第153話 野営③辛

 6階層へやって来た俺たちは野営場所を探す事もなく4つのテントを建て終わっていた。

 場所については一週間前に今宵たちと野営をした場所が広く余裕もあったので、俺がそこを推薦したのだ。

 ただ、ここに来るまでには距離が離れていたとはいえ、他の探索者パーティと移動方向が被っていたことが気がかりだったが、こちらが野営の準備を始めて距離が縮まると近くに獲物はいないと判断をしたのか引き返していった。

 テントを建て終えた後は、夜番で組む相手と時間を先に決める。


 睡眠時間や男女の問題を踏まえて話し合った結果、


 時間    夜番

 21時~23時 七海&葉月

 23時~01時 一ノ瀬&椿

 01時~03時 九条&堂島&榎本

 03時~06時 矜一&水戸&東三条&猪瀬


 となった。

 

 現在は17時30分でこれから21時までは途中に晩ご飯を挟んで、訓練や夜番時の対応に備えて戦闘訓練をすることになっている。

 今の俺たちは夜番の順番を決めた後で、一時的にそれぞれが建てた4つのテントで休憩をとったり寝る場所を決めていた。

 俺は水戸君との二人テントだったので、特に決めることもなく他のみんなの状況確認でもしようと歩いていると、九条君たちの会話が耳に入る。


 「しかし今日は荷物も多かったから疲れたよ。夜はカレーなんだっけ? そこまで重くはないけど、辛いと今の体調で食べられるかな。それにしても七海さんと葉月さんって普段からあんなに早い移動速度なんだろうか? 僕たちの倍くらいは早かったかもしれない」


 「レンは盾もあるし、俺たちのパーティでの戦闘の時は毎回一番前に出る必要もあるから疲れるよな。しかし七海さんと葉月さんか……。あの二人は倒すのも早かったし凄かった。戦闘だと俺よりももしかしたら……」


 「レンも海斗もじいさんかいな! ワイは女子と同衾できる可能性を考えて今朝は寝不足やったけど、テントを張ったらワイのテントも元気やで」


 「榎本君、それ女子の前では言わないでくれよ。信頼関係が壊れてもおかしくない」

 

 「榎本! お前はまた!」


 「わーってる、わーってるって。テントを設営したからちょっとした冗談や」


 彼らはテント前で集まって談笑をしているようだった。


 「あ、あおっち! キャンプファイヤーをするのに木をりに行こうよ」


 さらに近くの見回りをしていると、猪瀬さんがキャンプファイヤー用の木を伐りに行こうとの提案があった。


 「生木は燃えにくいから薪を買って来てるよ」


 俺は猪瀬さんのキャンプファイヤーという話を聞いてから、それができるようにアイテムボックスに薪を大量に購入していた。

 ダンジョンでは木が生えていても枝が落ちたままずっと残っていたりはしないからね。

 ちなみにダンジョン内で焚火をすると、燃えている間は吸収されない。


 「さっすがあおっち! じゃあもう燃やす?」


 少し早い気もするが、暗くなってからでは遅いだろう。

 薪は半日以上燃やし続けられるだけの量を持って来ていたので了承する。

 俺が薪を井の字のように縦横交互に組み上げて行き、キャンプファイヤーの用意をしていると、ちょうどそれが組み終わる頃には全員が集まって来ていた。


 「せっかくだから火をつけるか」


 全員が集まった所で、俺は燃えやすいようにと持って来ていた小枝に火をつけると、その火はパチパチという音を出しながら徐々に大きくなっていった。


 「「わぁ!」」


 火がさらに大きくなると歓声が上がる。


 「なんだか火を見ると癒される」


 他のみんなも同意して少しの間、俺たちは火の魅力を堪能するのだった。

 

 「夜番になった時でも火が消えないように担当する時間分の薪を渡しておくから、みんなテントの中にでも置いておいてよ」


 俺はそう言うと、マジックバッグから薪を取り出すふりをしながらアイテムボックスからみんなに薪を渡していく。


 「矜一。気になっていたのだけれど、そのマジックバッグはどうしたの?」


 「あ、それあたしも気になってた! もしかして蒼月君ちってお金持ちなの!?」


 椿と一ノ瀬さんに薪を渡そうとしていた所で、椿からマジックバッグをどうしたのかと聞かれる。

 まあ少し前まで一緒に登校をしていたのに、その時には持ってなかったもんね。


 「ああ、オークが載せられるように改良されたリヤカーを1台買ってね。ずっとダンジョンを往復してお金を稼いで買ったんだよ」


 「え!? 一人で!? いやそれはないかぁ。攻略道の皆で倒して持ち帰ったってことかなぁ」


 俺はオークで買えたというだけで誤魔化せると考えていたが、一ノ瀬さんが一人では無理だよねという言葉を聞いて、普通なら一人では無理があったかと気が付く。


 「え? ああ、そうそう。攻略道のメンバー皆でね。それでまずは俺がマジックバッグを手に入れて、その後はそれにオークを入れればリヤカーも必要なくなるから今後はお金が溜まれば皆が手に入れていく感じ」


 「え!? じゃあ次は部長の私だよねー!」


 横で聞いていた七海さんが俺が攻略道のメンバー全員がマジックバッグを持つことになるという様な話をしたせいで、それを聞き逃さずに……俺の腕をとって当ててきた!

