第158話 騒動後
☆☆☆
その日、
それは、2つの探索者パーティから寄せられた情報から始まる。
そしてその情報はにわかに信じる事さえできないものであった。
その情報とは、
➀ダンジョン6層で2パーティ合同で野営をしていると、魔獣との遭遇率が少ない状態から多数という数では言い表すことのできない1000匹以上のウルフ系に襲われたということ。
②その2つの野営地の周りで9つもの魔物寄せ器が配置されていたこと。
しかもその魔物寄せ器の配置の状況から、先に遠くでその魔道具を発動させた上で、時間をずらし野営地の近くの魔物寄せ器を発動させているとみられるのだ。
これは何を意味するかといえば、当然その合同野営をしていた2パーティが狙われたことを意味する。
③6階層に移動した時と21時ごろに別パーティが野営近くにきていて怪しいということ。
④アステリズムのメンバー、アステルによって救出された事。
⑤野営地が大量の魔獣に襲われた後で、フォレストウルフが従魔になったこと。
他にもいくつかの気になる情報がその2つのパーティより寄せられてはいたが、大まかに整理をすればこの5つを対処することが重要とギルド長は考えた。
まずは①について考える。
1000匹のウルフ系に襲われて誰一人欠けること無く帰還していることの異常性。
これほどの数であればB級であっても高確率で全滅するとギルド長は考える。
野営をする場合の多くは、階層移動の魔法陣に近いところほど安全と言われているために、6階層のそれらの近くで野営していた者たちは異変にすら気が付いていない。
逆を言えば、そこから離れて野営をしていたパーティ……は気が付いた時点でやられているのではないかと想定されるのだ。
ギルドでは転移魔法陣の近く以外での野営はあまり推奨はしてはいないが、今回の2パーティのように実力的に対応できると思われる階層で、転移魔法陣から離れて野営し訓練をするパーティも少なくなかった。
また、男女で構成されているパーティでは人気がいない所を好んで野営をすることも多く、享楽にふけりその途中に襲われて死者を出して撤退することもしばしば見受けられた。
今回のこの騒動では、どういう目的で転移魔法陣から離れて野営をしていたかは定かではないが後日、C級の6人パーティを含む15名が行方不明となっており、巻き込まれたものとして報告されることとなった。
②については明らかにこの2つパーティが狙われたものと思われるために参加メンバーについては情報を得て精査をしている。
国立第一東高校の1-5クラスの生徒が大半をしめていたために、毎年入学後に起きるトラブルの延長かとも考えられたが、魔物寄せ器は安くなくそれが9つも使い捨てにされるなど本来はありえない事であった。
「野営したメンバーの中に東三条家のご令嬢か……」
まだ確定してはいないが、ギルド長は一番可能性が高いものとして東三条家令嬢が狙われたのではないかと考えている。
「間違いなくあそこの当主からは苦情がくるだろうし、独自に調査もするだろうがこちらも捜査の邪魔をされるわけにもいかん」
ギルド長は今回の原因を調べることだけでなく、東三条家への対応を考えると頭が痛くなるのだった。
③については、可能性の話であって6階層程度であれば別パーティと移動が被ることもあるだろうと考える。
ただ、ゲートの記録から21時付近以降にダンジョンから退出したものやその時にダンジョン内部にいたものが犯人であることは確定しているために、自らの魔道具で巻き込まれて死んでいる可能性を除けば、地道に聞き取り調査をすれば犯人は割り出せるものと考えていた。
④については正体不明の入場の記録があるので、それがアステルであろうと考えられた。
「正直、一番犯人に思えるのはこの子なんだが……な……」
ギルド長はそうこぼしながらも、ある男のことを考えて身震いした。
しかし、魔物寄せ器が9個もあったにもかかわらず、アステルが助けに来たためにこの2つのパーティは助かったと考えられるが、魔物寄せ器の性能とギルドへ提出された魔石の数(700ほど)を考えれば、消えた個数を想定しても1000匹ほどは別の誰かが倒したことに……。
