【第一三話 凛ちゃんの甘い罠】


「う、うぅ……ん!」


 休日の朝は気持ちいい。せかせかしないで済むから好き。

 今日は丸一日、のんびりと過ごす予定なので、起きる時間も遅い。


 時計を見ると午前九時。


昨日がイベント盛り沢山だったので、今日は本当にゆっくりしたい。


『遅いぞ美優。朝食の時間はとっくに過ぎてる。われは腹が減ってるのだぞ?』


 ゆっくりさせてくれない一号が現れた。


「何よ? 私が居ない時は皆んなと食べてたんじゃないの?」


『そうだが、我は美優の所有物だ。美優と時を同じくして食さねばならぬのだ』


 何なのよ、その可愛いけど面倒臭い理由は。


「ジョウジは起きてるの?」


 テーブルにちょこんと座って(?)いる、うきうきアヒルことジョウジにも挨拶。


『起きてるよ! ボクも食事というものに興味あるなぁ!』


「口とか動けばいいのにね……」


『まあいいよ! ボクも連れてってよ!」


「一人で待つのもあれだしね?」


 ジョウジを手に取り、軽く頭を撫でてあげる。ペットじゃないけど、なんとなくそんな気分だった。


『動力となるエネルギー摂取をしなくていいのが、モノの利点だな』


「そう考えると、ロッキーて特殊よね?」


『特殊ではない。特別製なのだ』


「はいはい……」


 軽く流して三階の自分の部屋から二階のリビングへと階段を降りてゆく。


 朝食は焼き鮭、味噌汁というシャイニングメンバーに〝美優定食〟と名付けられた、伊吹家の毎朝の定番メニュー。

 魚は都度、違ったりするけど、味噌汁と焼き魚は必ずある。そういう家は、うちだけじゃないと思うけど他の家は違うのかな?

 少なくとも毎朝ではない事はメンバーからも聞いていた。

 私の朝は、この献立じゃないと落ち着かない。今なら言えるけど、合宿の時、違う朝食メニューの時はストレスだった。


『朝の味噌汁は格別だな』


 その気持ちは凄く分かるけど、どこのお爺さんだよロッキー様。

 伊吹家に来てから、どんどんと人間臭くなってくのは、気のせいじゃないよね?


『ロッベルナ先輩、幸せそうっすね!』


『うむ。一日はこの味噌汁から始まると言っても過言ではないほど、骨身に染みる。ジョウジに飲ませてやれないのが残念でならぬ……』


 味噌汁をクチバシで器用にすすりながら、目を閉じて深いため息と共にその台詞を吐く姿は、どこからどう見ても人間のお爺さんにしか見えない。


「ロッキー? うちのお爺ちゃんに感化されすぎじゃない? 大丈夫? てか、ロッベレーナ? て何?」


『美優! それは無いではないか! 我の名前だぞ』


「あー。そうだったっけ? ロッキーはロッキーでしょ? そっちのが可愛いじゃん!」


『む……それでも良いが』


 照れてやんの。可愛いとこあるじゃん!


 テーブルに置いておいた携帯の着信が鳴り響く。液晶の表示は凛ちゃんからだった。

 電話してくるなんてどうしたんだろう?


「もしもし? 凛ちゃん? どうしたの?」


(良かった! 美優ちゃん! 出てくれた! お願い、助けて!)


 電話の向こうの凛ちゃんの声は、かなり逼迫してる感じがする。嫌な予感しかしない。


「ど、どうしたの? 落ち着いて?」


(元彼にストーカーされてるの! 怖いよ! あいつ合鍵持ってるから怖いの! ドアチェーンしてるから入って来れないけど、何か怖いの! どうしたらいいか分からないの!)


「分かった! 待ってて。私が直ぐにそっちに行くから! 住所は……」


 住所を聞いて、行くまでは良い。その後どうしよう? どうすればいい? まさかあの元セフレがストーカーなんてする度胸があったとは。


『何だ? どうしたのだ? 困り事なら我に言ってみろ? 我の知識で解決出来るやもしれぬぞ? 我は美優の所有者なのだ。我を頼り、使えば良かろう』


 頼りたいけど……それは私の至らない過去を暴露する事にもなる。

 それは流石に……いや、凛ちゃんのピンチを会社に知られる事なく救えるならロッキーに託すしかない!


「実はね……」




 ピンポーン!


 呼び鈴のチャイムの音だけは、建物が新しくても変わらない。これぞ日本の良き伝統。

 なんて、感慨に浸ってる余裕があるようにしてないと、緊張で押し潰されそうだ。


 凛ちゃんは無事だろうか。


 凛ちゃんが住むアパートは都内の端っこの方で三階建ての一般的なアパートだった。オートロックなんて無いし、アイドルが住むアパートじゃない事だけは確かだ。

 明日には引っ越せるみたいだから、別の意味でも安心よね。


「は~い。あ、美優ちゃん! 来てくれたんだね! ありがとう!」


 アパートのドアが開き、中から凛ちゃんが喜びの表情を浮かべて出迎えてくれた。

 タンクトップにショートパンツという、ラフだけど色っぽい格好に、こっちがドギマギしてしまう。

 しかし、凛ちゃんは全然緊張してないし声の感じも普通で逼迫してる雰囲気も無い。


 あれ? 電話の主と同一人物だよ……ね?


