第42章 火星へ②

 火星行きを断ったジュンを眼にして、俺はショックのあまりがっくりと肩を落とした。娘のために、そして俺のためにも、どうにか連れて行きたかった。たった一人の、大切な孫だ。その後も説得してみたが、ジュンの意思は固かった。こうなったら火星に出発する前に、ゲバラが戻ってくることを願うしかない。ゲバラが一緒ならジュンの固い気持ちも変わるだろう。


 そんな気落ちした失意の心を紛らわそうと、火星行きの準備を進めている宇宙船の前に立つと、アリーナが側に近づいてきた。以前の冷たい顔ではなく。人間の女性のような顔で。側に近づいた女は、髪以外の外見は何も変わらないが、もうアマールではないのだ。人間の脳みそにあたる彼女の思考回路は、全て取り外されて爆破処理をされた。代わりに新しい頭脳に入れ替わったことで、ガイガーの影響はなくなったが、俺との関係も完全に消えたことになる。


 彼女は晴れて、自由の身となったのだ。それは大いに喜ぶべきことだが、一抹の寂しさを覚えた。もう彼女の頭の中には、時を一緒に過ごした、いや俺を助け、二人で逃亡した記憶は完全に消えたのだ。


「宮島さん、わたしはアリーナです。どうぞ、よろしくお願いします。あの、どうして? わたしを選んだのですか? この任務に相応しい優秀なパイロットは他にいます」

 声の質は同じだが、アマールとは別人のような柔らかい口調で訊いてきた。


 その表情と話し方から、もう彼女はまったくの別人になったのだ、ということを改めて再認識させられた。


「君を選んだのは、ガーピスの推薦もあったからだ」

 俺は心に宿る寂しさを封じ込め、平静な声で応じた。


「ガーピスが?」

 また柔らかい口調で訊き返してきた。


「ああ、そうだ。火星まで長旅になるが、こちらこそ、よろしく頼む」

 俺は心とは正反対の明るい口調で答えた。


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