四章『ゾンビ&ガンズ』4-5


「は、はい! 終わり! しっかり噛んだからね!」


 早口で言って、顔を逸らす白華はっか

 少し名残惜しい感じもするが、考えが正しければ俺は正真正銘“ゾンビ”になって蘇生されているはずだ。

 つまり、ハンドガンのロックが解除されて発砲できるようになっているはず。


「これで、俺も“ゾンビ”になったのか」

「試してみてよ。私が恥ずかしい思いをしたんだから、もし見当違いだったら一斗にも何かしてもらうからね」


 拗ねた様子のジト目で白華が言った。

 まあ、そのときは等価交換で、俺が白華の指をぺろぺろさせてもらおう。生足でも可。

 それはそれとして、俺は左手に持ったハンドガンを両手持ちし、真上に銃口を向けて発砲してみる。

 その結果――空気を震わせる破裂音が鳴り響いたのだった。


「ほ、ホントに撃てた。じゃあ、一斗は“ゾンビ陣営”になったんだね」

「ああ、考えは合ってたみたいだな。ありがと、白華」

「……恥ずかしかったから、もっと感謝して」


 ぷいっと、また顔を背ける白華だった。


「こ、今度、何か奢らせてもらうから」

「ふーん。一斗の諭吉さんぶっ飛ばすから覚えておいてよね」

「は、はい……」


 最愛のゆきちゃんがぶっ飛ばされるらしい。達者でな、諭吉。


「まあ、それは置いといてだが。俺が“ゾンビ陣営”でゲーム復帰できたということは、逆に“人間陣営”を狩りに行けるということだ」


 今までは守ることばかり考えていたが、どちらか片方が“死者”になったとしても、もう片方が無事なら無限に“ゾンビ”復帰できるということ。

 つまり、“人間陣営”との戦いを低リスクで行えるということである。これは大きな状況の変化だ。


「でも、無理に戦いに行く必要もないよね? 黙ってれば、ゲーム終了で勝てるんだし」

「攻撃は最大の防御というけど、戦うべき場面で強気に行けるのはアドバンテージになる。とはいえ、白華の言い分も正しい。襲ってくる相手が居たら護身の為に戦うくらいでいいかもな」

「うん、そうしよっか」


 となると、やっぱり安全な隠れ場所の確保だな。

 そのことを白華に伝えて、がらがらと教室の扉を開けて廊下に出る。


 ――瞬間。

 バンッ、バンッ。と、乾いた発砲音が廊下中に響いた。

 そして、ゴム弾が俺の身体の真横を全速力で通り過ぎた。


「白華! 引っ込んでろ!」

「わっ!?」


 と、片手で教室の白華に静止を示す。

 ちっ。さっきの試し撃ちで居場所が割れたのかもしれない。距離があって、ゴム弾が命中しなかったのが幸いしたけど。


 撃ってきた本人の方を見やると、そこには未だに俺を狙う丸眼鏡の女子が。

 廊下の先で身を隠しながら、再び発砲してくる。ゴム弾が服を掠める。


 それを見て、俺も教室へ引っ込むべきか――と考えたが、よく考えたら俺は全員に教室で撃たれているところを目撃されている。

 当然、あの丸眼鏡も俺を“死者”だと思っているはず。ハンドガンが使えないとわれているのなら、好都合なんじゃないか?


「っし、特攻するか」

「ええ!?」

「ちょっと待っててくれ。行ってくる!」


 驚く白華を置いて、廊下を駆け抜ける。


【白華ちゃんを狙う敵は許しませんよ! 一斗くん、ごーごー!】


 加子かこ軍曹からも許可が出たのでゾンビの力を使いぐんぐんと距離を詰める。

 それを見た丸眼鏡も驚いてこっちを見やる。そして、また発砲。

 だけど、それは見てからでも回避できる。ゾンビの身体能力舐めんな!


「うええっ!?」


 さすがに驚きを隠せない丸眼鏡が声を上げ、撤退するべく背を向けてきた。

 逃がすものか!


