六章『Re:決着』6-2


 ――やがて、銃声が響き渡った。


 俺の真後ろから。

 ……いや、なんでやねん。俺の後頭部に銃弾喰らってんだが?


「なーにやってんだよ、駄犬が」


 意地の悪い聞き慣れた声。

 その声の主に検討をつけながら、俺は振り返った。


「な、何するんですか、音黒ねくろせんせー!? 教え子のプロポーズ邪魔する教師がどこに居やがるんですか!?」

「一九のガキがプロポーズなんて一〇年早ぇんだよ。安定した高収入を得てからにしろ、バカが。少子化社会舐めんなよ」


 なんて風に悪態ついてきやがった、パーカー姿のちびっこ先生を恨みがましく睨む俺。

 くぅ、俺だって勇気出して告白したのに……!


【あはは。残念でしたね。この返事は、またの機会にしましょうか】


 ……是非そうしてくれ。

 さっきまでのシリアスな雰囲気は完全に霧散しちまったからな。

 この続きは、また気が向いたらにしよう。はぁ……


「……え? え? どうして、音黒せんせーがここに居るわけ?」


 困惑からか涙が途切れた白華はっかが周りに問うた。


「なんだ、まだ三國に説明してねぇのか?」

「ああ、そういえば言ってなかったですね。せんせーがこっそり参加してたこと」

「ええ!? ずっと参加してたんですか!?」

「ま、そうだな。この格好に覚えはあるだろ?」


 と言って、音黒せんせーはパーカーのフードを目深に被った。

 デスゲーム開始時、最後に教室へ入ってきた人物の形相と完全に一致する。

 そして、音黒せんせーこそが、今までずっと生き残っていた最後の“人間”プレイヤーの正体だ。


「あっ!? そういえば、こんな人居た!」


 白華も思い出したように声を上げて立ち上がる。


「ったく。三國にも説明しておけって言っただろーが!」

「色々あって忘れてました」

「ちっ、駄犬が。もう一発撃ってやる。喰らえアホゾンビ!」


 またしてもハンドガンの銃口を俺に向ける音黒せんせー。

 カチリと音がする。しかし、ゴム弾は発砲されない。


「ん、そうか。駄犬丸が“死者”状態になったから、ロックが掛かったのか。おい、私の銃を返せ。そっちで撃ってやる」

「撃たれるの分かってて返すバカは居ませんよ!?」


 俺は握っていたハンドガンを後ろ手に隠す。

 ゲームの途中、俺に会った時もバカスカ撃たれたのだ。もう絶対に返すものか。痛みは無くても、撃たれるのは嫌なんだ。


「??? そ、それ、音黒せんせーのハンドガンだったの?」

「ああ、これな。気づかなかったか? クソネズミに撃たれたことで俺が “死者”になっても、ハンドガンを発砲できたのは、これが俺の銃じゃなくて、音黒せんせーの銃だったからだ。生存していた音黒せんせーのハンドガンなら、俺が“死者”になっても関係なく発砲できるからな」


 逆にあの時、音黒せんせーの持っていた俺のハンドガンはロックが掛かっていた。

 そして、俺が白華によって再び“ゾンビ”となったことで、さっきはロックが外れて発砲可能になっていたと。つまり、そういうトリックだ。


「そういうこと、だったんだ…… ずっと疑問には思ってたけど……」


 納得したように頷く白華だった。

 ま、今までそれどころじゃなかったからな。


「でも、どうして先生がデスゲームに参加してたんですか?」


 当然の疑問を口にする白華。


「いざという時、お前らのバックアップを出来るように来てやったんだ。感謝しろ」

「なら、事前に教えといてくれても良かったんじゃ……?」

「敵を欺くならまず味方からってな。そもそも、私はデスゲームに参加できる身分じゃなかったんだ。だが、ネズミ駆除を手伝ってやると言ったら、連中は喜んで私をゲームに参加させた。まあ、駄犬のお陰で手間は省けたがな」


 ネズミ駆除……、つまりクソネズミをデスゲームで敗北させる、と。

 詳しくは知らないが、運営側にとってもクソネズミは邪魔な存在だったのだろう。

 あいつを負かしたことで、音黒せんせーの目的も達成できたわけだ。

 でも、


「音黒せんせーの目的は達成したかもしれませんけど、本命の目的は未達成のまま終わりそうです。一億五〇〇〇万円じゃ、二人は助からないみたいで」

「そう、だよね……」


 言って、俯く白華。

 不足分のペンダント、そして白華母の医療費。そのどちらか片方しか選べないという実情は何も変わっていない。

 だから、俺は俺なりに全員が幸せになれる道を提示したつもりだったのだが……


「ったく、バカが。三國の母親の件なら、事前に調べさせてもらった。どうやら、臓器移植が必要らしいな?」

「は、はい。そうです、けど……」

「人体の過分パーツなんて、身近に二セット分もあるじゃねーか。それを使えばいいだろ」

「過分パーツ? 二セット分も……?」


 首を捻る白華。そして俺も。

 臓器をパーツ呼ばわりしているのはともかく、そんなのどこにあるんだ?


【もしかしてですけど……、私たちのことなんじゃ?】


 ん? 私たちのこと? おいおい、俺たちのどこに過分パーツなんて――


「ええ!? ゾンビの臓器使うつもりなんですか!?」


 ついつい驚愕の声を上げる俺。

 だってそうだろ。腐りかけの臓器なんて使って移植したら、逆に身体悪くなるって。結果的にゾンビが増えるだけだって。

 それに、俺たちに臓器とか不要なの? 俺たちの臓器で拒絶反応とか出ないの?


