第179話 九条に苦情
☆☆☆
お盆も終わり夏休みも終盤になりかけた8月18日。
この日、レンは東校の飲み物とちょっとした食べ物の自動販売機が置いてある談話室に椿以外のパーティメンバーを呼んだ。
「なんや、皆早いな。あとは椿だけかいな」
「いや、椿は呼んでないからこれで全員だよ」
「どういうことや? そろそろダンジョン探索の再開の話やないんかい」
「そのことも話すけど、一番は前回の野営の時の話で皆の考えを聞いておきたい」
「とりあえず榎本君、座ったら? あたし達がこの四人で集まるのも久しぶりじゃない」
「そうやな」
榎本は葵の言葉で三人が座るテーブルに腰掛けた。
「ほんで椿だけを外したって事は椿のことなんやろ? 何でも、もうダンジョンに潜っとるらしいよな」
「蒼月の父親がC級探索者でクランマスターらしいな」
「なんや海斗も連絡とってたんやな。わいが花火大会にさそたけど断られたんはもしかして海斗と行ったんか?」
「いや? 普通に椿の怪我の予後が気になったから連絡をしただけだが? 花火大会?」
「いやな、せっかくこんなべっぴんがおるパーティなんやからそりゃ遊びに誘うよね」
「榎本君、椿も誘ってたの? 二人きりでみたいなことをあたしに言ってたのに?」
「あー、どっちかと行けたらおもてな。せやけど二人ともに断られてしもたわ」
レンは堂島、榎本、葵の三人の会話を聞いて、パーティに対する思いが自分とは違いすぎていて怒りで我を忘れそうだった。
いや、海斗は怪我を心配しての椿への連絡だし、葵も榎本の誘いを断っているようなので問題はやはり榎本か。
バンッ
「ふざけるな! 花火大会? 榎本! お前は俺たちが椿を見捨てたのに、よく遊びに誘うことができたな! 先に謝ったんだろうな?」
「椿を見捨てた? 一体何の話や?」
「椿が怪我をしていたのに、僕も含めて椿だけを残して逃げたじゃないか!」
「逃げた? あれは朧さんが助けを呼びに行けと言ったから移動したんやろ。それに椿だって足手まといになるから行ってくれと言ってたやないか。もっと言えば、A級でさえ死んどるんやぞ。それこそワイらがいても無駄死にやし足手まといやないか! 大体あの時はレンだって同意してたやろ」
「ああ、そうだ。僕が決めた。朧さんが僕たちが残っていても死ぬだけだから、逃げやすいように建前を作ってくれた! でも椿を見捨てたことには代わりがないし、朧さんや佐藤さん、不死川さんを見捨ててしまった。それなのに僕たちの罪を椿に許しを請うこともなく、遊びに誘っただって?」
「そうやったとして、ワイらに何ができたんやって話や。アステル様やシュテルンが助けに来たから何とかなったとでも? たしかにワイらがいて少しでも時間が稼げとったらトワイライトの三人は実力もあったし、生き残っとったかもしれん。せやかて
「二人とも熱くなりすぎだぞ! レンも落ち着け。自分で決めたと言いながら榎本を批判している矛盾に気が付いているか?」
「そ、そうよ。前回の野営は上手くいかなかったけど、その前は魔獣に襲われても乗り越えたじゃない!」
レンは自分が熱くなりすぎていることは最初から自覚していたし、榎本への言い分もおかしいということには気が付いていた。
だからこそ、批判の対象に自分を入れて批判したのだ。
でも、命を懸けて探索をしているのに本音が言えず、窮地で仲間を見捨てるようなパーティにはしたくない。
自分の問題でもあるとわかっていても、そこを話し合わずに椿や葵を遊びに誘った榎本をレンは許せなかったのだ。
「ごめん、熱くなりすぎたよ。前々回の野営もアステルがいなければ俺たちは……。それでも僕は仲間を見捨てるようなパーティにはしたくないんだ。命を懸ける仲間だから」
「それはそうだけど……。でも椿は何だかもうすでに強くなることに凄く一生懸命になっていて、あたし達が助けを呼びに行ったことなんて気にしてないみたいだったよ? 自分の弱さが情けなくて、あたし達に迷惑を掛けたことがきっと悔しかったんだよ。だからあたしはこんな風にパーティの仲が悪くなるんじゃなくて、背中を任せて強く成れるようになりたいの」
