第41話 選択

「早くスィール君を回復してあげなさい。かなりのダメージを負っています」


 意識を刈り取られてピクピクとしか動いていないスィールを見やる。ゲーリィは事の一部始終しか見ていないが、スィールが一瞬で吹き飛ばされるところは確認していた。仮にもシルバー級冒険者を相手に、一瞬でこれほどのダメージを与えたことは驚愕の一言だ。


(ゴールド級でも無理な芸当ですね……。とすれば、彼の実力は少なくてもミスリル以上。少し、情報を集めておきますか)


 ゲーリィが期待と不安を半々にしてそう思っていると、受付からアテンの相手をしていたアルシェが飛び出してきた。


「おや、どうしましたアルシェ君」


「副ギルド長っ! アテンさんを止めてください! あの人、一人で紅蓮の洞に潜るって言ってるんです! 死んじゃいますよぉ!」


「アテンとは彼のことですか? ふむ、成る程。…………いえ、おそらく問題ありません。彼の好きにさせましょう」


「え!? アテンさんはノービスですよ!? それに、ダンジョン内のルールとかだって……!」


「彼は確かにノービスですが、経験の無い新人というわけではないでしょう。周りに積極的に迷惑をかける性格でもなさそうですし、様子見で構いませんよ」


(彼がダンジョンで何をしてくるか。見せてもらいましょう)


 食い下がってくるアルシェをなんとか宥めすかし、ゲーリィは本来の目的を果たすべく酒場へと向かう。奥まった席に座っていた面々を見つけると、軽く手を上げながら声を掛けた。


「お待たせしました銀の翼の皆さん。お呼び立てしてすみませんね」


「いやいや、とんでもないですよ。ギルドからの名指しの依頼ともなれば気合が入るってもんですから」


 ゲーリィが声を掛けた先にはシルバー級冒険者パーティーである銀の翼の三人がいた。今日は彼らにやってほしい依頼があったので、その詳細を説明するためにギルドに来てもらっていた。


「ここでは何ですから二階の個室に行きましょう」


「わかりました」


 立ち上がって移動する時、酒場の惨状を見てギルは先程まで繰り広げられていた光景を思い出していた。


「いやー、それにしてもとんでもないのが来ましたね副ギルド長。何者ですかあいつは?」


「今のところは今日冒険者登録をした新人冒険者、としか言えませんね」


 ゲーリィが端的に述べた事実に一同苦笑いするしかない。


「シルバー級を瞬殺するノービスが新人とか笑えないですよ。ホント、首突っ込まないでよかったです」


「あの時ベックがギルの腕を掴んで引き留めていなかったら、今頃はギルも酒場の床に転がっていたかもしれませんね」


「おや。そんなことがあったのですか?」


「はい。副ギルド長がどこからさっきの出来事をご覧になっていたのかはわかりませんが、ノービスの彼からシルバー級以下の冒険者を一緒くたにして馬鹿にするような発言がありまして。その際にギルが一言言おうと立ち上がろうとしたんですが、ベックが慌てて止めたんですよね?」


 ベックはその時のことを思い出したのか、若干青い顔をしながら頷いた。


「いや、何かわかんねーけど、関わんねえ方がいい感じがしたっつーか。あいつがギルドに入って来た時からヤバいって思ってたんだよなあ」


「ふむ。<直感>が警告を鳴らしたのでしょうか。案の定、只者ではなかったわけですが」


「彼からは武に対する強いこだわりのようなものを感じました。それに佇まいや喋り方などは平民のそれではありませんね。貴人のような印象を受けました」


「キジンねぇ。どっかのお貴族様ってか? 貴族が冒険者やることなんかあんのかね?」


「貴族かどうかはわかりませんが、国が違えばそういうこともあるんじゃないでしょうか。実際、彼がスィールさんを迎撃した時に一瞬見えた服装はこの辺りのものではありませんでしたし」


「ふむ、ますます興味深いですね」


 ゲーリィが到着した個室の扉を開ける。


「そういえば、彼はこれから一人で紅蓮の洞に潜ると言っていたようですよ」


 組織の管理職として、一冒険者の行動を他の冒険者に伝えるのは褒められたことではない。しかしゲーリィ自身、纏まらない思考に活路を見い出すため、アテンという人物について情報を集めるために敢えて口に出した。


