終 章 言葉にする勇気

第十五話 変えられない私の気持ち

    ~ 2004年10月10日、日曜日、体育の日 ~


 今日は私が将臣を学校の旧校舎裏、大きな桜の木のある高台に呼び出していた。

 何故か私は制服を着ていたし、彼もそれを着て現れていた。

「翠・・・、なんだよ。こんな所に突然呼び出したりして・・・・・・」

 この前、私が将臣のヤツを振っちゃっていた事もあって、彼は不機嫌そうな顔を見せてくれた。

「あれから・・・、私考えたの」

 そこでいったん言葉を止めると、将臣の表情が次第に変化し始めた。

「何、嬉しそうな顔してんのよ。私、まだ、なにも言ってないのに」

「べっ、別にそんなことないけど・・・」

「そう・・・、よく、よく考えたんだけど。やっぱ、将臣、アンタとはお付き合いしてあげられませぇ~~~んっ。だって貴斗さんに対する私の気持ち、変えられないもんっ」

 その言葉に面白いけど、将臣のヤツすっごく落胆した顔を見せてくれた。そして、急に怒った表情に変わる。

「翠ッ!そんなことを言うために、僕をわざわざこんな所に呼んだのかよっ!!」

「ハイ、ハイ、冗談、じょぉ~~だんっよ。だからそんなカッかしないの。自分の気持ち、まだ良く整理できないけど。そんな私でよかったら、付き合ってあげてもいいかなぁ~~~って思っちゃったりなんか、してるんだけどォ~~~っ」