葵は頻繁に椿と連絡を取りある程度の状況は理解していたが、椿が一生懸命に強くなろうとしている理由は……矜一に追いつきたいというものだということを知らなかった。
恥ずかしすぎて、椿は親友であっても自分の気持ちと決意を話すことができなかったのだ。
椿の純粋な思いは親友に勘違いをされていたが、葵が前向きになれるきっかけとなったことは良い勘違いだったのかもしれない。
ただ、夏休みが終わり登校をし始めれば、親友である葵には椿の行動で椿の気持ちを見抜くことになるのだが……それはまた別の話である。
「僕ももちろんそう思っている。でも前回の椿のようなことがあった時に、もう逃げたくないんだ」
「それは俺もそうだけどなレン。だけど、あの状況では榎本の言う通り俺たちは足手まといでしかなかった。椿が残ってほしいと言っていたなら、きっとレンもそうだと思うが俺は残ったよ。でも……、椿の顔は覚悟を決めていた。自分が死ぬ覚悟を! それでも行ってくれと俺たちに言ったあの気持ちだって本物だと思う。椿からしてみたら、死にたくはないはずだ。でもきっと俺たちにも死んでほしくなかったんだ」
「あたしだって残ってと言われていたら! 絶対に残ってた。でも……うう……」
あの極限の判断を思い出し堂島も自分の思いを吐露し、葵は涙する。
レンはそれを見て、たしかに椿自身の思いを知らずに勝手に考えるのは良くないと気付く。
「まあでも榎本の花火に誘ったというのはさすがに俺もどうかと思うぞ。しかも椿と葵、別々にだろう? 仲間内の恋愛でトラブルになるのは勘弁してくれよ」
「榎本君とあたしがそんな関係になるわけないでしょ!」
「はぁ? それはまだわからんやろ! って確かにレンと海斗の言い分もわかる。悪かった。葵も。……せやけど遊びにくらい一緒に行って―な」
「みんなと一緒ならね。二人きりは嫌!」
「そんな~」
レンはまだまだ言いたいこともあったが、葵のお陰で一気に雰囲気が緩和したこともあり、また椿のあの時の決意をした目を思い出して、自分が思ってた思いが独りよがりだったことを悟る。
榎本の行動はまだ完全に許せないが、人の考えなんて人それぞれということも理解していた。
そう考えて、レンは自分の思いを吐露しながらも歩み寄ろうと決めるのだった。
「僕も雰囲気を悪くしてゴメン。でも仲間同士で助け合えるそんなパーティを作りたいって言うのはわかってほしい。椿の決意を僕は疎かにしていたかもしれない。一度椿には聞いてみようとは思うけど……この感じならこのままパーティで良いってことだよね?」
「ワイも悪かったで。ワイは……どうしても本音を言うなら自分自身が一番や。せやけど、裏切るような真似は……せーへん。ただこの間みたいな本人の申し出があればわからん。そこは今は言えんわ」
「あたしも頑張るよ」
「俺も。レンにはリーダーとして決断を任せて、責任を押し付けてしまっていることは反省すべき所だと思っている。意見に反対するのではなく、しっかりと補佐できるように尽力しようと思う」
四人が本音を吐露して視線を合わす。
そこで海斗がテーブルの上に拳を突き出した。
レンはその意図に気が付いて海斗の拳と自分の拳を合わせると、葵も榎本もそれに続き、みんなで拳を合わせたのだった。
そしてその後はパーティの在り方について話し合い、妥協したこともあるがそれなりの答えを出すことに成功する。
レンたちもまた決意を新たに邁進することを誓ったのだ。
一方その頃、東三条邸の一室では東三条天音がアステルたちの生配信を見ていた。
すると、
「
天音は自分がアステリズムチャンネルに出演した時のことを夢想して自己紹介の練習をしながら配信を見ていると、アステルたちがナーガを簡単に倒してしまい反射的にスパチャを送ってチャットをしてしまうのだった。
後日、矜一に『私様と言っちゃってるから出演はダメ』とダメ出しをされたことはまた別の話である。
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