五章『決戦』5-3


 ……勝ったのか、俺は。

 やや遅れて、その実感が湧き上がってくる。

 この空間を、このデスゲームを支配しているのは今や俺という存在だ。

 であれば、やることは決まっている。まずは……


「おい、そこの丸眼鏡」

「は、はいぃ!」

白華はっかを解放しろ。あと、そこの倒れてる二人も拘束すること。いいな?」

「わ、わわ分かりましたぁ!」


 言われた通り、素直に動く丸眼鏡。直ぐに白華の身体を拘束するロープを解き始めた。

 こいつはしっかり損得勘定が出来るタイプらしい。意外と賢いやつだ。

 クソネズミが劣勢に回ったと分かった瞬間、持っていたフォークを引っ込めたのが視界の隅で確認できたのだ。


 もし白華を傷つけでもしたら、俺がハンドガンで報復すると瞬時に理解したのだろう。

 警察や軍隊が持つ暴徒鎮圧用ゴム弾程の威力は無いだろうが、それに近しいだけの脅威ではあるんじゃないだろうか。俺もあまり詳しいわけじゃないが。


【おー、やるじゃないですか、一斗くん。ちょっとカッコ良かったですよ】


 ま、とーぜんだな。俺がクソネズミなんぞに後れを取るはずがない。


【そうですね! 一斗くんの方が性格悪いです!】


 策士と言え、策士と。見事な頭脳プレーだろうが。


【あははっ、そうですねー】


 けらけらと気楽に笑う加子かこ。ったく、お前はいつでもこんな調子だな。

 っと、まあいい。

 そんなことより、今は白華の無事を確認する方が優先だ。

 そろそろ、白華の拘束も解けたことだろう。


 もし白華に傷でもついていようものなら、余った弾倉を使い切るまで発砲して痛めつけてやるところだ。

 と、その直後、軽いステップで近づいてくる存在があった。


「いーちとっ! んっ……」

「んん――ッ!?」


 不意打ちだった。

 駆け寄り、ぎゅっと俺を抱え込む白華。その柔らかな唇が頬に触れる。


 しかし、キスなどではない。がぶりと甘噛みされる。

 ルール上、“ゾンビ”が仲間を増やす行為だ。えっと、中々にマニアックな愛情表現ですね……


「ま、助けてもらっちゃったからね。サービスってことで。えへへ」

「そうか。……そうか」


 ヤバい。語彙力が死滅した。ついでに脳まで死滅しそうだった。

 これは、そういうことでいいんですかね? そういうことでは無いんですかね?


【そういうことです。完全に落ちましたね。おめでとうございます。ちっ】


 何故か不機嫌そうな加子。ついでに舌打ちまでしてきやがった。

 でもまあ、加子がそういうのなら、そうなのだろう。


 はっ! もしや、これは完全勝利の流れなのでは……?

 因縁の相手は倒せたし、狙っていた女の子とは急接近できたし、デスゲームの賞金もほぼ確定で入ってくる。


 やべぇ。紆余曲折はあったが、最終的にすべてが思い通りに進んでやがる。

 ついぞ終わってしまった俺の人生も、ここからリスタートするのかもしれない。

 そう思うとテンションが上がってくる俺だった。


「あ、あのー。二人の拘束、終わりました……」


 見ると、クソネズミとオッサンの身体がロープで巻かれているのが分かった。

 改めて丸眼鏡を一瞥する。

 若干こちらに怯えながらも、何とか取り入れてもらえないか考えているような雰囲気がだだ漏れだった。ちゃっかりしてやがる。


「デスゲーム終了まで、教室に居る全員を監視しておくように。言う通りにするなら、終了後に謝礼金くらいは出してやる」

「あ、ありがとうございます!」


 ぺこりと首を垂れる丸眼鏡だった。従順な下っ端タイプみたいだな。

 ま、謝礼金がいくらとは言っていないし、適当に一万円くらい包んで突っぱねてやるか。


「一斗、いいの? その子を信頼しちゃって」

「ああ、問題ない。ここに居る俺たち以外の七人は全員が“死者”だろうし、圧倒的な武器であるハンドガンは使えないんだ。んで、“ゾンビ陣営”は俺たち二人だけ。復帰不可能なこいつらが、わざわざ不利な戦いなんて挑んで来ないだろ」

「そっか。なるほどね…… ふふ、頭いいじゃん」


 白華はうんうんと首を縦に振って納得し、俺の表情を覗き込んでくる。その仕草がちょっと可愛かったので、ドギマギしながら顔を背ける俺くんだった。んで、話を逸らす。


「まあ、“人間”プレイヤーが一人残ってるけど、そっちも心配は要らないはずだ。“ゾンビ陣営”の勝利で、ほぼ間違いないだろう」

「ふーん、そかそか。じゃあ、ちょっとだけ付き合ってよ」


 俺の表情をじっと見ながら、白華はそんな誘いをしてくるのだった。

 でも、付き合うったって、どこに行くんだ……?

 そんな俺の疑問を読み取ってか、白華が補足するのだった。


「デート、行こっ?」

「え?」

【おおー!?】


   ◇


 デートに誘われてしまった俺は、教室の惨状をほっぽり出して白華の後ろを歩いていた。

 蛍光灯に当てられた廊下を、のんびりと進んでいく。

 目的地があるわけじゃないのかもしれない。

 ただ白華は、無駄話を交えながら廊下を歩くだけだった。


「――にしても、まさかあの状況下から助かるとは思わなかったな。私、半ば諦めてたんだよ?」

「まあ、確かに絶体絶命だったけどな。俺に掛かれば何てことはねぇけど」

「あはは。実際に助けてもらっちゃったら、言い返せないねっ」


 と言って、笑う白華。

 その姿を見ていると、無事に助けられて本当に良かったと思う自分が居た。

 素敵なご褒美も貰っちまったしな。気づくと右手が無意識に頬を撫でていた。


【…………】


 それにしても、やけに加子が静かだな。珍しい。

 ははーん、さては嫉妬だな。俺が取られるのが気に食わなくて、とか。まあ、心配するな、俺はお前のことも――


「ねえ、一斗」


 思考を遮り、白華が俺の名を呼んで立ち止まる。

 真後ろを歩いていた俺も、白華に同調して歩みを止めた。

 白華は真正面を向いたまま、振り返ろうとはしない。そのまま言葉を続けた。


「ここまで来れたこと、本当に感謝してるんだよね。私ひとりじゃ、絶対に積んでた。このデスゲームだけじゃなくて、“船上鬼ごっこ”の時に死んでたと思う」

「どうした、急に?」

「ん、ちょっとね。あと、もちろん加子にも感謝してる。初めは半信半疑だったけど、身体が入れ替わって私の前に現れた時、ホントに居たんだなって。私を助けてくれたのは、一斗だけじゃなくて、加子にも支えられてたんだなって」

【……】


 加子は何も言わない。ただ、黙って白華の言葉に耳を傾けている。

 そして、白華もまた振り返らない。ずっと前を見ているだけだ。


「ホントにありがとう、二人とも。大好きだよ」


 震える声で告げる白華。

 しかし、白華が見つめる先は俺たちとは逆方向。

 過去を見ることなく、その逆だけを見つめていた。その先は未来だ。


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