「ミッ、翠、今度は冗談なんかじゃないんだろうな?」

「将臣、アンタの態度しだいネェ~~~」

「わかった・・・。でも、有難う、翠」

「それじゃ、そう言うことで・・・、どっか行こうか、将臣?」

「アッ、その前にボクに対する翠の気持ちが・・・、その・・・・・・、ちゃんとしたものなら・・・・・・・・・、その、きっ、キスしてもいいか」

「ばぁ~~~カッ、将臣にそんなことしてあげちゃうの百万年早いですよぉ。クククッ」

 最後に悪戯な笑みを彼に向けてからその場から歩き出す。

「アッ、待てよォ~~~、みどりぃ」

 どんなに貴斗さんに対する私の想いは変わらなくても、それが彼に通じない事は今でもわかっているんです。

 だから、仮初でも私の事を好きだ、って言ってくれる将臣と付き合う事を選んでみた・・・。

 それは将臣とお付き合いすることで貴斗さんに対する想いを打ち消せたらな、って思っていたからなんですけど・・・。

 でも、そんなには甘くなかったんですよね・・・。

 将臣が私に見せる行動が余計に貴斗さんに対する私の想いを増大させてしまう事になっちゃうんです。

 高台の場所で逆告白してあげてから、将臣と制服のまま三戸駅周辺をぶらついていた。

 将臣のヤツ、六年間ずっと居るくせに全然、私の性格を理解してくれていない様子。

 そして・・・、彼の私に見せる仕草、態度、行動が・・・。

 その時は余り気にならなかったけど、この先、休みの日にどっかに遊びに行くたびにそれらが私を苛々させてしまう・・・。


       ~ 2004年10月22日、金曜日 ~


 三時限目の家庭科の授業の時、課題の料理を作りながら弥生から鋭い突っ込みを受けてしまったんです。

 ですからぁ、正直に答えてあげました。

「ねぇ、最近のみぃちゃん、なんだか将臣おにいちゃんと仲いいねぇ」

「そりゃぁ~~~、そうでしょっ。なんたって付き合っちゃってるんだからぁ」

「えぇえぇっ、だってみぃちゃん・・・、その貴斗さんのことが・・・」

「弥生ちゃんだってわかってるでしょ?どんなに私達が貴斗さんの事を好きでも・・・、だから、将臣とそうしてんのよぉ」

「何でよりによって、弥生の将臣おにいちゃんなのぉ」

 どうしてか弥生は膨れっ面で半泣き状態でそんな事を言ってきたんです。

 そんな表情の彼女に深入りした突っ込みを返してあげるんですよ、ククッ。

「アッ、若しかして弥生ちゃん?Deep fraternal affection、ってやつかなぁ。そういうのはよくありませんねぇ~~~っ」

「そっ、そんなんじゃないよぉ~~~。でっ、でも、みぃちゃんがそんな難しい英語を知ってるなんって弥生、吃驚。適当に並べてるだけだろうけど」

「アッ、なんか弥生ちゃん、私のこと何気におバカさんにしてくれちゃってるぅ~~~、ってそんなのはどうでもいいんだけど。じゃァ、何でそんな顔見せてくれちゃうんですかぁ?」

「エッ、だって、だって、その・・・、その、もしもだよ。みぃちゃんが本当の弥生のお義姉ちゃんなんかになったら・・・、その将臣おにいちゃんと一緒になって、虐められそうなんだもん」

「何言ってんだか?そこまで進展する分けないでしょぉ~~~。それに弥生なんか義妹にもつのなんってぇ、こっちが願い下げしちゃいたいくらいかなぁ」

「なにげ、どころじゃなくて、みぃちゃん、弥生にとっても失礼なこと言ってるぅぅ」

「きにしなぁ~~~い、気にしないっ、そんなんじゃ弥生、立派な大人になれないですよぉ」

「みぃちゃん、意味分んないコト言ってるぅ」

「まっ、そんな事はどうでもいいけど・・・、どうせ・・・・・・、今は将臣とは仮のお付き合いだから」

「???みぃちゃん今なんって言ったの?」

「もォ~~~、そんなこと、どうでもいいから、センセェ~~~に怒られる前にチャンと手ッ動かさないとねぇ」

「あぁあぁっ、はぐらかしてるぅ。でも・・・、あんなおにいちゃんだけど、将臣おにいちゃん、見かけによらず繊細だから・・・、傷つけないでね?」

「洗剤でも、善哉でも、繊細でも、将臣があんまし私の事、わかってくれない様なら・・・」

「みぃちゃん、それは難しい注文だよ。女の子の気持ちは中々、男の子には判ってもらえないんだからぁ・・・」

 弥生はそんな言葉をシミジミとした表情で口にしてきた。

「それは違うと思うけどねぇ。将臣は弥生ちゃんのことなんてぇ、女の子だ、なんって見てないだけかなぁと思っちゃったりしてぇ?」

「あぁ、また、みぃちゃん。弥生にいじめっ子なこと言ってるぅ。みぃちゃん、貴斗さんの誕生日以来、なんかへんだよぉ」

 弥生は、私にそう言う。だけど、私は、最近の彼女の行動の可笑しさを何となくだけど気づいていたから、

「弥生ちゃんなんかよりはましかな?アンタだってなんか最近、そわそわしているジャン」

「そっ、それわぁ・・・」

「もぉ~、そちらのお二人さん、私語をお慎みして、手をお動かしになってくださいっ!」

「喋っていますけど、ちゃぁ~~~んと手も動かしてまぁ~~~すっ」

「ミッ、みぃちゃん、翔子先生にそんなこと、言っちゃ駄目ですよぉ。先生御免なさい」

 貴斗さんのお姉さんの言葉で弥生とのその会話は強制終了させられてしまいました。

 だけど、それ以上変に弥生に聞かれたくなかったからそれでいいんですけどね。

 しかし、そこで会話が終了してしまったから弥生が貴斗さんの誕生日以降、彼が詩織さんに対して今どんな状況かを知って、貴斗さんにアプローチをかけようとしているのを私は知らないままになってしまう・・・。


