終章 手を取って、あなたと
手を取って、あなたと
竜の復活と討伐劇はソルシアの国中に瞬く間に広がり、ダリルは、その功績が王子と竜の物語になぞらえて、「現代のデビット王子」とひっきりなしに讃えられていた。ソルシアの剣の力を引き出したのは偶然の賜物であり、実際ガディフやアシュレイやオスカー、騎士や魔法士たちの助力を借りてとどめを刺せたのだから、実感は薄いのであるが。
そんなダリルは、兄オスカーの復興業務の補佐をしていたこと、アシュレイが一連の事件ののち意識を失っていたことから、眠れない日々を過ごしていた。
そのアシュレイが目を覚ましたのは、竜討伐から三日後のことだった。
「アシュレイ、死んでしまうかと思った。生きててよかった」
知らせを聞きつけたダリルは、アシュレイの姿を見ると、縋るように泣きついた。
「ひどい顔ね。あの勇姿はどこに行ったのかしら」
アシュレイは顔色が悪いながらも、ダリルにそっと寄り添って、包帯が巻かれた腕で頭を撫でていた。
彼女は怪我と魔力の消費がひどかったため、しばらくの間絶対安静を通告されたものの、一ヶ月も経つ頃には、生活に支障がないほどに回復し、魔法のリハビリを始めていた。
一方、彼女の義母ローザンは反逆罪により、ライラが作った魔法の籠により魔力を封じられ、宮殿の地下牢に幽閉された。籠が安置された場所は、彼女が手に触れられない所だ。おそらく彼女は一生、地下牢から出ることはかなわないだろう。貴族の一部からは彼女を死刑に処すべき、との意見もあったが、王子二人の提言により、生きて罪を償うこととされた。
そして、ローザンによって刻まれたアシュレイの制約魔法は、籠に取り込んだ彼女の魔力が鍵となって解除された。ライラは、「籠はもう必要ないかい?」と尋ねたが、アシュレイは首を横に振った。
「ライラさんとダリル様と、三人で作った籠ですので。宝物にいたしますよ」
「そうかい。なら、大切にしてくれ」
そのライラは、王子ダリルの魔力を守った功績が認められ、魔法士団長から、王国魔法士にならないかと誘いを受けたそうだ。しかし、「あたしに国勤めは向かないよ。何かあった時に呼んでくれ」と、あっさり誘いを断って森に帰り、研究漬けの生活に戻ったとか。
また、一連の事件がきっかけで、ダリルはアシュレイとの交際を公にせざるを得なかった。「国の反逆者の娘と付き合うとは何事か」「アシュレイはダリルに色目を使っていたのでは」と悪い噂も流れたが、ダリルは必死に否定していたし、彼女以外の女性と共にすることは考えられなかった。
彼らの時は慌ただしく流れ、三ヶ月が経った頃――。
宮殿の修繕は着々と進み、ソルシア王都は元の活気を取り戻そうとしていた。
「まったく。あいつら、騒ぎを起こしやがって。いったいどれだけの財産と人手がかかったというのだ……」
オスカーは執務室にて、額に手を当ててぼやく。
窓の外では、作業員たち、そして騎士たちも駆り出され、工事の仕上げの工程にとりかかっていた。
「まあまあ。あの子たちも懸命に働いているし、真の平和に一歩近づけたのも、彼らのおかげではないかしら?」
そんな彼に寄り添うのは、妃のリリアーナだった。
「そうだな。この一件がなければ、ローザン・アークライトが竜の復活と謀反を目論んでいたと気付くことすらできなかっただろう。だが、それにしてはやり過ぎた」
「オスカーさん、働き過ぎじゃないかしら? それは、ダリルさんのため?」
「断じて違うぞ。復興を推し進めることが優先だろう」
「ふふ。また照れてるんだから」
「お前なあ……」
「とはいえ、あまり無理はしないでちょうだいね」
「そうできるよう、努めたいものだ」
一方のダリルはアシュレイとパットを引き連れて廊下を歩いていると、騎士の少女が目を輝かせながら尋ねてきた。
「ダリル様、アシュレイさん! お二人は、お互いのどんな所がお好きなのですか!?」
「あー、ごめんね。今は彼らに答えさせる訳にはいかないんだ」
パットは笑顔で、少女騎士をなだめる。そして小声で、二人に耳打ちをした。
「行ってこい、二人とも」
「行きましょう、ダリル様」
「ちょっと待ってよ、アシュレイ!」
それからアシュレイはダリルの手を引いて、少女を振り払い、走り出した。
宮殿の外を出て、庭を駆け抜ける。
二人が逃げこんだ奥の庭は、竜の襲撃による被害が小さかったようで、花をつけたラベンダーたちが、穏やかな風に揺れていた。
「ここまで来れば、大丈夫かしら」
背後を振り返ってアシュレイは尋ねる。
「ああ。ごめん、騒ぎを起こしてしまって……」
息を切らしながら、ダリルは答えた。
「呪いと解くと決めた時から、こうなるとは予測していたもの。それでも、あなたの隣にいられる方が、ずっといいわ」
「アシュレイ。僕を好きになってくれてありがとう」
「ダリルこそ。私に好きと言ってくれて、本当にうれしかった」
「アシュレイ。これからも、僕の隣にいてくれる?」
ダリルはアシュレイへと、右手を差し出す。
「もちろんです」
その手を、アシュレイは宝物に触れるかのように、左手で優しく取った。
木々の間から差す暖かな陽の光が、二人を祝福していた。
了
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