第25話 久しぶりの我が家

  「矜一、ご飯よー」


 家に戻り、自室にいると母親が晩御飯を知らせてくれる。

 修行中はホームシックになりかけた事もあり、10ヶ月ぶりに家族に会えるのは楽しみだ。


 「はーい」


 大きく返事をして居間に降りる。


 「お、お兄ちゃん? ど、どうしたの? 病気? お母さん!」


 居間に入った直後、今宵が俺を見て声を上げる。


 「お、お前大丈夫なのか?」


 新聞を広げて読んでいた父親も俺を見て心配してくる。


 「きょ、矜一? いしゃ、病院に行かないと! お、おとう‥恭也きょうやさん夜間にしている所はどこだったかしら」


 今宵の声を聞きパタパタとスリッパの音をさせて台所から戻って来た母親も、俺の体を見て異常があると判断して父親に夜間やっている病院を訪ねている。


 俺は3人の態度に驚き、自分の体を見るが特に変わった所もない。

 と、考えた所で10ヶ月前はまだ体重が80キロはあったなと思いだす。

 そして今は出ていたお腹は引っ込んでいて服を脱げばシックスパック……6つに割れている状態だ。


 とは言っても、脂肪が筋肉になっているので無茶苦茶痩せたという訳でもない。

 恐らく小太りが標準体重になったくらいだ。


 そもそも学校では俺を子ブタとかデブとか呼ぶやつはいたが、TVのコメンテーターや芸能人で俺と同じくらいの身長と体重の人と俺を比べたなら、カンニングペーパー竹山、ケンドー大林、が同じくらいで芸人のザキヤマよりはだいぶ軽いのが全盛期(体重が一番重い時期)の俺と同じくらいだった。


 TVで見る限りそこまで太っていると思って見てなかったんだけどなぁ。

 そもそも入学から3週間の間に85キロあった体重は80キロになっていたし、10ヶ月もあれば15キロくらい落ちていても、、


 ハッとまた自分の時間間隔が狂っている事に気付く。箱庭の中での体験が濃厚すぎて、つい10ヶ月後と思ってしまうのだ。

 今日は入学式からまだ3週間程度しかたってないゴールデンウィーク前の金曜……。

 家族から見れば1日で15キロ減量した事になるのか。


 そしてウチの学校はダンジョンに潜る場合に1日では行けない深層を考えて週5日制となっているために、明日からゴールデンウィークという事に気づく。

 っとそんな事を考えてる場合じゃなかった。


 「皆落ち着いて! 最近はダンジョンに行って少しずつ体重が落ちて来てたじゃん」

 「何言ってるの矜一。昨日から激変じゃない!」


 軽く流そうとしたが無理だった。


 「あー、少しずつ体重は落ちて来てたの知ってるよね? それと合わせて今日はダンジョンの少し深い所まで行って、無茶苦茶動いたりしてたら戻る頃には今の状態になっていたけど、特に不調ってわけでもないから大丈夫だよ!」


 俺は大丈夫である事を少し強めに強調する。


 「そ、そうなの? 恭也さんこの子はこう言っているけど、どう思いますか?」

 

 「矜一、本当に大丈夫なのか?」


 父親が念押しで聞いてくる。


 「大丈夫だって。それよりこの姿を見てくれたら分かるけど、無茶苦茶お腹が空いてるんだ。晩御飯が楽しみで楽しみでね。早く食べようよ」

 「お兄ちゃんがこんなにシュッと……、別に前のままでも良かったけどシュッと……」


 何やら今宵がぶつぶつ言っているが、お腹空きまくりアピールをしてご飯が用意されている椅子に座り母親を急かす。


 「じゃあ、食べましょうか」


 「「「「いただきます」」」」


 食卓を見ると今日は、魚の煮つけにポテトサラダ、冷ややっこに味噌汁そして麦茶だ。

 特に豪勢という事もない普通の夕食。

 それなのに箸が止まらない。

 あぁ……、旨い。旨い。


 家族と食べる10ヶ月振りの食事。

 もう一緒に摂る事はないとあのゴブリンと戦う時に諦めた日常がここにある。


 「きょ、矜一。やっぱり具合が悪いんじゃ?」


 「お、お兄ちゃん?」


 母親が俺に話しかけて来るので見返すと母親だけでなく家族3人とも箸を止めて俺を凝視していた。


 「え? どうしたの? こんなに美味しいのに。母さんのご飯はやっぱり最高だね」


 俺は思った事を口にする。


 「何言ってるの矜一。あなた、食べ始めてからずっと泣いてるわよ」


 母親に指摘されて俺は手を顔に持っていくと、正に号泣と言って良いくらいの涙が指に付いた。


 「矜一。お前学校で何かあったんじゃないのか?」


 真剣な表情で父親が俺に聞いてくる。


 ふふっ。

 不思議と笑みがこぼれた。


 確かに、あったと言えばあったのだろう。

 でもそれは俺の中では10ヶ月も前で、そして今では完全に過去の事として認識されている。


 「ありがとう、父さん。学校は順調だよ。泣いちゃったのは本当に美味しいと思ったからだよ。ダンジョン探索で知らず知らず気を張っていたせいかも。頑張って家に帰ると美味しいご飯があるって幸せだね」


 俺は何気ない日常の中にある幸せを感じた事を、恥ずかしさもあり少しだけ誤魔化しながら吐露する。


 「そうか。咲江さきえさんは料理が上手いからなぁ。何か困った事があればちゃんと言うんだぞ」

 「うん」

 「恭也さんったら。でも矜一がこんなに褒めてくれるなんて初めてじゃない? 嬉しいわ」

 「あ、お母さん。私も! お母さんの料理大好き!」

 「はいはい、ありがとう」


 今宵が流れに乗って母親を褒めたが、母はニコニコしながら流した事で今宵は頬を膨らませていた。

 ああ……。

 本当に家に帰って来たんだなぁと俺も笑顔になる。


 あの時。

 ゴブリンに殺されそうになった時。

 俺は家族に謝る事しか出来なかった。

 謝るのではなく、ありがとうと感謝の言葉を伝えられるようになりたい。

 幸せを噛み締めながら、俺はそう思うのだった。





 

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