       ~ 2004年12月24日、金曜日 ~


 将臣と付き合うようになってから二ヶ月ちょいが過ぎ様としていた時なんです。

 将臣の態度に、遂に私は耐えられなくなって彼に対する怒りと、貴斗さんに対する想いが爆発してしまうんですよね。

 そうなる前の私と将臣はどこかのビルの最上階にあるレストランの前に立っていた。

「アぁッ、翠。ちゃんとドレスを着て、ここへ来てくれたんだ」

「将臣・・・・・・、何の積りでこんな場所、呼んだわけ?」

「ほら、今日イヴだからさ。色々僕も考えて・・・、ここに招待したんだ、翠を」

「・・・アンタ本気で色々考えてこの場所にした訳?それとも貴斗さんのまねをして?」

 眉の形を変えて顔をしかめ棘のあるような言葉で将臣にそう聞き返していた。

「そっ・・・、そんな・・・そんな積り・・・、僕は・・・・・・、ないよ」

 図星だったのか将臣の言葉は途切れ途切れだった。

 私は徐々にイライラが募り、彼に対する言葉がきつくなってしまうんです。

「普通の高校生がこんな場所にこられるわけないでしょっ!何でそんな無理してくれちゃうかなぁっ!叶っちゃってくれない貴斗さんに対する想いを打ち消すために好きだ、って言ってくれた将臣の気持ちに応えてあげたくて、アンタと付き合っているのに・・・、どうして・・・、どうしてっ・・・、貴斗さんの真似をしようとしてくれちゃうの」

「貴斗さんはボクにとっても理想なんだっ!そして、翠はその貴斗さんを好きだったんだろっ?だから僕もあの人みたいになってみよう、って思って・・・」

 確かに、将臣が言う様に、彼本人貴斗さんのことを尊敬していたのは知っている。でも・・・、だからって。

「そんなんじゃっ・・・、そんなんじゃイミないの。意味ないのにっ!貴斗さんは、貴斗さんなの。誰がどんなに真似したってあの人には成れないのっ!将臣は将臣らしくしていればいいのに・・・、どうして?どうして私の貴斗さんに対する気持ちを煽る様な事してくれちゃうのよっ!」

「別にボクはそんな積りでそうしてたんじゃない。僕は本当に翠が好きだから、翠の理想の男になろうと思っただけなのに。ただ、それだけなにそんな言い方あるかよっ!」

「なによ、それ?理想?・・・、私の理想、将臣、知ってくれちゃっている訳?だったら、どうして貴斗さんの真似をし様とするのよっ!将臣がそんなんだから・・・、そんなんだから、私、余計に貴斗さんの事を忘れられなかったんだよっ。何でそれに今まで気付いてくれなかったのっ!そんな事、そんなこと、私は望んでいなかったのにっ、アンタこそちゃんと、そんな理想じゃなくて現実を見つめなさいよっ、バカまさっ!」

 そんな言葉を吐き捨てて、その場所から離れようとするんですけど、将臣が私の手首を掴んできた。

 だけど、それを強引に振り払い、走り出していたんです。

「アッ、おい、どこ、行くんだ、待ってくれよ、みどりぃーーーっ!」

 将臣は追いかけてくるけど、運良く、私は扉が閉まりかけのエレヴェーターに乗り込んでいた。

 将臣のヤツはそれに間に合わなく、ドアは完全に閉じて、それは私だけを乗せ下の階に降りて行く。

 そう、今日まで将臣は私と一緒にいる時、彼はどうしてなのか貴斗さんの真似をしようとするんです。

 そんな事されてもちっとも嬉しくないのに・・・、そんなことされたら余計に・・・。

 ここへ来る前、空はどんよりと曇っていた。

 そして、今、建物を出て空を見上げると雪が降り出していた。

「あれれれぇ・・・、どうして、私泣いちゃったり何かしているのかな」

 言葉の通り、いつの間にか頬に目から流れ出した涙が伝っていたんです。

 それから、外に飛び出してからは何も考える事が出来ないで、ただ、街中を彷徨っているだけだったんです。

 私のしている格好が、格好なだけに、彷徨っている間、色んな人に声を掛けられていた。

 でも、私はそれに気がつかない。

 どれくらいの時間が経っていたんでしょうね?雪は雨に変わっていたみたいなんですけど、それに気付かないで私は雨の振る中、傘も差さないでまた暫く街中を彷徨っていたみたいですね。

