四章『ゾンビ&ガンズ』4-6


「一斗。これ、マズいよね?」

「そ、そうだな。俺たちの陣営がばれてるし、集中砲火を喰らってもおかしくはない」

「だよねぇ……」


 残った“人間陣営”が協力して襲いに来る。そんな状況にでもなれば、さすがに厳しい戦いになるだろうし。

 困ったな。とりあえず、俺も嫌がらせで応戦するくらいしか策が思いつかない。

 ので、とりあえず最低限の嫌がらせだけはしておくことにした。


『「クソネズミ」が“ゾンビ陣営”だ。もう時間がない。ぶっ殺せ!』


 と、俺は黒板の文字を書き直す。


【攪乱のアイデアとしては良いですけど、私怨が酷いですね】


 呆れたような加子かこの声。

 こっちは一度、あいつに利用されてるしな。やつも文句は言えまい。


「一斗って、そういうこと考える才能だけはあるよね。無駄に」

「ふふ、まぁな」

「あ、別に褒めては無いからね」


 じとーっと睨まれる俺。評価されているわけじゃなかったのか。残念だ。

 しかしまあ、これからどうしたものか。


 これからは全プレイヤーに正体がばれているという前提で行動した方がいいのだろうが、残っているプレイヤー数すら分からない。

 しかも、プレイヤーを“死者”かどうか見極める判断材料はハンドガンのロックのみ。

 簡単に“人間陣営”の数を知ることは出来ないだろう。


【とりあえず、今できることをやるしかないんじゃないですかね?】


 んー、それもそうか。

 うだうだ考えるより、出来ることを行動に移した方が建設的か。

 とりあえず、クソネズミが“ゾンビ陣営”だという誤情報を流せば攪乱にはなる。

 それだけでも、やっておきべきか。


「なあ白華はっか。とりあえず今まで通りに逃げながら、黒板を書き換える作業をしようと思うんだけど……」

「うーん、そうだね。今はそれくらいしか対抗手段は無いもんね」

【行きましょう!】


 ということで、黒板の文字を書いた犯人は不明だが、クソネズミに濡れ衣を着せるということで方針が固まった。

 隣の教室を一つ一つ移動しながら、黒板にクソネズミが“ゾンビ陣営”であると書き記していく。


 幸いだったのは、俺と白華が“ゾンビ陣営”であると書かれていた黒板が思っていたよりも少なかったことだ。

 片っ端から教室を見て回ったが、教室の全体数に比べるとかなり少ない。

 きっと犯人も書くのが面倒だったのだろう。


 しかし、俺たちは何も書かれていない黒板にもきっちりクソネズミが“ゾンビ陣営”であると書き記して回った。当然、私怨である。ざまーみろ。

 そんなことをして小一時間が経過する。


 このデスゲームも、タイムリミットまで一時間程度だ。

 後半になってからは、単純に生存プレイヤーが減ったのか、襲ってくる敵とのエンカウントは減って安全な時間が増えた。


 それでも、そんな時間がずっと続くわけではないらしい。

 ある教室から出ようとした際、廊下で発砲音が走り抜け、俺の真正面を通過したのだった。


「あっぶねぇなおい……!? ちっ、敵襲か」


 俺もハンドガンを構える。そして撃つ。

 しかし、廊下の曲がり角に身を潜ませた人影には当たらず、尚も銃口だけがこちらに睨みを利かせていた。

 それなら……、


「白華! また行ってくる。教室からは出るなよ!」

「うん、分かってるよ」

【ステンバーイ、ステンバーイ…… ゴーゴーゴーゴー! です!】


 エセ軍人からゴーサインを受け取って教室から飛び出す。

 Deathの命令通り、プレイヤーに死を与えるのだ。さすが鬼軍曹。


【最後の「です」は、そういう意味じゃ……、まあいいです】


 くくく、不死身のゾンビ戦法の恐ろしさを叩きこんでやるぜい!

