第88話・ふたたびわたしの、はぴばすで!
「アイナ、今日は大変だったな」
「いいえ、殿下。これもブリガーナ家の子として当然の務めですもの」
「……俺にくらい、時にはしゃちほこばらない姿を見せてもらいたいものだがな」
最後にお見送りした来客である殿下は、そう苦笑しながら伯爵家を去って行った。
殿下は泊まっていかないの?って話だけれど、婚約関係にある者同士は例え違う部屋であっても同じ家で夜を過ごしてはいけないのだ。いろいろ憶測されるからね。
「……ふう。これでお客様のお見送りは終わりましたわね。ネアスはどうしてるのかしら?」
『さあー?わたしもこーしてお嬢さまと一緒にいたわけですし』
「あなたは殿下の時だけそばに来たのでしょうが。さて、部屋に戻りましょうか」
『はいはいー』
お疲れさまでしたお嬢様、というメイドさんの言葉に軽く応じて、お嬢さまは二階の自室に戻る。わたしも当然お供をしてその後に続き、そして部屋に入る。
そしたらば。
「誕生日おめでとう、コルセア!」
『へ?』
続きの応接間ではなく、机と寝具の置いてある部屋の中で、ネアスがそう出迎えてくれた。誕生日?わたしの?なんで?
「……ああ、そういえばそんな覚えもあるわね。コルセア、わたくしからもお祝いするわ。誕生日おめでとう」
『……え?あのその、わたし誕生日とか設定してありましたっけ?』
「設定?おかしなことを言うのね。そのように自分で決めたじゃない。ね?ネアス」
「そうです!コルセアが自分で言ったんだよ?誕生日を決めていいのなら、アイナ様と同じ日が良い、って」
……そうだっけ?いや確かに三周目にそんなことを言ったような覚えがあるし、中等部時代も高等部時代もお嬢さまとネアスにお祝いされてたけど……でも、それって……。
「……ふふ、きっとあなたの言った、持ち込んだ想い、というものにそんな内容があったのでしょうね。わたくしにもネアスにもそのような記憶があるというのであれば」
『確かにそんなことはあったかもー…ですけど、別にわたしのお祝いなんかしなくたって……』
「何を言ってるのコルセア!アイナ様とわたしの大切な友だちのあなたの誕生日をお祝いしない理由なんか無いんだよ!」
『で、でも……』
さっさと部屋に入ってネアスの隣に立ったお嬢さま。
わたしはそんな二人を見て、やっぱり……。
「ふふ、コルセアが泣くほど喜んでくれるなら贈り物を用意した甲斐もあるよ。はい、これ」
泣いてる?わたし?ただのトカゲのわたしが泣いてるとこなんてネアスに分かるわけが……。
「ほら、コルセア。ネアスが何か贈ってくれるというのにいつまでそうして呆けているのかしら?受け取っておあげなさいな」
『は、はい……ありがと、ネアス』
それは小さな包み箱で、丁寧にリボンもかけられていた。
解いて中身を見てもいいんだろうか。
俯いてそれを見下ろしていたわたしは、目の前にやってきていた二人の顔を見上げる。
「開けてみてよ。きっとコルセアに似合うと思って、一生懸命用意したんだから」
「………うん」
爪の先っちょでリボンを解こうとしたけれど、上手く行かなくって二人に手伝ってもらった。
そして開いた箱の中から出てきたのは、鈍く光る金属のネックレスのようなものだった。
「触媒に使われる炎鉄のいいところを首飾りに加工してみたの。大変だったんだから」
『え?もしかしてネアスが作ったの?』
「うん!お父さんの見よう見まねだったけれどね。ちゃんと形にしたのは初めてだったから、不格好だけれど…」
そんなことないよ!…って言おうとして、出来なかった。
声として出てきたのは、いつもやっている通りの暗素界に投影してる意志としての「声」ではなくて、自分の肉体から発するうなり声のようなものだけ。
それは、文字にすれば「ぐぐぅ」とかいった感じのものでしかなく、わたし自身も自分が何を言いたいのかよくわかんない。