「いや、アステルが先に周りの魔獣を処理して回っていれば可能か」
魔物寄せ器を回収した人物がアステルとは別であったが、回収するまでに大半がアステルに倒されていたのであれば、辻褄はあうだろう。
⑤については、従魔を獲得できることはあまりに稀なことであり、今回の騒動と何か関係があるかもしれないと一応は調べてはおくことにする。
ただし、九死に一生を得るような状況で壁を越えるものがいることも確かであり、今回はそれがジョブ獲得という形で現れたものではないかとギルド長は想定していた。
報告を受けてから、既に間宮雫を含むB級のベテラン職員2パーティを調査に向かわせているのでダンジョン内での調査は彼女たちに任せることになる。
ギルド長は事務職員やギルドに残っている職員と協力をしてダンジョン内にいた探索者の調査を指示していたが、長い一日の始まりに辟易しながら気合をいれるのだった。
椿は野営時のことやフォレストウルフが従魔になったために、皆より遅くまでギルドに残り聞き取り調査が行われていた。
とは言え、椿にわかる事はあまりなく、新たに発現したジョブについての話やアステルからもらった指輪の話くらいであった。
従魔の指輪については、ギルド職員もそう言ったものがあると伝え聞いてはいたが、見ることは初めてでその指輪の希少性から調査を希望した。
椿は自分の従魔が既に指輪の中にいることもあってそれを拒否し続けていたが、希少性の話をされて日本の公益のためと言われれば断ることも難しい。
仕方なく調査に出さざる得ないと思われたその時に、ギルド長に一本の電話がかかり事態は急変することとなる。
ギルド長はその電話に出たかと思うと、電話口で何度も頭を下げ会話をした後に椿に対してその従魔の指輪は正式に譲渡されたものであるので、調査はしないという話となった。
椿にしてみれば、調査をするという話も調査をしないという話も勝手にされていた話ではあったが、ギルド長の対応の仕方を見るとよほどの大物からの電話であったと思われる。
その電話の後に、椿は簡単にギルドから退出することを許されて帰宅をすることになった。
椿は家に帰ると庭でフォレストウルフを召喚する。
フォレストウルフは召喚されると舌を出し、「へっへっへっ」と声を出しながら椿に戯れると、椿もフォレストウルフをモフり撫でまわす。
ひとしきりフォレストウルフとの友好を温めた椿はお風呂を沸かして、一緒に入浴し今日の汚れと疲れをとるのだった。
風呂から上がりフォレストウルフの水気をタオルでしっかりととると、椿はリビングでフォレストウルフに寄りかかり撫でながら話しかける。
「名前は何が良い? 男の子だからカッコいいのが良いよね?」
「くぅーん」
「なんだか狼の癖に本当に犬っぽいな。そう言えば、どこかでアルコって主人に忠実な犬種の名前を聞いたことがあった気がする。……アルコだと可愛いすぎるかな?
アルコ――アルコル! お前の名前はアルコルだ!」
「ワフン!」
「そうか気に入ったか!」
椿はそう言うと、アルコルの頭をなでるのだった。
「しかし今日は本当に疲れた。ミノタウロスを初めて見た時も怖さがあったけど、今回生き延びられたのは本当に運が良かった。私たちが5人で対応していたことを矜一は一人でやっていたのかな」
矜一が向かった先から魔獣が来なかったことが、自分たちの戦線を維持できた要因だということが椿にはわかっていたが、それでもあの数の中を矜一が一人で駆け抜けたという事実を信じることができないでいた。
「アステルが来た理由ってシュテルンが――声が……でも……」
椿は「いや、そんなはずはないな」と思い直し、野営の疲れもあってアルコルにもたれ掛かったままでリビングでそのまま寝てしまうのだった。
その後、魔獣がリビングにいるとは思わずに、家に帰って来た母親が腰を抜かして家族内でひと騒動あるのはまた別の話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます