第87話・やっぱりお嬢さまの、はぴばすで!

 芳麦期終わり頃の、毎年恒例のイベント。

 それは。


 「本日はお越し頂きありがとうございます、ティモンジュ侯爵閣下」

 「おお、これは見違えた…バッフェル皇子殿下のご婚約者としてまた麗しい姿を帝国全土に知らしめることが出来ましょう」

 「ふふ、毎年見違えられるとは、わたくしも何度生まれ変わったのでしょうね?では来年もお褒めの言葉を頂けるよう、精進して参りますわ」


 ……お嬢さまをネタに、心にも無いお世辞が飛び交う百鬼夜行の夜……じゃない、お嬢さまの誕生パーティ。

 毎度毎度飽きもせんと、伯爵家に取り入ろうとするうぞーむぞーが集まり、お嬢さまがその相手をして疲労困憊になる、生産性皆無の催しだ。まったく、伯爵さまもこーなるの分かってるのに、なんで毎年こんなことするんだか。


 「……仕方あるまい。貴族の子弟の誕生日とはこういうものなのだ。増してブリガーナ伯爵家の令嬢ともなれば催さないわけにもいかぬ」

 『……殿下ぁ、一応あなたもお嬢さまの婚約者なんですから、トカゲの隣で駄弁ってないでもっとお嬢さまのお側にいようとか思いません?』

 「俺がいればいたで、またアイナの気苦労も増えよう。精々遠くから睨みを利かせるくらいでしか役立てまいよ」

 『そんなもんですかねー』


 先日じーさまに、殿下の周囲が騒がしくなる、と聞かされてから殿下の動向には注意を払ってるけど、今のところそんな様子はなく、相変わらず飄々として、何を考えているのか分からない。横目で様子をうかがうと、第三皇子って身分の割には目立たない装いのまま、腕組みをしてわたしと同じものを見ているだけだった。

 そんな風に壁の花を気取る殿下と、今宵の主役の愛玩動物が居並ぶ会場の片隅は来客の注意を引くこともない。

 がっちがちに固まった笑顔で愛想を振りまくお嬢さまを殿下と一緒に見守りながら、早くこんな不愉快な集まり終わらないかな、と願うわたしなのだった。




 『はいおつかれさまでしたー』

 「……はあ、こればかりは伯爵家の娘の義務とはいえ、いつまで経っても慣れないものね。コルセア、着替えを手伝ってもらえるかしら」


 首元や背中の大きく露出したドレス姿のお嬢さまは、もうウンザリだとばかりにベッドに横になっていたけれど、今日はもう一組ご来客があるのだ。お着替えはその後にしてもらいたい。


 『お嬢さま、済みませんがこれから個別のご来客の応対をしてもらいますので、一休みして元気出してくださいね』

 「ちょっ?!な、何を言うのよこの腹黒トカゲはっ!これ以上わたくしを働かせようとしてもそうはいきませんわっ!ええもう、ぜったい働きたくありませんわよっ!」


 なんかニート侍みたいなことを言い出してベッドに潜り込むお嬢さま。あのー、ドレスがシワになるのでそれは勘弁してもらえますかね。

 取りあえず年一の駄々っ子モードに入ったお嬢さまをほっといて、隣の応接間へ続く扉を開いた。当たり前だけど、これからお見えになるお客さまを寝具のある部屋になんか通せるわけがない。