 俺はハンドガンを構えて、廊下を跳躍し――



「きゃぁああああ!」



 不意に背後から悲鳴が。

 それは間違いなく、白華の声だった。


「っ!?」


 く、しまった! こっちは陽動だ! 本命は白華の方か……!


【一斗くん! 急いで戻ってください! 白華ちゃんがッ!?】


 分かってるよ! 直ぐ行く……!

 俺はゾンビの身体を全力で使い、廊下の逆側を一直線で走り抜ける。


「は、離せ! 触るなぁ! んぐ」

「暴れるなクソガキ!」

「抵抗しなければ何もしませんから」


 廊下の先で、必死に抵抗する白華の声がした。

 見ると、あのオッサンと丸眼鏡の女子が二人掛かりで白華を拘束し、連れ去ろうとする姿が見て取れた。


 ちっ、させるものか……!

 しかし、バンッとまたしても乾いた発砲音が廊下を走り抜けた。


【後ろです!】


 加子の声で後ろを振り向くと、先程の相手と思われる青年が銃口をこちらに向けていた。

 見間違えようもないその姿は、紛れもなくクソネズミだった。


「あの野郎……!」


 俺も応戦するべくハンドガンを撃つ。しかし、偽物のせいなのかは分からなかったが、射程距離と精度は高くないらしく、思ったように命中することは無い。

 しかし、それはクソネズミも同じで、俺にゴム弾を当てることは叶わなかった。


「クソッ……!」


 二度、三度と発砲を繰り返すが、この距離だとどうしても当たらない。

 せいぜい威嚇射撃になっているくらいだ。

 それでも発砲を繰り返さなければ、隙を縫われて反撃が襲ってくる。今、“死者”になるのは避けたいところだが……


【一斗くん、今は無視しましょう! 白華ちゃんの無事が優先です!】


 ……そうだな。

 私怨はあるが、今は白華を救うことが優先か。後退しながらチラと振り返る。


「――――っ!?」


 そんな…… うそ、だろ……!?

 時すでに遅し。廊下の先に居たはずの白華の姿は消え、そこには誰もいなかった。

 白華の所持品すら落ちていない。


 また、背後の足音も遠ざかっていく。

 クソネズミは、目的は達成したと言わんばかりに去って行ったのだった。


 ま、守れなかった……?

 白華は、どこに連れ去られた? 何の為に? 俺は、どうすればいい……?

 疑問が脳内をぐるぐる駆け巡り、吐き気となって暴れ回る。

 慢心した……、今まで上手くやれてたから…… 俺が白華を守らないといけなかったのに……!


【一斗くん……】


 脱力した手からハンドガンが落下する。虚しく音が反響し、耳障りな振動が鼓膜を震わせた。

 定まらない視界で廊下を見つめることくらいしか、俺には出来なかった。


【!? 待ってください! 一斗くん、あそこに何か……!】


 加子の声にはっとする。

 意識を取り戻し、俺は廊下に落ちていたそれを拾い上げる。

 一枚のメモ用紙だった。

 汚い文字で書き殴られたそれを読み上げる。


「『三年一組の教室に来い』、か」


 きっと、安全に俺を排除する狙いなのだろう。白華を人質にすることで。

 でも、行くしかないよな…… 他に選択肢が無いんだ。

 たとえどんなに戦局が不利だろうと、白華の安全だけは確保しないと申し訳が立たない。

 こうなってしまったらもう、賞金を得るのは難しいか……

 でもせめて、白華の無事だけは――


【い、一斗くん!? 後ろです!】


 は……?


「ったく、やっと見つけたぞゾンビめ。手間ぁ、掛けさせやがって」


 固い銃口が後頭部に当たった。

 そのまま、何の躊躇いも無く撃鉄が鳴る。

 視界が揺れ、遅れて爆音が鼓膜を強烈に振動させた。


 はは。まさか、こんな幕引きとはな……

 倒れゆく視界の隅に人影を捉え、俺はそんなことを思った。


 ――そして、俺は“死者”になった。


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