「……ふう。わたくしも気には掛けていたのだけれど、ネアスに先を越されてしまいましたわね。コルセア、少し外しますのでしばらくお待ちなさいな」
『ふぇ……お嬢さまぁ……わたし、どーしたらいいのかよく分かんないんですけど……』
「ふふ、普段のあなたを見てると今のコルセアは別の何かになってしまったようね。ネアス、しばらく相手をお願いね」
「はい。でも今のコルセアをわたしが独り占めするのはもったいないので、早く戻ってきてくださいね、アイナ様」
それどーいう意味だよぅ、ともう自分でも分かるくらいに半泣きになってるわたしは、ネアスに腕の中に抱えこまれた格好でお嬢さまを見送った。部屋を出る時に振り返って、本当に楽しそうに、けどどこかイタズラっぽく笑っていた。
『ネアスぅ……なんかわたし……どうすればいいんだろう?』
「どうもしなくていいよ。座って待っていよう?」
『うん……』
ネアスから贈られた首飾りは、送り主の手でわたしの首にかけられた。少しチェーンが長くて、調整してもらいながら少し話をした。ソファの長いすの、わたしの隣に腰掛けて感慨深くネアスの話した内容は、というと、わたしと一緒に話をした後でいろいろ思い出したことはあって、そのどれもが三周目でわたしたちが体験したことばかりだった。
もう疑う必要もない。パレットがわたしに渡してこの四周目に送り出したものは、そういった三人の思い出そのものだったんだ。
ただ、それがそのまんま記憶だか思い出だかの形としていつの間にか二人のものになっていたのは……正直言って、まだ良かったことなのかは、分からない。
けれど一つだけ言えるのは、それを二人とも厭ったり否定したりしないで、自分のものであるって認めてくれて、それはもしかしたらわたしが同じようにいるから、そう思ったのかもしれない。
「……ふふ、アイナ様も早く戻って来て、いっぱいお話ししたいよね、コルセア。きっとこの首飾りも似合うって言ってくれるよ」
『うん。似合わなかったらわたしの方が合わせるよ』
わたしの内心はともかくとして、お嬢さまのいない間にネアスとはいろいろお話をした。
もちろんその中にはお嬢さまをどう思っているのか、ってこともあって、なんだか最近すっかり恋する乙女になってるネアスがとっても可愛らしく、まあいろんな問題はあるけれど紐パン女神のことを抜きにしても応援してあげたいと思っている今日この頃の、わたし。
「待たせたわ。もう厨房も火を落としたものだから、用意に時間が掛かってしまって……コルセア。今日は好きなだけ食べても構わなくてよ」
そして、そんなことをやっているうちにお嬢さまが戻ってくる。わたしに条件反射的によだれを流させる、スッテキな香りと共に。お、お嬢さま……これはもしや……。
「あなたの大好物のシクロ肉の最上級の部位を、たっぷり焼いてもらったわ。さあ、冷めないうちに召し上が……きゃぁっ?!」
『お嬢さまぁぁぁぁぁぁん!愛してますぅぅぅぅぅぅっ!!』
お嬢さまに、ではなくお嬢さま自ら運んできてくださったキッチンワゴンに突撃かますわたし。
「…コルセア、あなたねぇ……愛してると言って飛びついたのがお肉の方では、名前を呼ばれたわたくしの立場というものが無いでしょうに」
「そうですっ!アイナ様を愛しているのはわたしの方ですから!」
「そ、そういうことを言いたいのではないのだけれど……それよりネアス、そんなことを他の者に聞かれそうなところで言わないでちょうだいな」
「あ……は、はい。そうですよね、アイナ様……」
なんか主役をほっといてみょーな空気醸し出されてる気配もしたけれど、わたしは二人からの心づくしのプレゼントに舌鼓をうちつつ…いや舌鼓はお肉の方か。ペンダントはお肉おの脂で汚れないよーに気をつけて、幸せいっぱいの誕生日を満喫したのだった。
はっぴーばーすでー、お嬢さま!……あんど、わたし!
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