第二部二章『未練探し』2-2
そんなわけで、注文したドリンクが来たところでバニーガールの店員さんにゲームの注文をしてみた。
すると、店員さんはポケットからカードセットを取り出し、俺たちの体面に腰掛ける。
俺たちに手渡されたのは、三枚のカード。
それぞれ、グー、チョキ、パーの形をした手のイラストが描かれている。
「では、ルールを説明しますね。といっても、シンプルなじゃんけんですけど。まず、お客様が三枚のカードから一枚を裏側で出します。そして、その後に私が出すカードを公開。裏側のカードを表にして頂いて、勝ち負けを決める。それだけです」
「とても簡単なゲームですね。普通にじゃんけんです」
「ああ、そうみたいだな」
伊藤さんみたいな限定じゃんけんかと思いきや、極めてシンプルな普通のじゃんけんゲームだった。
カードを使うのは、タイミングがずれて後出しをさせない為の処置だろうな。
【……ねえ一斗、コーラが飲みたいわ】
ん? ああ、後でな。今はゲームしてるから。
【私は今すぐコーラが飲みたいの! ちっ。この身体、私が動かせればいいのに…… どうにか動かないかしら……?】
と、次の瞬間。
自然とそうであるように、俺の右手がテーブル上に置かれたコーラのグラスを持ち上げたのだった。
【あ、動いたわ!】
はっ!? え、何でぇ!? 身体の主導権は俺にあるはずだろ!?
【理屈なんて知らないわよ。なんか動いたんだから、それが全てでしょ?】
なんか動いたって、お前……
加子の時もそうだったが、別の魂が俺の身体を動かすこと自体は可能だ。それでも、あくまで主導権は俺。意識している時は、俺の意思が優先されるはずなのにな……
まあ、俺は加子のパターンしか知らないし、その辺は個体差があるのかもしれない。
【……でも、完全に私が動かせるってわけでもなさそうね】
見ると、俺の親指がコップの淵からコーラに浸かっていた。
おいおい、なんか指がベタベタするんだけど? どーしてくれんだよ。
【ふふん。まあいいじゃない】
なんも良くねぇんだよなぁ……
悪霊のしょーもない悪戯に付き合わされる、こっちの身にもなれ。
と、そんなやり取りなど知る由も無く、バニー店員は話を続ける。
「では、まずお客様から出すカードを選んでください! どれを出すか決めたら、テーブルに裏向きで置いてくださいね~!」
「一斗くん、ここは勝ちましょう! 頑張ってくださいっ!」
「おう、任せとけ」
加子の応援を受け、俺は三枚のカードを手に取ってテーブルの下に持ってくる。
さて、どれを出すか。
とはいえ、確率は三分の一なんだから、どれを選んでも関係ないんだけどな。
【悪いけど、出すカードは決まっているのよね】
と、テーブルの下でごそごそしてから、美恋はカードを伏せてテーブルに出した。
お前なぁ。また勝手なことを……
「フフ、私はこれにするわ。かかって来なさい」
「……私?」
不敵に笑う俺……というか美恋を不思議そうに見つめる加子。
そして、「あー」と何かを察したような表情を浮かべる。まあ、そういうことだ。昔の同居人なら、直ぐに気づけることだろう。
やれやれ。隣に居たのが加子だったから良かったものの、他のやつだったら変な目で見られてただろうな。
【ふふーん】
当然、反省の色など無く、美恋は悪戯っぽく笑うだけだった。こいつめ……
「では、私は……、そうですねぇ。そのカードに対して、パーを出します!」
そして、店員さんは宣言通りパーのイラストが描かれたカードを場に出したのだった。
って、おいおい。ま、マジかよ……
【フフ……】
「どうぞ、お客様のカードをオープンしてください!」
そう促され、俺はテーブルに伏せられたカードをひっくり返した。
「俺のカードはチョキ、です……」
「ざんねんっ! お客様はグーで負――……、ええッ!?」
それを見て驚くバニーの店員。
当然、そのカードはまさしくチョキのイラストをしていた。……これ、俺の勝ちだよな。
「えっと…… お、お客様の勝ちです! おめでとうございます!」
「おお! 凄いですっ! やりましたね、一斗くん!」
なんて、興奮気味に加子が声を上げた。まあ、勝ったのは俺じゃなくて美恋なのだが。
【ふふん、見たかしら? 私の実力】
はいはい。拝見しましたよ。素晴らしいお手前でしたこと。
ところで、解説も頼みたいんだが…… 今、いったい何が起きていたんだ?
【単純なイカサマよ。あの店員は、私たちにマークドカードを渡してきていたの】
マークドカード……?