「と、とりあえず入って。ちょっと散らかってるけど、ごめんね?」

「いいのいいの。明日には引っ越しだもんね。準備、大変だよね。気にしないで? お邪魔しまーす」


 玄関からリビングに入って唖然とする。


 散らかってる? どこが?


 開いたキャリーバッグに着替えらしい物が半分くらい詰まってるのが床にある位で、他の物は全て収納されてるのか、家具意外に見当たらない。

 散らかってるって言うから私の部屋並みを想像したのに。

 そういや凛ちゃんが、しっかり者だって事忘れてた。


『美優の言う通りの、しっかり者だな。美優がどれだけ片付けられない人間か、よく分かる事例だ』


 肩に乗せて一緒に連れて来たロッキーの皮肉も、今日だけは許してやろう。有り難く思えよ。


「ん? 美優ちゃん、肩の鳥って何?」


 部屋に入って、ようやくロッキーの存在に気付いたのかな?

 あんたの存在感ってその辺の虫並みね。後でさっきの皮肉のお返しに言ってやる。そう心に誓う。


「あー。この子? 私の家族! ほら、半年も会えなかったじゃん? 寂しいからって、ついて来ちゃったの」

「そうなんだ。綺麗な青い鳥さんねー」


 そーっと手を伸ばしてロッキーを触ろうとしていた。


「触っても、つつかないから平気だよ? 凛ちゃん手を出してみて? ロッキー移動したげて」


『やれやれ……』


 出された凛ちゃんの指に移動したロッキーの頭や背中を優しく撫でてる姿が可愛くて!


「良かったねロッキー。可愛い女の子に撫でてもらってさ」


『うむ。悪くない気分だ』


「凛ちゃん、ロッキーが気持ちいいってさ」

「ロッキーって言うの? この子……可愛いねー」


『美優は撫でてくれないからな。気持ちいいものだな……』


「悪かったわね! どうせ私は……」

「ぷふっ。何か美優ちゃん、本当に会話してるみたいね?」


 本当に会話してるんですが、それは。


「あ、なんかね? 何となくだけど分かっちゃうんだよねー。ロッキーの言ってる事」

「ペットとも以心伝心ってやつか。素敵だね!」


『我はペットではない!』


「それより凛ちゃん、大丈夫なの? 元彼は?」

「あ、うん。ゆっくり話しするから、美優ちゃん、座ってて? 今、お茶出すから」

「うん。でも、お構いなく……」


 リビングで、ミニテーブルの側に円形の座布団らしきものがあったので、それに正座して座る。

 キッチンで冷蔵庫からお茶のペットボトルからグラスに注いでる凛ちゃんの後ろ姿が、妙に色っぽくてドキドキしてしまう。


 花梨さんとの一件から、女の子に目が行くようになってしまっている訳ではない。私は昔からそうなのだ。

 可愛い女の子を見ると、ドキドキムラムラしてしまう。それが色っぽいと来れば尚更だ!


「はい、どうぞ!」


 ミニテーブルにコースターを敷いて、その上にお茶が入ったグラスを置く凛ちゃん……の胸元から谷間が見えました!


「ありがとう!」


 二つの意味で、ご馳走様です!


 気分を落ち着かせる為にも、半分ほど一気に飲んでしまう。

 ロッキーは私の肩に移動して目を瞑ってる。眠いのか?


「それでね、美優ちゃん……」

「うん!」


 そうだ。本題は元彼の事だ。凛ちゃんの色気じゃなかった。


「こうして直ぐに来てくれるなんて思わなかった。ありがとう」

「ううん。凛ちゃんが困ってたら助けに行くに決まってるじゃん!」


 こんな色っぽい凛ちゃんの頼みなら、何でも聞きますよ!


「ありがとう……そうだよね。リーダーって他のメンバーの事、分かってないとダメだしね」

「それもあるけど、それだけじゃないよ? 凛ちゃんは大切な友達だし……」

「ありがとう。それが例え自分の負い目から来てる気持ちだとしても、やっぱり凄く嬉しい」

「え……負い……目……?」


 何? 頭がクラクラする。意識が遠のいてく。負い目って……まさか凛ちゃん、元彼に聞いた?


「ごめんね美優ちゃん……」


 あ、ダメ……体を支えられない。


『美優! 美優――』


 ロッキーが何か叫んでる……そっか、凛ちゃん知ってしまったか。


 そう思ってた時には倒れこんで、意識は無くなっていた。

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