 将臣にあんな酷い事を言っちゃいましたけど・・・、やっぱり私の想いはそう簡単には変わってはくれないみたいです。




            *   *   *




 どれだけ街中をうろついていたのか陽も落ち完全に暗くなってしまった頃、その場所にはいる筈もないって分かっているのに貴斗さんのマンションに辿り着き扉の脇に座りこんでいたんです。

 濡れた冷え切った体で私はどれだけいたのか分からないけど・・・。

「ヒクッ、ヒクッ、ヒックシュンッ」

 私のくしゃみと同時にまるでどこからか湧いて出た様にその人が現れた。

「なんだ?翠ちゃんびしょ濡れじゃないか・・・、本格的に風邪を引く前に家に上がれ」

「アレェ?どうしてこんなとこにみぃちゃんが居っ・るっ・のっ・かぁっ・なぁ~?」

 声がした方向に顔を向けば・・・、さっき別れてきた男の子の片割れの女の子が、優しく声を掛けて来てくれた人と腕を組んでいたんですよ・・・。どうして?

 私は弥生を無視して、貴斗さんに言葉を返していた。

「お家の中が濡れて汚れちゃいますから遠慮します」

「貴斗さん、こんな濡れた仔猫ちゃんなんって放っておいて、弥生をお家に上がらしてください」

 そんな彼女の言葉を無視して、貴斗さんがまた私に言葉を掛けてくれるんです。

「翠ちゃんにそんな遠慮なこと言われるとお兄さん、悲しくて泣いてしまいそうだ」

「今までお兄ちゃんの涙を見たことありませんから見てみたいです・・・、だから、ここから動きません」

「見せたくないから・・・」

 貴斗さんはそう言うと、弥生からはなれて、座りこんで動かない私にお姫様抱っこをしてきたんですよ。

「ワッ、貴斗さん、恥ずかしいから止めてください、放して下さい・・・。それに貴斗さんのお洋服も濡れちゃいます」

「否ッ」

「あああぁっ、みぃちゃん、とっても羨ましいことされちゃってるぅ」

 貴斗さんはそんな事を口にする弥生を無視して、私を抱えたまま彼の家の中に入って行く。

 お風呂場に到着すると私を降ろし、声をかけてきた。

「風呂のお湯熱かったら好きな温度で入ってくれ・・・・・・。それと流石に女性の下着の洗濯なんって恥ずかしいから、それも翠ちゃんでやってくれ。乾燥機付き全自動洗濯機だ。湯に浸かっている間に全部終わるだろう・・・、それじゃ」

 貴斗さんはそれだけ言うと私の言葉も聞かずに脱衣所を後にした。

 彼に言われた通り洗濯機の中に濡れてしまった私の着ていたドレスから下着から全部、その中に入れお任せボタンを押してお風呂場に入って行った。

「ハァ~~~、どうして、まだ入院中の貴斗さんが帰ってきてるんだろう。しかも弥生つきでぇ」

 お風呂に浸かりながらその疑問を口に出し呟いていた。

 貴斗さんの退院は早くても来月の終わりのはずなのに・・・、私がお見舞いに行っていない内に変更になっていたのかな。

 疑問に思うことが沢山あったけどお風呂から上がって貴斗さんに聞けば解決するんだって思って・・・、彼が答えてくれればの話しだけどねぇ・・・。

 しばらく、冷え切った体をお風呂のお湯で温めていた。

 お風呂から上がると真新しい大小二つのバスタオルが脱衣かごの中に置いてあったんですよ。

 それを用意してくれた貴斗さんに感謝し体を拭う。

 それから、どう見ても女の子物ドライヤーで髪の毛を乾かしたんです。

 多分、それは詩織さんの物?そして、髪を乾かし、終わったとき洗濯も終了したみたいですね。

 洗い、乾き終わったそれに着替えて貴斗さんの待つリヴィングへと向かう・・・?