 いやいや、 キィちゃんとさっちゃんかよ!

 しかもあの二人より全然大きいから……。

 そう言えば、前にオークのお金を分配した時にこれだけ貰えるなら服の上くらいからなら見せてあげようよ~って話を葉月さんにしていたな!? ということを俺は思い出す。


 「え? 順番とか決めていないの? それはさすがに良くない気がする」


 俺が咄嗟についたマジックバッグは皆で手に入れて、攻略道のメンバーは最終的に全員が買うことになるという話をしたのに、次の順番が決まっていなかった事を椿が訝しがった。


 「ちょっと七海さん、空気を読んで」


 「え~、でも攻略道の皆でオークを倒して手に入れたマジックバッグだから~。次は部長の私だよね~」


 七海さんが私、すべてわかってます! という表情で空気を読んでほしいという俺に対抗する。


 「う、うん。そうだった。忘れてたよ、七海さん。ごめんね」


 「やったー! 陽菜~!!」


 俺が次は七海さんという発言をすると、七海さんは葉月さんの名前を呼んで俺からすぐさま離れていった。

 え? いやまさか、七海さんのマジックバッグをマジで俺が買う必要あるってこと?

 いやいや、えぇ……?

 しかもこれ葉月さんに報告ってことは攻略道のメンバー全員分ってこともあり得る?

 一個の値段がありえない金額なんですけどぉー!?


 「……矜一?」


 俺が茫然自失に陥っていると、椿が不振に思って声をかけてくる。


 「いや、次は七海さんだったのに忘れてたなって」


 「そ、そう」


 「でも、凄いね! まさかそんなやり方があったなんて! ねぇ椿、あたしたちのパーティでもやってみようよ。レン~!」


 一ノ瀬さんの声に、どうしたどうしたと九条君たちが来たのでついでに俺は薪を彼らにも渡した。

 椿たちは全員が大量の薪を手に持っているのに、一ノ瀬さんが興奮してオークでマジックバッグ作戦の話をしている。


 いや、適当に言っちゃったしできるとは思う。

 でも俺らは魔法陣転移があるから楽だけど、普通にやる場合は往復するだけで10時間くらいはかかるんじゃ……。

 俺はそう思うが、九条君たちは「まさかそんな方法が? 蒼月やるな!」などと言って盛り上がっているので、一声かけて退散した。


 「蒼月君! 部員全員がマジックバッグってホント!? ありがと!」


 「あおっちさすがしょっ!」


 ……。

 いや、マジックバッグは奢れないよ!?

 さすがに金額がおかしいでしょ!


 「ま、まあクランの方じゃなくて、会社の方の星月夜starry nightを手伝ってくれたら、買えるだけ頑張って貰えたら……。それか九条君たちもしそうだったけど、リアカーオークする? 俺たちなら階層移動がすぐだから早いと思う」


 「えー。蒼月君はー、約束を破るんだー」


 さっき俺が七海さんが次にマジックバッグという言葉を言ったことを責めてくる。

 確かに言ってしまったからなぁ。


 「それはそうだけど。 でもさすがに車より高いものだと逆に嫌じゃない?」


 「んー? それはそうかもー? こんなに高価なものを買ってやったんだぞ、うへへーってしそうかなー?」


 「いや、それはしないけど! でも高すぎるものは良くないと思う。お金を貯めて買おうよ!」


 「うーん。まあそうだよねー。がんばるー!」


 ふー。

 今回は冗談か本気かわからず、あわよくばって感じがあったからキチンとわかってくれて良かった。

 俺は何とかみんなで頑張ってマジックバッグを手に入れようというノリに雰囲気を変えると、キャンプファイヤーとは別に焚火台を取り出して炭を入れて火をつける。

 そろそろ晩ご飯の用意もする必要があるからだ。

 俺がお米を洗ったりしていると、七海さんたちも手伝い始めた。


 「カレーは激辛で具材はせっかくだからワイルドに大きくいこうよ」


 「楽しそう! 疲れも吹き飛ぶかも!」


 猪瀬さんの言葉に葉月さんが同意をした事でどうやらカレーは辛く、ジャガイモやニンジンは大きく切られて作られるようだった。

 俺は飯盒炊爨ハンゴウスイサン(飯盒炊飯)にお米を入れていたが、九条君が辛い物と重い物は疲れていて食べられないかもと言っていたことを思い出す。

 それを思い出した俺は多めに水を入れた飯盒をもう一つ別でキャンプファイヤーの場所においておかゆを作ることにするのだった。


 