「っおらぁ!!!!」


 ハンドガンを向けて、丸眼鏡に向けてゴム弾を撃った。

 かなり距離もある中でデタラメに撃ったが、運よく背中に命中。「うぐぅ」と短い悲鳴が漏れ、廊下に這いつくばる。しかし、その状態のまま階段側へと身を潜めた。


 このまま放っておいても“死者”のままだが、何をされるか分からない以上、拘束しておくことに越したことは無いか。このまま追いかけた方が良いだろう。


 ――バァンッ!


 不意に、発砲音が廊下に反響した。

 痛みは感じないが、ハンドガンを持つ腕から力が抜けていくのが分かった。

 つまり、撃たれたのだ。鈍い音を立てて、ハンドガンが床に落ちる。


 丸眼鏡が逃げた方向の、もっと向こう側から音がした。

 最初から二人以上で行動していたのだろう。追撃が無いのは幸いだったが。


【もう、一斗くんが油断するから撃たれちゃったじゃないですかぁ】


 お、お前はノリが軽いなぁ。もっと深刻に考えてくれよ。


【とにかく、一度戻りましょう。相手がもっと大勢だったら、深追いは危ないですよ】


 と、意外と冷静な判断。加子のくせに。

 俺は落ちたハンドガンを右手で拾って踵を返す。不要な追撃はしない。

 それと、腕の方はもう大丈夫そうだった。さすがマジのゾンビ。


 さて、しかし俺も再び“死者”となってしまったわけだが、たいした問題じゃない。

 また白華に“死者”から“ゾンビ”状態に戻してもらえばいいからな。

 ん、待てよ。ということは……


【これは、セカンドぺろぺろチャンスですね!】


 ……そうだな。

 俺は教室へ戻り、白華に一部始終を説明した。もちろん、“死者”になったことも。


「ということなんで、またお願いします」


 俺は白華の方へ指を刺し出した。


「むぅぅぅうううううううう!」


 すっごい不機嫌そうなジト目で睨まれる俺。

 そして、今度は雑に俺の指を口に含んだ。噛みつく歯の圧力に殺意を感じた。


   ◇


 それから数時間が経過。

 ゲームも後半戦といったこころか。

 俺たちは“ゾンビ”戦法を駆使して、“人間陣営”のプレイヤーを着々と減らすことに成功していた。

 “人間陣営”に見つかっても、俺が捨て身で敵を撃ちに行く。それを基本として愚直に繰り返す。白華もその度に俺の指を……、まあそれはいいか。


 そして、現状。

 多く見積もって、ゲームに残っているプレイヤーは俺たちを除いて四人。

 実際には、他のプレイヤー同士で争っている可能性もあるから、それよりも全体数は少ないと予想できる。


 ここまでは順調なゲーム運びと言えるだろう。

 そう。ここまでは、だ。


「い、一斗! これ……!」


 指を刺し、白華が声を上げた。

 それに気づいたのは、もう何度目かの移動の際で、ある教室に入った故だった。


「っ……、もしかして!」


 俺は廊下に飛び出し、すぐ隣の教室に入った。

 やはり、その教室も同じ状況に陥っていることが直ぐに分かった。

 俺の後を追って、白華も同じ教室に入ってくる。


 クソッ、やられたな…… どこかで他プレイヤーに見られてたのか。いや、今までに撃退したプレイヤーの嫌がらせかもしれない。


【どっちにせよ、遅かれ早かれじゃないですか。気にしてもしょうがないですよ】


 まあ、加子の言う通りだけど、それでも「やってくれたな」という気分にはなる。

 黒板に俺たちが“ゾンビ陣営”であるとネタバレを書かれてしまったらなぁ……



『「ワン公」「不良ギャル」この二名が“ゾンビ陣営”だ。もう時間がない。“人間陣営”で協力するべき』



 そんな文字が、今とさっきの教室の黒板に書かれていた。見てはいないが、おそらく色んな教室が既にこの状況なのだろうと察しは付く。


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