【第二二話 華麗な世界のモノガタリ】
あれからのライブまでの一ヶ月は本当にあっという間に過ぎてしまっていた。
感覚的にあの日の一日の方が長いと思う位に駆け抜けた。
ライブに向けてのレッスンの日々を送りながら、合間に雑誌の撮影や取材。
地方テレビやラジオの出演や営業回りと、朝から晩まで休みなしで働きっぱなしだったにも関わらずだ。
しかし、都内に引っ越してきて本当に良かった。このスケジュールで片道一時間の電車通勤なんて無理に決まってる。
この若さで過労死してしまうところだったよ。
そう言えば、ヘチマンカスもアニキも影も見ない位に存在しなくなって、相当助かっている。
こうして笑顔で充実した日々を過ごしてられるのも、横山さんはじめ、探偵さん達のおかげなので、感謝してもしきれない。
凛ちゃんとの共同生活は、合宿所での半年間の延長みたいに感じられて、特に違和感なく過ごしている。
懸念していた一人ナニの時間も、個々で仕事がある場合があったので、部屋で一人の時間が無事に確保出来たその時に、こっそりと済ませられた。
私の死活問題なので、本当に良かったよ……。
唯一の問題と言えば、凛ちゃんはしっかり者の片付け魔で、私はだらしない散らかし魔という点だ。
そこは、それぞれの自室は相互不介入で、口を出さない決まりにしておいて、共有部分は私が努力する事で解決した。
2LDKの広い部屋で、これも良かった。
ロッキーの言葉は聞こえなくても、ジェスチャーなどで凛ちゃんはロッキーとコミュニケーションはとっていた。
流石に動けないジョウジとは意思疎通出来ないけど、よくお風呂でジョウジに話しかけている。私への愚痴が多いけどね……。
すみませんね! 片付けられない女で。
あ、問題と言えば花梨さんの嫉妬があった。
凛ちゃんと暮らしてる事を知った時の花梨さんの表情は本当に凄かった。
まどかが仲裁してくれて事なきを得たんだけど、その時の花梨さんの嬉しそうに恍惚とした表情からは何をまどかに言われたのかは推察出来なかった。
花梨さんに一体何を吹き込んだのか秘密のまま教えてくれないので色んな意味で怖いよ、まどかぁ!
そんなこんなで、歓迎すべきはモノガタリとしての新たな問題やモノとの出会いも皆無のまま、皆んなと仲良く頑張ってライブを迎えられた今日! 本番直前のステージ裏は緊張の嵐に包まれていた。
「美優ちゃあんっ! 怖いよぉ……」
一番緊張してるのか、控え室からずっとくっついて離れないまどかは震えている。
無理もない。私だって怖いよ。
二千人が収容出来るこのライブハウスは満員で、ザワザワどよどよする人の気配の圧力で押し潰されそうだ。
聞けば、たった一日でチケットは完売されてしまったとか。転売だけで物凄い数の摘発があったとニュースで流れた位だ。
野外や営業での突発的な簡易ライブではなくて、ライブハウスで行う本格的な初のライブの、チケットの予約倍率は歴代アイドルで、シャイニングは驚くべき事に一位に輝いていた。
ヤバいって……プレッシャーが!
半年間の入念な戦略に基づく準備期間があったとしても、デビューして一ヶ月でこの成功は凄すぎる。
それが自分達だなんて未だに信じられないに決まっている。
鈴木さんは、大人の事情で明かせないが、横山さんの働きが最も功を奏していると言ってたけど、アイドルの人気まで操れるなんて、どんな闇組織だよ! なんて。
賄賂とか、金の力とか、コネとか、そんな汚い裏工作などは一切無く、横山さん自ら各地に広告宣伝として頭を下げて回って営業してたらしい。
「僕の肩書きを大いに活用させてもらったよ。こんな重役が自ら営業に回ってこられたら、そりゃ注目するでしょう?」
なんて言って笑ってたな。そこまでして頂いて、本当に頭が下がるのは私達の方だよ。
今度は私達が横山さんに焼肉を奢るんだ。それを知った時、メンバー全員で誓い合ったっけ。
「まどか、横山さんに焼肉奢ってあげるんじゃなかったの? 何よりもライブを成功させなきゃ意味が無いよ?」
「分かってるよぉ。分かってるけど、怖いんだよぉ。このお客さんの圧力、凄すぎて……」
「しょうがないなぁ。私が緊張を取るおまじないをしてあげる」
「ふぇっ!」
まどかの額にチュっとキスをして、柔らかく抱きしめてあげる。なぜそんな事が出来たのか不思議で、自分でも驚くほどの大胆な行動だ。
「み、美優ちゃん?」
「いいから、じっとして。どう? 落ち着いた?」
「美優ちゃん、ありがとう。違う意味でドキドキしてきた!」
離れたまどかは頬が赤らんで恥ずかしそうにしてるけど、体の震えは無くなっていた。大丈夫そうね?
