第72話・ダイエットするドラゴン
翌朝。
「いたぞーっ!捕まえろーっ!」
「コルセア殿っ、観念してください!」
「重くて飛び上がれないんだ、今ならなんとかなるっ!」
「捕ったーっ!」
……わたしは逃げだそうとして伯爵家の忠実なる警備員にあっさりとっ捕まり、ロープでぐるぐる巻きされた上にお嬢さまの前に突き出された。またもや玄関前で、のことだった。
「…………」
『あのー、お嬢さま?』
「……いえ、あまりにも予想通り過ぎて拍子抜けしていたところですわ」
そうですか。わたしはお嬢さまの手際の良さに感心するやらです。なんでこーなった。
「とにかく逃げようにもその体重ではそうもいかないでしょう?せめてそれが出来るくらいには痩せようと思わないのかしら」
『いえそもそも逃げ出せるくらい身軽なら逃げ出す必要も無いんですが』
「分かっているならなんとかしなさいな。わたくしだってたまにはあなたをひざの上に乗せて喉を存分に弄ってあげたいですわよ」
『………あーい』
そこのところは主従で意見の一致を見たので、わたしは諦めてお嬢さまの早朝ランニングに付き合うことにする。
ていうか警備の人たちが付かず離れずしてるので、二人きりってわけじゃないんだけど。
「ほら、どうせ飛べないのだから走るしかないのでしょう?」
朝霧の立ち込める伯爵家の玄関でわたしをそう促したお嬢さまは、すっかり準備万端整った、という感じのジャージ姿だった。なんでファンタジー世界にジャージとかあんの、とか考えてはいけない。あるものはあるんだから、しょーがない。ご都合主義バンザイ。
『ひぃ、ひぃ………』
「ふふ、朝早くにこうして駆けるのも悪くないものだと思わない?コルセア」
『はひ、そーれふねぇ……ひぃ、ひぃ……』
ずしりとしたお腹を引きずるよーにして、わたしはジョギングにもなってないお嬢さまの足に必死についていく。
ズルして飛ぼうかとも思ったけれど、実はそれも出来なかったというのはここだけの話だ。暗素界にいるわたしのオリジナルまで同じよーになってるみたいで、飛ぶ力を引き出そうと思ったら「無理」とすげなく断られたのだ。役に立たねえヤツ……。
「それは向こうでも同じことを思っているのではないのかしら?ブクブク肥え太りやがって、などと思われていますわよ、きっと」
『だったらあっちで努力して痩せてくれればわたしも痩せれてみんな幸せ、ってもんじゃないですかー』
「そこまで自分勝手だともう呆れも通り越して言葉もありませんわね……少し休憩した方がいいのかしら?」
愚痴をこぼしながらも一応は走っていたら、お嬢さまにしては珍しい温情を示してくれた。
ただなー…なんかこーして走って?いるとなんか身が軽くなってきたよーな気がして、いや慣れてきただけかもしんないけど、だんだん気持ちよくなってきたから、休みたいとも思わないんだよなー。
『いえ、だいじょーぶです。お嬢さま、せっかくだからもう少し先まで行きましょ?』
「え?あ、ああそうね……ええと、いえわたくしも少し疲れたので休憩にしましょう。飲み物など用意してあるわよ、コルセア」
『へ?いやお嬢さま全然疲れてないじゃないですか。別に公園がそこにあるからって休む必要なんか…』
と、妙に渋るお嬢さまを変に思ううちに、道の隣にある公園の方から聞き慣れた快活な声が聞こえた。
「おはようございます、アイナ様!コルセア!」
言わずと知れた、ネアスだった。こちらもジャージ姿でご丁寧にタオルを首からかけている。
そしてその瞬間全てを察したわたしはお嬢さまの方をジロリと一瞥。途端にお嬢さまは目を逸らす。
……なるほど、そういうことか。昨日まさかとは思ったけれど、ほんとにネアスを呼んでるとは思わなかった。わたしの知らないところでけっこーよろしくやってくれるじゃないの。
わたしはお嬢さまを睨みながら、ネアスに向かってツツツと……もとい、ズズズとにじり寄る。何ごとかと思ったのか、ネアスはかがみ込んでわたしに顔を寄せてきた。
『……ネアス。これどゆこと?』
「え?ああ、コルセアの運動にお付き合いするってこと?うん、いいよね。わたしコルセアのお腹はぷっくりとかぷよぷよしてるのが好きだけど、ぶよぶよはちょっとね…」
『や、そうじゃなくて。なんでお嬢さまと示しあわせてるの?ってこと。偶然なわけないでしょーが』
「うん。アイナ様から昨夜知らせがあったから。朝からコルセアを走り込ませるから監督してちょうだい、って」
うぉーい。わたしの不摂生はあなたの監督不行き届きが原因でしょーが。ネアスを巻き込むんじゃない、ってのよもー。
つーかお嬢さまもどーいうつもりなんだか。あれだけ煙たがっていたネアスに自分から声をかけるとか信じらんない。
「あはは。でもわたしは嬉しいよ?アイナ様とコルセアと一緒にこうして朝から運動出来るんだもの」
『まあ今はそのネアスのお気楽さがありがたい限りだよ……』
こうして、ネアスを加えてわたしたちは、天高く肥えた竜のダイエットに勤しむことになった。
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