 『あのー、お嬢さまは出てきたくないと言ってますけど。どします?』


 そして、お待ちのご来客に主の意向を告げる。うん、仕える者としては全くもって正しい応対だ。

 なのにお嬢さまときたら。


 「出てきたくないなどと言ってはおりませんわっ!……ええいもう、行けば良いのでしょう、行けばっ!!」


 んなヤケにならんでも。

 お髪も乱れた化粧もそのままに、ドスドスと地響き立てそーな勢いでやって来る。そしてわたしは来客と目配せ。んじゃ、せーのーで。


 「お誕生日おめでとうございます、アイナ様っ!」

 『以下同文っ!』

 「おめでとうございます、アイナハッフェ様」

 「お誕生日、おめでとうございます」


 「…………は?」


 はい、そこにいたのはトリーネ家の御一同。ネアスにそのお父さまとお母さま。


 「……あの、なぜあなた方が…?」

 『お嬢さまー、ご自分で招待なさっといてお忘れですか?こないだおしかけたお詫びに、ってお誕生会にお招きしたんじゃないですか』


 ぶっちゃけ、失礼の詫びになるかどーかは微妙な集まりなんだけど、一応礼儀にはかなってるからなあ。その後、他の来客とは別にもてなしたい、って部屋に通すよう言ってたのも、お嬢さま自身なのにね。


 「ふふっ、アイナ様。お疲れのところ申し訳ありませんが、我が家からのお祝いを受けて頂けると、大変うれしいです。ね?お父さん、お母さん」

 「ええ、アイナハッフェ様。私だけではなく娘もいつもお世話になっている礼をお伝えする機会を与えて下さったこと、深く感謝致します」

 「お集まりの貴顕の方々からすればみすぼらしいものになってしまいますが、どうか我が家からの贈り物として、これを収めて頂けますでしょうか?」


 と、ネアスのお母さんが差し出したのは、キレイなバスケットに収められた焼き菓子の詰め合わせだった。

 ネアスのお母さんはこれまた帝都では知られた菓子職人で、三周目では伯爵家にお菓子を収めるお店を経営してたから、別に不思議なことでもなんでもない。

 まあ貴族の令嬢への贈り物、となるとちょっとどうなの、って品かもしれないけれど、お嬢さまの方だって来客を迎えるにはちょっとどーなのよ、ってな感じにドレスも乱れていたから別に構うこたーない。


 「……あ、ありがとうございます。その……まさか、宴を終えた後にお見えになるとは思っていなかったもので……折にはご挨拶も出来ず、お客様に失礼をしました」


 とはいえ、社交には慣れたものだから、お嬢さまはサッと乱れを収めてそつなく礼を述べていた。


 「いえ、平民の身で伯爵家ご令嬢の誕生会にお招き頂けた上に、このようにご挨拶をさせて頂けるだけでも充分です、アイナハッフェ様。それより、こちらは娘も手伝ってくれたものですし、お口に合えばよろしいのですが…」

 「まあ、ネアスが……そうなの?」

 「あ、あはは……わたしの作ったものをアイナ様がお召し上がりになるのは初めてだったので、いっぱいがんばりました」


 ちょっとネアスー、なんであなたが照れ照れなのよー。

 きっとお嬢さまが食べるところを想像してたりしてたんだろうな、と思うとわたしの方はお嬢さまとお客様の間でニヤニヤにするのみなのだ。


 それからは落ち着いて歓談の運びとなり、まあそれも時間が時間だったのでそう長く続くこともなく、お嬢さまはホステスとしてトリーネ一家をもてなして(給仕を務めたのはわたしだったけどなっ!)、頃合いになるとお父さんの方から辞去する旨を伝えられる。


 「……まあ、もうそんな時間でしたか。ネアス、今日はありがとう。トリーネ様にもお越し頂き、嬉しく思いますわ。よろしければまた…」

 「アイナ様。わたし、泊めて頂けないでしょうか?」


 そんな中、ネアスが何か意を決したように申し出る。

 ネアスとお嬢さまの間に何があったかを知っているわたしは「思い切ったことを言うなあ」と半ば感心するのだけれど、貴族の家に平民の身分のネアスが言い出すには随分と不躾な物言いだ。


 「こら、アイナ。そのようなことを言い出すものじゃない。失礼だろう?」


 お父さんも当然そんな娘を窘める。けれどお嬢さまの方は鷹揚に、


 「ええ、構わないわ。何だかわたくしももう少しネアスと話をしたい気分だったもの」


 と、上機嫌でそう応じていた。ネアスも何を考えているんだろうなあ。

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