第67話 船 2

 「光弘みつひろ。目・・・・開けて。」


 俺が声をかけると、光弘は苦しそうに閉じていたまぶたを恐る恐る開いた。


 「・・・・・・!」


 目を開けた光弘は、切れ長の目元を眩しそうに細め、呆然と辺りを見回した。


 木の葉の船がゆっくりと降り立った場所は、とてつもなく太い大樹の枝だった。

 あまりに大きすぎて、まったく枝に見えない。

 俺たちは、無数の枝と葉に囲まれていた。

 そこにたわわに実る、数えきれないほどの大小様々な実が、色とりどりの淡い光を放ち、きらめいている。

 

 「綺麗だろ?デカイ木にってる実が光ってるみたいだぞ。」

 「あの実は、神妖じんよう依り代よりしろなの。この世界に生まれた魂をあの実に結ぶことで、あたしたちは実態を持つ神妖として生まれることができる。・・・・・あたしの役目は魂と依り代を結ぶこと。」

 「そして、私の役目はみなが生まれるこの大樹を護ることなのです。私たちにとっては、ここで生まれる全ての命は、どれも等しく、とても愛おしい・・・・・。それをあなた方にも知っておいて欲しかった・・・・・・。」


 たまよりとやしろの声に耳を傾けながら、高く低く広がる、光と緑の織りなす光景に、俺たちは目を奪われていた。

 見ていると胸が締め付けられるような切ない気持ちになるのは、この灯りの一つ一つが、命に繋がりゆくものだからなのだろうか。

 気づかないうちにあふれ出していた涙に気づき、俺はそっとみんなに背をむけた。

 その時、きらりと光る何かが俺の視界へ飛び込んできた。


 あの光はなんだろう。

 

 俺はその場所へ行き、しゃがみ込んで何かを探した。

 すると木目のすきまにはめ込まれているかのように、小さな紫色の石が落ちているのを見つけた。

 俺はその石を拾い上げ、さっそくみんなへと見せた。


 「これ、なんだろうな。すごく綺麗な石みたいなんだけど。」


 石は透き通るような不思議な色の短い鎖に繋がれていた。

 俺が石を掲げると、光弘が大きく目を見開いた。

 明らかに激しく動揺している。


 「ねえ・・・さん・・・・・。」


 光弘は震える声で独りごとのようにつぶやいた。

 光弘の声に興奮したのか、辺りの枝葉えだはが風もないのに大きなざわめき声をあげ始めた。


 「どういうことだ?」


 慌てて再び口を閉じてしまった光弘へ聞いてみると、光弘は小さな石をそっと手に取り、耳たぶへあてて見せた。


 「イヤリング・・・・いや。ピアスか。このピアスが、光弘の姉ちゃんと同じものだって言いたいのか?」


 勝の言葉に、光弘は真剣な眼差しでうなずいた。

 その様子を見た俺は、社とたまよりに石をこのまま譲ってもらえないか聞いてみることにした。


 「問題がなければ、この石、もらってもいいですか?」

 「構わないわよ。それは私たちのものじゃないわ。」

 「光弘君のお姉さんというのは、ここへ来たことがあるのですか?」


 手にした石を、穴が開くほど見つめていた光弘は、社の質問に首を横に振った。

 その答えに、社とたまよりは首をかしげたが、他には問題はなさそうなので石はそのまま持って行って大丈夫だということで話はすんなりとまとまった。


 光弘は、ピアスをバックのポケットへと大事そうにしまうと、口をしっかり閉じた。

 その様子をゆいが食い入るように見つめている。


 しばらく大樹の枝の上を散策したのち。

 来た時と同じように大きな葉に揺られながら、俺たちは元いた湖のほとりへ戻ってきた。

 木の葉の船から降りると、社が光弘へそっと声をかけた。


 「具合は大丈夫ですか。」


 突然の言葉に、光弘は社を不思議そうに見つめ「大丈夫です。」と伝えるように首を縦に振った。

 

 「あなたの意志をんで黙っていたけれど、その高所へ対する恐怖は普通のものではないわ。あなたの魂に刻まれてしまっている。・・・・・・さぞ、苦しかったでしょうに・・・・・・。」


 たまよりはそう言って光弘の頭をなでた。


 「一筋縄ではいかないし、かなりの精神的な苦痛を伴うけれど、魂を恐怖から解く方法はあるわ。荒療治だけどね。だからそんなに傷つかなくていい。あなたは十分に強い子よ。」


 そう言って瞳を覗き込んできたたまよりに、光弘は困ったように微笑んだ。

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