第161話 椿とトワイライト

 ☆☆☆



 今日は8月に入ってから2日目、椿はレンたちと共に朝早くからダンジョン広場前で朧たちを待っていた。

 アルコル椿の従魔とパーティメンバーの連携を確認をしたその日に、椿はレンからの連絡を受けて、矜一たちとの2度目の野営は中止になったという話を聞いた。

 椿はあのようなことがあったので、その可能性もあるかな? と考えてはいた。

 ただ、レンの連絡はそれだけではなくトワイライトの朧たちが今回の騒動を聞きつけて、それならば自分たちが監督として野営について行くという提案をしてくれたようだった。

 そしてレンはその提案を受けると、二つ返事でそれをOKしたらしかった。


 椿からしてみれば、矜一たちとの野営を中止にするのに朧たちとは野営をするの? と考えもしたしそれをレンに伝えたが、A級パーティの指導を受けながら野営の訓練は普通はできないというレンの熱弁を聞いて、それもそうかと納得をする。

 ただ、椿は矜一たちとの野営時にアステルが助けに来てくれたことは本当に偶然だったのだろうか? と思うことがある。

 ありえないことだとはわかってはいるが、もしそれが偶然ではない場合はA級パーティとアステリズムのどちらの方が自分たちを本当の意味で助けてくれるだろうかと思うのだった。


 椿は朧たちとの野営訓練が決まってからは忙しく、レンたちが失った野営道具を買えるだけの資金を集めるために7階層でアルコルの索敵に助けられながらも、オークを狩って今日という日を迎えた。

 

 明日、8月3日には夏休みに入ってから東校で一度目の登校日があるのだが、朧たちの都合から8月2日から3日の予定で野営訓練は組まれていた。

 東校では夏休みの間に二回、前半と後半に登校日が設けられているのだが、前半に一度あるのは夏休みでハメをはずしたり無理をしていないかの確認をするためと言われている。

 レンはそれでも登校日が気になり朧にその話をすると、東校の卒業生で生徒会役員だった朧の実体験として夏休みの登校日はあまり重要ではなく、予定がある場合は登校をしない人も多いという話を聞いた。

 それらの話からレンたちは野営訓練の日時を了承して、今朝からダンジョン広場前で朧たちを待っているのだった。




 「お、待たせたな。おはよう」


 「おはようございます、朧さん。今日は宜しくお願いします」


 時間ちょうどにやって来た朧が椿たちに挨拶をすると、レンが率先して挨拶をする。


 「この二人が俺のパーティーメンバーだ」


 朧がそう言うと、後ろから男性と女性が現れて自己紹介する。


 「俺は不死川 生人ふじがわ いくと幽全ゆうぜんの……、朧のパーティメンバーの一人だ。名前からわかるように俺がいれば死ぬようなことはなくて安全だ! この盾にかけて守ってやるからな」


 「佐藤 涼子さとう りょうこ。私も幽全のパーティメンバーの一人ね。弓を射れば百発百中よ。女の子もいるようだし、野営の当番の時は男どもだけだと気になるでしょうから私が一緒につくから安心してよね」


 椿たちは朧に紹介された二人にそれぞれ自己紹介と挨拶をする。

 正直な所、椿はこの二人に対して驚いていた。

 まず、不死川は自分の名前を冗談にして椿たちの緊張を和らげてくれた。

 そして二人目の涼子にいたっては、椿が野営で一番気になっていた、夜番のことについて言及してくれたのだ。


 何を椿が気にしていたのかというと、前回の野営のように友人やクラスメイトとならまだしも年上でA級やC級の男性と一緒に、仲間が寝てすぐには駆けつけられない状態で夜番をすることが別の意味でこわかったのだ。



 「こいつらの擁護もしてくれたんだってな? ギルドと東三条家があの日ダンジョンに入ってたというだけでこいつらを長時間取り調べて来たらしくて助かったよ。おい、お前ら礼をいっとけよ!」


 「いえ、ボス戦を指導してくれた人たちが犯人な訳がないですから」


 朧のパーティメンバーと椿たちとの紹介が終わると、朧が安城、本波、丹場をレンたちが擁護してくれたことに対して礼を言う。

 三人はそれを受けて「助かったよ」とお礼を言うと、レンも指導をしてくれた人が犯人な訳がないですからねと応じていた。


 実際は三羽烏の三人を擁護したのはレンと海斗、榎本の三人だけで、椿と一ノ瀬はボス戦に連れて行ってもらった時に、この三人が1-5クラス生に対して良い印象を持っていないような発言をしていたことが気になって擁護はしていなかったのだが……。

 三人は椿たちとは目を合わせはしないが、前回のような刺々しさはないようだ。

 ダンジョン内で円滑に行動をすることができるのなら、椿たちにとってそれは良いことだろう。


 

 「よし、そのワンワンと俺たちの顔合わせも済んだかな? とりあえず今日は12階層まで行って、戦闘訓練をしながら13階層への魔法陣があるビッグロックを目指す。野営はその魔法陣の近くが魔獣もあまり来ないからそこで一泊だな。12階層までと12階層内のビッグロックまではだいたい同じくらいの移動時間がかかるから……今から向かってちょうど夕方に辿りつく感じだ。それじゃあ行こうか」


 「「「はい!」」」




 朧は自分のクランメンバーである安城、本波、丹場がレンたちに行った行為を隠す罪悪感からか前回に指導をした時よりも丁寧に気を使い、様々なことをレンたちに教えながら5時間近くをかけて12階層へと到着する。


