第6話 開戦

 広大な町を堅く護る巨大で分厚い城壁。彼はそこに用意された特等席に腰を降ろす。マルドムが城壁の上に用意させたその玉座からは外の景色が一望できた。


 玉座は二つ用意されており、一つはソリアの、そしてもう一つはセラの為に作られたものであったが、彼女は並んで座することを拒絶し、椅子の横に立ち外を眺めていた。ソリアはそれを良しとしこれから起こる最高の宴を前に愉しそうに手元の果実酒で唇を濡らす。


 玉座の周りは『エルバン』と呼ばれる奴隷が守りを堅めている。


 彼等は過剰に魔力を注入された奴隷。その中の生き残りで作られた人体兵器であり、膨大な魔力のせいで全身の血管が浮き上がり、頭髪は抜け落ち、身体も歪に膨れた異形なる外見であるがソリアの持つ手駒の中でもかなり優秀な戦力であった。


 城壁の上には大勢の魔導部隊が配備されており、眼下にそびえる城門の前には選りすぐりの帝国兵士が勇ましく並んでいる。更にその前方には二体の巨人。ギガースが幾本もの大木を纏めたような巨大な棍棒を手に待ち構えていた。


 少し離れた平原にはレギンドの大戦で帝国側に組していた傭兵に加え、従軍魔族であるドワーフやオーク、リザードマンや獣人が隊列を為しており、更にその前方には今回の『悪魔狩り』で雇われた名も無き傭兵や魔族、そして有象無象の帝国兵士合わせて約千五百人が各々待機していた。


 軍人、傭兵、魔族。全て合わせて二千を優に越える迎撃隊を前にソリアは大変満足そうに鼻息を漏らす。


「まるで戦争だね」


 特等席から遠く離れた場所で佇むヴァローダは、決して好意的ではない笑みを漏らす。傍には説明役を命じられたマルドムが控えていた。


「しかしどうも腑に落ちないことがある。何故、戦力の低い兵士や傭兵を前方に配備しているんだい?あのような者達を配備したところでレッドデビルの足止めになるとはとても思えないけど」


「理由は二つございます。一つはレッドデビルが同じように仲間や傭兵を雇い大人数で攻め入ってきた時の為。そしてもう一つがの為にございます」


「数減らし?」


 問うてはいるが、ヴァローダは既に理解していた。普段は清涼を塗りたくったような顔を嫌悪に歪ませている。


「はい。戦争が収まった今、はぐれ傭兵は帝国にとって不穏分子でしかありません。彼等は反乱の火種にも成り得ます。なのでこれを機に悪魔狩りを口実にしてレッドデビルに処分させようというソリア様のお考えです」


「……帝国兵士が配備されているのは何故だい?」


「同じく処分です。無能な人間は帝国に不要ですので。まぁ流石に全員は無理でしょうが、それでも幾分かは減らせる筈でございます」


 恐ろしい作戦を淡々と述べるこのマルドムにも恐怖を抱くが、我が実弟の狂気に眉間の皺を深くする。こんな弟が、しかし国民から厚い信頼を寄せられる王であるという事実は甚だ認めがたい。おそらくマルドム他従者が巧みに印象操作をしているのだろう。


「そう言えば、デアナイト様はどちらに?」


「恐らくはもう少しでやってくるよ。彼は気分屋だからね。いつも気が付けばどこかにふらっと行っちゃうから僕も困ってるんだよ」


「そのような方にデアナイトが務まるので?」


「問題無いさ。いい加減なのはあくまでも平和な時だけ。有事の際にはとても頼りになるよ」


「左様で。……どうやら、来たようですな」


 それは、デアナイトの事では無かった。


 隊列を組んでいた者の中から次々と声が上がる。それは次第に一つの大きなどよめきとなり一面を覆った。


 皆一様に、平原の先にある小さな丘を見詰めていた。


「来たか……!」


 ソリアの表情が鋭い愉悦に染まる。彼は玉座から立ち上がり塀に手を着き『それ』を凝視した。


「……っ!」


 その背後で美しいエルフが懐に忍ばせていたネックレスを握りしめ、祈るように硬く目を閉じた。


 皆が息を飲み、各々に緊張が走る。





 ――不気味な光景であった。


 草木生い茂る爽やかな平原。雲一つ無い透くような晴天。その青と緑の狭間に小さく浮かぶ黒点。


 平和な世界がその僅かな違和の出現により、突如として狂気と混沌に覆いつくされるような感覚。


 無慈悲を体現したようなその姿、その圧に、多くの戦士達が凍り付く。





 悪魔の咆哮が、轟いた。







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