「美優ちゃん、私も緊張してきちゃった。おまじないして?」
「まどかだけ緊張してる訳じゃないですものね。私もそのおまじないで緊張を解いてほしいです」
えー。唯ちゃんも彩香ちゃんも同じ事しちゃったら……。
「エコひいきは無しだよ。ねぇ? 花梨ちゃん?」
「そうそう。私は最後でいいから、順番に並びましょう?」
ほら来た。何だろう、この既視感は。
まどかの後ろに唯ちゃん、彩香ちゃん、凛ちゃん、花梨さんの順に縦に並ぶ光景が面白すぎて、ライブの裏側撮影用のカメラが回っている。
絶対メイキングとかで使われそう……なんか恥ずかしいな。
ま、いいか。順番に、おでこにキスしてハグを繰り返して(凛ちゃんは図々しくも唇を尖らせてきて、その可愛さに思わず誘いに乗りかけたのを背後の花梨さんの視線が怖かったおかげで踏み止まった)、無事に儀式も終わった頃、舞台に登場する曲が流れる。
曲はデビュー曲のシンギング・スマイル。
今日はアイドルらしく、髪型をハイツインテールにしてるのもあってか、自分の中の気分も盛り上がっている。
プラスお客さんも、曲のイントロが流れたからか、一段と盛り上がってきた。
二千人が何だ! やり切ってやる!
「皆んな、行くよ!」
それぞれの覇気のある応答が確認出来て、シャイニング、準備オッケーです!
皆んなで【せり】と呼ばれる、舞台の真ん中に下から迫り上がる舞台装置に並んで、歌い出しから舞台に登場する予定です。
歌い出しは私のパートだからすごい緊張する。
大きく深呼吸して、マイクを構えて心も構える。いよいよだ!
「最初は誰でも」
「不安を抱えてるんだね」
私の声がマイク越しで場内に響き渡ると同時にお客さんの大歓声が沸き起こる。
アイドルとして、こんなに嬉しい瞬間は他に無いと思う。
アイドルに、シャイニングになれて、私は本当に幸せ者だ。
それがロッキーの過去の書き換えの力によってもたらされた幸せだとしてもね。
シャイニングになったばかりは不安だらけだった。期待もあったけど、本当に自分なんかでいいのか、全く自信が持てなかったんだ。
「時には誰かも」
「困っているのかもね」
「本当は誰かの」
「慰めが欲しい時もある」
次の凛ちゃんとまどかのパートが始まる時にはシャイニング全員が舞台に登場して、更なる大歓声と拍手が重なり合う。
なんて気持ち良いんだろう!
不安を抱えたまま半年間の合宿でレッスン漬けの日々を過ごし、デビュー日の選挙カーもどきの宣伝で、まどかに教えてもらってアイドルとしての覚悟が持てたあの日から、私の価値観はすごく変わったんだ。
今でも、まどかには感謝している。あの日、まどかが一緒の車に乗ってて本当に良かった。
「輝きたい誰もが」
「強く(強く)深く(深く)」
「思っているんだよ」
続いて唯ちゃん、彩香ちゃん、花梨さんのパートが始まる時には、メンバーは舞台の端から端まで広く散らばって、観客に手を振りながら歌っている。
それぞれにスポットライトが当たっていて、いつものツギハギのようなデザインにキラキラの装飾をたくさん着けた衣装が光を反射して輝いていた。
リーダーとしての自覚が芽生えて、私一人じゃなく、メンバー全員が支え合ってるんだと教えてくれたのは彩香ちゃん。
元気で明るい笑顔が皆んなを幸せにするんだと気付かせてくれたのは唯ちゃん。
ちょっとエッチだけど、本当に私を想って支えてくれてるのは花梨さん。
私は皆んなが大好きだ。シャイニングが大好きだ!
「キラキラ光り続けられる」
「女の子目指して背伸びして」
「今よりも、もっと可愛くなるから」
「どんな時も笑顔で」
「雨は降らせたりしないから」
「歌ってこの空に光らせよう」
曲もサビに入ると、メンバーは舞台の中央に集まってフォーメーションを組んで、振りを付けて歌う。
何度も何度も練習したパフォーマンスだ。失敗なんてしないよ!
凛ちゃんとのあのドタバタな事件も、自分の不甲斐ない過去が原因だけど、今はもう後ろを振り向かない。
もっともっと輝くんだ。四年限定のアイドルで、四年後の事は何も決まってない。その先をどうするかを一緒に悩んで決めて行こうと言い合ってるのは凛ちゃんだ。
凛ちゃんとは秘密の共有もしてるし、一番かけがえのない大切なメンバー。
モノガタリとしての自分も否定しない。そんな一面もあるんだと肯定する。
でも今の自分の最優先は、アイドルとして、シャイニングとして輝く事!
また何か変なモノに出会うかもしれないけど、その時はその時だ。
そのモノも一緒に笑って輝いて成長すれば良いんだからね!
「自分にしか出来ない」
「虹をかけよう」
「シンギング・スマイル」
1番のサビが終わり、2番に入るまでに少し長い間奏がある。ここでも手を振ってお客さんに応える。
私は今、今までの人生で一番最高の笑顔をしているだろうな。
これからも、もっと最高の笑顔を輝かせるんだから!
「皆んなぁ! お待たせぇ! これからシャイニングが輝きますよー! 私達の笑顔、受け取って下さいねぇー!」
アドリブだけど間奏の隙をついて、観客席のファンに呼びかけると、今日一番の大歓声が沸き起こる。
「うん。笑顔を輝かせたいなら、シャイニングに任せてね! そしたら……もっと笑顔にしてあげる!」
間奏が聞こえない程の大歓声に拍手が加わり、会場はますます盛り上がるのだった。
〜第一部 アイドル始動〜
完
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