 時折道中で、安城、本波、丹場の三人は外部生へキツい話し方をしたり不満そうな目を向けていたが、朧が睨むとすぐに態度を改めていた。

 また、朧のパーティメンバーである不死川 生人と佐藤 涼子の二人は外部生に対して変な偏見もなく、人柄もランクが上がれば上がるほど横柄になっていく探索者たちとは違っていて性格も良いので円滑にダンジョン内を進むことができている。


 実の所、トワイライトの評判は10階層のボスの占有や日ごろの行いのせいで良いとは言えないのだが、不死川と佐藤がしっかりと周りにフォローをすることで悪評が大きくなることはなかった。

 逆を言えば、この二人がトワイライトに所属している方が異質と言えるのかもしれない。


 「よし、一旦ここで休憩して昼飯だな。食べ終わったら食後の運動がてらで移動しながら12階層の魔獣の指南をしてやる」


 「「「はい!」」」


 朧は12階層に入ってすぐのところで休憩と昼食をとるように指示を出すと、マジックバッグから自分の弁当を取り出してアウトドア用のラグマットを地面に敷いて食べ始めた。

 女性陣もどうやら朧の近くで食べるらしく集まっておしゃべりをしながら用意をしている。



 「しかし椿ちゃんのフォレストウルフ……アルコルは凄いわね。索敵から戦闘まで大活躍じゃない。リザードマンにまで6階層の魔物が噛みつくなんてビックリしたわよ」


 「アハハ、私も実はビックリしてました。死んじゃう! って。でもこの子はスピードがあるし引くべき所ではすぐに引いて賢くて良かったです。危ない所は涼子さんの弓のけん制もありましたし」


 椿は佐藤にアルコルが褒められて嬉しいのか、自分の近くにいるアルコルをわしゃわしゃと撫でまわしながら甲斐甲斐しく水を飲ませていた。


 「しかし従魔なんて凄いわよね。それにその指輪。効果はマジックバッグに似ているけれど、生き物を入れておけるなんて」


 「それな! その指輪はアステルちゃんからの貰い物でほんま羨ましいで!」


 何故か女子の会話に紛れ込んできた榎本がアステルから貰った指輪の話を佐藤へとする。


 「あー。アステルちゃんに助けられたんだっけ? 凄い偶然よね! 私も一度でいいから会ってみたいわ。雷遁……稲光! なんてね」


 「チッ」


 「安城、舌打ちなんかしてなに? 私がアステルちゃんに会いたがったらいけないのかしら?」


 「い、いや違うんです涼子のあねさん。すんません」


 安城に舌打ちをされて、自分が佐藤に近づいたせいかと思った榎本はそそくさとレンと海斗のいる場所へと移動しそこでまた不用意な行動に対して二人から注意を受けるのだった。


 「あら? 他にも指輪をしているのね? それもアステルちゃんから貰ったものなのかしら?」


 椿がアルコルを撫でていた所を見ていた佐藤は、椿の指にもう一つ指輪が付けられているのを見てそれを話題にする。


 「あ! それは椿の幼馴染とお揃いの指輪なんですよ、涼子さん! この間、その幼馴染君がカッコ良くなってきてたから婚約の噂が気になって直接聞いたんですけど、お揃いで持ってるらしくて!」


 「ちょっと葵! その話はしないでほしいといったでしょう?」


 「もー。良いじゃない。椿を追って東校を受験して受かり、しかも今や5クラスの1位だよ。親友のあたしにまで隠してたなんて水臭いじゃない。ロマンスを感じますよね涼子さん!」


 少し離れた場所でレンが苦い表情をしているのにも気が付かずに、恋愛の話は女子の大好物であるのか、一ノ瀬葵は佐藤が椿の指輪に気づいたことからテンション高く話はじめる。


 「若いっていいなぁ。私はもうずっと探索漬けで……。しかし幼馴染か羨ましい」


 「涼子さんだってまだ若いじゃないですか! それに朧さんや不死川さんもカッコ良いし!」


 一ノ瀬が恋愛の話で盛り上がっていると、安城が佐藤に話しかける。


 「あ、姉さん。朧さんがいる所で東校の幼馴染関係の話は……」


 「そ、そうだった。ゴメン、二人とも。深くは話せないんだけど幼馴染の話はトワイライトの関係者がいる所ではしないで」


 佐藤は安城の指摘に、小声になって今している話題の話を椿と一ノ瀬にしないように話すと、二人は幼馴染関係で朧に何かあったのだと悟り(二人は振られたと勘違いしているのだが)口をつぐみ、話題を変えて昼食をとったのだった。





 一方その頃、今宵とキイちゃんとさっちゃんは社交辞令かもしれない話を気にせずに、東三条家のプールへと遊びに来ていた。


 「クシュン! ぶるぶるっ」


 「今宵ちゃん? どうしたの?」


 「うーん? なぜか寒気がする。何か噂されてたりして!」


 「よっ! 噂の女王!」


 キィちゃんから良く分からない合いの手を受けた今宵はそれに乗ってはしゃぐ。


 「ふっふ。キィちゃんとさっちゃんには新しいNinpoニンポーを見せてあげるよ! 水面に足が浸かる前に次の一歩を踏み出せば、なんと! 水面を走ることができるのだ! 行くよ。水遁すいとん! 水走ノ術!」


 ザッパーン!


 「ぶくぶくぶく……」


 その日、東三条家のプールで忍術を披露した今宵が一歩も前へと進むことなく沈んだことは三人だけの秘密である。


 


 

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