第52話 故郷の香り
父の故郷は宮崎県だ。
祖父と祖母の故郷も宮崎の小さな町だ。
話には聞いていたけど、私は一度も行ったことがなかった。
父が子どもの頃に引っ越してからもうずっと行っていないらしい。
不思議なことに、何十年経っても宮崎の親戚から電話がかかってくると祖父も祖母も急に方言になる。そして、何を言っているのかさっぱり分からない。
家の中でも全く方言を話さないのに。
私が20代半ばになったとき、九州旅行をする機会があった。
私は九州の故郷に行ってみたい、そう思いちょっと足をのばして高千穂峡のあたりに行った。
高千穂峡はジブリの映画に出てきそうなほど神秘的なところだった。
森も水も、とても潤っていてなんというか生命のパワーを感じた。
生まれて初めて行く宮崎なのに、なぜか宮崎で出会う人々に親近感がわいた。
タクシーの運転手のおじさん、道の駅で出会った観光ボランティアのおじさん、写真を撮ってくれた地元のおじさん。
どこか雰囲気が私のおじいちゃんに似ていた。
宮崎の人は小柄で、ちょっと日に焼けていて、シャイな男の人が多いとそんなことを言っていたけど、あながち間違いではないなと感じた。
口数は少ないし、ニコニコしているというわけでもない。
でも、どこか温かみがあって。
私は初めて会う人だけど、初めて行く場所だけど、なんだか初めてじゃないような感覚がした。
私の苗字は関東では珍しい。
でも宮崎のある町ではたくさんいる苗字であることは知っていた。
実際にその町の道の駅のようなところに行くと、野菜の直売所があった。
その野菜を作った人たちの名前が書いてあるのだが、見事に苗字が私と同じ人ばかりだった。8割くらいは同じ苗字で、思わず私の名前も言いたくなった。
「私の苗字も同じなんです。父の故郷がここなんです。初めて来たんです。」そう心の中でつぶやいた。
もう一度、この場所におじいちゃんもおばあちゃんも、父も来られたらどんなに嬉しいだろうと思った。
飛行機に乗ればすぐっていう時代でも、そう簡単にはいかない。
私は写真をたくさん撮って、お土産話と共に帰宅した。
嬉しそうに話を聞いてくれるのが、私は嬉しかった。
誰にとっても産まれた場所というのは特別だ。
それがすぐに行けない場所であり、長い時間行っていない場所であればさらに特別に感じる。
きっとこの旅行のことは、いつまでも鮮明に覚えていると思う。
いつかもう一度、あの高千穂峡でボートに乗って、
大自然の力を感じたい。
終
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