 さっきは貴斗さんに抱きかかえられたまま移動したから気が付かなかったけど家具とか色んなモノがなくなっている。

「貴斗さん・・・、なんだか殺風景になっちゃってますよ・・・。それと弥生ちゃん、お邪魔だから帰ってくださぁ~~~いっ!」

「翠ちゃん、そういうことは言うな。弥生ちゃんが可愛そうだ。それとその質問・・・、もうここにいる必要なくなったから殆どの物は業者に引き取ってもらった・・・。何もなくて悪いがこれ飲んであったまってくれ」

 貴斗さんがその言葉を返してくれているときに、弥生は私にあかんべぇをしてくれちゃいました。

 それから、彼は私と弥生に温かいミルクティーを差し出してくれたんですよ。

 それを啜りながら貴斗さんに質問をする。

「何で弥生ちゃんと一緒にいたんですか?・・・、それってどう言う事なんですか?・・・、それに何時退院したんですか?・・・・・・、なんで私に教えてくれなかったんですか?」

「そう一度にいくつも聞かないでくれ・・・。もう、俺は記憶喪失でない。姉さんと爺さんの所に戻るだけだ」

「それって翔子先生の事ですか?」

「ああ、正解だ・・・。それと俺は10月の終わりに退院した・・・仮だけどな」

「だっ大丈夫なんですか?だって私、退院は来月の終わりって聞いてましたよ」

「ほら見てみろよ・・・。俺のどこに怪我なんってあるんだ?」

 その言葉と一緒に平気です、って感じのポーズを私に見せてくれた。

「それと最後の質問だが・・・、翠ちゃんが入院中来てくれなかったから春香さんに伝えてあったのだが、聞いてないのか?それを知っていてここにきたのだと思ったのだが・・・、違うのか?」

 弥生は紅茶を嬉しそうな顔で啜りながら、私と貴斗さんの会話を黙って聞いていた。そして、彼の答えに対して私は聞き返していた。

「・・・聞いてません・・・だって・・・」

「はぁ~~~、まだあの時の事で姉妹喧嘩しているのか?」

「だって・・・、ヒクッ、だってみんなウクッ・・・フゥッ・・・」

「言わなくても分かっている。だから、そんな泣きそうな顔するな」

「ヒクッ、ヒクッ嫌です・・・。貴斗さんの胸で泣かせてくださいウッ、ワァ~~~ぁ」

「アッ、みぃちゃん、弥生の貴斗さんに何するんですカッ!」

 そんな彼女の言葉を無視して、貴斗さんに抱き付き泣き始めた。

 そんな私の頭を何も言わないで撫でくれる。

「大好きな詩織先輩にも、香澄先輩にも、酷いこと言っちゃいました。私の大事なお姉ちゃんなのに春香お姉ちゃんと喧嘩したままです」

 嗚咽しながらその涙の理由を貴斗さんに聞かせていた。

 私が泣き止んだ頃、彼が私に何かを言おうとしている。

「大丈夫だ、詩織も、香澄も翠ちゃんのこと、怒ってない逆に反省している・・・。だから、二人に顔を見せてやれよ」

 彼のその言葉に抱きついたまま頭を振って肯いたんです。

「それに春香さんの事だって、翠ちゃん、お前の方から避けているんだろ?彼女だって仲直りしたいって思っているはず・・・。だから翠ちゃん意地、張らないで春香さんに謝れ」