 「すまない! すぐに私たちも手伝うから!」


 椿が俺たちが先に調理を開始していることに気が付いて、謝ってから急いでこちらにやって来る。

 それを聞いて、オークでマジックバッグゲットだぜ! と盛り上がっていた九条君たちも俺たちが晩ご飯の用意をしていることに気が付いて調理に加わるのだった。


 「レン、人数が多いからこっちでも具材を炒める。だから焚火台を出してほしい」


 椿は九条君に焚火台を要求すると、玉ねぎを炒めたり具材を切ったりし始めた。

 椿って料理出来たのか……。

 小学生の頃は料理も作れるようになりたいと言っていたのは聞いていたが、実際に作るのを見るのは初めてで驚く。

 しかも結構テキパキとしていて、早めに始めた猪瀬さんや七海さんに追いつく勢いだ。


 東三条さん? 東三条さんはマジックバッグから椅子を取り出して座っていて、優雅に紅茶か何かを飲んでますがなにか?

 料理とかメイドさんが作ってそうだから仕方ないね。

 恐らく他の皆もそう思っているせいか誰も苦情のようなものを言うことも、そう言う目線を東三条さんに向けることもないのだった。

 言えば普通に手伝って、玉ねぎで泣いて可愛い所が見えるかも……?

 ふとそう思うと、東三条さんに玉ねぎを切らせてみたくなるが……、椿の所を見ると既に別の調理をしていたので俺は諦めるのだった。

 


 後は煮込むだけになり、それぞれ火を囲んで談笑をしている所で俺は椿を呼び出した。


 「椿、ちょっと」


 「ん? どうしたの?」


 俺は少しだけ離れたキャンプファイヤーの場所に椿を呼びよせると、作っておいたおかゆを渡す。


 「九条君がテントを張った後に、疲れすぎていて辛すぎたり重いものは食べられないかもって言っていたのを聞いたからおかゆを作っておいた。渡してくれないか?」


 「矜一がおかゆを? 料理が作れたの?」


 「いや、さすがにおかゆを料理とは呼ばないだろ。見た感じは上手く出来てるみたいだから頼む」


 「あ、ああ。ありがとう。レンに渡すよ」


 椿はそう言って俺からおかゆを受け取ると戻っていった。


 カレーが出来るまでは体内魔力を回したり柔軟体操をしていると、堂島君が何をしているのか聞いてきたので魔力の話を教えると驚いていた。


 「魔法は自然に使えるものと思っていたが、東三条さんや七海さんもやっていて効果があるというなら俺も取り入れるべきだろうか?」


 まあダンジョン攻略道で魔法が使えるのは、東三条さんと七海さんだけだと思われているもんね。

 俺は「うんうん」と同意をして、それ以外でも魔法が使えなくても魔法耐性が東三条さんが言うには上がるらしいよと教えると、目を輝かせていた。


 「みんなカレーが出来たよー」


 七海さんに呼ばれた事で全員が焚火台に集まって食事をとる。


 「レン、疲れているんだろう? 疲れていると胃に負担がかかって食べにくいだろうと作ってもらえていたぞ」


 「うん? なんだって? おかゆ?」


 九条君は辛そうでごつごつした野菜の入ったカレーを見て顔を顰めていて、椿の言葉をよく聞き取れていないようだったが、おかゆということは伝わっているみたいなので大丈夫だろう。


 「え? なになに? 椿ってレンだけに手作りのおかゆを作ってあげたん?」


 榎本君が椿からおかゆを受け取る九条君を茶化す。


 「え? 僕にだけ? そ、そうか手作り……。ありがとう椿。嬉しいよ」


 「い、いやすまない。お礼なら矜一に言ってくれ。矜一がレンの体調を心配しておかゆを作ってくれたんだ」


 「え? ……これって蒼月君が?」


 「そうだぞ、レン。何でも疲れてるって言ってたからってわざわざ作ってくれたみたいだ」


 「そ、そう。蒼月君ありがとう。嬉しいよ……」


 椿の話を聞いて俺に目礼をしながら、九条君はお礼を言う。


 「疲れていたみたいだからね」


 俺はそう言ってそれに答えた。


 「ちょ、か からぁ! 舌が熱い、ヤバイいしこれっ!」


 自分で辛くしたはずのカレーを食べた猪瀬さんは、激辛に仕上がったカレーを食べてゴクゴクと水を飲んでいた。

 それを見た俺たちは美味しいと言う者、まだ普通だと言う者、辛すぎるという者に分かれてカレーを食べて楽むのだった。


 



 

 

 

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