二章『この辺からラブコメするから。いやマジで』2-4


「はぁ、はぁ、はぁ……」

『……ヒヒッ!』


 あれか。部屋を出て、そう時間も経過していない頃。それっぽい現場に遭遇する俺。

 さて、例の女の子は……


 見た目はギャルっぽい子だった。前髪に赤いメッシュの入った茶髪。キッと鬼を睨みつける強気そうなツリ目。それにどっかの高校の制服姿で、スカート丈が異様に短い。

 凛とした表情が似合いそうなクールビューティー感。まあ嫌いじゃないな。

 長めの茶髪ポニーテールを揺らし、必死に鬼から逃げている様子だった。対して、鬼はさっきのやつとは違い、持っている武器が斧だった。変に個性あるんだなぁ。


「……ッ、くぅ……」


 壁際に追いつめられる女の子。そこに、鬼はハンティングを楽しむようにして、じりじりと近づいていった。

 っし、この俺が華麗に助けておやりますかね。行くぜぇ俺!


『――――ッ!!!!』


 斧を振りかぶる鬼。ぎゅっと目をつむる女の子。そして、その二人の間に身体を滑り込ませる俺。

 やがて、女の子は来るべく衝撃が襲って来ないことを察して目を開ける。


「大丈夫かい?」


 俺は振り返り、優しく女の子に声を掛けた。ふっ、落ちたな。


「あ、あんたこそ! そ、それ大丈夫なのッ!?」


 ふむ。何故か逆に心配されてしまった。

 おかしいな。思っていた反応と違うぞ? なんで?


【腕! 一斗いちとくん、腕、切られて落ちてますよ!】


 え、マジで?

 加子かこの声を聞いて足元を見る俺。確かに俺の腕が服の袖ごと落ちていた。おいおい、ノースリーブになっちまったじゃねぇか。どうしてくれんだ。

 俺は落ちた腕を拾って、身体に接着を試みる。……よし、くっ付いたぞ! グーパーして腕を動かすが、特に問題は無さそうだった。さすがゾンビ。


「っし! これでおーけー!」

「えええええええええッ!?」

『……ッ、……!?』


 女の子と鬼が揃って驚いた様子を浮かべる。女の子なんて、鬼よりも俺の方を恐れているようにさえ見えた。……逆効果だったか。

 やってしまったものは仕方ない。ここから巻き返そう。頑張れ、俺。


「鬼ッ! 俺が相手だッ!」


 よく分からんファイティングポーズをとって鬼と対峙する。どこからでも、かかってきやがれ。どうせ死なないしな。

 しかし、


『――――ッ!』

「え……?」


 鬼は踵を返して逃走。ドタドタと巨体の足音を鳴らしながら、去ってしまったのだった。以外にもビビりなタイプの鬼だったのかもしれない。


【良いところを見せるチャンス、なくなりましたね】


 ……そうだな。


「ね、ねえ。あんた、それ…… 腕、大丈夫なの……?」


 女の子が俺に声を掛けてきた。いちおう、俺の腕のことを心配してくれるらしい。良い子だな。


「ああ、腕のことは心配すんな。そういう体質なんだよ」

「体質って、腕取れてたじゃん……」

「ゾンビ体質だから――むしろゾンビそのものだから問題無いんだよ」


 そう言いながら、俺は振り返る。

 茶髪赤メッシュのギャルが、若干怯えたように俺を見上げていた。

 胸のネームプレートには、『不良ギャル』の文字。見た目の印象を、そのまま文字に表した名前だった。

 いや、だがそんな事はどうでもいい。それよりも、遥に大きく重要なことに、俺は天才であるがゆえに気が付いてしまった。

 改めてじっくり見ると……、こいつ――


「わっ、すっごく可愛いですね!」

「……は、はぁっ!?」


 照れたように顔を真っ赤に染め上げる不良ギャル氏。照れ顔も素敵だ。

 って、おいこら。勝手に俺の口を使うな。キャラじゃないこと言っちまったじゃねぇか。


【あはは、すみません。つい、口に出してしまいました……】


 おいおい、気を付けてくれよな。なんか、俺がさっそく口説いてるみたいになっちまったじゃねぇか。どうしてくれんだ。


【うわ、見てくださいよ。おっぱいでっっっか!】


 おい、俺の話を聞――あ、ホントだ。胸でっけぇ! これ、お前よりもデカいんじゃねぇか?


【Fクラスですかね。このレベルの美少女でFカップは相当の実力者ですよ】


 た、確かにそうだな。これは助けた甲斐があるというもの。やはり、俺の行動は間違っていなかったようだ。ふふふ。


【も、揉んでみてもいいですか!?】


 そうだな。少しくらい揉み揉みしても――やめろバカ。俺の身体でやったら、俺が犯罪者になるじゃねぇか。自分の身体でやれよ。


【だって、私の身体はここに無いですし……】


 だとしても、ここで不用意に手を出すのは得策じゃないだろう。せっかく、俺が稼いだ多少なりの好感度が下がっちまうからな。


「ねえ、急に黙んないでよ。なんなの、あんた」

「ああ、すまない。ちょっと可愛さに見とれていただけだ。気にするな」

「ッ!? ば、バカにしてんなら、ぶん殴るからね!」


 と、不良ギャルは声を荒げて抗議してくる。赤面しながら。

 口調が荒々しい割に反応が可愛い。もしや、こいつ……


【チョロインですかね?】


 ほう。加子もそう思うか?


【おそらく、普段はその荒れた性格から、あまり女の子扱いをされてこなかった故に、耐性が低いタイプのヒロインかと。可愛いです】


 凄い考察力だな…… 無駄にバックボーンを広げてきやがった。


【ここは二人で協力して口説き落とすというのはどうでしょうか。最終的にあの巨乳を揉みしだきましょう】


 さすがに性格がオッサン過ぎるだろ……


【何と言われようと、可愛いものは可愛いのです。そこに性別も格差も国境もありません】


 ほう…… お前の心意気、気に入ったぜ!

 その提案、飲ませてもらおうか! くくく。

 さてと、


「それより、お前こそ怪我は無いのか? これだけ広い豪華客船なんだから、探せば救急箱の一つくらいあるだろ」

「わ、私は別に、何ともないけど。それより、誤魔化されないから。その腕、どうなってるわけ?」


 キッっと俺を睨む不良ギャル。どうしたものか。馬鹿正直に話すのもなぁ……


【でもでも、ここで変に誤魔化すのは不信感を生むだけかと。信じてもらえなくとも、話しだけはするべきではないでしょうか】


 なるほど。一理ある。それなら、そうしよう。


「さっきも話したと思うが、俺はゾンビなんだよ。だから平気なんだ」

「……やっぱりバカにしてるでしょ。ぶん殴るよ?」

「不良ギャルさんがそう思うのも無理はないだろうけど、他にどう説明するんだよ。少なくとも、まともな人間には不可能なことだと思うけど?」

「それは……、て、手品とか?」

「そう見えたか?」

「いや…… あれは、そんなわけない、よね…… 必要なら、救急車とか呼んだ方がいいのかな?」

「呼ぶなら霊柩車にしてくれ。もう死んでるし」

「ええ……」


 不良ギャルは理解が追い付かない様子で、困惑の表情を強めるのだった。

 あと、やっぱり口調が強いだけで、この子は悪い子じゃないということは何となく伝わってきた。


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