「はい・・・、分かりました」

「ハイッ、泣き止んだら俺から離れなさい」

「嫌ですぅ~~~、もう少しこうさせていてください」

「駄目だ、こんな状態だと俺だって男だ。変な気、起こすかもしれない・・・。それに弥生ちゃんだって居るんだ」

「私は構わないですぅ」

「ハッハッハ、馬鹿言ってないでは・な・れ・ろっ!」

 そう言うと私を強引に引き離した。

「ウゥ~~~、貴斗お兄ちゃん意地悪しないで下さい」

 駄々を捏ねながらそう言っても貴斗さんに無視されてしまいました。

「それより、何で貴斗さんが弥生ちゃんなんかと一緒に居るんですか?」

「みぃちゃん、決まってるでしょっ。貴斗さんと私は恋人同士だもん」

「貴斗さんに聞いてるんですよぉ、弥生ちゃん、アンタは黙ってなさい」

「・・・、ストーキングされていただけだ」

「弥生はそんなことしてませんよぉ~~~、うぅうぅぅぅ~~~、貴斗さん、酷いぃ」

 私と貴斗さんの言葉に彼女は不満そうな表情をして、目じりに涙を溜め始める。

「ごめん、弥生ちゃん。簡単に言うとだな・・・」

 貴斗さんの話によれば、退院してから体調がある程度良くなると、今まで休んでいたバイトを再開していて、その時、弥生は何回もそこに訪れていて、今日も彼の仕事が終わる頃に顔を出したらしくて、我侭言ってここまで一緒についてきた、ってことです。