「私はマッドサイエンティストだぞ。倫理を無視すれば造作も無いことだ」

「無視していいんですか? その倫理って」

「いいわけねぇだろ。でも、技術力の発展の裏には、必ず黒いものがある。戦争が科学を発展させたようにな。だからまぁ……、そういうこともあるだろ」

「軽っ!? そんな軽いノリで倫理観壊すんですか?」


 はぁ……、言ってることが滅茶苦茶だな、この人……


「ゾンビなんて作ってる時点で今さらだろ。いちいち気にするな。どこの国でも裏側は真っ黒な研究してるもんなんだよ。『※この物語はフィクションです』ってテロップ入れときゃいいんだって」


 きゅ、急にメタいこと言わないでほしいんだが……?


【何というか、拍子抜けですね…… 奇跡にしては安っぽいと言いますか】


 ま、まあそうだな。

 でも、俺も文句は言ったけど、嫌いじゃないぞ。安っぽい奇跡とか。

 むしろ、奇跡は安ければ安いだけ良い。

 その方がいっぱい買えてお得だからな。幸せなことだ。


【すごい屁理屈ですけど、不思議と説得力を感じます。そう考えると、安い奇跡も悪くないですね】


 だろ? こういうのは考え方次第だからな。


「じゃ、じゃあ、皆、助かるってことだよね? 誰も諦めなくて……、いいってこと、だよね……」

「みたいだな。誰かを裏切ることも、貶める必要も無い。全員が無事に、目的達成だ」


 俺が言うと、白華が駆け寄り抱き着いてきた。

 そして、涙で濡れた顔を押し付けてくる。

 溢れた雫は、俺の胸で輝くペンダントに吸い込まれていった。


「よかった……、ぐす…… よかったよぉ……! ……っ……! ぅ……!」


 泣き止んでくれたと思ったが、また涙を流すとは……

 ま、いいか。白華も精一杯悩んで苦しんだんだ。

 それが安堵の涙に変わったらなら、それで十分じゃないか。


【むぅ……】


 どうした、加子かこ? なんか、お前だけ不服そうだけど……?


【私、さっき告白されましたよね?】


 え? まあ、そうだな。告白したけど……


【あの言葉は嘘だったんですか? ホントに私とずっと一緒に居たいなんて思ってます? 白華ちゃんに同情しただけなんじゃないですか?】


 いやいやいや。

 その言葉に嘘は無いって! マジのことだ! 愛してるぞ、加子!


【だったら、どうして別の女を抱きしめてるんですかね……?】


 いや、それはそのぉ……

 分かるじゃん? 流れで、ほら……、なっ? そうだろ?


【私、浮気は許さないタイプです】


 待ってくれ。加子だって、白華のこと好きだろ?


【好きですけど、恋愛感情ではないです。ラブじゃなくてライクです】


 それはそうなんだろうけど!

 今は話の流れで感情的になっているだけで……


「ぐす…… ありがと……、一斗。…………大好き」

【は?】


 加子から今までにないくらいドス黒い感情が迸った……、気がする。

 な、なるほど。これが修羅場ってやつか。

 今まで一度もモテたことが無かったもんで、知らなかったけど……

 何なら今後も知らない予定だったし、知らなくても良いと思ってたくらいだけど!


 そして不意に、ブツッと校内放送が繋がる音がした。



『ピンポンパンポーン! デスゲーム“ゾンビ&ガンズ”終了のお知らせでーす! タイムリミットを迎えましたのでお伝えいたします! 今回の勝者は“ゾンビ陣営”でした! これにてゲームは終了です! 撤退の準備をしてください! お疲れさまでしたー!』



 と、それだけ言い残して校内放送が途絶える。


「お、終わったか。よし、ラーメン食いに行くぞ。駄犬、付き合え。三國もな」


 踵を返して廊下を歩く音黒せんせー。え、ラーメン屋行くの?


「ペンダントと臓器移植の件はどうするんですか?」

「んなもん、今度でいいだろ。こっちは疲れてんだよ」


 え、ええー…… 俺と加子はともかく、白華の母は急ぎの案件だと思うけど?

 そう思って、白華を見やる。


「母親なら大丈夫。今は持ち直したみたいだから。また、すぐに危険ってわけじゃないみたいだし、音黒せんせーだって万全の状態の方が良いだろうしね」


 そうか。それならいい、のか……? よく分からんけど。

 でも、音黒せんせーがいいと言っているなら、そうなんだろう。


「ま、仮に死んでも、ゾンビになるだけか……」

「バカが。生きてるなら、その方が良いに決まってるだろ。軽々しく死ぬ言うな。死ね」

「そうですね。失言でした。……あと、俺もう死んでます」


 生きてるなら、その方が良い、か。

 きっと、その通りなのだろう。


 俺は死なない。でも、ゾンビだからと言って永遠を過ごす気など無い。物質として存在する以上、いつか終わりはあるはずだから。


 それが、どんな形になるのかは未知数だ。だから、きっと生きていた方が良いんだろう。

 でもまあ……、それは今、気にすることじゃないか。

 だって――


「ほら、行こっ、一斗!」


 白華に手を引かれ、廊下を進む俺。

 そして、


【むぅーーーっ!】


 クソ不機嫌そうに唸る加子。

 先に考えないといけないことがある以上、辛気臭いことは後回しにせざるを得ないだろう。

 はぁ…… ラーメン、なに喰おっかなぁ…… やっぱ豚骨かな。


   ◇


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