【カードの裏面、よく見てみなさい。端に点が打ってあるでしょ?】
えっと……? あ、ホントだ。ぜんぜん気づかなかった。
これで、俺が何を出すのか判別しようとしていたってことだな。
それで何度もゲームを挑ませて、挑戦料で客単価を上げようとしていたということか。
【ま、そうね。だから、それを逆に利用したのよ】
あー、なるほどなぁ。
チョキのカードの裏側に、グーのカードを張り付けたのはそういうことか。
コーラに突っ込んだ指のベタつきを利用し、それをカードに塗り付けていた美恋。
二枚のカードはぴったりと重なり、一枚のカードに見える。
相手は偽装された裏面を見て、出すカードを誘導されていた、と。
あのコーラに指を突っ込んだのはわざとだったのか。
【どう? トリックを聞けば、何てことはないでしょ。それだけの工夫でゲームは勝てるのよ】
いやでも、あの短時間でイカサマを利用しようとしたのは凄いと思うぞ。
もしかして美恋の心残りって、こういうことに関係するのか? デスゲームで勝ち上がりたい的なこととか。
【いいえ。それは何か違うのよね……】
うんうんと唸って考え込む美恋だった。
そうか。まだ、確信に迫るものは掴めていないっぽいな。
そんなこともつゆ知らず、店員さんは話を続けるのだった。
「それでは、勝者の特別サービスをプレゼントしますので、彼女さんをお借りしますね」
「……え、私ですか?」
「はい! 女性のお連れ様が居る場合は、その方が優先となっております!」
「ええ、でも……」
ちらりと俺を見やる加子。それに、俺は返事をする。
「別にいいぞ。よく分からないけど、加子がサービスを受けて来いって」
「まあ、一斗くんがそう言うのであれば。じゃあ、ちょっと行ってきますね!」
「どうぞ、こちらへ」
と、加子はバニー店員に連れられて席を離れて行った。
『ええー!?』
そして、店のバックヤードの方から加子の素っ頓狂な声が聞こえてくる。
さてはて、何事だろうか?
そんなことを思っていると、暫くして加子が戻ってくる。……バニーガールで。
…………????
どうして加子はバニーガールのコスプレしてるんだ?
「うぅ…… 恥ずかしいですぅ……」
あせあせと赤面しつつ、胸元の露出を両腕で隠す加子。傍から見ている時と、自分が着ている時とでは、こんなにも反応が違うのか。なんかエロいな。……じゃなかった。だから、どうしてバニーガール姿なんだ?
「こちらが当店のコスプレサービスです! ご満足いただけましたか?」
「は、嵌められましたぁ……!?」
なんて言って、項垂れる加子。
なるほど、これが特別サービスとやらの正体か。まあその……、良いですね。とても。胸元とか、網タイツとか。はい。
【きゃあぁーーーー!!!! なにこれ可愛いじゃない! これよこれ! グッと来るものがあるわ!】
うお! びっくりしたぁ……
そんな感じで、俺以上にテンションの高い美恋。先程から黄色い声を上げている。
え、もしかしてお前って、そういう気が……
【ち、違うわよ! でも、何かを感じるのよね。私の未練に関する何かを……!】
これに? まあ、加子は可愛いと思うけど。
【うーん。何かしらね、この感覚。この子は可愛いと思うけれど、そうじゃなくて……】
例えば、自分がコスプレしてみたいとか?
【いいえ。それも何か違うわね。うーん……】
何かを思い出そうと、必死に考える美恋。
しかし、まだ一手足りていないような感じだった。
いったい、何なんだろうか。この加子に関係することって…… じっと眺めるが、当然俺にも答えは見えない。
「あの、一斗くん。そんなに見られると、恥ずかしいんですけど……」
もじもじと身体を背ける赤面した加子。そんな仕草も可愛らしい。
「ああ、悪いな。まあでも、似合ってると思うぞ、それ」
「そ、それは……その、ありがとうございます。えへへ」
【なーに惚気てんのよ。私が消えてからやってよね、そういうの】
なんて悪態をつかれる俺。
そして、一つ分かったことがある。俺の中に美恋が居続ける限り、俺たちのラブコメは発展出来ないということだ。
もういっそ祓魔師とか陰陽師とかにお願いして除霊してもらうか。手っ取り早く。
【ゾンビのあんたも一緒に消えたりしてね。フフフ】
……やっぱり、やめておくか。
もう暫く、美恋とはソウルメイトをすることになりそうだった。
結局、この日はそれ以上の進展はなく、未練探しを続けている内に陽が沈んでしまった。
俺は夜に眠くなるタイプの健全なゾンビ体なので、この日は解散ということに。
まだまだ先は長そうだが……、とりあえず今日は加子も美恋も楽しそうだったので良しとする。
特に美恋は、久々に廃ビルの外の風景を見られて満足そうだったので、それだけでも進展ということにしておくべきだろう。
【んー、やっぱり外って良いわねー。あ、そうよ! ねえ、一斗。この身体、私に譲りなさいよ。この際、あんたの身体で妥協してあげるから】
帰り道、そんなことを言うクソ悪霊。俺の身体だぞ。乗っ取られて堪るかい!
こいつに素晴らしき外の世界を見せてしまったのは失敗だったかもしれない。
そう、俺は思い直したのだった。
◇
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