「弥生ちゃん、やっぱそれってストーカーと一緒」

「そんなことないよぉ。みぃちゃん、そうやってまた弥生のこと言葉でいじめようとするぅ」

「ところで・・・、なんで今日に限って俺の所になんって来たんだ?」

 貴斗さんのその問いに私は正直に答えてあげたんですよ。

「そうか将臣君がね・・・。しかもあの場所においてくるなんって・・・、可哀想だ」

 その言葉を言ってから貴斗さんは弥生に話しかけ、どこかに電話を掛け始めたんです。

 それが終わると再び、私に言葉を掛けてくれる。

「なんでよりによって俺なんか好きになったんだ??」

「貴斗さんには詩織先輩がいるの分かってるけど・・・、好きなんだから・・・、大好きになっちゃったんだからしょうがないじゃない」

「・・・この前もみんなの前でハッキリ、言ったはずだ。詩織とはもう関係ない。それにもう少し翠ちゃんも・・・、俺の気持ち、察して欲しい・・・」

「それってどう言う事ですか???」

 そう簡単に貴斗さんの真意を理解できなかったからそう聞き返していたんです。

「ソッ、それはだなぁ・・・、好きでもない子に甘えて貰いたい、だなんって思わない」

「あぁああぁぁ、貴斗さん、なんかみぃちゃんに優しい言葉かけてるぅ。弥生がいるのにぃ」

 淡々とした口調でそう言うと、弥生の言葉なんって無視して、顔を紅くして私から目を背けてしまいました。

「え?えぇ??えっ???今貴斗さんなんって言ってくれたんですか?なぁ~~~んかぁ遠まわしな言い方だからよく分からないですぅ」

 貴斗さんは今凄く嬉しい事、言葉を枉げて言ってくれた。

 絶対叶わないって思っていたのに・・・、さっきまで泣いていたのに・・・、今度は嬉し泣きで涙が溢れそうになってくる。

「俺に二言は・・・!?ワぁッ、判った言うから泣かないでくれっ。エッとその翠ちゃんが好きだ・・・。だからその・・・、俺と一緒にいて欲しい」

「ひっ、酷いです。弥生がいるのにみぃちゃんなんかに告白するなんって。私だって貴斗さんのこと好きなのにぃ~~~っ!」

「ハイ、ハイ、弥生ちゃん、うるさいですよォ~~~、いい雰囲気なんだから、お邪魔虫さんは少し黙っていてください」

 彼女にそんな言葉を投げかけてから、再び、嬉顔で貴斗さんに口を向けたんです。

 でも、疑問に思うこともたくさんあったから、つい。それを聞いちゃうんです。

「弥生ちゃんはあっちの方へ置いておいて、どうして詩織先輩じゃなくて私を選んでくれたんですかぁ?」

「あっ、えぇえ、ああ、いやそれはだな・・・こういうのもなんだが、詩織は百年に一度現れるか、現れないかそれほどの才能を持った幼馴染だ。今でもあいつはどんな事をやらせてもすごいかも知れない。しかし、俺と居る事で本来進むべきあいつの才能を潰してしまっている。詩織の音楽の才能は俺達が及びもつかない位に人々に影響を与えるのではと思うほどだ・・・、たぶん。」

「詩織の進むべき道、それは音楽を聞いてくれる者達に感動と生きる希望を見せる事なんではないかと・・・。それに俺には荷が勝ちすぎる。だから」

「ふぅ~~~ん、貴斗さん、本当にそれだけなんですか?私にはそう思えないんですけどねぇ~。でもねっ、貴斗さん。詩織先輩が何でもやろうとするのはやっぱり、貴斗さんのためにって思って頑張ってるんだよ。それなのに、今まで貴斗さんの為に頑張ってきた詩織先輩を放してまで、それでも、わたしを・・・、私、翠を選んでくれちゃっていいの」

 私が貴斗さんへ答えてあげると、図星を突いちゃってあげた様に苦笑いをしていた。

「ちぃっ、なんで女の子はそういう事になると勘が鋭くはたらくんだっ・・・、いっ、今は教えてやれない。だが、俺の心の整理がついたら、ちゃんと話すから、翠ちゃんそれまではこの事には触れないでくれ、頼む。それに俺が翠ちゃんを好きな事に偽りはない。信じてくれなくともいいがな」

「むぅ、又そんな言い方するぅ、でも貴斗さんがそこまでお願いするなら、別にいいけど。じゃぁ、その時はちゃんと話してくださいねぇ・・・。それじゃ、本題、貴斗さんの事を信じられない訳じゃないけど翠、あたしを選んでくれた理由。ちゃんと聞かせてくれないと貴斗さんへの接し方迷っちゃいそう。それにやっぱり詩織さんに引け目感じちゃうかもぉ~~~、だからねっ!」

「詩織は嫉妬深いんだよ、お前も知っての通り。だけど、翠ちゃんなら、俺が少しくらい浮気しても笑って許してくれそうだし」

「はっははぁ~~~いっ、貴斗さんが浮気しちゃっても翠は笑って許しちゃいますよぉ~~~ってそんな事、詩織先輩じゃなくたって許すわけ無いでしょうっー!危うく、貴斗さんの煽て車に乗せられちゃうとこだったですぅ。あぶない、危ないっと。でぇ~、ほんとうのとっ・こぉ~ろぉっはぁ~???」

「今の俺の性格はこんな状態だが、翠ちゃんと一緒に居れば、お前の直向きなくらい前向きで明るく、活発なお前を見ていれば、昔になくしてしまった俺の大事な心を取り戻せそうな気がしてな」

 貴斗さんは言ってくれると私を強く、そして優しく抱きしめてくれた。どうしてかな?目の下が篤くなってきちゃった。涙腺が緩んじゃう。

「ほんとの、ほんとうに私でいいの?貴斗さん・・・」

「翠ちゃん、お前じゃなきゃ駄目みたいだ、俺」

「貴斗さん、私も大好きです!私だけをいっぱい愛してくださいねぇ」

 再び、彼に抱き付くと嬉し泣きで涙がいっぱい溢れだしていた。

「なっ、何でちゃんと言ったのに泣くんだ。それに弥生ちゃんが見ているんだぞ」

「誰だって嬉しいときも悲しいときも涙、流すんですぅ・・・、だから、泣かせてください」

「承知・・・、なわけないっ!」

 その言葉の通り、貴斗さんから引き離されてしまいました。

「あうぅううう、どうして、弥生じゃなく、みいちゃんなのぉおっ、信じられないよぉっ、どうして、貴斗さん?」

「翠ちゃんが居る前で言うのも失礼だけど、弥生ちゃん、君も詩織に劣らず、可愛くもあり、これから、もう少し大人になって垢抜ければ美人系に類する様になるだろう。だが、その性格までもがあいつ、詩織に近い。故に俺じゃぁ手に負えんのだよ。きっぱり俺を諦めて、翠ちゃんが羨むほどの男でも見つけな」

