」
「貴様が持っているのは誇りではなく驕りであろう。あの程度で傷付くような柔な意志しか無いからシルバー級止まりなのだ、軟弱者」
「調子に乗んのもいい加減にしろや!! こっちはシルバー級が四人だ! てめえなんぞ、油断してなけりゃどうにでもできんだよッ!!」
「負け犬の模範解答だな。いっその事、素晴らしいとでも言おうか。そして残念だ。たった四人しか集まらなかったのがな」
「あ?」
「貴様たちは私を追い詰めたと勘違いしているのだろうがそこからして違う。私は始めからこうなるように、あの時ギルドにいた冒険者全てに対して挑発したのだ。酒場の奥にいた冒険者もあと少しで釣れたんだが。あからさま過ぎたか? まぁいい、つまりもっと大勢を相手にする予定だったということだ。意外と貴様たち以外の冒険者はそこまで馬鹿ではないのかもしれんな?」
手元の肉を嚙み千切りながら少し反省をするアテン。兎肉は量は少ないが味はなかなか好みだった。
「強がるなよ糞ノービス! てめえみたいなド新人は英雄譚みてーな活躍を夢見るんだろうがなあ、人間一人にできることなんてたかが知れてるんだよ!! もういい、不愉快だっ! ここまで不愉快な奴は初めてだ! 殺してやる!」
アテンと話していると感情が掻き乱されてしまうスィールは乱暴に剣を構えて突撃しようとする。しかしそこでアテンが左手を上げて待ったをかけた。一度返り討ちに遭っている記憶も相まってスィールの動きが止まる。
「ああ、待て。始める前に一つ聞きたいことがある」
「命乞いなら聞かねえぞ!?」
「馬鹿が。貴様ら、マジックバッグは持っているか?」
アテンの言葉は尽くスィールを苛立たせる。マジックバッグは冒険者にとってステータスの一つだ。マジックバッグを持っているだけで周りからの視線が変わってくる。店売りの物であっても一目置かれるほどだ。
そんなマジックバッグは当然のことながら入手難易度が高い。金を貯めて店売りの物を買うにしても簡単に手が出るような値段ではない。武器防具の手入れ、必要なアイテムの購入、日々の生活費。それらに金を費やして余った金をコツコツと貯めていかねばならない。何が起きるかわからない冒険者稼業だ。貯めた金をマジックバッグの購入に充てられるほど余裕のある者はそうはいない。
ダンジョン産の天然物にいたっては運だ。その破格の性能故、新人が手に入れようものならば『不慮の事故』に気を付けねばならないほど。貴重なアイテムを守り通す力が必要という点でも、所持しているだけで評価を得られる。
ではスィールたちはというと、持っていなかった。運にも恵まれず、金をそこまで貯めるにいたっていない。危険な仕事だ。無事に依頼を終えたならパーッと飲み明かしたくなるものだ。そんな生活を送ってきた彼らにマジックバッグを買えるだけの蓄えなどある訳がない。
いつか天然物が手に入ると目を逸らし続けてきた。しっかり金を貯めていれば今頃は店売りの物を購入できていた。そんな、スィールにとってこれまでの間違いを指摘してくるもの。それがマジックバッグなのだ。
「……さてな。教えてやる義理はねえよ」
「持っていないな。貴様のような小者は持っていれば必ず得意げに自慢するものだ。それで誤魔化しているつもりなのか? ふう、とことん役立たずだな。もうよい、早く掛かって来い」
心底呆れたような態度で左手をクイクイしているアテンに、スィールたちの殺気が溢れ出した。
「ぐちゃぐちゃにぶっ殺して虫のエサにしてやる!! ダグ! 強化だッ!」
「ああ!」
スィールにダグと呼ばれた魔法使いが仲間に能力強化の魔法を掛けるために準備に入る。その間に他の三人は個々にスキルで戦闘準備を整えていた。
「準備が遅い」
アテンは一言呟くと左半身を前に出し半身になった。そして右腕を振り上げ、持っていた兎肉を全力でぶん投げた。
「ブベェ……!」
アテンの剛速球は冒険者たちに反応する隙を与えず、見事魔法使いの顔面にヒットした。魔法使いはそのまま後ろに倒れ、起き上がってくる様子はない。
早々に一人脱落し、残ったのは酒場にいた三人になってしまった。
「また三馬鹿に戻ってしまったな。どうする、また無様に地面に転がってみるか?」
「舐めやがってぇ……!! てめえに熟練冒険者の戦いってもんを見せてやるよッ!!」
三人が一斉にアテンに向けて走り出した――。
「……などと言っていたが、まあ、所詮こんなものよな」
戦闘開始からたった数分後、立っているのはアテンだけになっていた。アテンは周りに転がっている手足を全て折られて身動きができない男たちの持ち物を順番に物色していく。怪我をあっと言う間に治してしまうポーションの類は優先して回収していった。乱暴に身体をひっくり返されて男たちが呻き声を上げる。
「……何者なんだ……てめえは……」
「答える義理は無い。そして雑魚に聞かせるほど安い名でもない」
虫の息でスィールが問い掛けるもすげなく断る。
「た、頼む……助けてくれ……殺さないでくれ……!」
他の男がアテンに懇願する。自分たちだって相手を殺そうとしていたのに虫がいいとはわかっているが、いざ死が迫ると恐ろしくて仕方がなかった。
「殺しはせん」
「っ!」
アテンの短い言葉に希望を見い出す男。近くに転がっている男たちもアテンの言葉を聞き心から安堵していた。
「私はな」
しかし、直後に続く言葉が彼らを絶望に叩き落とす。
「今更貴様らのような雑魚を殺しても私の未来の源泉に濁りは生じないだろうが、私自らが手に掛ける価値がない。だから私が殺すことはない。しかし、余計な手間を掛けてくれた代償は支払ってもらわなくてはな」
アテンは自身が持つ小さなマジックバッグにも入る貴重品を厳選してしまっていく。
「そ、それは、今やってるように俺たちの所持品で……」
「勝者が戦利品を得るのは当然の権利だろう。代償にはなり得ない」
アテンはスィールが持っていた、実はマジックアイテムだったショートソード――マジックウェポンを品定めする。
「私の大切な時間を浪費させたのだから貴様らの死は決定している。問題はその方法だったのだが、そこで私は思い出した。戦う前の貴様の言葉をな。確か、ぐちゃぐちゃにぶっ殺して虫のエサにしてやる、だったか? 悪くない着想だと誉めてやろう」
スィールたちの顔が青ざめていく。自分たちに訪れる惨たらしい結末を想像し呼吸が乱れる。
「私はここに来るまでに多数の動物を食い殺している。その匂いを道しるべとして、時機に肉食動物たちがやってくるだろう。それまで精々足搔いてみるんだな」
剣を腰に差すと男たちに背を向け歩き出す。
「ほ、本当にこのまま置いていく気か!? た、頼むポーションをくれっ! もうしないから!!」
「クソッ! スィールッ!! お前のせいだぞ! さっさと謝れやボケ!!」
「っ、す、済まなかった……だからポーションを……っ」
喚き立てる男たちを無視してアテンはどんどん遠ざかっていく。既にアテンの意識に男たちは存在しなかった。
ギルドからの一件は気まぐれで起こしたに過ぎない。ちょっとした思いつき。何か良い物でも手に入ればいい、と。用が終われば考える価値はない。そこに人の生き死にがあろうがアテンには興味がなかった。
男たちの醜い言い争いがやがて絶叫に変わるのを耳にしながら、アテンは紅蓮の洞を目指し歩いて行った。
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