夏休み怪獣

宮塚恵一

第1話 夏怪獣サマンガ

 サマンガは首をもたげて鳴いた。


 大きな体に似合わぬか細い声をあげる。サマンガの周りの木々や川の水面は突風でも吹いたかのように揺れ動き、僕らも目をつむり、腕で顔を覆った。


「よしよし、大丈夫だ」


 相馬博士はサマンガの方に寄って行き、優しくサマンガの脚を叩いた。


 近くのコテージくらいに高い体長のサマンガは、博士がそうすると、足を曲げ、蛇のように長い首を博士の顔に擦り付ける。


 全体的な質感は爬虫類ぽいが、立ち上がったその四肢はまるで二足歩行をしている猫みたいに見える。顔もトカゲのようではなく、ぺちゃりとつぶれていて、サマンガの格好をたとえるなら、首が蛇のように長い、毛を刈られた二足歩行の猫だ。


「懐きましたねえ」

 僕が感嘆の声をあげると、博士はニカッと笑った。

 モヒカン刈りの若い女性研究者である相馬博士に対し、僕は最初のうちはビビったものだけど、あまりそういう外見はサマンガに関係ないらしく、サマンガには博士にもすぐに懐いた。


「サマンガがコミュニケーションができるタイプで良かったよ。地元の人や観光客にも可愛がられていたのも良かったんだろうね。サマンガ夏怪獣ってのも、地元の小学生がつけた名前だとか?」

「ええ、そうですね」

「微笑ましい話だ」


 とは言え、と博士はサマンガの頭を撫でながら、サマンガの首の付け根あたりに注射器シリンジを刺す。

 ゆっくりと押子プランジャを引いていっての採血。


 痛みのない注射針のタイプだから、サマンガも特に何も感じることなく血を抜かれたはずだ。


「じゃあね、サマンガ」


 博士が手を振ると、サマンガはそれこそ猫みたいに額を博士に押し付けようとするが、博士はその額をポンポンと叩いて、サマンガから離れた。


 僕も博士に倣い、サマンガに手を振る。

 サマンガが寂しそうに俯く姿は、ここを離れたくないと思わせる愛着を湧かせたが、名残惜しくも僕たちはサマンガのいる雑木林を後にした。


 サマンガが夏休み怪獣、夏怪獣と呼ばれているのは、サマンガの出現時期がこの山の中に現れるのが7月の下旬、海の日の前後ごろから8月31日頃に限定されるからだ。


 サマンガが現れたのは約10年前。

 まだ人間の子どもくらいの大きさだった時に、山中にある川にプカプカと浮いているのを、やはり地元の小学生達が見つけたのだそうだ。

 サマンガの存在は、段々と子ども達の間で有名になり、その噂を聞きつけた大人たちも協力してサマンガと子ども達、双方に危機が及ばないように、サマンガを保護するようになった。


 最初にサマンガを見つけた小学生達はもう大人になってしまい、地元から離れてしまった者も多いが、その中でも僕は、この地元からも、サマンガからも離れることが出来なかった一人だ。


 最初にサマンガを見つけた小学生は誰だかを覚えていない。

 サマンガが見つかった最初の夏は、サマンガの存在は子ども達の間だけの秘密だったし、互いに大人には口外しないように口止めしたものだった。最初の夏が終わった時、サマンガが消えた時は大騒ぎをしたのも覚えているけど、当時の友達の顔も名前も全員を思い出せるわけではない。


 二年目の夏に、夏の間だけ会える友達として、いつの間にかあの怪獣のことをサマンガと言う名前で呼ぶようになっていた。


「サマンガの発生理由がわかればもう少し手の打ちようはあるのかもしれないんだけどねえ。まあそんなことを言っても仕方ない。村井くん、見たまえ」


 コテージ内に簡易的につくられた研究所に戻って、さっき採血したマタンゴの血を観察していた博士に手招きされ、僕は博士のもとに向かう。


 博士に促され、パソコンディスプレイに映し出された顕微鏡画像を見せられた。


「やはりサマンガの血液中の怪獣因子エクストラファクターの観測が困難になっている。顕微鏡観察による見た目ではまるで血液そのものが減ったかのように見えるが、それ以外のサマンガの生体反応測定は正常だ。やはり、サマンガの存在強度が夏の終わりに向かって薄れているんだよ」


 博士曰く、怪獣が現れる発生機序は、まだわかっていないことが多いらしい。

 ただ、怪獣は本来この世界の一つ上にあるという別の次元にいて、何かの原因でこの世界のその別の次元が繋がることで姿を表すとかなんとか。


「怪獣をつくる分子構造を調べると、地球上の既存の動物とは全く違うことが分かるんだ。遺伝子と思われる細胞内分子すら非周期性の構造で、こんな分子構造で動物として生きていくだけの生理機構があるわけがないんだよ。そこで怪獣学者達は、自分達が見えている以外の部分が分子構造に隠れているのではないかと考えた。ブレーン宇宙論って聞いたことないかい? ブレーンとは膜という意味でね、この世界はまるで宇宙に浮かぶ膜だと言うんだ。つまり我々のいる宇宙は高次元宇宙の中にある膜のようなものであり、四次元宇宙と五次元宇宙の境界面が我々の住む……」

「待って。待ってください、博士。僕はまだそのあたりは勉強中なので。またわかるようになったらご教授お願いします」

「そうかい?」


 博士は見るからにしゅん、と肩を落とした。


「でもやれることはいくらでもやりますから」

 博士とは違い、怪獣の理論のこととかそんなことは全くわからない僕だけれど。

 サマンガの為に、僕ができることはしたい。そう思って、僕は博士の助手を名乗り出たのだから。

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