 それから、弥生の方を向いたら、とォ~~~っても不満そうな顔を拝ましてくれたんですよ。でも、今はそんなの気にしなぁ~いっ。




            *   *   *




 それから、私と弥生は貴斗さんの車に乗せられ移動していた。

 着いた場所には・・・、将臣を置いてきてしまったあの場所だったんです。

 今、貴斗さんのお心をお察しする事は今の私には出来ませんが、どうしてか将臣のヤツに謝っているんです。

「・・・と、そういうわけだ。将臣君、本当にすまないな」

「たっ、貴斗さんが謝る事じゃないですよ・・・。それに結局は僕がちゃんと翠の気持ちを理解してあげられなかった所為ですから。でも・・・、翠を諦めますけど絶対に翠を泣かすようなまねしないでください。それだけは約束してください」

「ああ、努力する。約束するよ」

 将臣の言葉に対して貴斗さんは嬉しい答えを言葉にしてくれました。

 だけど、そんな言葉を貴斗さんに振ってくれた将臣には悪戯な表情を作って口を動かしてしまうんですよね、私は。

「何言ってくれちゃってんの将臣?貴斗さんが私に酷いことするわけないでしょぉ」

「ハァ~~~、弥生も将臣おにいちゃんも二人して振られちゃったね。お兄ちゃん」

「ばぁ~~~カッ、弥生はもとから貴斗さんに相手にされてなかったろう?」

「うぅうぅうぅ~~~、貴斗さん、将臣おにいちゃんがいじめますよぉ」

 そんな事を言う弥生に私も貴斗さんも将臣も笑ってしまいました。

 貴斗さんは笑みのまま何かを思い出すように口を動かしてきました。

「将臣君と弥生ちゃん、二人のやり取りを見てるとなんか、俺が小さい頃の龍一兄さんと翔子姉さんを見ているようだ・・・」

 貴斗さんが言ったお姉さんの名前を聞いた結城兄妹は面白いほど、とっても吃驚した顔を見せてくれました。

 貴斗さんではなくて私がそれを二人に教えてあげるんですけど、驚きを通り越して、弥生も将臣も冷静になって感慨じみた顔で頷いているんですよ。

 それからはどうしてなのか予約制のレストランのはずなのに貴斗さん持ちで四人一緒、そこでかなり遅くなってしまった夕食をとったのでした。

 食事中、貴斗さんが将臣に何を話しているのか聞き耳を立てたんですけど全然、聞き取れませんでした。

「貴斗さん、一体何を将臣に話してるんですか?教えてくれないとイジケちゃいますぅ」

「これは男同士の話だ。翠ちゃんは何も気にすることない」

「そんな事、言われたら余計に気になりますぅ」

「翠、そんなこと、言っていると貴斗さんに嫌われるぞ」

「貴斗さん、どんどんみぃちゃん嫌いになってください。そして、みぃちゃんの代わりに弥生を貴斗さんの恋人にしてくださいね」

「弥生ちゃん、なに、言っちゃってくれてるの?寝言は寝てから言ってくださいねぇ~~~っ」

 彼女のバカらしい戯言にそんな風に返してあげたんです。

 ハァ~~~、でも、これからもあんな感じに貴斗さんにはぐらかされちゃいまして、一杯隠し事されちゃうのかなぁ、って思えてしまうけど、彼の事をとっても想っていますから、すっごく大好きですから、この上なくあ・・・・・・、ですから気にしないように頑張るんですよ、私は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る