五章『決戦』5-2
「たとえ痛みは無くとも、身体はいずれ持たなくなりますよ? そうなる前に、僕たちを“ゾンビ陣営”にしてください。そうすれば、彼は解放します」
「ぜってぇ動くなよ、
「っ…………!」
「それもいいでしょう。では、もう一度。やってください」
再びオッサンに殴られる俺。無慈悲な剛腕が、視界を覆った。
一瞬、意識が刈り取られるが、直ぐに修復して機能が戻ってくる。まったく、便利な身体だよ。無限にコンテニュー出来るなんて。
でも、こいつらは勘違いしている。俺がただの無痛症であると。
まさか俺を本物のゾンビなんて思わないだろう。だから、この交渉は最初から成立するはずが無いんだ。ざまぁーみろ。
「ふむ。意外と頑丈ですね。しかも、お姫様の方も強情だ。でも、それがいつまで持ちますかね」
「残念だけど、俺は無限に復活するんだな、これが」
「あはははははっ! ならクソガキ、ホントに死んじまっても文句は言うなよ?」
三度の殴打が俺の身体を襲った。嫌な音が全身を駆け巡る。
くっ。このオッサン、デブのくせに筋肉はあるんだな。動けるデブか。
このまま、やられっぱなしってのも癪だな。っし、そろそろ反撃を――
「おっと。当然ですが、反撃をしたら人質に危害が加わりますからね」
「ふふふ。私にお任せを。刃物はありませんでしたけど、こんなものは見つけました」
見ると、縛られた白華の隣に丸眼鏡が立っていた。
手には家庭科室からでも盗んできたのか、フォークが握られている。ナイフや包丁じゃないだけマシだが、人を傷つけるには十分な代物だ。それが白華の目に向けられる。もし俺が反撃でもすれば、白華の目は……!
クソッ、八方塞がりか……? でも、俺の身体が無限に持つ以上、きっとチャンスは巡ってくるはずだ。
「さーて、もういっちょ!!!!」
「――っぐは!?」
また、視界が揺れる。その度に修復が始まる。
「はははははははは、ははは、ははははは!!!! いやー、楽しいねぇ。昔を思い出すなぁ。若いときは毎日こうやって喧嘩をしてたっけ。喧嘩と言うには、一方的だけど」
「んぁ…… 何言ってんだよ……?」
俺が問うと、オッサンの代わりにクソネズミが返答するのだった。
「ここに居る人間の殆どがクズばかりですからね。ムショから出てきた前科者や捕まっていないだけの犯罪者。そんな社会に居ない方がいい人間にしか、高レートデスゲームの案内なんて来ませんから。キミたちだって同じでしょう?」
「ざけんな。お前らみたいなのと一緒にするんじゃねぇ…… こっちは真っ当に生きて……いや死んでんだよ」
真っ当と言う程、自慢できる生き方でもなかったが、それなりに普通に怠惰に生きてきたつもりだ。
とーぜん、暴力を楽しむような底辺に成り下がった覚えはない。
「もし違うのであれば、コネでもあったということですかね。ま、どうでもいいですけど。続けてください」
クソネズミの指示で、オッサンが腕を振りかぶる。
「ははは、おぅらぁっ!!!!」
「ぐはッ――――!?」
もう何度目とも分からない殴打が、脳を揺らした。クソが。ぐわんぐわんと視界が定まらなくなってきた。
【い、一斗くん、大丈夫ですか?】
大丈夫だよ。今のところな。
やはりゾンビの身体だ。この程度でどうこうなる程、やわに出来ていないらしい。
「あ? なんだぁ、これ……?」
「ぐぅっ!?」
急に首が引っ張られる感覚がした。……ペンダントだ。
オッサンが俺の首に下げられたペンダントを引っ張り上げたのだった。
お、おいおい…… これは、さすがにマズいか?