「うわ。そりゃいくら何でも自殺行為じゃないですか? 強くても罠なんかはどうしようもないじゃないすか。生きて帰ってくればいいですけど」


 実際一人で何でもできてしまう戦闘職の冒険者などがいれば斥候職の存在意義が無くなってしまう。ギルとしては無視できない話題だった。


「その辺りの対処をどうするつもりなのかは知りませんが、案外何とかしてしまうのかもしれませんね。私が見たところ、彼は既にミスリル級程の実力はあると思いますから」


「ミスリル!? そこまでですか!」


「スィール君を一瞬で倒した鮮やかな手並み。彼から感じる底知れなさ。そして実力に裏付けされた確かな自信。私の経験則に過ぎませんが、おそらくは」


「元ミスリルの副ギルド長が言うんならほぼ間違いないじゃないですか。はぁー、そうなるとこのギルドで二つ目のミスリル級パーティー……いや、一人ならパーティーじゃねえか。とにかく、貴重なミスリル級冒険者の誕生すね」


「一人でミスリル級まで到達した冒険者は何人もいなかったはずですが。とんでもない偉業ですね」


「ええ。まだ確定ではありませんし、彼がここに留まってくれるかはわかりませんが。彼がこれから何を成すのか楽しみに待っていましょう」


 ギルドにミスリル級冒険者が増えれば箔も付く。ゲーリィが楽しみにしているのは本心だった。


 ゲーリィが言葉を締めて三人を見渡す。空気を変えることで雑談の終わりを示した。それを察した銀の翼の三人が姿勢を正す。


「さて、では今回の依頼の話です。予め言っておきますが、この件は他言無用でお願いします。この依頼を受けるにしても受けないにしても、銀の翼から情報が漏れたと判断された場合は処罰の対象になります。よろしいですか?」


 いきなり予想外の厳しい制約を課されて驚く面々だったが直ぐに表情を引き締める。目配せが終わると代表してギルが頷いた。


「結構です。銀の翼の皆さんは現在、ゴブリンダンジョンへの新人冒険者を対象にした遠征訓練が見送られていることはご存知ですか?」


「はい。なんでもワームの小さいのが見つかったとか。それの調査で時間が掛かってるって話は聞いてます。あと、噂ですが、その調査でシルバー級冒険者パーティーが被害に遭ったってのも耳にしましたね」


 ギルはパーティーを代表する者として、聞きづらいことにも遠慮なく踏み込んでいく。情報は時に命を左右する。ギルドの面子を気にしてパーティーを危険に晒すことなどあってはならない。


「調査に時間が掛かっているのは事実です。そして、シルバー級冒険者パーティーのことに関しても、事実です」


 ゲーリィの言葉にカイトが驚きを露わにする。自分たちが調査に赴いてから一体何があったのか。実際にゴブリンダンジョンを目にしているだけに、シルバー級冒険者パーティーが不覚を取ったことが信じられなかった。


「付け加えるならばその調査の際、ギルド職員一名が亡くなっています。当時のギルド職員の責任者の判断で公には伏せられ、今も継続している状態です。冒険者たちも今後の風評を気にして黙殺しています」


 ゲーリィは現状をよく理解してもらうために間を置く。


「ちなみに冒険者たちの名誉のために言うならば、ギルド職員を守りながらの戦闘であったこと、遭遇したホブゴブリンが想定以上に強かったこと、取り巻きが多く、更にはもう一体ホブゴブリンが現れたことなどから敗走に至ったそうです」


 冗談みたいな話だ、とギルは思った。例えゲーリィが言ったような状況下であろうとも、シルバー級冒険者が四人もいながらホブゴブリンに遅れを取る姿が想像できない。内心できな臭さを感じていた。


「ここまで話せばもうある程度今回の依頼について予想できるでしょう。銀の翼の皆さんに頼みたいのはゴブリンダンジョンの第一階層全体の調査、及び進化個体一体以上の討伐です。皆さんに依頼する理由は、最初と比べてダンジョンがどう変化しているのかを感じ取ってもらいたいから、少人数の方が不測の事態に対応しやすいからです。進化個体に関しては先程も言った通り、ホブゴブリン二体が確認されていますが、プチワームがいることからその進化形態、スモールワームがいる可能性もあります。進化個体は討伐数に応じて報酬に上乗せしますが、最悪の場合、一体も討伐できなかったとしても依頼失敗にはしません。これは決して皆さんを馬鹿にしているわけではなく、飽くまでも調査に重きを置いているからだということを理解してください。その場合は進化前モンスターの間引きと調査結果の提示をお願いします」


 ゲーリィは机の上に依頼の詳細を書いた羊皮紙を置いた。そこに書かれていた内容は大体がゲーリィが言ったことと重複するものだったが、依頼達成時の報酬の高さは目を疑うものだった。


「副ギルド長。幾つか質問したいことがあるんですけど」


「そうでしょう。勿論お答えしますよギルさん」


「ありがとうございます。……率直に言って、怪しいすね。高すぎる報酬、実質失敗のない依頼、妙に強いらしいホブゴブリン。何か良からぬもんを感じずにはいられねえ。この依頼は額面通りに受け取っていいもんじゃない。何かしら想定外のことが起きる確率が高いからこその条件だ。ゴブリンダンジョンに何があったのか、何が起きるのか、どう危険なのか。そこら辺を教えてもらわねえと、この依頼を受けることはできないすね」


 ゲーリィの気分を害するかもしれないと思いながらギルは発言したが、そのゲーリィはギルの考えを聞いて満足げな表情を浮かべた。


「その答えを聞いて安心しました。何も聞かずに依頼を引き受けるようならば、この話は取り下げなければならなかったですから。順番に話しましょうか」


 試されていたと知り思わずギルの顔が苦いものに変わる。「話せないこともありますが」と、前置きをしてからゲーリィは経緯を語り出した。


「少し前のことです。とある貴族の策謀により、ゴブリンダンジョンに大量のマジックアイテムが持ち込まれました。これが良くなかったのでしょうね、しばらくは変化らしい変化は無かったのですが、確かにゴブリンの数が増えるペースが早かったように思います。着実に異変は進行していたのでしょう。それがプチワームの出現という形で表れた。ホブゴブリンが異様な強さであることも、この異変が起因だと思われます。正直、この先ダンジョンがどう変化していくのかはギルドもわかりません。だからこそ、この依頼は成功条件が緩めに設定されています。進化個体討伐を含めた成功報酬が高いのは、そのことに加えて急を要しているからです」


「それは……?」


「実は、ゴブリンダンジョンの特異性を知った研究員たちが近々ダンジョンを訪れることになっています。彼らはこちらの都合になど構ってくれないのに、彼らに何かあると問題になってしまいますからね。できるだけ早く安全を確保しておきたいのです」


 溜息をつくゲーリィ。彼の気苦労が窺い知れた。


「いくら特異な状態であるとはいえ、そう易々と進化個体が生まれるとは考えづらいので一体でも減らせれば十分だと思っています。皆さんが持ち帰った調査結果を基に改めて討伐隊を組んで送り込む予定です。どうでしょうか。この依頼、受けてもらえますか?」


 ギルは顎に手をやって考える。話を聞いた上で、彼個人としては受けても構わないと思った。アクシデントを想定してこちら側に配慮されているし、上手くやればボーナスも手に入る。ギルドにも恩が売れるし、やばかったら撤退すればいい。


「カイトはどう思う?」


「私は受けてもいいと思います。最初に調査に赴いた者として気になるところでもありますから」


「ベック、お前はどうだ?」


「んー、なぁんか良くない感じがするような? 大丈夫なような? わかんねえ」


「んだそりゃ」


(ちっ、不発か。<直感>に期待したいところだったが仕方ねえ)


「副ギルド長、もう一回確認させてください。最悪の場合、進化個体の討伐ができなくても、ダンジョンのある程度の調査と雑魚の間引きがしてあれば依頼成功という扱いになるんですよね?」


「そうです。調査はできれば第一階層の半分以上はしてもらいたいですが、無理はしなくて結構です」


 改めて言質は取った。ギルは意思を固める。


「……わかりました。この依頼、銀の翼が引き受けます」

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