三章『ゾンビな日常回』3-5


 つーことで、翌日。そして、俺のターン!

 うんうん、やっぱ自分の身体よな。他人の身体は窮屈で窮屈で……

 とにかく自分の身体はよく馴染む。もうね、無意味にシャドーボクシング始めちゃうくらい馴染む。


「なんか、楽しそうだね……」


 隣で白華はっかが苦笑いする。

 ちなみに今日の白華は私服姿だ。ブラウスにフレアスカートという形相。ちょっとパンキッシュな柄だ。うむ、悪くない。


「まあ、それなりに楽しんでるよ。これで白華とデート出来るわけだし」

「で、デートとか恥ずかしいから言うな。それに、加子かこだって一緒なんでしょ?」

【そうですね】

「ちっ、こいつのせいで雰囲気が台無しだな」


 現状は一時的なものだからいいが、永遠となったら困りまくる。もし、次のデスゲームで賞金が入らなかったら、どうなることやら……


「ねえ、一斗。それで、今はどこに向かってるの?」


 周囲を眺めながら問う白華。

 日曜日の喧騒に人があふれる街中。俺たちはその街道を、加子の道案内で歩いていた。


「加子が行きたいって場所なんだけど……」

【あ、そこを曲がったら直ぐですよ。正面に見えるやつ】

「……ここが、その行き先らしいぞ?」

「えー……」


 思わず真顔になる白華。まあ気持ちは分る。

 賑わっていた街道から一本外れると、そこは閑散とした裏路地。

 その先に異様な存在感を放つ、悪目立ちした紫色の蛍光灯。看板には『占いの館』の文字が。館というよりは、見た目はただの廃ビルだけどな。

 ほ、本気でここに入る気だったのか……?


【凄い占い師が居るんだって。前から気になってたんですよね】


 マジかぁ…… ここ入るのかぁ……

 胡散臭さマックスの廃れたビルを見上げる。現実を直視できなかった瞳が、そのまま上空を仰いだ。快晴である。雨天中止になれば良かったのに。


「ま、加子が行きたいのなら、行ってみよっか。でも、ヤバそうだったら逃げようね」

「そうだな」


 ということでビルの中へ。占いの館は一階らしい。

 せめて霊媒師とかエクソシストみたいなのに出会わないことだけを祈ろう。ゾンビが浄化されたら困るからな。


「キヒヒ、いらっしゃい」


 ローブらしき服装に身を包んだババアが、クソデカい水晶を抱えて座っていた。……とりあえず、この時点で帰りたくなった。

 内装は薄暗く、毒々しい色の蛍光灯が唯一の照明器具だ。壁には髑髏や甲冑など中二病を拗らせたみたいなアイテムで埋め尽くされている。趣味が悪いというよりはガキ臭い。


「えっと…… とりあえず占ってもらったら? 加子がやりたがってるんでしょ?」

「俺の身体で試さないでほしかったけどな…… まあやってもらうか」

【楽しみですね!】


 加子だけが乗り気だった。不安過ぎる……

 ババアの前の椅子に座り、占ってほしいことを伝える。


「何を占いたいんだい?」


 ババアが問うた。


【将来の事とかどうですか? デスゲームの行方も気になりますし】


 そうだな。それでいくか。


「俺の将来について、お願いします」

「任せなさい。はぁっ! むむむむ……!」


 ババアが謎の気迫を水晶に送る。なんか意味あんのかな。まあ何でもいいか。


「キヒヒ、出たぞい」

「どうでしたか?」

「近い将来、不運な交通事故に遭うね。自転車には気をつけな」


 それ過去のことだから。もうその件は済んでるから。


「でも、運は良いねぇ。死んでも生き返るくらいに」


 あ、当たってる!?

 でも、それも済んでるんだよ。凄いのか凄くねぇのか分かんねぇな……


【あはは……、そうですね】


 これには加子も苦笑いだった。


「あの、他にはどうですか?」

「ふーむ、他には…… くっ、ここまでか。追加料金があれば、もっと先の未来が見えそうなんじゃが……」


 このクソババア! 料金上げたいだけじゃねぇか!


「あの、追加料金なしで見えることはないんですか? 例えば、デスゲームで生き残るとか死ぬとか、そんな感じの……」

「デスゲーム? なんじゃ、『迷宮』の関係者なら先にそう言わんかい。無駄な茶番を挟んじまっただろう。アホらしい」

「なっ!? 『迷宮』を知ってるんですか?」


 思わず、後ろの白華と顔を見合わせる。


「『迷宮』って、あの『迷宮』のことだよね?」

「ああ、そうみたいだな」


 巨大企業の裏の顔――デスゲーム運営組織『迷宮』。

 音黒せんせーの口から聞いて以来だが、こんなところにも知っているやつが居るとは。

 つか、さっきのあれ、やっぱり茶番だったんかい!


「……で、『迷宮』のこと知ってるんですよね?」

「余計なことを口走ったかの。まあ、それだけ裏の世界じゃ大きな組織ということよ。この街も殆どが組織の支配下。……そもそも、ここも『迷宮』の直営だし」


 直営だったの!? 様々な事業に手を出していることは知っていたけど、まさかこんな廃れた占いの館まで管理してるとは。


「まあ、その辺の事情はあまり気にしないでおきなさい。運営サイドの物語は、アンタらには無関係のことだからねぇ」


 なんかメタ発言を言われた気がするのでスルーしておくことにしよう。

 俺に関係ないなら、そっちで勝手にやってくれってことで。


「ま、偽物の占い師なら、もう要はねぇな。さっさと帰るか」

「あはは、そうだね」

【そうですね】


 椅子から腰を上げて、白華に向き直る俺。いや、あとで難癖付けられるのも嫌だから料金だけは置いていくか。


「最後に一つだけ教えといてやろう。最近、クソネズミってプレイヤーが幅を利かせているらしい。気をつけな」


 料金表の金額をテーブルに置くと、そうババアが吐き捨てた。


「っ! クソネズミ……!」

【? 一斗くん、知ってるんですか?】


 ああ、そういえば、この説明は省いたんだっけ。

 ちょっと因縁の相手でな。加子が目覚める前に、俺は騙されてんだよ。

 ゾンビじゃなかったら、あそこで死んでたな。まあ、ゾンビじゃなかったらデスゲームなんて出てないけど。


【ふーん。そうでしたか】

「一斗、早く行こーよ! 置いてっちゃうよ?」


 女性陣はこの話に興味なさげかぁ…… まあ、いいけどね。とりあえず、頭の片隅にでも記憶しておくか。

 そして、俺たちは占いの館とかいう場所を出て、喧騒に包まれた街道まで戻ってくる。


「じゃ、次は一斗の行きたい場所だね。どこ行きたい?」

「んー、ゲーセンかな」

「いいじゃん。私も好きだよ、ゲーセン。ほら、行こっ」


 不意に、白華に腕を引かれた。抱きつけれる形になった片腕には、大きな双丘が押し付けられる。やわい。


【役得ですね。やーらしー】


 と、加子が揶揄ってくる。お前だって楽しんでいるのだろうに。


【それは、まあ。ふふっ】


 正直だな。まあ、隠したとしても今さらか。俺も純粋にこのラブコメっぽいイベントを楽しむとしよう。


「一斗はゲーセンで何したいの?」

「シューティングゲームだな。久々だから、ベタなやつがやりたい」

「え、ゾンビなのに、ゾンビ撃ちたいの……?」


 訂正。

 いつも通り、捻くれた目線でラブコメイベントを楽しむとしよう。


   ◇


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