【マズいですって!? ペンダントには、私と一斗くんの魂が入っています。死ぬことはありませんけど、身体と離れたら意識が完全に途絶えちゃいますよ!】
ま、マジか。
そういえば音黒せんせーがそんなことを言っていた気がする。たしか、あれは初めて加子と身体を交換した日のことだったか。
「随分と綺麗な宝石だな。クソガキには勿体ないくらいだ」
「それ、恩師から貰ったものなんだよ。汚ねぇ手で触るんじゃねぇ……」
「そうかそうか。だったら、俺が責任を持って換金してやろう」
ペンダントのチェーンを握ったオッサンの手が、俺の首から外そうと動くが、俺も抵抗して腕に掴みかかる。
「させねぇよ……!」
「このクソガキが。手を離せってんだよ!」
空いた手で俺の首が掴み上げられる。太い指が俺の肉に食い込んできている感覚が伝わってきた。
「こらこら。抵抗したら、大切な彼女が隻眼になっちゃいますよー?」
「く……」
丸眼鏡が手に持ったフォークを白華の瞳に近づけた。
でも、ここでペンダントを奪われるわけには……、意識を失うわけにはいかねぇし……!
と、その時だった。
「えい!」
「――痛っ!?」
一瞬だけ、隙が出来た。フォークを避けた白華が、全身で丸眼鏡に体当たりを仕掛ける。
抵抗は無いと油断していた丸眼鏡が体制を崩す。
だが、それも一瞬だけ。でも、それで十分だった。
【一斗くん!】
そのタイミングで、
大丈夫だ。分かってる。
白華が勇気を出して作ってくれたチャンス、この一瞬があれば……!
「て、抵抗するな、クソガキ――――がはぁっ!?」
反響する発砲音。
そして、崩れ落ちる巨体。蹲り、床を這いずり回る。
当然だろう。ゴム弾とはいえ、このゼロ距離からハンドガンからの射撃を喰らったのだから。
「ど、どういうことですっ……!?」
「ひぃっ!? あいつ、どうして銃を撃てるんですか!? “死者”状態のはずじゃ……」
困惑するクソネズミ。そして、焦る丸眼鏡が俺を見て驚愕する。
俺は服の下に隠していたハンドガンを取り出し、至近距離からオッサンを撃ったのだ。
その、本来ならロックが掛かり撃てないはずのハンドガンで。
「判定が甘かったのか、それとも監視カメラの死角だったのか……、どちらにせよ、また撃てばいいだけの話ですよ!」
言うが早いかハンドガンを撃ってくるクソネズミ。
破裂音の振動と共に、確かな衝撃が身体に伝わってくる。
間違いなく、弾丸は俺の身体に着弾した。
しかし、
「はは、ゾンビには効かねぇな……! 今度は俺の番だ!!!!」
俺はハンドガンを構えて、正確にクソネズミを狙う。
そして、引き金を引く。
『だが、お前らには圧倒的なアドバンテージがある。ゾンビは死なねぇ。これだけは常に覚えておけ』
ふと、脳裏である記憶がフラッシュバックした。このデスゲームが始まる前、音黒せんせーに言われたことだった。
そうですね、せんせー。
それでこそ、ゲームの設定なんかじゃない本物のゾンビだ。
ロックなどされていないハンドガンから、撃鉄の音がした。
発砲音が真っ直ぐ駆け抜ける。
「な、んで…… どうして、キミは“死者”に、ならないんだ……っ!?」
焦点の定まらない目で、そんなことを吐き出すクソネズミ。
「当然だろ。本物のゾンビは死なねぇんだよ」
「……クソが。そんなわけ……、ない、だろ……!」
ばたりと床に倒れる身体。
その姿を見下し、俺は言ってやった。
「ま、それもそうだな」
ゲームの中での話だけどな。お前の言う通り、俺は“死者”だったよ。
返事は無い。苦痛の呻き声を漏らし、惨めに横たわる姿だけがあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます